第6回 栃木蓮の俳句大会授賞式へ参加しました。宇都宮は、蕪村号誕生の地、兜太命名の地、また、印南蓮発祥の地として、ますますの文化興隆が期待されます!!
https://lifeskills.amebaownd.com/posts/10524032/ 【与謝蕪村と宇都宮】
https://lifeskills.amebaownd.com/posts/10604396/ 【蕪村句碑建立雑話】
http://kobahiro962hk.jugem.jp/?eid=5542 【蕪村」号誕生の地うつのみや】
鶏(とり)は羽(は)にはつねをうつの宮柱(みやばしら) 宰鳥(さいちょう)
この句が句碑に刻まれています、正月のめでたい句だそうです。
宰鳥という号は蕪村と名乗る前の号です。
与謝蕪村は享保元年(1716)摂津の国東成東郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)でうまれた。
写真は宇都宮二荒山神社の鳥居と与謝蕪村の句碑この句碑は二荒山神社の中腹にあります。正面の階段の左側にスロープで神社まで上がれますが、途中に写真の句碑があります。現在再開発事業が行われています、工事の囲いの脇に2m位の通路がありますそこを登って行きます。
http://kobahiro962hk.jugem.jp/?eid=5545 【蕪村の句碑(蕪村号誕生の地うつのみや)】より
古庭に鶯(うぐいす)啼(な)きぬ日もすがら 蕪村
宇都宮で詠んだ句です。
宇都宮の生福寺にあります。
http://toby.la.coocan.jp/sub5-buson-utsunomiya.htm 【36. 蕪村・宇都宮】より
蕪村は、10年ほど、結城に滞在していたが、世話になった砂岡雁宕の娘婿、佐藤露鳩が宇都宮に住んでいて、寛保3年(1743)、彼の許を訪れた。ここで歌会を開き、翌年、「歳旦帖」を編集発行した。この「歳旦帖」の中で、はじめて「蕪村」の号を用いた。宇都宮は、蕪村号誕生の地であり、この歳旦帖も「宇都宮歳旦帖」と呼ばれることになる。蕪村の前の、「宰鳥」で詠んだ最後の句と「蕪村」の号で詠まれた最初の句が、碑として宇都宮に残る。
鶏は 羽に はつねを うつの 宮柱 宰鳥
この句碑は、宇都宮二荒山神社の境内にある(写真上)。平成11年11月 蕪村顕彰会 建立。
二荒山神社の社頭で、新年の夜明けを迎えた鶏が、勢いよく羽ばたいている姿に寄せて、この地で第一声をあげた喜びを詠んでいると案内板に書かれている。読みは、トリはハに...で、うつのみやと掛けている。
古庭に 鶯啼きぬ 日もすがら 蕪村
の句碑は、二荒山神社の東、仲町の生福寺に新しくできた(写真下)。平成19年4月12日 蕪村顕彰会とある。尊敬していた芭蕉の、「古池や...」の句に寄せて、俳諧師として独立宣言の意気を感じさせる。
蕪村29歳のことであり、歳旦(元日)に自分や門弟の発句を集めて刷ったという歳旦帖を残した記念碑になっている。
なお、与謝を名乗るのは、42歳の頃、京都に居を構えた時期だという。
https://lifeskills.amebaownd.com/posts/10230079?categoryIds=3379453 【栃木と兜太(宇都宮・兜太命名の地)】
https://ameblo.jp/amenooshiwo/entry-12612863841.html 【「兜太」命名の地は、宇都宮 !!】より
NHKの俳句番組制作に関して問い合わせがあり、恩師・金子兜太について調べていたら金子兜太著『俳句専念』(筑摩新書)に次のような記述があった。
長男(金子兜太)出産の知らせを受けて、宇都宮にいた父(当時、軍医として宇都宮の連隊に所属)が電報で伝えてきた名前は「トウタ」だった。祖母と伯父夫婦はそれを「藤太」と速断して、役場に届ける。ところが、後から来た手紙には「兜太」とあったのだから慌てた。
俵藤太(藤原秀郷)が宇都宮城を築城したという説もあり、これも不思議なご縁であるが、少なくとも「兜太」という名前がはじめて世に出たのが宇都宮であることは間違いないようだ。
https://lifeskills.amebaownd.com/posts/9526223/ 【宇都宮城跡の蓮】
https://www.sankei.com/article/20181026-ALHWSOLNYZJCNGZU6N7FXVMQ5Y/ 【宇都宮城「印南蓮」など研究成果発表 宇都宮大で植生学会】より
宇都宮市の市民グループ「宇都宮城跡蓮(はす)池再生検討委員会」の印南洋造事務局長は宇都宮大(宇都宮市峰町)で開かれた植生学会の全国大会でポスター発表に参加、研究者に宇都宮城の蓮文化を紹介した。
同会は宇都宮城跡の蓮池再生を目指し、平成18年に発足。発掘調査で出土したハスの実を育成し、23年に460年ぶりに開花させ、「印南蓮」と命名した。蓮池と宇都宮の歴史を後世に伝えていこうと、ハスの写真や俳句のコンテスト、講演会などを続けている。
学会では、「宇都宮城蓮池跡の古植生の解析と蓮を活かしたまちづくり」と題し、同会の活動や研究成果について発表。千葉市の「大賀ハス」と「印南蓮」の経緯や調査方法を比較し、ハスの特徴を紹介すると共に、「大賀ハス」や「古代ハス」などの表記についても明確な定義が必要と提言した。印南さんは「研究者たちに宇都宮城の蓮文化を発信できる機会を持てたことは良かった」と話している。(松沢真美)
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