https://www.youtube.com/watch?v=YGRZQ37boO8
http://www.watarigraphic.com/sakura/koushi.php 【孝子桜】より
宇都宮市立城山西小学校の校庭の真ん中に立つ「城山のシダレザクラ」は樹齢450年で地域のシンボルとも言える桜です。桜にまつわる伝説から「孝子桜(こうしざくら)」と呼ばれています。
昭和34年に市天然記念物の指定を受けた名木で、一時樹勢に衰えが見られましたが枯れ枝を切り落とすなどの樹勢回復作業により見事に復活しました。
樹勢が素晴らしく、地面に届くまで垂らした枝にたくさんの花を咲かせています。
樹高は8m程度と高くありませんが幹回りは4.6mと太く、傾くように立ちながらも美しい樹冠を形成しています。
孝子桜の伝説
「むかし、ある晴れた冬の日、この村に住む孝行息子が「死ぬ前に一度桜の花が見たい。」という、病気の父親の願いをかなえるために、古賀志山中にある大日如来の祠に、一生懸命祈願した。この孝行息子の心は天に通じ、翌朝この桜に花が咲き、病気の父はこれを見て大変喜び、往生を遂げた。」(現地案内板)
このことを聞いた村人たちがその桜のことを「孝行息子(こうこうむすこ)の桜」という意味で「孝子桜」と呼ぶようになったと言われています。孝子桜(宇都宮にまつわる民話)
孝子桜
根元付近から斜めに成長しています。
城山西小学校には孝子桜の他に2本、しだれ桜があります。
正門のしだれ桜。孝子桜の子で樹齢100年程。
西門のしだれ桜。
地域一帯には孝子桜の子孫と伝わるしだれ桜が点在し、小学校近くにはそれぞれの桜の場所を示した看板も設置されています。一緒に桜めぐりをするのも良いでしょう。
城山西小学校と孝子桜には、児童減少による廃校の危機を地域住民と学校が一丸となって乗り越えた奇跡の物語があります。
明治8年(1875年)創立、一時は180名ほどの生徒数を誇った歴史ある学校も少子化の影響により生徒数が減少、平成17年(2005年)には児童数が35人まで減ってしまいました。
枯れかけた桜と共に廃校の危機を迎える中、存続のために学校と地域が一体となり様々な取り組みを行います。舞踏や彫刻、琴や陶芸などの文化人を招いた授業など様々な取り組みが次第に評判となり学区外からの通学が増え、現在では児童数100人を超えるまでに回復、再び活気を取り戻しました。
樹勢回復の治療を施された孝子桜も今ではたくさんの花を咲かせるまでに回復しています。
この取り組みの物語はドキュメンタリー映画として2019年に公開されています。
「奇跡の小学校の物語~この学校はなくさない!」
2003年から統廃合の危機にあった小学校の児童数を増やし、地域の学校として残していくことを願う「孝子桜まつり」が始められました。
この日は孝子桜まつりが開催されていまして、学校では沢山の人がまつりを楽しんでいました。廃校の危機を乗り越えた学校で、桜を中心に地域の方々と子供がふれ合う姿には学ぶべき所も多いですね。
私の通った小学校も少子化の影響から廃校になりましたが、そのような学校は全国に数多くあると言われています。
城山西小学校の物語は過疎化、少子化など日本が抱える課題に対する一つのモデルケースとなるのではないでしょうか。
一度は枯れかけた孝子桜、これからも子供達の成長を見守り続けて欲しいですね。
孝子桜へのアクセス
城山西小学校を目指して県道70号を進むと、すぐ見つけられると思います。シーズンには多くの人が訪れ、臨時の駐車場も設けられるようです。
Facebook山崎 昌子さん投稿記事·
古賀志の「孝子桜まつり」に参加しました✨🌸
城山西小学校の校庭に咲く樹齢約450年の桜は、親孝行の伝説がある「孝子桜(こうしざくら)」と呼ばれ、市指定天然記念物の大樹です。昨年は宮遺産にも認定されました。
学校と地域の皆様が大切に守り続け、毎年美しい花を咲かせてくれます✨🌸
今年はまだ満開には至りませんが、久しぶりの桜まつりに沢山の方々が集まり、大変な賑わいでした。
開会式では、4月に入学する新一年生が元気に自己紹介を行い、会場の皆様から大きな拍手が贈られました。また、卒業生一人一人から、6年間の感謝の言葉や中学生になる意気込みが話され、立派な態度に大変感動いたしました。
孝子桜の下で演奏された子どもたちと先生方の箏演奏も息がぴったりと合い、素晴らしい響きでした。美しい音色を堪能させていただき感謝しています♬
孝子桜祭りは明日まで開催されていますので、皆様ぜひお立ち寄りください✨🌸
【宇都宮の民話・孝子桜】↓
https://utsunomiya-8story.jp/archive/contents_05/co_37/
城山西小学校の校庭には、市指定天然記念物で、毎年多くの見学者が訪れる、しだれ桜がありますが、この桜にまつわる伝説を紹介します。
むかしむかし、古賀志山のふもとに、お父を看病しながら、畑や山仕事をしていた幸助という息子がいたと。寝たきりのお父が、桜が見たいというので、木の下に来ては、
「おねげいだ。一日でいいから、桜の花を咲かせてくだされ。」と、寒い冬の日なのに、毎日祈り続けていたと。ある晩のことお父は、「すまんな幸助、最後の願いだ。明日、桜の下に連れてってくれ。」と頼んだと。
幸助は、月明かりを頼りに古賀志の大日如来様の祠に走り、祈り続けたと。
その日、幸助がお父を背負って、林を抜けると、満開の桜が目の前にあったと。
「お父つぁん、咲いたぞ。桜がさいたぞ。」
お父の目からは、涙がこぼれていたと。お父をゆっくりと下ろすと、二人で桜にむかって両手を合わせたと。お父は、そのまま眠るように息を引きとったと。
そのしだれ桜は「孝子桜」と呼ばれ、毎年美しい花を咲かせているそうだ。
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