https://ameblo.jp/ryusei08021205/entry-12866509425.html 【短歌のここが好き|シンプルイズベスト】より
短歌のここが好き
詳しいわけではないのだけれども、年齢を重ねるにつれて、徐々に興味を持ち始めたものの一つである。「俳句」や「川柳」などもそう。総称すると「和歌」になるのかな。それも良く分かっていない。「ニワカ」を名乗ることすらはばかられるレベルだけど、興味を持ち始めている、それだけは確かなのだ。
祖母にその旨を話すと、たいそう喜ぶ。祖母は、頻繁に、和歌のコンクール等に応募しており、それが紙面等で掲載されたりすると、誇らしげな表情で、「見て!ほら!載ったよ!」と報告をしてくる。親しみの念を込めて「最高のドヤ顔」と称したいぐらい、良い顔をしている。それだけに「遂に孫も魅力が分かる年齢になってきたか!」といったところだろう。何はともあれ、祖母が喜んでくれたのならば、僕も嬉しい。月並みではあるが。
閑話休題。
タイトルに「シンプルイズベスト」と書き記したように、和歌の類いは、どれもサクッと読めるものばかりだ。それでいて、一つ一つ、趣深さがある。何度も繰り返し読んで心に沁み渡らせる、そんなイメージが僕は好きなのだ。他の文字媒体の文章表現には無い、唯一無二の魅力を感じる。
「シンプルイズベスト」は、人によって様々な解釈が出来る言葉であるが、和歌に用いるならば、「洗練された一文」の日本語訳を当てるべきではなかろうか。もしくは、「シンプル=簡単」のニュアンスを尊重するのであれば、「誰が見ても意味がスッと入って来る平易な一文こそ至高である」というメッセージ性を込めても良さそうだ。
「シンプルイズベスト」が話題にのぼった時に、僕が度々用いる言い回しがある。「ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返した先にシンプルイズベストの道が開かれる」。短歌で言うならば、「五・七・五・七・七」で構成されるからといって、はじめから「五・七・五・七・七」の音を並べて、ハイ完成、という運びになるわけではなく、削ぎ落として、削ぎ落として、そうして、最後まで残った、珠玉の音を繋ぎ合わせて出来た「五・七・五・七・七」であると、僕は理解している。
その思いをもって和歌に触れると、えも言われぬ尊さを覚えるものだ。追体験したかのような心持ちになれることも多い。限られた音を通じて、音で表現されてはいない情景が、頭の中で広がって行くというのか・・・。上手く言葉に出来ないのだけど、とにかく、好きだ。
卑近な例を挙げて恐縮なのだが、「マスクしてると美人に見える現象」に近いのかもしれないなと、ふと、思った。「人は見たいものを見たいように見る生き物だ」と聞いたことがある。これは、和歌の世界に置き換えれば、「音で表現されていない部分を読み手が自由に想像を膨らませることが出来る」と言えるのではないかしら。
ゆくゆくは、「読み手」から「書き手」にシフトしてみたいものだなと、頭の片隅に置きながら、日々の生活を送っている。そんな僕は、よく、周囲の人物から「お前は話が長い」とお叱りを受けているのであるが・・・。(オチ)
https://ameblo.jp/yujyaku/entry-12496067543.html 【シンプルはベストなりとやポーチュラカ】より
シンプルはベストなりとやポーチュラカ( しんぷるは べすとなりとや ぽーちゅらか )
園芸植物にも流行り廃りがあるようで、近ごろ花壇やプランターで特に目にするようになったのが、白、ピンク、黄、橙など多彩な色の小柄な花を咲かす「ポーチュラカ」である。名前は、最近になって漸く知った。
最初に見たのは夏の中頃だったと思う。その時は、個々の花に変わった特徴もなく、非常にシンプル(単純素朴)な花だと思った。だから、敢えて句に詠もうとも思わなかったのだが、今もってあちらこちらで見かける。そこで、とりあえずは一句と思い上句を詠んだ。
上五には、第一印象そのものを持ってきて、「シンプル・イズ・ベスト」という成句になぞらえて形を整えた。中七の「ベストなりとや」が果たしてこの花にあっているか、いささか心もとないが、人気があることがその証とみて、このまま投稿することにした。
尚、「ポーチュラカ」は、「滑りひゆ(すべりひゆ)」の園芸種で、「花滑りひゆ」ともいい、夏の季語になっているそうだ。(季語として認めていない歳時記もある。)
ポーチュラカ(花滑りひゆ)は、スベリヒユ科ポーチュラカ属の多年草。世界の熱帯、亜熱帯地方が原産地。日本には1983年にドイツから入ってきたとされ、短期間で一気に普及したのは1990年の大阪花博がきっかけではないかと考えらている。
花期は、初夏から秋で比較的気温の高い時期。朝開いて夕方前にはしぼむ1日花で、花色は、白、赤,、ピンク、オレンジ、黄、紫など多彩。一重咲きの他に八重咲きもある。
出自のあまりはっきりしない植物で、日本でも夏の雑草として畑などに繁茂するスベリヒユとマツバボタンが掛け合わさったもの、あるいはタチスベリヒユの突然変異種であるなどの説がある。
facebook相田みつをさん投稿記事
「円融便り」からご紹介します。(^_-)-☆
円融便り 昭和60.10.10発行 第61号 武井哲応老師随聞記
地獄にゆくのはお母さんだよ ---本当の教養とは?--- 西有穆山(ぼくざん)のお母さん
弟子「それから、これも『三人の母』の中で話されたことですが、西有穆山という人のお母さんの話、アレもよかったですね、あの話、もう一度お願いします。」
老師「そうだな、そういえばそんな話、したっけなあ・・・・・。西有穆山という人はね、明治時代に大変活躍された曹洞宗のお坊さんだ。明治の<眼蔵家>といわれた有名な人だ。その門下には沢山の優れた弟子が出ている。ここに来ている皆さんの中には、或いは知っている人もいるかもしれないが、あの、ホラ、『正法眼蔵啓迪』(しょうぼうげんぞうけいてき)という本の著者だ。正法眼蔵を勉強しようとする人は、誰でも一度はこの本を読む、そういう本だ。「啓迪」「啓迪」といってね、誰でもが通らなければならない関門のような本、そういう有名な本の著者、それが西有穆山。まァ、簡単にいえばそういう人だ。これから話そうとするのは、その西有穆山が小さい時のお母さんの話だ。
わが子を大事にする ということは
穆山が小さい時にね、ある時、お母さんに連れられて、どこかの寺へ行ったんだな、そしたらね、そこの寺で、地獄極楽の絵巻を見たというんだな、いまの寺は、あまりそういうものを飾らなくなってしまったが、昔はそういう絵巻を飾っておいた寺があった。しかもそれが極彩色に華麗に画いてあったんだな、例えば、極楽は、きれいな花園や池に、この世のものとも思えぬ美しい鳥がいっぱいさえずっていたり、きれいな仏さまや観音さまたちが優雅に遊んでいたりしてね、いかにも極楽らしい絵なんだな。
一方地獄となると、これまた大変恐ろしい絵だ。やせおとろえた、アバラ骨と皮ばかりの、そして髪ふり乱した婆さんたちがね、赤鬼青鬼に追い立てられて針の山に登らせられたりね、煮えたぎる釜の湯の中にむりやり入れられて苦しんでいる様子がね、すさまじい描写で画かれいたんだな。子供が見たらなんとも恐ろしい絵だ。
幼い穆山が、その地獄の絵を見てね、母親に聞いたんだな、「この地獄へはだれが行くの?」すると穆山の母親が「それはお母さんが行くんだよ。お前を可愛がった罪を背負ってね、」と、いったというんだ。幼い穆山は大変驚いた。そのことが大変ショックになった。自分をこんなに可愛がってくれるお母さんが「なぜ地獄に行くんだろう-------?」
その時の疑問が機縁となって穆山は出家して後に宗門を代表するような立派なお坊さんになったというわけだ。
さて、ここで大事なことはね、「母親が子供を可愛がる、わが子を大事にする、」このあたりまえのこと、「皆さん、なんだと思いますか?」
「・・・・・・・・・」
アノネ、子供を可愛がる、わが子を大事にする、という行為、これは他人の子と区別することでしょう。つまり、我が子を大事にするということは、それだけ他人の子を排除することですね。他人の子を排除しなければ我が子は大事にできない。我が子を大事にする、という思いが深ければ深いほど、その分だけ、他人の子と、はっきりと区別しなければならない。そうでしょう。それは仏さまの眼から見ればまちがいだ。だからその罪を背負って母親は地獄に行くんだな。そういうことだ。皆さんもね、地獄に行くんですよ。(笑)覚悟しておいたほうがいい(爆笑)まァ、いまの若い母親の中にはね、自分の子を可愛がる前に、コインロッカーやゴミ箱の中に捨てちゃうのがあるけどね、これは論外だ。これはまた別の問題だ。
本当の教養とは?
そこでね、穆山の母親のえらさ-----。穆山のお母さんという人はね、幼い穆山から
「お母さんはどっちに行くの-----?」と聞かれたときに「お母さんは地獄に行くんだよ」
深い反省をしながら答えたわけだ。その時の自分に対して、自分自身を厳しく見つめてね、「自分は地獄に落ちる」と冷静に自己判断できる、そういうのを、本当の教養というんじゃないかな。教養というのは、そういうものだとぼくは思うな。
○一流大学を出た○外国語も三カ国ぐらいはペラペラ○数学のテストをやればいつでも90点以上
○歴史、社会、その他の知識についても人一倍すぐれている○ともかく頭だけは抜群にいい
そういう人がね、いま、いろいろと問題になっている様々な、しかも巧妙な経済事犯をやる(笑)。日本人もひどいのがいるな、カネ儲けのためならどんな破廉恥なことでもする。困ったことだ。いくら知識がいっぱいあってもね、そんなのは教養とはいえない。
本当の教養というのはね、いつでも自分というものを反対の立場から冷静に見ることができる、つまり、自分中心という考え方を離れてね、自分というものを仏の眼で見ることができる、そういう頭のやわらかさ、こころのやわらかさ、それが本当の教養だと思うな。そういう本当の教養をもったお母さんの人柄がね、穆山の人間形成の上に影響しないはずがない。そういうお母さんの人柄に育てられてこそ、西有穆山のような立派な人ができるんだな。よくもわるくも母親の影響というものは大きいんだな。うすっぺらな知識や理屈をいくらいっぱい持っていてもね、そんなのは、人間の一生を支える<いのちの根>にはならないんだな・・・。ここでもやっぱり同じことがいえるけど、子供の<いのちの根>を育てるということは、理屈じゃないんだな・・・・。
小さな一歩 ---我が子へ--- 相田みつを
歩幅に多少の差はあるけれど 一回に出せる足は だれでも一歩だ
一回に五歩も十歩も 出すわけにはゆかぬ いま、ここ、の、一歩を 具体的に、しかも確実に出すことだ この小さな一歩の連続が 富士山へもヒマラヤへも つづくんだから
その反対 ぼんやり過ごす一日 いいわけとぐちで 過ごす一日 その連続で日がくれる
そういう人生もあるからな 一歩が大事 どんなに小さくても いま、ここ、の
具体的な一歩が大事
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