https://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20230410/6040017340.html 【宮沢賢治の菩提寺でしだれ桜が満開 花巻市】より
岩手県花巻市にある宮沢賢治の菩提寺、身照寺では、社務所に覆いかぶさるように枝を張るしだれ桜が咲き誇り、訪れた人たちを出迎えています。
花巻市石神町にある身照寺には、樹齢90年を超えるシダレザクラが4本があり、いま満開となっています。
今年は例年に比べて咲き始めが10日ほど早かったうえに、4月上旬の暖かさで一気に咲きそろいました。
身照寺のシダレザクラは、昭和3年に身照寺を開いたときに植えられた桜で、このお寺のシンボルにもなっています。
身照寺は宮沢賢治の菩提寺でもあり、桜の開花に合わせたこの期間限定で、切り絵で宮沢賢治と桜の花をデザインした御朱印を販売しています。
また、夜には住職の手作りの照明で桜のライトアップもしており、一日中桜を楽しめるようになっています。
住職の牛崎海秀さんは「はじめは自分が晩酌しようとサクラに照明をつけてみたが、きれいに見せようとどんどん数が増えてしまった。雨にも負けず、風にも負けず、寒さにも負けず咲いた桜が皆さんを喜ばせてくれて、本当に桜に感謝です」と話していました。
花巻市内から訪れた家族は「この子も私も春生まれなので、一緒に桜を見られて、あったかい気持ちになります」と話していました。
桜は9日の強風にも耐えているということで、見頃は今週いっぱい続きそうです。
また、ライトアップは桜の花が散るまで行われ、桜吹雪も楽しめます。
Facebook新田 修功さん投稿記事
みんなの幸せを願う人……⁉️🤗💕読書セラピー「賢者の一言」宮沢賢治
どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。
そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま、私の心をごらんください。
こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかいください。
銀河鉄道の夜 より
………………………………✨✨✨
銀河鉄道の車窓から景色を眺めているジョバンニたちが、赤く燃える蠍の星を見つけた時の「蠍の火」についての言い伝えのお話です。
ある日、蠍がイタチに追いかけられて食べられそうになります。
必死に逃げたけど抑えられそうになった時、前にあった井戸に落ちてしまいました。
どうしても上がれなくて、溺れそうになった時、覚悟を決めた蠍がお祈りをしました。
今まで自分は、食べるためにたくさんの虫の命を奪ってきた。
そうして今度は自分が食べられそうになっている。
どうせならこんなところで溺れて死ぬよりも、イタチに食べられてやった方がよかった。
今度生まれて来るときは、みんなの幸せのために私を使ってください。…と。
すると蠍は、自分の身体が真っ赤な美しい火になって燃えて夜の闇を明るく照らしているのを見たのです。その光は、ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりも美しく燃えていたそうです。さて、私たちもこの物語から学ぶことがたくさんありますね😊
毎日をむなしく自分のためにだけ過ごすのではなく、みんなの幸のためにその命を使いましょう…、というメッセージです。
私も60歳を過ぎてから、人々のお役に立つような様々なプロジェクトで自分の命を美しく燃やそうとしています。
読書セラピー「賢者の一言」を毎日投稿するのも、そのひとつです✍️
みんなの幸福のために、少しでも役立つことができれば、こんなうれしいことはありません……。
今日も読んでくれてありがとう🙏😊💕
http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=5&bkid=1006701&pgno=167&bkrow=0 【□第3章 小岩井農場】
“4本の桜”について、「パート4」では:72向ふの青草の高みに四五本乱れて 73なんといふ氣まぐれなさくらだらう 74みんなさくらの幽霊だ 75内面はしだれやなぎで 76鴇いろの花をつけてゐる
〔…〕
134みちがぐんぐんうしろから湧き135過ぎて來た方へたたんで行く 136むら氣な四本の櫻も 137記憶のやうにとほざかる と、述べていました。
これについて、菅原千恵子氏は:
「若木のようだった四人の仲間たちはむらきな四本の桜ではなかっただろうか。」
「それは桜の木になぞらえた『アザリア』の四人の仲間のことであり、目には見えていないが心には見えている四人のことである」(『宮沢賢治の青春』pp.172-173)と指摘しておられます。
20ユリア、ペムペル、わたくしの遠いともだちよ
〔…〕
29きみたちとけふあふことができたので 30わたくしはこの巨きな旅のなかの一つづりから
31血みどろになつて遁げなくてもいいのです
たとえ幻影でも象徴でも、小岩井農場のスケッチのただ中で、今は遠く離れている仲間たちに‘会う’ことができたのは☆、作者にとって、“生きてゆく力”を回復するほどの意味があったのです。
☆(注) 当時は、手紙が唯一の通信手段でした。もちろん携帯電話などはなく、固定電話にしても、どこにでもあるわけではなく、誰でも使えるわけではありませんでした。宮澤家の店には、あったかもしれませんが、仕事以外で使うことはなかったでしょうし、保阪、河本の家には無かったでしょう。まして、アメリカ留学中の小菅との通話は事実上不可能であったと思います。
菅原千恵子氏の説明を参照しますと:
「そうなのだ。ユリアもペムペルも、そして『……』も作者の昔の友だちだったのだ。作者はこれらの友達と春の小岩井の風景の中で出会うことによって、〔…〕
血みどろになつて遁げなくてもいいのですという安らかな心境を得ることができた。そしてそればかりかある一つの重大な謎が解ける。それは作者がずっとわからずに悩み続けていたものの正体を知ることでもあった。〔…〕自分とたったもう一人のたましいとのみ永久に歩こうと求めること、それは相手が男であれ女であれ、もう恋愛なのだと作者は気づいたのだ。」
(菅原千恵子『宮澤賢治の青春』,角川文庫,pp.174-176.)
. 春と修羅・初版本「パート9」
01すきとほつてゆれてゐるのは
02さつきの剽悍な四本のさくら
03わたくしはそれを知つてゐるけれども
04眼にははつきり見てゐない
05たしかにわたくしの感官の外で
06つめたい雨がそそいでゐる
07(天の微光にさだめなく
08 うかべる石をわがふめば
09 おヽユリア しづくはいとど降りまさり
10 カシオペーアはめぐり行く)
《アザリアの4人》を象徴する“4本の桜”の花が、林地の奥に見え隠れしています。
「わたくしの感官の外で/つめたい雨がそそいでゐる」──雨も、さっきからずっと降っているのに、すっかり濡れてしまった作者の服と身体は、もう、雨が降り続いているのかどうかも感じなくなっているのです。
雨の冷たさが「感官の外」に退いてしまうほど、作者の胸のうちには、熱い想いが滾り立とうとしています‥
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