すべてはお互いに関係して繋がっている

Facebook草場一壽 (Kazuhisa Kusaba OFFICIAL)さん投稿記事

こだま

 一人の少年が、村の近くの森へはじめて出かけて行ったときのことです。少年は、一人でいることが怖くなり、まわりが気になり始めました。そのとき、草むらで奇妙な音が聞こえ・・・まさか誰かがこっそりつけて来たのかと大きな声で尋ねました。

 「そこにいるのは誰だ?」

 丘のほうから、それより大きな声で聞き返すものがいました。「そこにいるのは誰だ?」。

 誰かがきっと隠れているに違いない。少年はドキドキし始めました。けれども勇気を振り絞って怒鳴りました。「この臆病者」。すると「この臆病者」。

 最後に少年は「おまえなんか殺してやる」と大声で叫びました。

丘と森は叫び返しました。「おまえなんか殺してやる」。

少年は恐ろしさのあまり、あわてふためいて村に走って帰りました。後ろから誰かが追いかけているような足音が聞こえましたが、振り返ることもできませんでした。

家にたどりつくと、少年は震えながらすべての出来事を話しました。すると母親が大きな声で笑いながら

「明日、森に行ってその得体の知れない人に私が言うとおりに言ってごらん。私は、その人をよく知っているよ。とても素敵で愛らしい人だから」。

次の日、少年は森に行くとこう言いました。「友よ!」

すると「友よ!」と心地よい声が少年を元気づけたのです。少年はさらに教わった通りに言いました。

「おまえを愛している!」丘と森が繰り返しました。「おまえを愛している!」

●お話の出だしから想像通りの展開ですね。シンプルです・・・が人生に同じつまずきの多いことです。そして、殺してやる、も愛している、もどちらも「こだま」。真実は結局自分の中にあると教えています。

Facebook相田 公弘さん投稿記事

A君とB君が煙突掃除のバイトをしました。A君の顔はすすで真っ黒、B君はすすが全然ついてませんでした。しかし、B君が顔を洗いに行き、A君は顔を洗いませんでした。

何故でしょう?以下をどうぞ♪

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人は人、自分は自分と、別々の生き物だと考えるところに、人の世の色々の不幸がきざす。

実は人は我が鏡である。自分の心を映す映像にすぎぬ。山彦の呼べば答える、それにもたとえられる。ニコニコして話しかけると、相手は笑みかけて答える。大声でどなれば、ムッとしてにらみかえす。

物売りが来る。イラナイヨと、つっけんどんに言うと、ピシャリと戸を引き締めて出て行く。

親子、夫婦、交友、隣人、すべてが我が鏡であって、我が心のままに変わって行く。

今日までは、相手の人を直そうとした。鏡に向かって、顔の墨を消すに、ガラスを拭こうとしていたので、いっこうに落ちぬ。

自分の顔をぬぐえば良い。人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自ら改め、自分が変われば良い。

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「万人幸福の栞」丸山 敏雄 著倫理研究所より

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脳医学でも注目されている「ミラー細胞」というものがあります。

どんな細胞かと言えば、そばにいる人と同じ表情をしたり、相手の感情をそのまま反射したりする、つまり相手の気持ちを反映する細胞なんだそうです。

ということは、あなたが相手に思いやりの気持ちを向けると、相手もこちらの気持ちにシンクロ(同調)するということになります。

母親が赤ちゃんに微笑むと、赤ちゃんも同じような表情を作ることがあります。

相手が「ありがとう」と言ってくれたら、自分も、「こちらこそありがとう」、という気持ちがわいてくる。

そうさせるのが「ミラー細胞」だというのです。

あのプロゴルファー“タイガー・ウッズ”さんは、試合でライバルが良いプレーをすると喜ぶそうです。

しかも、大事な場面で、対戦相手がこのパットを外したら自分の勝利が決まる時でさえ、

相手のパットを見ながら(入れ!)と願っているそうです。

結果的に、プレーオフで競うことになっても(良い試合をしてくれてありがとう)と感謝するんです。ありがとうを沢山言っていると、脳が「ありがたいこと」を探すんですね♪

例えば、どうしても嫌な上司がいたとします。

同僚に、「あ~、むかつくわ~!何あの上司、むかつく~!」っていうと、脳はむかつく理由を沢山探してきます。

だから、余計にむかつく理由が湧いてきて、もっとむかつきます(笑)

これを、仮に思っていなくても「あ~、ありがたいな~!あの上司、本当ありがたい!」って言うと、脳はありがたい理由をばっちり探してきます♪

「そういえば、この間も食事ごちそうになったな」「もしかしたら、自分に相当期待してくれているのかもしれない」「夜遅くまで教えてくれるために残ってもらってるな」

こんな具合にドンドン探してきます♪

人は鏡だと、多くの成功者や偉人達が口を揃えて言っています。

相手の嫌なところが見えたら、それは自分にも心当たりがある事、と思った方が成長できますね(😊)b

今日の話が、皆様のお役に立てれば幸いですm(_ _)m

※魂が震える話より

Facebook清水 友邦さん投稿記事「すべてはお互いに関係して繋がっている」

これがあればこれがあり

これ生じるがゆえにこれ生じ

これなければこれなく

これ滅すればこれ滅す

(雑阿含経巻十 中部経典 第三十八経「大愛尽経」 パーリ仏典経蔵小部『自説経』)

全ての物事は自立して存在しているのではなくて互いに依存して生じています。

すべての存在に実体はなく関係性の中で現れては変化しています。

京都、高雄の神護寺は京都で一番早く紅葉します。

神護寺(じんごじ)は宇佐八幡宮神託事件(うさはちまんぐうしんたくじけん)の和気清麻呂(わけの きよまろ)によって創建され、空海が最澄に灌頂を授けた寺でもあります。

平安末期の神護寺は、荒廃していましたが文覚(もんかく)上人によって復興しました。

神護寺には文覚上人の墓がありますが高雄山頂までの山道を歩かなくては行けないので訪れる観光客は少ないです。

文覚という僧は出家する前は後白河法皇の京都御所を警備する遠藤盛遠(えんどうもりとお)という武士でした。

17歳の時、文覚は友人の奥さんの袈裟御前に横恋慕してしまい、思いを遂げさせてくれなければ命を奪うと強引に一夜を共にしてしまいました。

思い込みの激しい文覚に一緒にならなければそなたの母を殺し、我も腹を切ると脅迫された袈裟御前は悩んで文覚に夫を殺す様に頼みました。

文覚は指示通り、寝所にいる袈裟御前の夫の首をはねて月あかりで確認するとそれは夫の身代わりになった袈裟御前の首でした。

夫や母に危害が及ぶと思った袈裟御前は自分の命を犠牲にしたのです。

夫殺しを勧め覚悟の上で討たれた袈裟御前の話はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した映画『地獄門』のストーリーになっています。

誤って袈裟御前を殺してしまった文覚は罪を悔いて出家しましたが僧になっても直情・激情型のマインドはかわりがなく気が短く度々問題を起こしました。

文覚は平安末期に廃墟になっていた高雄神護寺再興を思い立ち宴の最中の後白河法皇に直談判しました。

しかし退出を命じられても退かず乱暴を働いた為に伊豆に流されました。

その伊豆で出会った文覚にそそのかされて源頼朝は平家打倒の挙兵をすることになったのです。

神護寺は復興しましたが文覚の後ろ盾になっていた後白河法皇と頼朝が亡くなると、文覚は対馬に流罪となり途中の鎮西で客死しました。

文覚の遺骨は弟子の上覚によって、高雄山頂に葬られました。

鎌倉幕府第3代執権北条泰時に崇敬された華厳宗中興の祖明恵上人は8歳の時、文覚の弟子だった叔父の上覚をたよって神護寺へ入りました。

明恵上人は父である平重国が源氏に殺される因になる文覚の弟子になりました。

文覚と明恵上人の父の先祖はどちらも藤原秀郷の子孫でした。

袈裟御前を誤って殺さなければ文覚は出家せず、文覚が頼朝と会わなければ明恵の父は殺されずと世界はありとあらゆることが複雑に関係して物事が起きていることがわかります。

気象学者エドワード・ローレンツは1972年に『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』のタイトルでバタフライ効果について講演しました。

バタフライ効果とは蝶の羽ばたきのような小さな力でもはるか遠くの場所の大きな気象現象を左右する可能性があるということを指す言葉です。

一人一人の考えと行動がお互いに関係して世界のあらゆるところへ影響を与えています。

世界がゆらいでいる時はたった一人の行動が世界を変えてしまうことが起きるのです。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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