高原山で黒曜石を探してみた!

https://collectcorrect.blog.fc2.com/blog-entry-162.html 【高原山で黒曜石を探してみた!】より

【高原山 大間々駐車場にて】

☆高原山

栃木県の日光市、塩谷町、矢板市、那須塩原市にまたがる標高1794mの山であり、日本三百名山の一つに数えられています。一応、火山ランクCの活火山(活動性低)とのこと。

5~6月にはツツジの名所として、多くの登山客が訪れる高原山ですが、実は他にもこの山を語るには欠かせない話があります。

なんと高原山では、日本最古と推定された『黒曜石採掘坑遺跡(高原山黒曜石原産地遺跡群)』が発見されているんです!最も古いものでは約3万5000年前の黒曜石石器が産出しているとか!

さらにはそれらが静岡県や長野県まで運ばれていたというのだから尚のこと驚きです。

どこかで似たような話をした記憶がありますが…(笑)

石マニアとしては県内の石にまつわるポイントは抑えておきたいところです。

そういうことで、高原山の黒曜石を探して来ましたよ~!!

この日はゴールデンウィークの中日でしたが、8時過ぎに大間々駐車場まで到着したときには、すでに駐車スペースはほとんど埋まっていましたね。後から来た方は路駐するくらい混んでいました。

ただ、これくらいの混雑は可愛い方らしく、ツツジのシーズンには駐車場が埋まるどころか路駐の列が1㎞ほども続くと聞いています。黒曜石が目的ならツツジシーズン中は避けた方が良さそうですね。

ちなみにトイレは山中には存在しないので、ここが最後のポイントです。しっかり済ませてから登りましょう。

せっかく登るので、まずは高原山最高峰「釈迦ヶ岳」登頂を目指します!黒曜石探しはその後!見晴コースを進んでいきます。

その名の通り、確かに見晴らしは良いですね!でもこの日は天気がちょっと残念でした。

パラパラ雨に降られながら、登山道を登っていきましたよ。

晴れているときなら最高の眺望が楽しめると思います。

登山道にはツツジこそ咲いていませんでしたが、様々な花を観察できました。

何だかんだで登山も楽しんでいます。矢板市最高点にはあっさり到達。

ここからアップダウンが激しくなりますよ。ロープ伝いに登るような傾斜もちらほら。

雨で道がぬかっていて、割と滑りやすかったです。

道中何度もピークを登ったり降りたりするような登山道でした。

足腰が悪い人にはキツいかも。奥に見えるのが釈迦ヶ岳かな?

山頂まで30分くらいで着くだろうと踏んでいたのですが、結局1時間くらいかかりました。

ここからが割と長かったです。

そうして登山開始から2時間11分で最高峰「釈迦ヶ岳」に登頂完了!

山頂には遮るものがないためか、猛烈な風が吹いていました。

それに付近の登山道にはまだ雪が残っていましたよ。普通に寒かった(;^ω^)

釈迦ヶ岳の名前通り、山頂には釈迦如来像がありました。

他に小さな神社もあって、神仏習合の山岳信仰らしい雰囲気を感じさせます。

天候が悪かったため眺望は微妙でした。残念。

さて、登頂は無事に終えたので、いよいよ今回の登山の目的である黒曜石探しに出発です!!一旦、ここの分岐まで戻ります。

Wikipediaによると、剣ヶ峰と大入道の中間に高原山黒曜石原産地遺跡群が存在しているようです。

無名ピークの南側斜面にあるということだったので、大入道方面に向かってそれらしい場所を探しながら歩きます。ひたすら斜面を見ながら歩いていきます。

斜面に転石があると降りてチェックしてみたりということを繰り返していましたが、特に何も見つからないまま50分ほどが経過しました。

そのとき、登山道脇に落ちている黒曜石を発見!!なかなかのサイズ(*^^)v

とりあえず黒曜石を見つけるという目的は達しました。

が、遺跡の場所は分からず…付近にそれらしいものはありません。

大きな黒曜石の周りには破片が散らばっていました。神津島の黒曜石破片と比べると艶が少ない感じですね。経年変化で表面に水和層が出来ているのでしょう。

つまり割れてからそれなりの年月が経っているのものだと考えられます。

→水和層年代測定法

ここからはさらなる黒曜石と遺跡を見つけるべく歩を進めます。

黒曜石を見つけた場所から10分ほど歩くと、何やら難しい漢字の立て札を発見!

ん?これなんて読むんだ?あ、ツツジ(躑躅)か!でもジョウモンツツジなんて花は聞いたことがないぞ。ここでピンと来ました。

19年度の調査で見つかった高原山黒曜石産地は約9千年前(縄文時代早期)のものだったハズです。

「この近くに縄文時代の採掘場がある!!」そう確信して付近を探索します!

早速、立て札の後ろ側の斜面を見てみますが、黒曜石は見当たらず…ハズレでした(>_<)

しかし諦めずに付近を調べていると、沢を発見!!沢には石が集まります。

これは期待大です!そして…でんっ!でんっ!!この沢ではかなりの数の黒曜石が見つかりました。さらにいくつかの黒曜石には人工的に切断された痕跡も見られました!

※写真撮るの忘れました…

やはり採掘場もこの近くにあるということでしょうか。

沢を探索です!でも遺跡は見つからず。一体どこにあるというのだ…。

この時、登り始めてから6時間が経過、すでに15時を回っていました。

ここからは下山に1時間ほどかかります。万が一迷ったときを考えて、早々に下山を開始することに。

遺跡を見つけられなかったのは心残りですが、おおよその位置は掴めた気もします。

またの機会に探索しましょう(^^)/下山ルートは大入道~小間々~大間々をチョイス。沢沿いを歩くルートです。

沢沿いにはカタクリの花が咲き誇っていました。「春の妖精」と言われる早春の花ですね。

このルートはかなり道が分かり辛かったです。

道順を示すマークも薄くなっていたりと、よく見ながら進んでいく必要がありました。

ここは桜沢かな?この沢沿いに黒曜石は見当たりませんでした。

夏の暑い時期にこの沢で泳いだら気持ちいいでしょうね~。ここからさらに30分ほど歩きます。そうして小間々まで出てきましたが、縄文躑躅からは約1時間の距離だったかな。

小間々には駐車場があるので、今回見つけた黒曜石ポイントまでの最短ルートは小間々~大入道方面ということになりますね。

ちなみに大間々~釈迦ヶ岳~剣ヶ峰~大入道~小間々~大間々というルートで歩いてきましたが、計7時間12分の行程でした。

後半は登山道を外れての探索も行ったため、結構時間がかかりましたね。

下山後は塩原温泉が近かったので、温泉巡りと洒落込みました( *´艸`)

温泉にゆっくり浸かって登山疲れも吹っ飛びましたよ!

よし!今度こそ遺跡を見つけるぞ~!


https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/B_00074.html  【書籍名 総論 黒曜石原産地遺跡研究の地平】より

(考古学ジャーナル2014年8月号掲載)著者名 佐藤 宏之 (編著)

黒曜石は、日本列島の先史時代 (旧石器時代・縄文時代) を通じて、道具 (石器) の主要な材料 (石材) として盛んに利用されてきた。黒曜石は火山噴火に伴い噴出したマグマなどが急速に冷却された際に生成された火山ガラスであり、主要火山帯を中心に世界中に産地が広がるが、火山ごとにマグマの成分が異なるため、鉱物や化学成分組成の微妙な差異によって、正確な産地同定が可能である。

現在日本列島では、80箇所以上の黒曜石産地が確認されているが、そのうち北海道の白滝 (直江論文)・置戸・十勝・赤井川 (長崎論文)、北関東の高原山 (国武論文)、中部高地八ヶ岳周辺 (大竹論文)・下呂、伊豆神津島、参院の隠岐島、北九州の腰岳 (橘論文) 等の大規模産地の黒曜石は、遺跡での出土量が多く、広範囲に流通している。

大規模原産地は大型火山の噴火口付近で産出することが多いため、しばしば山地帯に所在する。一方現生人類が最初に本格的に列島に出現した後期旧石器時代 (38,000~16,000年前) と縄文時代草創期 (晩氷期、16,000~11,700年前) の人類活動は、台地や丘陵緩斜面といった平坦地で展開されていたため、黒曜石の利用は計画的に行われねばならなかった。この時代は寒冷乾燥を基調としながらも気温は短周期で激しく変動する氷期であったため、人々は植物資源を当てにすることができず、移動を繰り返す中大型動物の狩猟を主要な生業としていた。そのため旧石器時代人は、主として平坦地において広域にわたる計画的な移動を伴う狩猟によって生活を維持しながらも、必要に応じて道具の素材として必須の黒曜石を山地帯に採取に赴くといった行動戦略を採用していた。

高標高地にある黒曜石産地の多くは、旧石器時代の厳しい氷期の間一年中とどまることは困難であったと推定されることから、特定の集団が産地を占有することはできず、「入会地」のように利用されていた。そのため旧石器時代の原産地における黒曜石の採取は、露頭や周辺に散布していた角礫や亜角礫、河川下流の河原石等を直接採取することによっていた。

このような黒曜石の利用法は、縄文時代になると一変する。最後の激しい寒暖が繰り返された晩氷期が終了すると、日本列島を含め地球上は、一斉に安定した温暖期である完新世を迎えた。周囲に本格的な海流が流入したため、列島はこれまでの大陸性気候から海洋性気候に転換し、温暖湿潤な気候のもとで、森林が発達する。縄文時代早期になると、複数の竪穴住居からなる本格的集落が出現し、人々は次第に定住的な生活を送り、生業も狩猟・採集・漁撈からなる多角化が実現した。そうすると、高山にある黒曜石産地の気候も回復したので、産地周辺に住む集団が出現し、黒曜石の採掘が行われ、集団間を広範囲に流通する交換・交易システムが出現するようになった。

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 佐藤 宏之 / 2016)

本の目次

総論 黒曜石原産地研究の地平 佐藤宏之

白滝産黒曜石利用の様相 直江康雄

赤井川産黒曜石の開発と利用 長崎潤一

高原山黒曜石の開発と利用 国武貞克

星糞峠をめぐる黒曜石資源の開発と利用 大竹幸恵

先史時代における腰岳系黒曜石の利用 橘 昌信

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