神武天皇の3つの出自

https://note.com/jomonpeace/n/nbedfabcbd6c8 【神武天皇の3つの出自⑦ ~ヘブライと秦氏~】より

はるか昔、日本やってきた秦氏。秦氏の出自は3つの説があります。その中で最も謎に満ちているのが、中近東からやってきた秦氏。彼らはヘブライ王国の末裔であり、失われた10支(部)族と呼ばれた人々でした。

【日本にやってきた3種類の秦氏の出自】

一つ目が秦の国出身の人々。

徐福や始皇帝の末裔は、日本に移り住み出雲族と合流。徐福は富士山王朝に迎えられ、丹沢周辺に住んだと伝えられます。

2番目が、中央アジアにあった弓月君(ゆづき‐の‐きみ)王国出身の人々。

弓月氏らは、応神天皇の招きで来日。応神天皇は日本中に八幡神社をつくった人物。弓月氏のシンボルは三日月で、中国で『三日月王国』と呼ばれましたが滅亡。その後、中国や朝鮮を転々とし、最後に日本に渡来。

(※この弓月君らは月読尊の子孫との説があります。)

3番目が中近東のヘブライ(イスラエル)王国出身の人たち。

ダビデ・ソロモン王親子によって治められたヘブライ王国は、ソロモン死後、分裂し滅亡。ヘブライ人は世界中に離散(ディアスポラ)。

国を失った多くのヘブライ人が日本に渡ってきました。

月読尊の子孫は秦氏!?④ ~秦氏の3つの出自~

日本では時代が大きく動く時、必ずといっていいほど、秦氏系の人物が出現し、動乱期に突入します。秦氏は縄文の封印とも関わっていました。

約2000年から日本のフィクサー(黒幕)として活躍した秦氏たち。

今回は、秦氏ゆかりとされる神武天皇の3つの出自説。

次回は秦氏と縁の深い桓武天皇の謎解き編。最後に明治維新の中心だった長州藩編になります。(長くなるので何回かに分けて書きますね)

それでは神武天皇の3つの出自の謎から、神武天皇とヘブライとの関わりを解いていきます。

目次

・神武天皇の出自とは?

①飛騨口碑の神武天皇説

②琉球伝承の神武天皇説

③正統派ヘブライ出身の神武天皇

・神武天皇の出自とは?

①飛騨口碑の神武天皇説

神武天皇の出自には主に3つの説があります。一つ目は飛騨口碑説。

飛騨口碑では、神武天皇は「サヌ」という名前。当時、海外から渡来系民族が襲来し、将来を憂いた飛騨王国?は、サヌ王子を九州に降臨させ、九州を統一後、日本を一つの国としてまとめ、諸外国から日本を守ろうとします。

これが『裏古事記・日本人のルーツ飛騨』の飛騨口碑。

古事記の天孫降臨とは国を忠誠心で護った日本古代正史だ!天孫降臨は忠誠心で国を護った史実である | 日本人のルーツ

日本人のルーツとして、飛騨に伝わっている口碑の天孫降臨とは、初代大淡上方様(おおあわのうわかたさま)から代々言われた国造り

roots-hida.info

奈良時代、古事記作成の際、飛騨出身の稗田阿礼(ひえだあれい)という人物が朝廷に呼ばれ、阿礼の口述を元に、太安万侶が古事記を作成しました。

稗田阿礼は神官の家系出身の女性で、阿礼(アレイ)は巫女、預言者をさすそうです。飛騨口碑では、飛騨族と出雲族は同族。

  

②琉球伝承の神武天皇説

二つ目の神武出自は沖縄説。

沖縄ははるか昔から琉球王国として栄えていました。しかし琉球は薩摩藩の支配下となり、その後の大戦によって、縄文史を始めとした古代史は失われます。しかし沖縄各地では、口伝が継承され、縄文史も残っていました。

琉球の伝承では、「神武天皇は琉球の恵平屋島(ゑへやしま)に誕生あそばされた」とあります。恵平屋島は伊平屋島(いへやじま)をさし、沖縄島北端にある島。日本神話で、神武天皇の母・玉依姫は「竜宮」の娘。

江戸時代の学者藤井貞幹は『神武天皇の母・玉依姫は、海宮(あまみ)の玉依彦の娘、豊玉姫の妹で、海宮とは、琉球国の恵平也(伊平屋)島』と唱えています。はるか昔、竜宮は海宮(あまみ)であり、沖縄でもありました。

神武天皇を守った戦士たちに久米部(くめべ)がいます。

久米部は沖縄の久米島出身。神武天皇は奈良県の橿原宮で即位します。

久米部たちは、即位後も神武天皇を守ったらしく、橿原神宮駅近くには、久米町や久米寺という地名が残っています。

神武天皇の琉球出身説も信ぴょう性があります。

③正統派ヘブライ出身の神武天皇

3つ目の説がヘブライ説。古事記では神武天皇の名前は『神倭伊波礼比古命 (カムヤマトイワレビコノミコト)』。これはヘブライ語で「立ち上がれ!ユダヤの初子である神の民よ!」を意味します。

今から約3000年前、中近東では、ダビデ・ソロモン王親子が統治するヘブライ王国が栄えていました。ダビデは2代目で、ソロモンは3代目の王。

ヘブライ民族は一つの氏族ではなく、10ほどの部族が集まったもので、それを治めたのが、ダビデ王。しかしソロモンの死後、ヘブライ国は南北に分裂。その後、国は失われ、ヘブライ人は世界中に散っていきます。これが失われた10支(部)族。

こうしてヘブライ民族は世界中に離散(ディアスポラ)し、離散した10支(部)族のヘブライ人のうち、日本にやってきたのがユダ族。

(※イスラエルのある特殊機関は、約2700年前に世界中に散った10支族の末裔を求め続け、彼らが日本に渡来したとの確信を得ていると言います)

神武天皇は失われた十氏族のうちユダ族出身とされ、ユダ族のシンボルは獅子(ライオン)。

話は変わりますが、イエス・キリストはユダ族に生まれ、ユダ族は王権を継承する役目を持ちます。そのためか、キリストが十字架にはりつけになった際、『ユダヤ人の王、ナザレのイエス』という文字が十字架に刻まれました。諸説ありますが、キリストはヘブライの王として十字架にかけられました。もし神武天皇がユダ族出身だとしたら、キリストと神武天皇は同族になります。

日本のお祭りでは獅子舞が披露され、神社には狛犬がいます。

狛犬の起源はライオン。日本各地のお祭りでは、獅子舞が披露されます。

一説では天皇家の秘密の紋章もライオンです。

狛犬は日本とヘブライと結ぶルーツかもしれません。

京都御所(清涼殿)には天皇家の紋章として、獅子(ライオン)と一角獣(ユニコーン)の紋章があったとされる。

日本固有文明の謎はユダヤで解ける(徳間書店)

いわば、イスラエル王国の王位を継承するヘブライ系王子が日本にやってきて、神武天皇となったという説。

その理由の一つが古事記で、神武天皇の名前が『神倭伊波礼比古命 (カムヤマトイワレビコノミコト)』だったから。カムヤマトイワレビコノミコトは、ヘブライ語で「立ち上がれ!ユダヤの初子である神の民よ!」という意味。

神武天皇は日本語でもヘブライ語でも『王』なんです。

(※賛否両論あります。)

ちなみに日本を指す「ヤマト(大和・倭)」という国名は、ヘブライ語で、神の国をあらわすとか?!ヘブライ語でも、日本は古くから「神の国」でした。

神武天皇ヘブライ説ですが、長くなったので続きますね。


https://note.com/jomonpeace/n/n22baaaac3438 【神武天皇はヘブライ出身?⑧ ~天孫降臨と秦氏~】より

先日、神武天皇の3つの出自説で、ヘブライ説も書きました。

今回はさらにヘブライ説について掘り下げます。

約3000年前、南北ヘブライ王国の滅亡後、ヘブライ人は世界中に散ります。これが離散(ディアスポラ)。

離散した10支(部)族のうち、日本にやってきたのがユダ族。

ユダ(族)がなまって、ハタ・ハダ(秦)氏になったそうです。

諸説ありますが、神武天皇はヘブライのユダ族出身。ユダ族は王位継承権を持ちます。古事記では、神武天皇の名前は神倭伊波礼比古命 (カムヤマトイワレビコノミコト)。これはヘブライ語で「立ち上がれ!ユダヤの初子である神の民よ!」の意味。

天皇の紋章の一つである獅子は、聖書ではユダ族のシンボル(紋章)。

この獅子が日本に渡来後、神社の狛犬となります。お正月に見られる獅子舞は、疫病退散や邪気払いの意味を持ち、日本人の信仰の対象となっていきました。

下記のイラストはヘブライの契約の箱(別名・契約の聖櫃(アーク))。

〈豪華装飾写本『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』のイラストより〉

ファイル:Folio 29r - The Ark of God Carried into the Temple.jpg - Wikipedia

ja.wikipedia.org

ヘブライのアーク(聖櫃)と日本の神社の神輿は、確かに似ています。

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(飛騨・位山の巨岩の一つ)

神武天皇とヘブライのつながりは、飛騨の位山にもあります。

位山は巨石がつらなる霊山で、神代からの聖地。

飛騨口碑では約2000年前、位山で、神武天皇は両面宿儺(スクナ)から王位を授けられます。ヘブライ語で、宿儺は「神が依りつく地域に住む人々を統治する」という意味だそうです。神武天皇は宿儺から、(神の地を治める)統治王の皇位を授けられました。

宿儺は人名でなく、飛騨王国?で代々受け継がれた役職名で、それは5世紀にヤマト王権の軍略で飛騨王国が滅亡するまで続きました。

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(以前登った位山登山道のマップ。巨石群登山道にストーンサークルがつらなっています)

天照大神のモデルとされるアマテルですが、イザナミから生まれる際、位山のイチイの木でできた笏(しゃく)を使って、アマテルを包んでいた砲衣を切り裂きます。時代が移り変わっても、位山のイチイの木でできた笏は、王位伝承の証として、新しく天皇が即位する度に、位山から贈られました。

位山のイチイの木は、漢字で「一位」。「ヤマト(日本)」という国を治める資格を、位山の一位(イチイ)の木の笏を持つことにより、帝位の継承という形を取っているのかなと思います。

奈良時代、天智天皇即位の際も、位山から贈られた記録が正史に残り、令和天皇即位の際も、位山のイチイでできた笏が贈られました。

約2000年前、宿儺から始まった天皇への王位継承は、「位山の笏」を授かるという儀式で、歴代の天皇の即位に欠かせないものとなりました。

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(飛騨の語源である「日抱(ひだ)」岩。 ~位山登山道~)

江戸時代まで、神武天皇をはじめとする歴代の天皇の尊称は

「スメラミコト」

スメラは「統べる」をさし、ミコトは身分が高い人の敬称でした。

日本語で「スメラミコト」は、「天に代わって国を統治する者」。

天皇は、古くは帝(みかど)と呼ばれました。帝とは天皇の位。

一方、ヘブライ語で「スメル」は「神を任命」、「神の名前」の意味。

同じく「ミカド(帝)」は、「良い統治者」、「祝福された開拓者」。

そして「聖なる天降る者」をさします。

神話の世界では、神武天皇やニニギ尊など、高天原から「天下った」天孫降臨により、日本の天皇家は始まります。

それゆえ、天孫降臨の神々は「天津神」。

出雲を始めとする土着?の神々は国津神。

天孫降臨の子孫である天皇をさした「ミカド(帝)」がヘブライ語で、「聖なる天降る者」を意味するのは興味深いです。

天孫降臨した人々を「聖なる天降る人々」と位置づけ、そこから(天孫降臨した人々の)王位獲得の「正統性」を示すのが、ヘブライ語における天皇・帝が引き継ぐ霊統。

古事記では、九州の高千穂に(現在の)天皇家の先祖が降臨し、九州を手中にした後、近畿地方に向かいます。この天孫たちが、日本という国の領土を少しずつ獲得していくさまが、ヘブライ語の「ミカド」である「祝福された開拓者」という意味と重なります。

ヘブライの王位継承権を持つユダ族が九州に降臨し、国土を獲得。

のちにそのユダ族の嫡流が、ミカド(帝)として日本を統治。天孫降臨の神話は、これらの(ミカドの)皇統を伝えています。

天孫降臨も、ヘブライ語で読み解くことができます。

神武天皇の出自には諸説あり、本当にヘブライ系だったかはわかりません。ただ日本語にはヘブライ語と同じ意味を持つ単語が3000語以上あり、何らかのつながりがあったのは確か。

(ヘブライ説では)神武天皇は王位を継承するユダ族出身で、このユダがなまり、秦(ハタ)氏になります。

それは日本正史において、秦氏が出現した始まりでした。

次回は平安期、さらに秦氏と深くつながっていた桓武天皇の謎。

平安京は秦氏が活躍する新天地でした。

はるか昔、日本にやってきた秦氏たちは、富士山王朝と合流し、現在の日本でも活躍しています。それが三井財閥や住友財閥、三菱財閥など。

数秘術で、出雲族は『8』という数字を好み、秦氏は『3』を好んだとあります。そして、太陽の化身とされる、三本足の八咫烏は『3』と『8』の両方の数字を持つ霊鳥。

縄文後期からフィクサー(黒幕)として活躍続ける秦氏の謎を追います。


https://note.com/jomonpeace/n/ne36c6b61fb5b 【秦氏の出自を消していく桓武天皇⑩ ~同化する秦氏たち~】より

前回、桓武天皇の生母が朝鮮半島の百済出身で、秦氏系「土師」氏出身だと書きました。桓武天皇が京都に遷都したのも、母方の秦氏らが京都に多く住んでいたのも理由の一つだと言われています。平安京は、経済・技術の両面で秦氏がスポンサーとなって造営。事務能力に長けた沢山の秦氏が役人として桓武帝に仕え、平安京は発展していきました。

平安京造営から約10年後の790年。

(秦氏系)土師氏を母方に持つ桓武天皇は、まるで自らの出自を隠すかのように土師氏に別の姓(名前)を与え、朝廷から土師氏の影を消していきます。

一説では、土師氏はヘブライのガド族をルーツを持つ秦氏の一族。

ガド族は失われた10支族のなかで最も勇猛な部族。

桓武天皇は、土師氏に日本の姓を持たせ、完全に日本の氏族として、日本に溶け込ます意図があったのかもしれません。

桓武天皇が土師氏に与えた姓は二つあり、一つ目は菅原姓で、もう一つは大江姓。今回の記事は、日本に帰化した(秦氏系)土師氏の活躍編です。

土師氏の末裔から、明治維新を主導した長州藩が生まれます。

目次

Ⅰ 桓武天皇が土師氏に与えた姓のうち、一つ目は菅原姓

Ⅱ 桓武帝が土師氏に与えた2つ目の姓は、大江(姓)

 +①土師氏⇒大江姓 から出現した平安期の有名人

 +②土師氏⇒大江姓 から出現した鎌倉時代の有名人

Ⅰ 桓武天皇が土師氏に与えた姓のうち、一つ目は菅原姓

桓武帝が(秦氏系)土師氏に与えた、一つ目の姓は「菅原」姓。

この菅原姓からは、のちに菅原道真が生まれます。

道真を抜擢したのが、桓武帝直系の59代目・宇多天皇。

宇多天皇の母は、第50代「桓武天皇」の皇子「仲野親王」の娘で、「班子女王」という人物。宇多天皇は、両親ともに桓武天皇の直系。

宇多天皇は藤原氏の権勢を好まず、菅原道真を重用することで、藤原氏の権力を抑えようとしました。宇多天皇は道真を側近とし、積極的に政治改革に取り組みます。また(菅原道真から)唐の混乱や日本文化の発展の大切さを聞き、遣唐使の中止をとりやめました。

宇多天皇は、菅原道真の子を自身の女御にし、また、皇太子の妃にも迎え、2人はより強固な関係を築きます。宇多天皇が(道真を)そこまで登用したのは、藤原氏への反感だけでなく、かつての先祖(桓武天皇)の同族だった土師の血を引く、道真への信頼が背後にあったことが考えられます。

宇多天皇退位後は、息子の醍醐天皇も道真を重用。

しかし藤原氏が黙っているわけはなく、陰謀により道真は失脚し、大宰府に左遷。現在、菅原道真は『学問の神さま』として天満宮に祀られています。道真失脚後、藤原氏の天下は揺るがないものとして、栄華を極めました。

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〈菅原道真を学問の神さまとして祀る、太宰府天満宮〉

Ⅱ 桓武帝が土師氏に与えた2つ目の姓は、大江(姓)

790年、桓武天皇は土師氏に「菅原」と、「大枝」の姓を与えます。

菅原氏からは、学問の神さまとして天満宮に祀られる菅原道真が登場。

(桓武天皇から大枝姓を授けられた)大枝氏は、大きな枝は折れやすく

「不吉」との理由で、「大江」の姓に変更。

大江氏からは優秀な学者・歌人が多く出現しました。

 +①土師氏⇒大江姓 から出現した平安期の有名人

『大江氏』と名を変えた土師氏からは、優れた人物が次々と出現。

平安期、華麗な恋愛遍歴で知られる和泉式部も大江氏出身。

和泉式部は冷泉天皇の第3皇子為尊(ためたか)親王、次いでその弟の敦道(あつみち)親王と熱愛。その後、藤原道長の娘・藤原彰子に使え、女流歌人として活躍。彼女が詠んだ和歌は百人一首に登場します。

また、秀才と名高い大江匡衡(おおえ の まさひら)と、その妻で良妻賢母でしられる赤染衛門(あかぞめえもん)の二人とも「大江氏」出身。

大江匡衡は漢詩文に秀でた学者で、文章博士や東宮学士などを務め、赤染衛門とは仲良く、おしどり夫婦として知られました。

和歌の才に恵まれた赤染衛門は、藤原道長の娘・藤原彰子に使え、紫式部や清少納言とも親交がありました。

渡来氏族としてやってきた(秦氏系)土師氏は、桓武帝から「菅原」姓や「大江姓」を授かり、日本に同化。華麗な宮廷文化を築きました。

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〈京都の平安神宮〉

※明治28年(1895)に、平安遷都1100年を記念して、平安京造営を行った

第50代桓武天皇をご祭神として創建された神社

 +②土師氏⇒大江姓 から出現した鎌倉時代の有名人

さらに平安末期になると大江氏から、武人も登場。

大江氏から登場したのは、大江広元。広元は勇猛な武者でしたが、一方で実務能力が高く、知識が豊富で、文官としても活躍。

下級貴族だった大江広元は源頼朝 に仕え、鎌倉に赴任。広元は、源頼朝の一番の腹心として活躍し、(鎌倉)幕府の執権・北条氏につぐ・幕府ナンバー3の地位に昇りつめます。

(※2022年、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の一人に大江広元が登場。)

大江広元の子孫から「毛利季光」が生まれ、戦国時代の西国大名「毛利」氏の始祖となります。それから約200年後の幕末では、毛利藩である「長州藩」が、倒幕を推し進め、明治維新を主導。

それはフィクサー(黒幕)秦氏の本領発揮でした。

次回、フィクサー秦氏の日本統治編。

秦氏がどうやって日本のフィクサーとなったのか?

『謎の渡来氏族・秦氏の活躍』はもう少し続きます。

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〈鎌倉の法華堂にある大江広元と、その子孫・毛利季光の墓〉

P.S.

秦氏は富士山王朝と合流し、その血脈は富士山王朝にも受け継がれます。

秦氏・徐福の末裔には、福山・福仙・福岡、といった苗字を持つ子孫たちがおり、(日本の地名にある)福山、福岡は秦氏の子孫が移り住んだ場所のかもしれません。

始皇帝から不老不死の薬を探すよう命じられ、日本にやってきた徐福ですが、秦(国)に帰らず日本に帰化。徐福は、始皇帝の関係者に見つからないよう、自らの子孫に「徐」の姓を名乗ること控えさせたと言います。

そのため徐福の子孫は「徐」姓を名乗らず、名前である「福」を名乗ったようで、徐福の子孫には、福山、福仙といった『福』という漢字がついていることが多いです。

徐福は富士山王朝の姫君を娶り、子供をもうけています。

ヤマト王権との戦いの際は、徐福4世の福仙が、富士王朝側の軍師として参加。徐福の子孫は、その後も富士山王朝と密接な関わりがあったようです。

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