俳句という現実(リアル) ~俳句における三重構造についての試論

https://moon.ap.teacup.com/tajima/833.html  【俳句という現実(リアル)

~俳句における三重構造についての試論】  より

■はじめに

〈現実〉は餌場の鶴のようなものだ。

私たちは、じっと息を潜めて見つめることしかできない。そこで何が起きているのか、そこに何が到来するのか、訊ねてはならない。その途端に、鶴という〈現実〉は飛び去ってしまうのである。いくら読書を重ねても、そこで何が起きているかを知ることはできない。じっと見つめることでしか、そこで起きていることの意味を知ることはできないのだ。〈現実〉─私たちが俳句を通して見るものは、それだ。

■「問うこと」/「問われたこと」

たとえば、私が俳句におけるある論件について書く、とする。その場合、私はまず何らかの問題を提起し、それについて論考を行うことになるわけだが、そこで「書かれたこと」は、そのような論考を私が「書くこと」にどのような意味があるか、という観点と併せて読まれることになる。

このような論考は、一般的に「私」という「主体」を起点として語られていると考えられているが、話はもう少し複雑である。

「何らかの問題」を提起する「私」は、その問題が問うに値するものであることを「私ではない誰か」が保証していることを前提として書いている。つまり、そこで論じられるべき問題が、「私」だけの問題ではなく「私以外」の人々にとっての問題でもある、ということを「私ではない誰か」の代理として語る。「ここに私たちにとって問題である、と言われている問題がある」という文脈で問題は提示される。「ここに問題がある」と「私」が言うとき、「私」にそれを「問題だ」と感じさせている「私ではない誰か」が常に暗示されている。

なぜ「私」はそのようなことを問うのか。「私」にそのようなことを問わせるものは、誰か。

これは非常に厄介な問題である。なぜなら、そのような「誰か」とは無限の「入れ子構造」になっているからである。

「それを問うのは誰か…と問うのは誰か…と問うのは誰か…と問うのは…」

きりがない。

これは、ことさらに問題を複雑にしようとしているわけではない。重要なのは、私たちが何かを問う場合、そこで「問われたこと」は、それを「問うこと」に包含され、ひとつの「問われたこと」を形成するのである。言い換えれば、「問われたこと」の中には「問うこと」が包含されている、ということになる。

ここで言うところの「問うこと」/「問われたこと」の関係は、そのまま「書くこと」/「書かれたこと」に置き換えることが可能となる。この論件には「書くこと」/「書かれたこと」の本質的な関係性が含まれている。ここで言いたいことは、一般的に言われているような「書かれたこと」と異なる位相に「メタ言語」が存在する、ということではない。そうではなくて、「書かれたこと」の表層に「書くこと」の痕跡が残される、ということである。

これは、俳句において定型と呼ばれる五七五の「かたち」という器のなかに「内容」が盛り込まれるのではなく、「かたち」そのものが「内容」であるということを示している。

■「私」の核

無限に遡及してゆく「主体」の起源に関する問題。このような「主体」の問題は、誰もが直感的に知りながら、そのような埒のあかない問題は日常的には保留されている。この「埒のあかない問題」は私たちの無意識の領域に隠されていて、あたかも「主体」の起源は「自明のこと」であるように考えられている。一般的に作品は、「主体」が「すでに始まっている」という時点から書かれるのだ。

けれども、我々が考えているほど作品を書く「主体」というものが自明のものでないことは、経験上明らかである。俳句は、そこに作者が「主体的に」書き込んだ以上のものを、読者に読ませてしまう。読者が俳句作品のなかに読み取るものは、過不足のない「作者の主体性」などではない。そこで読まれるものは固定化されておらず、作者にとって常に「言い足りず」と同時に「言い過ぎて」いる何ものかである。その証拠に、強く感動を受けた作品が、翌日にはその感動が全く失せてしまった、などということが起こりうるのだ。

では、その作品を書かせたものが作者の「主体性」ではないとすれば、一体それは「誰」なのだろうか。「主体性」が遡及してゆき、たどり着くであろう「私」の核には、何があるのだろうか。

作者の「意識」を借りて、作品を作らせている「私」の核。それは「無」であると同時に、私たちが〈現実〉と呼ぶものである。

俳句には、この〈現実〉がひとつのコード(符号)として書き込まれ、そしてそのコードを手がかりとして読まれるのである。

作品の「主体性」とは、そのような「私」の核を占める〈現実〉の「身代わり」として、作品中に「書かれたこと」に先がけて「書くこと」において意味する何ものかである。

これは「主体性」と呼ばれているものが「時間的」なものであることを示している。作者と読者の関係は作品に内包される時間的な前後関係のなかで確立される。そしてそれを支えているコードは、俳句作品上に「謎」として書き込まれている。その「謎」は私たちの「日常性」に対して明らかに「異物」としての違和感をもたらすが、そのような「違和感」を通してしか、作者と読者の間の「主体性」という新しい関係を実現することはできないのだ。

■ 「主体性」が意味すること

言うまでもなく、誰もが生れる前は「無」である。「無で在る」という文脈は、論理矛盾をきたしているのだが、今生きている「私」という意識が「無で在る」と言わしめているのであって、生れる前の時点では、それは「思い出すこともできないほど」「誰の意識にもあがらないほど」の「無」である。

「生れる前は無であった」と言うことのできる「私」は、「意識」としてすでに始まっている。「無」とは、言うまでもなく「0(ゼロ)」の地点を示している。それに対して、「意識」を数式であらわすとすれば、それは「-10+10」で表すことができる。これは「意識」というものが、「生れて、死ぬ」ことを意味している。

「生」は、常に「死」によって相殺される。

数式上は「0=-10+10」という等式が成り立つことになるのだから、「無」と「意識」は等しいものであり、その間に差はないことになる。つまり「生」は「死」と等しいことになる。この、「無」が「生と死」「プラスとマイナス」の方向へ引き裂かれている状態こそが「意識」と呼ばれるものである。

しかし、「生」はやがて「死」で相殺されるのだから、「生きることには意味がない」というのは「自殺者」の理論である。そのような理論は、「意識」の数式をどこか読み間違えている。どこが間違っているのだろうか。実は、この数式には書き込まれていない重要な要素がある。それは「時間性」である。

数学上の等式は「無時間性」の上で成立している。けれども、私たちの「生」と「死」の間にには「時間的差異」が存在している。だから、私たちの「意識」の時間的な現実は「0≠-10+10」という不等式となるのだ。つまり「無」と「意識」との間の「時間的差異」、それこそが「主体性」なのである。

では、なぜこのようなややこしい仕組みによって「主体性」というものがあらわれる必要があるのだろうか。そして、それはどのように俳句と関わっているのか。この点について考察するために、俳句のもつ重要な構造について考えて見なければならない。それは、俳句における三重構造についてである。

俳句の構造が重層化されている、ということは既に広く知られている。中村草田男は俳句のもつ重層化された構造について以下のように書いている。

現代の複雑に、豊富に育ってきている詩文学の他の分野にまで言及して、こう断じたならば随分乱暴な言い分になるのであろうが、対象であるところの現象一般との間に呼応触発される詠嘆の主情そのものを、「しらべ」にのせてうたいあげる短歌の世界や、作者の意識内の虚像実像のあとのみを、ひたすらに究明するかにもうかがえる一般自由詩の世界よりも、現象そのものの姿のうちに、背後の自己とその本源界との貫通相を、つつましくそのままに結晶させ定着させる俳句文学の固有性は、本来、私自身の素質に適合していたかにも思われる。

現に今日の私は、俳句性を規定して、「季題を中心とするあらわに表現化された有形の現象界と、その背後に感得されるべく暗示されている無形の領域」との「二重の世界」であると定義づけているのである。(『俳句百年の問い』夏石番矢編 講談社学術文庫)

ここで草田男が述べている「二重の世界」について、具体的な例をあげて考えてみよう。

例えば、次のような中七下五があったとする。

午後から雨が降ってきた

このセンテンスは音が七五調になっているだけで、特になんの変哲もない一文である。このセンテンスの上五に季語を与えてみる。

終戦日午後から雨が降ってきた

あるいは、

花どきの午後から雨が降ってきた

この上五の異なるふたつの作品は、いずれも上五に置かれた季語によって中七下五の感じられ方が違う。つまり、草田男の言うように「季題を中心と」して「あらわに表現化され」ている。ここでは季語が中七下五を象徴的に意味することで、作品を読むための「コード」の働きをしている。

「終戦日」や「花どき」という季語は、もちろんその言葉が指示している表面的な意味(「八月十五日」あるいは「桜の花の盛りのころ」のこと)だけでなく、これらの作品を比較したときにあきらかに異なる感じ、つまり草田男の言う「その背後に感得されるべく暗示されている無形の領域」を持っている。

これによって、俳句はいわゆる「モノ」を描きながら、「モノではない何ものか」を象徴的に表現する、という二重の構造を得る。

しかし、ここで注意しなければならないのは、ここでは「モノ」と「モノではない何ものか」とはあくまでも区別されており、作者の「主体性」と呼ぶべきものは作品の「外部」に存在したまま、いわば作品の「持ち主(オーナー)」として作品とは異なる時空に立ち続ける。

ここで私たちは、草田男が示した俳句における重層化された構造について、もう一歩、先へ進まなければならない。つまり草田男の「二重の世界」に加えて、さらにもうひとつの階層が存在するのだ。

スラヴォイ・ジジェクは、その著書『イデオロギーの崇高な対象』(鈴木晶訳 河出書房新社)で、フロイト的解釈における「夢」の構造を取り上げ、以下のように説明している。

つねに三重構造になっている、つまりいつでも三つの要因が働いているのだ。すなわち顕在的な夢のテクストと、潜在的な夢思考と、夢に表現された無意識的欲望である。(『イデオロギーの崇高な対象』スラヴォイ・ジジェク著/鈴木晶訳 河出書房新社)

ここで「夢」の「三重構造」について述べるジジェクは、ジャック・ラカンの精神分析理論における人間存在における三階層を念頭においている。ジジェクの言う「三重構造」はラカンによる「象徴界」「想像界」「現実界」と対応する。つまり、「顕在的な夢のテクスト」=「想像界」、「潜在的な夢思考」=「象徴界」、「無意識的欲望」=「現実界」である。

ラカンによれば、人間存在の現実は、象徴界・想像界・現実界という、たがいに絡み合った三つの次元から構成されている。この三幅対はチェスに例えると理解しやすい。チェスをやる際に従わなければならない規則、それがチェスの象徴的次元である。純粋に形式的・象徴的な視点からみれば、「騎士(ナイト)」は、どういう動きができるかによってのみ定義される。この次元は明らかに想像的次元とは異なる。想像的次元では、チェスの駒はどれもその名前(王(キング)、女王(クイーン)、騎士(ナイト))の形をしており、それにふさわしい性格付けがなされている。だから、規則はまったく同じだが、異なる想像界をもったゲーム、たとえば騎士の駒に「使者」とか「馬」という名前がついているゲームを想像することは容易だ。〔将棋を想像してみればいい〕。最後に、現実界とは、ゲームの進行を左右する一連の偶然的で複雑な状況の全体、すなわちプレイヤーの知力や、一方のプレイヤーの心を乱し、時にはゲームを中断してしまうような、予想外の妨害などである。(『ラカンはこう読め!』スラヴォイ・ジジェク著/鈴木晶訳 紀伊國屋書店)

草田男が述べた「季題を中心とするあらわに表現化された有形の現象界」、「その背後に感得されるべく暗示されている無形の領域」は、ジジェクの「顕在的な夢のテクスト」、「潜在的な夢思考」に、ラカンの「想像界」、「象徴界」に、ぞれぞれ対応している。

ジジェクが示した「意識/無意識」の「三重構造」は、俳句を作る「意識/無意識」においても例外ではない。

では、草田男が示した「二重の世界」につけ加えられるべき、もうひとつの階層とはどのようなものなのだろうか。ジジェクが「無意識的欲望」と呼び、ラカンが「現実界」と呼ぶ「意識」の「三重構造」が俳句にもたらすものとは一体何なのだろうか。

■「古池や蛙飛びこむ水のおと」について

ここで、「現実界」の理解を深めるために、人口に膾炙した有名な作品の構造を参照したい。

古池や蛙飛びこむ水のおと 芭蕉

この句は、貞享三年春につくられた句で、芭蕉開眼の句とされている。この句のどこが「開眼」の句なのか。芭蕉は、この句において何を「書いた」(正確には「書いてしまった」)のか。

その点について長谷川櫂氏は、その著書「古池に蛙は飛びこんだか」で、次のように書いている。

(前略)こうみてくると、古池の句は芭蕉の時代から現代までほぼ一貫して「古池に蛙が飛びこんで水の音がした」と解釈されてきたことがわかる。この点では子規が一掃しようとしたさまざまな深読みも同じだった。「古池に蛙が飛びこんで水の音がした」という解釈があっけないほど簡単なのでもっと深遠な意味を探ろうとしたのである。

しかしながら、この句は「古池や蛙飛びこむ水のおと」であって、「古池に蛙飛びこむ水のおと」ではない。

ほんとうに蛙は古池に飛びこんだのだろうか。(『古池に蛙は飛びこんだか』長谷川櫂著 花神社)

氏はこの疑問を起点として切れ字の機能を明らかにする。

古池の句が「古池に蛙が飛びこんで水の音がした」という意味でないとすれば、この句はいったいどういう意味なのだろうか。

 この問いを解く道は、古池の句に静かに耳を澄ますしかない。「古池」と「蛙飛びこむ水のおと」は切字の「や」によって切れている。それをそのまま受けとめればいい。すると、まず古池がある。次にどこからともなく蛙が飛びこむ音が聞こえてくる。(同書)

それによって、この「古池」の句が、芭蕉開眼の句であることの意味を描き出す。

「蛙飛びこむ水のおと」は庵の外から聞こえてくる現実の音であるが、「古池」は芭蕉の心に浮かんだどこにも存在しない古池である。どこにもない心の中の古池に現(うつつ)の蛙が飛びこむわけにはいかないだろう。

古池の句の古池は芭蕉が蛙が水に飛びこむ音を聞いて貞享三年春という現実のただ中に打ち開いた心の世界だった。その現実の世界と心の世界の境界を示すのが切字の「や」である。これこそが芭蕉にとっての切字であり、「句を切る」ということだった。(同書)

「古池」の句の解釈、そこで働く切れ字「や」の効用、それによって芭蕉が切り開いた境地。長谷川氏は、これら私たちが知りたかったことについて理論的に論じあげている。

けれども、ここでひとつだけ疑問が残る。

それは、まさに「古池」の句に「書かれたこと」の中にではなく、それを「書くこと」が何を意味しているのか、という疑問である。つまり「古池」の句は、なぜ「や」で切られなければならなかったのか。

 仮に「古池」の句が、長谷川氏の言うとおり「芭蕉の時代から現代までほぼ一貫して「古池に蛙が飛びこんで水の音がした」と解釈されてきた」のだとすれば、なぜ誰にも容易く解釈可能な「古池に」としてはいけないのだろうか。

芭蕉は、なぜ「心の世界」を開かなければならなかったのか。そもそも、芭蕉の「心」とは何か。それを考えるために、この「古池」の句にまつわるひとつの出来事について考察したい。

それは、歴史的によく知られた出来事についてである。

支考のこの聞き書き([筆者注]『葛の松原』の一節)には古池の句について興味深いことがいくつも書いてある。

その一つはこの句は上中下が一度にできたのではなくまず中下の「蛙飛びこむ水のおと」が先にできたということである。

そこで上五を何としたものか、芭蕉が一瞬黙したのだろう、すかさず、その場にいた其角が「『山吹や』としてはどうですか」と口をはさんだ。ここからわかるのは「蛙飛びこむ水のおと」という中下にはいくつかの上五が考えられたということ、これが二つ目である。(中略)しかし、芭蕉は其角が勧めた「山吹や」を採用せず「古池や」とおいた。(同書)

支考が『葛の松原』に書いたこのエピソードは、いったい何を意味するのだろうか。なぜ、芭蕉は「山吹や」を採用せず、結果「古池や」としたのか。長谷川氏は、その理由を以下のように捉えている。

確かに、上五に山吹をもってくれば、それに続く「蛙飛びこむ水のおと」は、山吹には蛙の声という決まりきった古臭い取り合わせへの痛烈な批判になる。これが、この時点で其角が考えていた俳諧というものだったに違いない。(中略)一六八六年春の芭蕉には、すでに、因襲へのあらわな批判もひとつの因襲として映っていたのかもしれない。芭蕉は其角や以前の自分自身の俳諧に対する考え方を批判しようとしたのではなかったろうか。(同書)

つまり、芭蕉が「山吹や」を退け、「古池や」を採用したのは「決まりきった古臭い取り合わせ」という「因襲」へのアンチテーゼに対する、さらなるアンチテーゼであった、というのである。確かに、そのような外部的な要因も十分に考えられる。だが、一方で具体的な作品そのものへの影響についても考えて見なければならないだろう。「山吹や」ではなく「古池や」を採用することで、芭蕉の内にある「何が」実現されるのだろうか。

■芭蕉の「夢」

すでに述べたとおり、俳句における「意識/無意識」は三重構造となっている。仮に「古池」の句が、

山吹や蛙飛びこむ水のおと

であったとしたら、この「山吹」は「蛙飛びこむ水のおと」を象徴的に意味し、作品を読ませるコードとして機能する。

では、上五を何とするか。ここで其角が「山吹や」を提案したのにはこれもまた文学史的な根拠がある。和歌では古くから河鹿の声を必ず山吹と取り合わせてきた(同書)

つまり、上五を「山吹や」とした場合、この言葉が古来から持つ二重化された意味(表面的な「山吹」そのものではなく、文学史的な意味としての「山吹」)として、「蛙飛びこむ水のおと」を象徴する。

そこでは「山吹」も「蛙飛びこむ水のおと」も客観的な世界として存在し、作品の主体としての芭蕉自身は「作品の外側」に立ち続ける。

つまり、芭蕉の真の意味での「言いたかったこと」は作品の外部(「山吹」の文学史的な意味)にあり、作品には描かれないことになる。読者が「山吹や蛙飛びこむ水のおと」から、芭蕉の真意を読み取ろうとすれば、それを作品の外部へ求めざるを得なくなるのである。

では逆に、

古池や蛙飛びこむ水のおと

とした場合、芭蕉の真の意味での「言いたかったこと」はどのように描かれることになるのだろうか。ここでひとつ確認しておかなければならないのは、この芭蕉の真の意味での「言いたかったこと」とは、芭蕉の意識下にはない、ということである。それは、芭蕉の無意識の〈欲望〉として、作品の上に「外傷」として記されている。芭蕉は自身の「言いたかったこと」から逃れることはできない。そして我々は、芭蕉が意識的に「描いた」ものを読むのではなく、作品の上で芭蕉が逃れることのできなかった「外傷」を読みとるのである。それを踏まえて「古池」の句を読むとき、そこには何が見えてくるだろうか。

上五を「古池や」とした場合、この「古池」は句を読むためのコードとしては機能しない。「古池」という語に二重化された意味がないからだ。

この句を読むためのコードは、別のところにある。つまり、それこそが、芭蕉の〈欲望〉として、作品の上に描かれているのである。

それは何か。

ジジェクが「意識/無意識」の三重構造について説明するもとになったものがフロイト的「夢」の解釈であったこと、芭蕉の「古池」の句が貞享三年の「春」に作られたこと、これらは偶然ではない。

というのも、芭蕉の「古池」の句にもまた、「夢」というキーワードが隠されているのである。「蛙飛びこむ水のおと」とは「想像的」なレベルにおいて、春の蠢動が描かれている。水に飛びこんだ「蛙」は、いま冬の眠りから醒めたばかりの「蛙」であり、ついさっきまで「夢」を見ていた「蛙」である。

古池や蛙飛びこむ水のおと

この句を読むための真のコードは「蛙」である。この「蛙」こそが、芭蕉の「無意識」の主体であり、この句に書きこまれた芭蕉の〈欲望〉である。

それを説明するために、フロイトにおける「夢」、芭蕉における「夢」につづくもう一つの「夢」について解説が必要となる。三つ目の「夢」。それは「胡蝶の夢」─つまり荘子における「夢」である。

■胡蝶の夢

「胡蝶の夢」は、中国の思想家荘子(荘周)によって書かれたと言われる「荘子」(そうじ)の内篇七篇のうち、斉物論編に記されている。

昔者荘周夢為胡蝶栩栩然胡

蝶也自喩適志与不知周也俄

然覚則蘧蘧然周也不知週之

夢為胡蝶与胡蝶之夢為周与

周与胡蝶則必有分矣此之謂

物化

(口訳)

以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることはまったく念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。荘周と胡蝶とには確かに(形の上では)区別があるはずだ。(しかし主体としての自分には変りない)。これが物の変化というものである。

(『鑑賞中国の古典④老子・荘子』角川書店)

ここで「荘子」が言うところの「物の変化/物化(ぶっか)」という点に注目したい。荘周と胡蝶とが、「(形の上では)区別が」ありながら、「主体としての自分には変りない」。そして、そのような荘周/胡蝶の「主体」の「いずれが本当か私にはわからない」。

自分は蝶々であり、荘子になった夢をみているのだ、と考えたとき、荘子はある意味で正しかった。蝶々は、荘子の空想的自己同一性の枠、背骨を構成する対象だった(荘子と蝶々の関係は$◇aと書くことができよう)。彼は、象徴的現実界においては荘子だったが、彼の欲望の現実においては蝶々だったのである。蝶々であることは、彼がはっきりと象徴的網の外側にいることの証明であった。(『イデオロギーの崇高な対象』スラヴォイ・ジジェク著/鈴木晶訳 河出書房新社)

つまり、ここで言うところの荘子と蝶々(胡蝶)との関係が、そのまま「古池や」の句における芭蕉と蛙との関係に置き換えられるということである。既に知られているとおり、芭蕉は「荘子」の影響を深く受けている。元禄三年には、

君や蝶我や荘子が夢心 芭蕉

という句も残しており「胡蝶の夢」に対する芭蕉の意識が伺われる。

表面的には、荘子の夢が語っていることは、いわゆる正常な視点をたんに対称的に裏返しただけのよ うにみえる。つまり、日常的な理解によれば、荘子は「現実(リアル)の」人間であり、それが蝶々の夢をみているということになるが、ここで言っているのは、彼は「じつは」蝶々で、それが荘子になった夢をみているのだ、と。だが、ラカンが指摘したように、この関係が対称的だというのは幻想にすぎない。荘子は目ざめたときに、自分は荘子であり、その自分が蝶々になった夢をみていたのだ、と考えることができるが、彼が夢の中で蝶々になっているときには、ひょっ としたら自分は荘子で、それが蝶々になった夢をみているのではないか、と自問することはできない。こうした疑問、この弁証法的な裂け目は、われわれが覚醒 しているときにだけ起こりうるのだ。言い換えれば、この幻想は対称的ではない。裏返すとちょうど重なるという関係ではないのだ。(同書)

肝心なことは「現実界」は、「覚醒」した荘子(芭蕉)の側ではなく、「夢」の側にあるという点にある。このような「弁証法的な裂け目」は「対称的ではない」のである。つまり、この「胡蝶の夢」は、「自分の意識は、自分がいま夢にいるのか、現にいるのかを正しく認識することができない」というような一般的に言われる自我の不確実性を言っているのではなく、私たちの意識に〈現実〉がどのように作用するか、について述べられているのだ。「蛙」の夢を覚ましたもの、それこそが芭蕉の無意識の領域に書き込まれた〈現実〉である。

この問題には、われわれは夢の中においてのみ真の覚醒に、すなわちわれわれの欲望の〈現実界(リアル)〉に接近するのである、というラカンのテーゼからアプローチしなければならない。われわれが「現実(リアリティ)」と呼んでいるものの最後の支えは空想である、とラカンはいうが、けっしてこれを、「人生は夢にすぎない」とか「われわれが現実(リアリティ)と呼んでいるものは幻覚にすぎない」といった意味に解釈してはならない。(中略)

反対に、すべては鏡に映った幻の戯れである、などといったふうには絶対に還元できないような、固い核、残滓がかならずある、というのがラカンのテーゼである。ラカンと「素朴なリアリズム」の違いは、ラカンにとっては、われわれがこの〈現実(リアル)〉の固い核に接近できる唯一の場所は夢である、ということである。夢から覚めたとき、われわれはふつう「あれはただの夢だったのだ」と独り言をいい、それによって、覚醒時の日常的な現実(リアリティ)においてはわれわれはその夢の意識にすぎないという事実から目をそらす。われわれは夢の中においてのみ、現実(リアリティ)そのものにおけるわれわれの活動と活動様式を決定する空想の枠組みに接近できたのだ。(同書)

これによって、芭蕉は作品の外部から作品を制御するような立場ではなく、作品の内側に自分自身の無意識なる主体を書き込むことで、「かたち」(=作品)と内容(=主体)とがひとつとなり、作者自身を含めた「世界」が構築される。そのような作品世界においては、作者自身の変化のみが、作品を変えることができる。

芭蕉が「心の世界を開いた」という場合の「心」とは、このような芭蕉の主体概念に基づくものであり、この「心」を作品上に記述した点に、「芭蕉開眼」の真意があるのではないだろうか。

この芭蕉の「古池」の句から私たちが「読み」とることができるのは、「現実」と呼ばれる「世界」が私自身を含めて構築されており、私たちが俳句をつくる上で「逃れることの出来ない」ある審級が存在することを示している、ということである。

イデオロギーは夢のようなものだと決めつけてしまうと、事物の現実(リアル)の状態、すなわち現実(リアリティ)そのものが見えなくなってしまう。イデオロギーの眼鏡をはずし、「しっかり目を見開いて、現実(リアリティ)そのものを見るよう努める」ことによって、イデオロギーの夢から抜け出そうとしても、それはできない相談だ。われわれは、いわゆるイデオロギー的偏見を免れた、ポスト・イデオロギー的で客観的で、醒めた視線の持ち主であるとしても、すなわちありのままの事物をみる視線の持ち主であるとしても、一貫して「われわれのイデオロギー的な夢の意識」である。われわれのイデオロギー的な夢の力を打破する唯一の方法は、この夢の中にたちあらわれるわれわれの欲望の〈現実界〉を直視することである。(同書)

では、このような〈現実〉は、俳句作品上にどのように具体的な影響をもたらすのだろうか。

■ワルシャワのレーニン

作品に、その作品を読むためのコードそのものが書き込まれている、ということ。いわば「心」と呼ばれるものが、ひとつのコードと化して作品上に記されるということ、この点を具体化するために、ひとつの小話を引用したい。それは「ワルシャワのレーニン」という小話である。

モスクワのある絵画展に一枚の絵が出品されている。その絵に描かれているのは、レーニンの妻のナジェージダ・クルプスカヤがコムソモール〔全連邦レーニン共産主義青年同盟〕の若い男と寝ているところだ。絵のタイトルは「ワルシャワのレーニン」。困惑した観客がガイドに尋ねる。「でも、レーニンはどこに?」。ガイドは落ち着き払って答える。「レーニンはワルシャワにいます」。(同書)

この小話から解ることは、いわゆる作品の「タイトル」と「作品」そのものの間にある「距離」の問題である。

この観客の誤りは、あたかもタイトルが一種の「客観的距離」から絵について語っているかのように、絵とタイトルの間に、記号とそれが指し示す対象との間と同じ距離をおき、タイトルが指し示す実体を絵の中に探したことである。だから観客はこうたずねる、「ここに書かれているタイトルが示している対象はどこにあるんですか」。だがもちろんこの小話の急所は、この絵の場合、絵とタイトルの関係が、タイトルが描かれているものを単純に指し示す(「風景」「自画像」)ような普通の関係ではないということである。ここでは、タイトルはいわば同じ表面上にある。絵そのものと同じ連続体の一部である。タイトルの絵からの距離は厳密に内的距離であり、絵に切り込んでいる。したがって何かが絵から(外へ)抜け落ちなくてはならない。タイトルが落ちるのではなく、対象が落ちて、タイトルに置き換えられるのである。(同書)

この「ワルシャワのレーニン」という小話は、われわれが俳句をつくる上で非常に有効なヒントを与えてくれる。そのヒントを念頭に置きながら、ここでは具体的な俳句作品について分析を加えたい。

白鳥定食いつまでも聲かがやくよ 田島健一

僭越ではあるが、私自身が以前発表した句を引用する。(〔初出〕週刊俳句 第32号 2007月12月2日)自分の作品を引用するにあたっては、あるひとつの俳句的構造について説明するうえで都合がよい、というただそれだけの理由による。

さて、引用した句について、さいばら天気氏は以下のような鑑賞を与えた。

してはならないことかもしれないが、この句を〔白鳥やいつまでも聲かがやくよ〕と変えてみる。切れを意味の断絶ととれば、「聲」は冬の空気の輝いている声、人の声とも思える。あるいは、〔白鳥のいつまでも聲かがやくよ〕。これだと白鳥の声だ。いずれも凡庸な把握である。

この作者は、ここに「定食」という異物を挿入する(作句の手順はもちろんのこと、そうではないだろうが)。

(週刊俳句 第38号 2008年1月13日)

ここで、さいばら氏が試みに形を変えた句

白鳥やいつまでも聲かがやくよ

は、言うまでもなく「象徴的」構造をもっている。つまり、「白鳥や」というコードによって、三重構造における「象徴界」に対応する表現形態をとる。では、このような「象徴的」世界に「定食」という「異物を挿入」することは、どのような効果があるのだろうか。

まず、理解しやすい例として、この「定食」が「前書き」、つまりワルシャワのレーニンという小話で示された「タイトル」の位置にある場合を考えてみる。

「定食」

白鳥やいつまでも聲かがやくよ

この場合「白鳥やいつまでも聲かがやくよ」という「象徴的」構造を持つ句を、さらに作者の「意図」として、作品の外部から読み方を示す「定食」というコードが与えられることで、作品はさらにその「象徴」的効果を強化することになる。

このとき、まさに「ワルシャワのレーニン」の小話にあるように、読み手はおそらく「定食」と「白鳥や~」との間に「客観的距離」を読み取り、こう訊ねるだろう。

「で、定食はどこに?」

そして、そのような「客観的距離」つまりはを封じるために、前書きとしての「定食」というコードは、作品の中に埋め込まれる。

白鳥定食いつまでも聲かがやくよ

これによって、作品は散文に見られるような文脈的な連続性を失い、ひとつの「謎」と化すのである。

ところで、このような作品は、読者にとっていわゆる「難解」な「わからない」句と識される。

「白鳥定食」とは何を「意味」しているのか?「白鳥定食」と「いつまでも聲かがやくよ」の関係は?

けれども、その「わからなさ」は作品の技術的な側面というよりもむしろ、〈現実〉というものがそもそも持っている構造が「象徴的」な読みや、「想像的」な読みを安易に許さない点にある。

つまり、作品の文脈的な非連続性が、散文的に理解できないから「わからない」のではなく、「白鳥定食」や「いつまでも聲かがやくよ」という文脈で「象徴される」はずの作者の「意図」が「わからない」ところに、読者のとまどいがあるのだ。けれども、すでに述べたとおり〈現実〉は日常的な「象徴的空間」から分離されている。

美しい夕焼けや、激しい砂嵐や、しんしんと雪の降り積もる静けさ、などといった景観が、どのような「意図」も「象徴」しないのと同様〈現実〉は何ものに裏付けられることなく、透きとおるほど〈現実〉なのである。

古池に蛙飛びこむ水のおと

山吹や蛙飛びこむ水のおと

白鳥やいつまでも聲かがやくよ

これらの表現が、むしろ「わかりやすい」と感じる感じ方のなかに、俳句を〈現実〉から隔離する一種の症候がある。

けれども、これまでに述べたような〈現実〉的構造を俳句に適用することによって、作品上の象徴的効果および想像的効果と異なる位相に「作者の主体性」が隠蔽される。重要なことは、この「作者の主体性」の隠蔽にある。作品をつくる以上、作者の主体性は作品の前提として存在してしまっている。けれども、一旦提示された作者の主体性は、この時点で「取り消される」のだ。この「作者の主体性の取り消し」こそが、俳句が三重構造になっている意味であり、芭蕉が心の世界を開かなければならなかった理由である。

いわば、作者の主体性が取り消されることで、作品は閉塞せず、世界へ向けてコミュニケーションのためのインターフェースを開示するのである。

■消された主体

「水曜どうでしょう」は、北海道テレビ放送(HTB)で1996年10月から2002年9月までの間、深夜で放送された人気バラエティ番組である。出演者の大泉洋と鈴井貴之、ディレクターの藤村忠寿、カメラマンの嬉野雅道の四人が、国内・国外を旅する企画がメインで、放送終了後もDVDや再放送などで非常な人気を博している。

 この番組の構成として特筆すべきは、出演者の大泉洋が「企画を知らされていない」という点にある。

それによって、あくまでも「旅番組」という枠がありながら、大泉だけは「不本意に連れられていく」というかたちをとることになり、番組のもつ「主体的」な意図が一部隠蔽される。番組の企画としては「旅をする」という主体的で能動的なものであるにも関わらず、大泉の言動は「旅などしたくないが、させられている」という受動的な立場として発せられることになる。そのために、番組内での大泉の愚痴や、それを発端とするスタッフとの喧嘩や罵り合いが、あたかも「何ものか」に操られるようにして繰り広げられるのである。

また、「水曜どうでしょう」と同様に地方のローカル番組として人気が高まった番組に「saku saku」がある。この番組は2000年10月からテレビ神奈川(tvk)で放送が開始し、現在も放送中の音楽情報番組である。

この番組では、「世間知らずのお嬢さん」と「口の悪いパペット人形」のMCによる進行という構成を採用している。そして「すべてを知っている」と想定される「黒幕」という人物が設定されている。ここでもまた、「主体」は隠され、「何ものか」(この場合は「黒幕」)によって語らされる、という構成が採用されている。

ここで「何ものか」の代弁者としての出演者という関係、これこそが「意味すること」だということである。彼らの「ことば」は、常に「何ものか」を代弁している。彼ら自身には、そのような「何ものか」については知らされておらず、彼らが「何ものか」を知ってしまった瞬間に、「身代わり」としての立場は消えてしまうのだ。

俳句においても同様である。

重要なことは、読者はその主体が打ち消された空間に、自身の主体を置く、ということである。主体が隠され「謎」と化した作品のなかに、読者自身の主体が置かれることで、そこに書き込まれた「謎」を「理解可能」なものとして「錯覚」するのである。

そして、読者はそのような「錯覚」を通してしか、作品を「読む」ことができない。

俳句が三重構造になっている、という場合、注意しなければならないのは、〈現実〉という階層が、想像的階層、象徴的階層)と連続した地平には存在しない、という点である。〈現実〉について語ろうと身を乗り出した瞬間に、それを語ろうとする「ことば」は想像的空間、象徴的空間へと半ば強引に引き寄せられてしまうのである。

だから、私たちは「世界(ことば)があることは知っている」、そして「その世界(ことば)が何を指し示しているかも知っている」。けれども、「世界(ことば)がなぜ、理解可能なものとしてそこにあるのか」という点については全く隠されており、理解できないのである。

私たちは「現実」ということばがふた通りに使われる、という点に注意する必要があるだろう。ひとつは多分に「錯覚」でありながらも理解可能な「日常性」としての「現実」。もうひとつは、私たちが直接には知ることのできない「隠蔽された主体」としての〈現実〉。

おそらく「俳句を読む」という行為は、後者の〈現実〉を、つまり作者自身が考えている以上に「書いてしまった」ものを、そこに書かれたコードから「読み取る」ということなのではないだろうか。

私たちが「こころ」と呼ぶもの。あるいは〈現実〉と呼ぶもの。それは、私たちにとって直接的にことばで指し示すことのできない領域に書き込まれた「何ものか」だということである。

私たちは、決して〈現実〉から逃れることはできない。それは「俳句をつくる」場合においても例外ではない。そして私たちが「俳句を読む」ということは、じっと息を潜めてその〈現実〉という「外傷」を作品の上に見つけ出す、ということなのではないだろうか。

■おわりに

俳句における〈現実〉について考えるために、「俳句の三重構造」というものについて考察を試みた。雑然とした断片が八方から現れて、まるで暴れ馬をなだめるような作業になってしまった。すこし論考のスコープを欲張り過ぎた感もある。けれども、ここで考察したことは、私たちが俳句と関係する上で、最も基礎的な論件であると言うべきであろう。

私が私自身を「知り尽くせない」という事実が、逆に俳句を通して「分かり合える」ということが奇跡的であるということを証明している。この「私が知り尽くせない私自身」こそが「主体性」と呼ばれるものである。

なお、くれぐれも断わっておきたいことは、本論考で述べた具体的な作品への影響は「俳句の作り方」を示すことが目的ではない、という点である。〈現実〉は常に様相を変えながら、私たちの知りえない領域を浮遊している。

本論考は、あくまでも俳句をつくる「意識」とその外部にひろがる領域についての考察であり「俳句は、俳句として閉じた世界のものではない」ということを改めて考えることを目的としたものである。

〈参考文献〉

『イデオロギーの崇高な対象』スラヴォイ

・ジジェク著/鈴木晶訳 河出書房新社

『ラカンはこう読め!』スラヴォイ・ジジェク著/鈴木晶訳 紀伊國屋書店

『俳句百年の問い』夏石番矢編 講談社学術文庫

『古池に蛙は飛びこんだか』長谷川櫂著

花神社

『鑑賞中国の古典④老子・荘子』角川書店

『現代短歌入門』 岡井隆著 講談社学術文庫

〈参考ウェブサイト〉

週刊俳句

http://weekly-haiku.blogspot.com/

ウィキペディア(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/

(俳句誌『豆の木』No.13 より加筆修正し転載)

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