https://karuchibe.jp/read/7296/ 【水葉と気中葉】より
植物体の全体、あるいは一部が水中にあって生育する植物を水生植物、または水草と言う。水草の葉には水中に展開する水生型の水葉と、空気中に展開する陸生型の気中葉とがある。水葉は水中にあって、表皮のクチクラ層は発達せず、葉肉細胞も数層しかなく、繊細で薄く、また気孔も分化していない。これは表皮細胞を通じた水中でのガス交換を容易にし、弱光を効率よく利用するための適応である。気中葉は水面または大気中に出ている葉であり、陸上の中生植物の葉と同じ形状を示し、表皮にクチクラ層と気孔を分化させて水分の保持とガス交換の役割を持たせている。葉の内部には柵状組織と海綿状組織を分化する。
水草は水面と植物体の位置との関係から、抽水植物、浮水植物、沈水植物に分類し、生育環境に応じた抽水葉、浮葉、沈水葉の三様の葉を形成する。抽水葉と浮葉は気中葉に属し、沈水葉が水葉である。抽水葉は水面から突き出ている葉を言う。その例にはコウホネ、ハス、オモダカ、ガマなどがある。浮葉は水面に浮く葉のことで浮水葉とも言う。浮葉の下面は水と、上面は空気と接しており、それにともない気孔が葉の表面に集中している。その例にはデンジソウ、ヒツジグサ、ジュンサイ、ヒシ、アサザ、ヒルムシロなどがある。沈水葉は葉のすべてが水中にあって活動する葉を言う。その例にはマツモ、タヌキモ、クロモ、アマモなどがある。
水草のなかには水葉と気中葉の両方を分化できる種があり、葉が展開する環境が水中か空気中かによって、その分化を切り替える。生育する環境によって、同一個体内で葉が形や生理的特徴を変える現象を異形葉と言う。異形葉を分化する水草の例としては、キクモ、タチモ、スギナモなどがあり、これらの水葉は羽状や線状に細裂している。
水葉と気中葉の形態形成を調べた例では、長日条件で成育すると陸生型に、短日条件では水生型を生じる傾向があると言う。この異形葉形成には植物体内で生産される植物ホルモンのアブシジン酸とエチレンが関係している。水草ニードルリーフを用いた解析では、水没条件下の水草では、植物体内にエチレンが蓄積し、このエチレンが内生アブシジン酸濃度を低下させ、この濃度低下が水葉の形成を誘導するという。
なお、園芸やアクアリウムで水生植物と言う場合には、そのなかに湿生植物をも含めている。湿生植物は湿潤な土地である湿地に生える植物群を言う。植物が生育する土地の水条件を基にして、植物を生態的に分類するとき、乾生植物、中生植物、湿生植物、水生植物の四群に分けている。
古代史研究会 ·白戸明 さん投稿記事 ·「与那国縄文人」
おれたちは 正統な縄文の申し子である みよ この海底に眠りこんだ 巨石の造形を
階段を削り出し 側溝を刻み 祭壇を設け 祈りつづけた 先祖たちの 遺伝的連続体なのである 遠いイニシエにティダ(太陽)がテラ (地球) とルナ(月)を創造した
テラはまだまだ灼熱で オーブンで焼かれた餅の表面のように プーと膨らみ 大地ができたが 内部の圧力空洞の膨張に 耐えきれず 無数の火口から ガスや火の粉を吹いて
ムーと呻って大陸は沈んだ それでも我が与那国は 大陸棚に浮かんでいたし
ヤマト縄文人やシジミ縄文人らと 巧みな航海術で交流したり 亜米利加まで渡り 人類の種を撒き続けた
瞑想中は 天の鳥船で飛翔しながら 宇内の行く末を 照射していた
あの鬼界カルデラの大噴火がなければと 想定外の想定を想う 津波 アカホヤ 大地沈下 雷鳴 噴火 電離層決壊 完膚なきまでに縄文世界は打ちのめされ 人々は 一斉に結界を破り 世界へ逃避行の旅
だが その技術力で世界四大文明の基礎を築き 苦行数万年 その情報を内包した「技術者集団」として 日の本に還ってきた
ただ問題はある 母と息子を引き裂いた 遠い大洪水の記憶が 照り続ける太陽の
ぎらりぎらりと 乱反射するにつけ 少し少しと薄れてゆき 巨石の神経そのものを 融解した 洪水とは 水の深みが増すのではなく 自らの台地が沈みゆくのだ アララト山を見よ
刻んだくさびの文字も 貝や魚に食われて サンアイイソバの大いなる 仕事も終わりを遂げた じりじりと焼ける ナンタ浜のずっと彼方に 楽土ハイドナンを夢みて
アダンの葉で 草履を編み続けます 次の奈落が来る迄
Facebook八百万(やおよろず)の神研究会【皇室・神道・神事・精神文化研究】三島 孝明 ·さん投稿記事
天磐船 = アマノイワフネ の真意
岩が天なんて飛ばないし ましてや海にも浮かびません
天磐船、天鳥船、なぜ? 同じ対象を指すと思われるのに、「磐」と「鳥」があるのか?
それは、IWA = 「黒い大きな翼を持つ鳥。軍艦鳥を指す」意味が古代にあり、つまり「磐」と「鳥」が、同じ意味で使われていたから。
まず音があって、後から流入した漢字を万葉仮名に宛てた前提が当たり前の古書の時代。漢字の意味を知らず「音」だけで記述に充てた古代の書に今は知られている漢字の意味から想像するのは誤答を導いてしまう大変な勘違い。
『古代日本の航海術』茂在寅夫著に詳しいですが、古代の航海において、陸地に巣を持つ鳥を船にのせ、鳥が飛ぶ方角に陸地があると目印にして航海をしたことは、~エジプトのセン・ネジェムの壁画~福岡の珍敷塚古墳に同じ壁画=すなわち船の舳先に鳥がとまり、蛇が太陽の回りをとぐろ巻いて輪になっている絵(数千年前のエジプトの壁画と、数百年前の福岡県の壁画の一致なんて面白い)の一致に見られるように、海運で文化が繋がっていた痕跡を示しています。
IWA は、古代ポリネシア語で、「翼の大きな黒い鳥=軍艦鳥」なのだそうです。
軍艦鳥を知らない日本人が見れば、太陽を抱いた大きなカラスのようにも見えますよね。
まさに、太陽の使いのような~
神武が東征に海路で行ったことも知られていますが、その先導をした太陽の女神天照が使わしたヤタガラスもこの姿から鮮烈なイメージを古代の人は持ったのではないでしょうか?
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