目に見えない根を

Facebook相田 公弘さん投稿記事· 「目に見えない根を」相田みつを

わたしの住み家は道ばたの アスファルトの小さな 割れ目の中 わたしは

人の足にふまれてばかりいる 栄養不良の名もない雑草です 名もない雑草ではあるけれど

人の足にふまれるたびに 涙こらえて歯をくいしばり 土の中ふかく根を張るんです

いつかくる春の日に いのちいっぱいの 自分の花を咲かせるために

いまは ただ 目に見えない たくましい 根を育てているんです


https://ameblo.jp/and-kei/entry-12323901502.html 【目に見えないものを大切にする】より

「目に見えないものを大切にする」というお話です。

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今の日本では、目に見える数値や目先の利益ばかりがもてはやされ、本当に大切なものが見過ごされているのではないかと思うことがあります。

最近の駅や空港では、一歩でも近道をしようと思うのか、人を押し分け、平気でぶつかっていく人が多くなりました。

自分の体や荷物が人に触れないようにする、たったの二、三歩を惜しむことが、果たして得になるのでしょうか。

目に見えないマイナスに気づかない人が増えているのは、恐ろしいことです。

青森県弘前で、完全無農薬・無肥料の「奇跡のリンゴ」の栽培に成功された、木村秋則さんという方がいらっしゃいます。

木村さんのリンゴ畑を尋ねた時、「どうぞ木から取って、洗わずにそのまま食べてください」と勧められ、口にしたリンゴの味は忘れられません。

畑の土を手に取ってみると、本当に山の中と同じ匂いがしました。

長い年月をかけながら落ち葉が積み上がってできる、腐葉土のような匂いです。

木村さんは目に見える木の上の枝や葉よりも、木の下にあって見えない土をよくして根を育てることに着目し、成功されたのです。

(中略)

経済のように目に見えるものも、確かに大切です。

しかし、経済さえ強ければ国はよくなるかと言えば、そんなことはありません。

目に見えない国民性が低ければ、いくら経済が強くても国は衰退することを、歴史が証明しています。

凛とした日本人の生き方

鍵山秀三郎 著

モラロジー研究所

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目に見えない「根っこ」を大事にしていきたいですね。

ところで、「根っこ」は一体いつ伸びるのか、ご存知でしょうか?

以前読んだ本に答えがありましたので、ご紹介させていただきます。

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植物にとって根っこは水や養分を吸収したり、体を支えるための大切な器官である。

根っこがなければ、植物はたちまち干上がってしまうし、根っこが十分に張っていないと、茎が簡単に倒れてしまう。

同様に、人間にとっても「根っこ」は大切なものだ。

「根気」や「根性」「根本」など、「根」という言葉が人の本質を表すことからもそれがわかる。

それでは、その根はいつ伸びるのだろうか。

水栽培されているヒヤシンスなどを見ると、短い根が出ているだけで、根っこはあまり伸びていないし、細かい根はほとんど生えていない。

水が十分にある条件では、必要以上に根を伸ばす必要がないのだ。

水がないところでは、植物の根は水を求めてグッと深く伸びる。

そして、四方八方に張りめぐらされた根が、大地をしっかりとつかむのである。

根が成長するのは、条件に恵まれたときではない。

苦しいときにこそ、根が伸びるのだ。

恵まれたときは、茎を伸ばしたり葉を茂らせるのに忙しくて、根は伸びている暇がない。

干されたときこそが成長のチャンスである。

土の下に伸びた根っこは、目に見えないがその植物の実力そのものである。

毎日、水を与えている庭の草花が夏の日照りで萎れているのに、誰も水をやらない道ばたの雑草は青々と茂っている。

日照りにあったときに、その植物の真の強さがわかる。

雑草に水をやる人はいない。

けっして恵まれた条件に生えているとはいえない。

だからこそ、毎日、水を与えられている草花とは根の張り方が違うのである。

(雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方/稲垣栄洋 著/亜紀書房)

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目に見えない「根っこ」を育てるのは、恵まれた環境じゃない。

苦しいとき、大変なとき、もがいているとき、悲しいときや、涙が出るときなんだ。

今苦しいのであれば、それは「根っこ」が伸びている証拠。

この先の世界で、きっと丈夫な幹や葉や実を作ってくれる。

実を結ぶとはこの事ですね♪


Facebook相田 公弘さん投稿記事

息を吐いて、吸うように、ただ仕事をしています! 星野源の名言

(1)人間はどんな状態であろうと、その中で幸せを無理矢理にでも探し出し、それを糧に生きてゆく。

(2)息を吐いて、吸うように、ただ仕事をしています。

(3)最初の頃はとにかくおびえてたんですよ。恐くて。歌を作るのは好きだけど、自分の声が嫌いだったんです

(4)どんなに的確な批評の言葉より、「おもしろい」の一言のほう励まされるし、やる気も出るものです。

(5)ただ、なんとなく思ってるのは、たぶん、死ぬことを書きたいんじゃなくて生きることを書きたいんだと思うんですよ。で、生きることを正直に書くと、死ぬことを書かざるをえないっていう。

(6)寂しすぎるって言って死んでも、死んだ後も寂しいんじゃないかと。だったら今頑張ろうかな。

(7)欲深いっていうのを自分で認めるようになってから何かが前向きに行き始めたような気がします。

(8)人は、どれだけ勉強してもどれだけ物知りでも、知らない」ことがなくなることはないと思います。様々な「終わり」が襲ってくるこの世の中で、それはいつまでも新鮮に生きていられる、希望のようなものでもあると思います。

(9)多分お金さえかければできると思うんですよ。自分はそれよりも、限られた条件の中で何ができるか?っていうことに興味があるんです。

(10)全ての人に平等に課せられているものは、いずれ訪れる「死」と、それまで延々とつづく「生活」だけなのである。

(11)あと少しで死んでしまうというとき、走馬灯のように人生を振り返って「ああ、ひとりじゃなかったんだ」と思えたら、きっとすごく幸せなんだろう。

(12)好きっていう気持ちは大事。自分はこれが好きなんだ、好きだからやっているんだという部分がブレちゃうと、総崩れになる。

(13)僕は、虚構とか妄想が好きなんで、どう生活の中で現実との折り合いを付けていくかっていつも考えてるんです

(14)恥ずかしいものは恥ずかしいし、人前に出るってことは全て恥ずかしいことだと思うんです

(15)才能があるからやるのではなく、才能がないからやる、という選択肢があってもいいんじゃないか。そう思います

(16)時間をかけ、やっと欲しいものが手に入った時には大抵、欲しい理由はなくなっているものである。

(17)最近思うのは、作り手がエゴをそぎ落とせばそぎ落とすほど、実はその人の「人間」って伝わるのかなって。

(18)ただ、なんとなく思ってるのは、たぶん、死ぬことを書きたいんじゃなくて生きることを書きたいんだと思うんですよ。で、生きることを正直に書くと、死ぬことを書かざるをえないっていう。

(19)僕、芝居も文章も下手だったんです。でもすごく好きでやりたいものってあるじゃないですか。最初から何でもできる人なんていないから、『出来ないからこそ やらなきゃだめじゃん!』って思って。だから役者も文章も、一人で勝手に続けていたんですよ。

(20)いのちの車窓は、様々な方向にある。現実は一つだけれど、どの窓から世界を見るのかで命の行き先は変わっていくだろう。

(21)僕の夢は長生きすること...

- 星野源 -


Facebook藤井 隆英さん投稿記事

禅語画(十六)

【調身調息調心(ちょうしんちょうそくちょうしん)】《調うことが、そのまま幸せ》

禅を学ぶために必須な心得。身体、呼吸、精神を調えること。禅のとらえる健康は、三つの観点すべてが調った状態です。


Facebook近藤裕子さん投稿記事  ☘️自分らしく☘️

「為無為」(無為を為す)  −老子−

「無為」とは何もしない事ではなく 不自然な作為、人工的な作為をしない、という意味のようです。人は今、溢れる情報やシステムや他人の介入で 自分を見失い、疲れきっているように思えます。

焦って策を講じるより何もしない方が上手く行くことも有ります。「無為の治」と言う言葉も有ります。「無為にして治まる」と読み、人徳のある人が上に立つと、特別なことは何もしなくても、世の中は自ずと治まると言う意味だそうです。

無理矢理何かをするよりも 何もしないゆったりした時間の中に 自分らしい生き方や解決のヒントが見つかるのかもしれません。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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