https://elkoravolo.hatenablog.com/entry/20130409/1365479656 【癒しの心と嫉妬の心】より
箴言随想
箴言を原文を参照にして読んでいて、はっとさせられるところがあった。
A heart at peace gives life to the body, but envy rots the bones.(Proverbs 14.30)
穏やかな心は肉体を生かし激情は骨を腐らせる。(箴言 第十四章 第三十節 新共同訳)
癒しの心は、身体にとって命となる。しかし、嫉妬の心は、骨にとって腐敗となる。
(箴言 第十四章 第三十節 自分訳)
ハイェー・ヴェサリーム・レヴ・マルペー・ウレカヴ・アツァモット・キアヌー
「マルペー」は、「落ち着いた」あるいは「穏やかな」という意味にもとれて、それで新共同訳は書いてあるようだが、「癒し」「治癒」という意味がもともとはあり、聖書の他の箇所では主にその意味で使われている。
また、「激情」と訳されている「キヌアー」は、他の聖書の箇所では通常「嫉妬」と訳される言葉のようだ。というわけで、上記のように訳してみた。
「癒しの心」とは何だろうか。
おそらく、自分自身が癒された心、という意味もあり、と同時に、他の人を癒す心でもあるのだと思う。
聖書や仏典に触れ、その教えを生きている人の言葉に触れる時に、人は癒される。
そして、癒された自分の心を、自分だけにとどめず、周囲や世界の癒しに努める時に、自分自身もさらに癒され、世界も癒されるのだと思う。
一方、嫉妬というのは、他人にとって何の癒しにもならない上に、自分にも害毒しか与えない、最も非生産的な情念なのだろう。
福沢諭吉も、『学問のすすめ』の中で、他の情念はそれなりに役に立つ場合もあるものの、怨望、つまり嫉妬だけは、全く何の役にも立たない自他の足を引っ張るだけの情念だと述べている。
高校の頃、『学問のすすめ』を読んで、そこは非常に印象深かったものだ。
福沢は、江戸時代の封建社会の、たとえば大奥の奥女中などは、嫉妬ばかりであり、いかにそれが人間性をゆがめるかをほとほと嘆いていたようで、嫉妬のないさわやかな社会を新たな明治の世には望んでいたようである。
しかしながら、人間というのは、ともすれば嫉妬に駆られがちなものなのだろう。
そして、それは自分が不幸な時や不平を抱えているほど、そうなりがちなのかもしれない。
恥かしいことではあるが、今朝、私は夢を見て、しばらく会っていない高校時代のある友人が結婚したという話を聴き、口で祝福しながらも心中はうらやましいなぁと嫉妬の念に駆られている夢を見た。
素直に友人の幸せをともに喜べばいいものを、なぜ自分だけは取り残されてかくも不幸なのかと(世の三十代男性のかなりの割合は実際は独身だというのに)、夢の中で考えていた。
煩悩具足の凡夫とはいえ、起きて恥ずかしい思いをさせられた。
たぶん、嫉妬をしないためには、自分自身が癒された心である必要があるのだろう。
それでこそ、他を癒すこともできる。
嫉妬が自らの骨、つまり根本を腐食させるほどの毒だということを認識することと同時に、まずは自他を癒すことをこそ心がけることも大事なのだろう。
自他を癒すためにはどうすればいいか。
その最も大切な道は、やはり自他を慈しむことなのだと思う。
https://fragie.exblog.jp/33070361/ 【文芸とは癒しである、と僕はおもってます】より
桔梗酢漿草(キキョウカタバミ)酢漿草の花の一種である。すこし前にわが家の駐車場のかたすみに咲いていた。こんなふうに水道の蛇口のところに。
うすピンクの花びらにツヤがあって、佇まいが綺麗なので心惹かれておもわず写真に撮ってしまったのだ。
今日は新刊の『現代俳句文庫88金子敦句集』を紹介したいとおもう。
薔薇の写真をと思ったのだが、金子敦さんの俳句には、こんな風に可憐に咲いている可愛らしい酢漿草の花のほうが似合うのではと、思ったのだった。
俳人・金子敦(かねこ・あつし)さんの既刊句集6冊より精選400句を収録してある一冊である。既刊句集は、句集『猫』『砂糖壺』『冬夕焼』 『乗船券』 『音符』 『シーグラス』、『砂糖壺』を覗いた5冊はふらんす堂よりの刊行である。ずいぶん長いおつきあいである。『猫』が1996年の刊行であるから27年間にわたるおつきあいである。その間ずいぶんお話をする機会もあったが、実は一度もお会いしたことはない。金子敦さんは、人の会うことは苦手であるのかもしれない。しかし、今日もお電話でお話したのだが、いつももうずっと仲良しのように可愛らしい弟のようにお話をしてしまう。あらためてこの精選句集を拝読して、懐かしくしみじみとした。『冬夕焼』のときはお母さまを亡くされて編まれた句集だったのよねえ、とか思い起こされてくるのだ。解説は杉山久子さん、仲寒蟬さん。それぞれ句集に寄せた栞を再収録させていただいた。
収録作品400句を読んで、あらためて巧い方であるとおもった。ただ、巧さはあくまでさりげなく、一句一句が人の心に寄り添うようにふれてきて、しかも押しつけがましくない。作者の極めて繊細で優しい心根が、読者につたわってきて、おもわず、ああ、いいわねえって呟いてしまう。そんな一句一句である。好きな句がたくさんあるのだが、ほんの僅かを紹介したい。
明日逢ふ噴水のまへ通りけり
第1句集『猫』に収録。作者が20代のころの作品か。「逢ふ」に特別な思いがある。明日逢うことになっているその相手との場面を思い浮かべながら約束の場所の噴水の前をとおる。青春期のいろいろな思いがこめられた「噴水」でもある。目の前の噴水のみではなく、明日へのことをも想像させる噴水である。作者の思いは目の前の噴水を通り越して明日への噴水へと呼び起こされている。噴水という一瞬の噴き上げるもの、それは縦の動きであり、その前を通る作者はその縦の動きをさえぎるように横へと動いていく。縦と横とが交差しながら、さらに噴水の一瞬と明日の時間へとつながる時間が交差する。きわめてシンプルに叙しているのだが、重層的な読みも展開しうる一句である。作者の期待と不安がそのまま読者のこころにも忍び込んでくるようだ。しずかなドラマが潜んでいる。わたしは切なさも感じてしまうのだが、それは読み込みすぎだろうか。ほかに〈もう来ないかもマフラーを巻き直す〉
端居して付録のごとくゐたりけり
第2句集『砂糖壺』に収録。この「付録のごとく」の措辞におどろきつつ感動した。作者が人生に向き合うスタンスなのか。「端役」でもなく、物感がある「付録」である。端居をしているのは人間たちである。しかし、作者はここで人間であることの存在を主張せず、そこにいるのである。端居における自身のありようをどう言い表すかはいろいろとあるかもしれないが、「付録」という言葉は、ちょっと出てこないのではないか。しかし、作者にとって「付録のごとくゐ」るのが一番楽なのである。そして今日まで「付録」というものをけっしてないがしろにすることがなかった作者の生き方がみえてくる一句であるかもしれない。ほかに〈夕焼のはみ出してゐる水たまり〉
向日葵は亡き母の背と同じ丈
第3句集『冬夕焼』に収録。母への追悼句であり、母を恋う一句だ。ちょうどお母さまとおなじくらいの背丈の向日葵が咲いていたのだろう。その前にたつ作者。向日葵は顔がある花だ。その向日葵に対峙している作者、向日葵の明るい黄色が作者を照らしだしている。さびしいともかなしいとも心情はすこしも述べず、つきはなすように「母の背と同じ丈」と名詞どめにして言い切っている。それがいっそうに作者の孤独な心を浮き彫りにする。向日葵にすがって泣き出したいくらいだ。〈少年の吾に呼ばるる草いきれ〉
しやぼん玉弾けて僕がゐなくなる
第四句集『乗船券』収録。少年性をいつまでも失うことのない作者に「僕」という一人称はふさわしい。「僕がゐなくなる」ことへの喪失の驚き、それは「しやぼん玉」に映った自身の発見の喜びを知ったものでなければ見出し得ないものだ。まるでここの「僕」は童子のようである。社会的に武装し童心を失ってしまった心には「僕がゐなくなる」ことの驚きはおそらくやって来ないだろう。ほかに〈白息のはみ出してゐるかくれんぼ〉
半分に割り焼藷の湯気ふたつ
第五句集『音符』より。「焼藷」はたくさんの俳人によって詠まれている。好きな句も多い。掲句は、一見当たり前のことを詠んだようにおもえるがこの「湯気ふたつ」に発見がある。そう「湯気」が二つになるのよね、半分にすると、湯気が半分になるのではなくて、一つが二つになる。これを俳句にするなんて、なんともやるなあって。誰もが納得してしまう。焼藷ってその甘く焦げたような匂いも心惹かれるがなんといって湯気が命である。湯気の立っていない焼藷なんて、食べるに値しない。一句のなかに「焼藷」を真ん中に据えたところも巧みだと覆う。ほかに〈雛あられ盛ればざざざと波の音〉
紙皿の縁のさざなみ山桜
第六句集『シーグラス』より。「山桜」は、多くの俳人が一目おいている季語である。詩歌の伝統のなかで詠みつがれてきた「山桜」である。作者は、あの安手の紙皿を山桜にもってきた。しかも誰もきっとまだ詠んだことのない紙皿の縁のひだを「さざなみ」と叙し、山桜を呼び起こした。いやはやなんとも、である。山桜と紙皿。そして紙皿にあるこまやかなさざなみ。山桜の世界が更新された感がある。ほかに〈寒月とチェロを背負つて来る男〉〈返信の行間に降る秋の雨〉
本集には金子敦さんのエッセイも何編か収録されている。一部のみ抜粋して紹介したい。
夕立の匂ひのしたる葉書かな
この句を書き留めた瞬間、それまでは固く閉じていた蕾が、いきなりぱっと開花したような感じがした。単なる写生ではなく、それに抒情を加えた句が詠みたかったのだということに気が付いた。もしかしたら、気付くのが少し遅かったかもしれない。
もちろん、写生が俳句の基本であることに異論は無いが、それに抒情を加えることによって、自分なりのオリジナリティーが出せるのではないかと思った。
この「夕立」の句を詠んだ頃は、友岡子郷先生の俳句に心酔していたので、その影響が大きい。清潔感があり抒情性に富む句風が魅力的で、僕もこのような句を詠みたいと憧れていた。友岡子郷先生が新しい句集を上梓される度に、何度も繰り返し読み、一句ずつノートに書き写して勉強した。「ターニングポイント」より。
解説部分の杉山久子さんは、「新しい音楽」と題して句集『音符』に栞を寄せている。抜粋したい。
ボールペンの先端は球鳥渡る
日常生活の中のとても些末なものを掬い上げて詩にしてしまうのは、敦さんの得意な作り方の一つだ。このような細やかなものたちに目を留めることにも驚くが、一句として世界を作り上げる季語の導きが絶妙だ。季語の働きによって手元にある小さな世界が、明るさと強さを伴ってもう少し大きな広い世界へと連れ出されるような心地がする。
おなじく解説の仲寒蟬さんは、「美しい渚」と題して句集『シーグラス』に栞を寄せている。その文章より。
ゆく夏の光閉ぢ込めシーグラス
『シーグラス』を読み通してこんなに「名は体を表わす」と言うに適う句集はないと感じた。実に様々な色がある。美しいけれども放つ光は原色ではなく年月を経た渋みが加わっている。丸みを帯びて誰の心にも寛ぎと和みを届けてくれる。
金子さんとはFB友達だ。彼は私より少しだけ若いはずだが俳句の世界では十年も先輩である。しかも『シーグラス』は『猫』『砂糖壺』『冬夕焼』『乗船券』『音符』に続く第六句集。人生の半分以上を俳句と関わってきて扱う題材も自家薬籠中の物となり句風も確立されている。それでも色々と新しい発見があるのが最新句集のいいところ。
以下は「あとがき」より。
初めて俳句を詠んだのは小学五年生の国語の授業の時。教室の後方の棚に鳳仙花の鉢植が置かれていた。「ほうせんか花が咲いてもまだ伸びる」という句を出したところ、担任教師からお褒めの言葉を頂いた。「金子君は、毎日よく花を観察していますね。じっくり観察するのは、俳句を詠む上でとても大切なことです。」と言われて感激した! この言葉が無ければ、俳句とは全く無縁だったかもしれない。不思議なものである。
中学生の頃から、日記を書くように毎日句作を続けてきた。今までに句集を六冊も上梓することが出来てとても幸せである。
金子敦さんは、大の猫好き。
表紙の写真の「猫じゃらし」をとても喜んでくださった。
いまは「すず」ちゃんという今年8歳になった猫を飼っておられる。
敬愛されている詩人・金子みすずの名前の「すず」からという。
おなじ金子同士である。
金子すずちゃん。
金子敦さんとは、今日お電話ですこしお話をした。
その時に、「俳句をつくる上で大切にしていることは何ですか」と伺ったところ、
「人の心を癒やすのが俳句だと思うんです」というお答えがかえってきた。
たしかに金子敦さんの俳句を読んでいると、心が緊張から解き放たれて心地良くなぐさめられている感触があった。「文芸とは癒しである、と僕はおもってます」と金子さん。
さらに、
「というのは、僕自身が俳句によって癒やされたいと思い、事実、癒やされてきているからです。自分から出発したものを普遍化したいと思っているのです」
と。
多くの人が金子敦さんの句によって癒やされているだろうということは、金子敦さんの俳句のファンが多いことでも実証されている。
http://ooikomon.blogspot.com/2018/04/5_23.html 【川名つぎお「フロイトや死の本能は土を恋う」(「俳句界」5月号より)・・・】より
「俳句界」5月号(文學の森・4月25日発売)、の姜琪東の「編集後記」には、ことし六月で創立15周年を迎える。これは奇跡だ。四月六日付けで林誠司編集長が退職。(中略)小生もこの機会に社長職を辞任、寺田敬子に譲った。
とあった。突然のことで少し驚いたが、愚生は、60歳から4年半、顧問として世話になった会社なので、いくばくかの感懐はある。在職の折り、堅めの企画は多く姜琪東から出されていた。後記に、毎月赤字続きと言いながら、「会社には経営資金はたっぷりある」とうらやましいことが書かれていたが、会社自体は姜琪東が健在であるかぎり大丈夫だろうと推測する。
とはいえ、いずこも世代交代の嵐が吹いているのは間違いなさそうである。
今月号の「特別作品21句」には、偶然だろうが「豈」同人2名が起用されている。もっとも川名つぎおは「頂点」代表、山﨑十生は「紫」主宰でもある。あと一人の和田華凛は、「諷詠」の若き主宰で期待の人と言ってよいのだろう。他にも田中陽が特別作品50句を寄せている。それらの句を以下に挙げておきたい。
さわやかに徴兵なし基地を賜わり 川名つぎお
宇宙と祭りは膨張している
限界地球をなお耕している
同時代のアウシュビィッツを出られない
これ以上ない後腐れつばくらめ 山﨑十生
もうゐない人ほど恋し青き踏む
竹皮を脱ぐに万全たる禊
青鮫忌とどのつまりの原発忌
たまきはる宇智野遥遥夏霞 和田華凛
大坂屋長兵衛冷酒父所望
夏蝶や甍の上の空の色
憲法変えて空母をつくる花が散る 田中 陽
爆弾が落ち蝉でない肉片樹の幹に
「ヒト」の檻に入って・出てかんがえる
天皇も焼跡世代 おわっていく
あと一つ、興味のあった記事は、大輪靖宏・坂口昌弘・角谷昌子の鼎談「現代評論の問題点」。評論とは何かについて、大輪「『俳句とは何か』は、研究を踏まないと出て来ない」、坂口「突き詰めれば結局は観想なんだと。作品の良さを説明する良い感想が良い批評だと思います」、角谷「私は評論を書く姿勢として村上護さんの現場主義を、現場取材を参考にしています。確かに文献だけでは人物像が見えていない」と、三者三様ながら、真っ当な在り様と指摘をしている。
http://ooikomon.blogspot.com/2022/08/blog-post_21.html 【川名つぎお「東京の蟬の爆死と歩むなり」(『焉』)・・】より
川名つぎお第4句集『焉』(現代俳句協会)、あとがきの「所思」には、
平成四年「程」を皮切りに「尋」同十年、「豈」同二十六年につづく、この句集は第四句集になる。ここ数年コロナ禍にあり地上のすべてと同様に家に居るかマスクして隠れ家へ数日置きに。ついに来たか「ハーメルンの笛吹き男」や「ペスト」の人類滅亡への走りかと。まるで第三次世界大戦、勃発の死の不安が地球規模でアジアを含む新型コロナ禍の甚大さ。(中略)
「焉(えん)」は意味的には「どうして」「なぜ」の漢文による助字で期待はできない。忽焉、終焉に尾骶骨風に残っているという感覚こそ韓国の女子像であり、私の記憶と同行した、
「チョセンジン チョセンジン トパカスルナ オナジママクッテ トコチガウ」と訴えた日本語調の心情への揶揄は何だったのか。国民学校から八十六歳の今に口ずさめるのは環境という日本的風土が教えこんだもの。中国人のいう反面教師は私には同族や他民族への教訓として映っている。
とあった。ともあれ、以下に、愚生好みになるがいくつかの句を挙げておきたい。
それとなくディスタンス木は凍らない つぎお
ポケットを街のどこかに落しけり
さわやかに徴兵なし基地を授かり
青枯れし少年のままの「気をつけ」
ソ連初の核実験場。現カザフスタンのセメイ(旧・セミパラチンスク)にて
核実験ドストエフスキー流刑地
昭和二十四年から平成二年まで四六五回、五十万人被爆
セミパラチンスクを刻む世界時間
燕見た日の不安か誤嚥の兜太
空襲や母死ねばその飯おぼろ
「現代」とは原爆を呼んだ日から
鳥も二本足おれに翼がない
戦死は明治大正生まれ桜灘
川名つぎお(かわな・つぎお) 昭和10年、東京市蒲田区生まれ。
Facebook新田 修功さん投稿記事· かみさまとおはなし……⁉️😇🗣💕
読書セラピー「賢者の一言」 谷川俊太郎
はる
はなをこえて しろいくもが くもをこえて ふかいそらが はなをこえ くもをこえ そらをこえ わたしはいつまでものぼっていける はるのひととき わたしはかみさまと しずかなはなしをした 谷川俊太郎 「空の青さをみつめていると」より
………………………………✨✨✨
谷川俊太郎さんの「空の青さをみつめていると」という詩集です📖💕
私は、このタイトルだけで頭をガツンとやられてしまいました。
子供の頃から青空と雲や風が大好きだった私にとっては、宮沢賢治さんの「風の又三郎」にならぶ胸を打つタイトルだったのです。
詩集なので解説はいたしませんが、ぱらぱらと気の向くままに読み進んで頂いて、心にふっと春風が吹くような文章に出会ったら、じっくりと味わってみて下さい。
それこそ、公園にでも行って、青空の下で読むのも良いかもしれませんね。
本の中から、そよそよと吹いて来る風を感じながら、心に青空を抱きしめて、いつの間にか幾千の星がきらきらと輝き出すような、そんな読書体験を楽しんで下さい😊✨
人間に生まれて良かった、と思いますよ 💕
「現在の地球の危機をなんとかしなくては❗️」…、と行動するのも大切ですが、青空のように爽やかで、清々しく、優しい感性も必要です。
そういう感性を持った人が増えることによって、世界は平和になるのだと思います😊✨
いつか、かみさまとおはなしできますように🙏✨今日も読んでくれてありがとう🙏😊💕
https://ameblo.jp/tms-japan/entry-12819973759.html?fbclid=IwAR2Aoc2qo_HBdBBfEsHRr_WIoiTOQRiYEmUQpDGS13DCqMs5oMRnG1-xpnA 【言霊(癒やしの箴言集)】より
今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず、正直、親切、愉快に生きよ。 ―――中村天風
日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。 ―――本田宗一郎
あなたの人生をかわりに生きてくれる人はいないわ。 ―――ドリー・パートン
速度を上げるばかりが、人生ではない。 ―――マハトマ・ガンジー
未熟なうちは成長する。成熟すれば、あとは衰えるだけだ。 ―――レイ・クロック
Facebook清水 友邦さん投稿記事
わたしたちは地球の一部であり地球はわたしたちの一部である。
すべてのものはひとつの家族をむすぶ血液のようにむすびついている。
人がいのちの網の目を織ったのではない。人はその一本の糸にすぎない。
人はその網の目たいしてすることはすべて、自分自身に対してすることなのである。
(アメリカ先住民シアトル酋長の言葉)
現代の環境危機をもたらした原因の一つに、キリスト教の人間中心の自然観に問題がある事を指摘する人がいます。
歴史家のリン・ホワイトはキリスト教が環境破壊を推し進めてきたことをはっきりと述べています。
そこには自然を思うがままに支配して、目的のために自然を利用尽くし、自然の所有者となる人間中心の傲慢なキリスト教の神学解釈があったというのです。
聖書で問題になっているのが創世記に出てくる「海の魚、空の鳥、地の上を這うものを従わせよ 」の文面です。
環境問題でやり玉にあげられるのが人間中心の根拠となる「従わせよ 支配せよ」です。
この「従わせよ」原語のsubdueは
1、力によって優位にたつ。
2、脅しや説得などによって屈服させ、支配下に置く。
3、押さえ圧迫する
の意味があります。
「従わせよ subdue」の聖書の言葉が、ユダヤ教とキリスト教徒に人間中心の自然支配の根深い根拠をもたらすことになった、というのです。
1972年にローマクラブの「成長の限界」がだされてから環境危機は、全人類が共通に直面する緊急の問題となりました。
キリスト教神学からもエコロジーの視点から、聖書を読み取ろうとするエコロジー神学が盛んになりました。
創世記の物語は、神と契約した人間がその後傲慢になったので、神は洪水で地上のすべてを滅ぼしてしまいます。
生き残ったノアは神と契約を結びますが、その時には「従わせよ。支配せよ。」の言葉はありませんでした。
そこでドイツのリートケという現代のキリスト者は、エコロジカルな神学解釈をして、人間が自然を支配するのではなくて、管理者として神に委託されたと解釈できるとしました。
1979年アッシジの聖フランチェスコは、ヨハネパウロ2世によって環境保護の人々の守護者に選ばれました。
聖フランチェスコは太陽、月、風、雲の自然現象まで万物すべて神の兄弟として敬いました。
歴史学者のホワイトは聖フランチェスコを「西洋史上最大の精神的、霊的革命」といい、「エコロジストの本尊」と呼ぶことを提唱しました。
エコロジーの年表は「兄弟なる太陽、姉妹なる月」と霊的平等を説いた聖フランチェスコから始まっています。
アッシジの聖フランチェスコは、木をきる時、丸ごと切り落とすのではなくて、木がいきて行けるようにある部分は残すようにしたり、すべての土地を野菜のために耕すのではなく、いくらか野の草花のために残しておくようにさせました。
フランチェスコは自然界のあらゆる存在を兄弟姉妹とよびおおかみ、キジ、野うさぎ、ひばり、タカ、コオロギ、魚、羊からも慕われたとされています。
「ある日、気が付いたのです。ヒバリのような無欲が真の幸福の元ではないのかと…我々を造られた神への感謝を謳って(うたって)暮らせば…」映画ブラザーサン・シスタームーン
フランチェスコは遺言で次のように話したと伝えられています。
「もし、わたしが皇帝にお話できるとしたら、神の愛のために、どんな人もわたしたちの姉妹であるひばりを捕獲したり害をしたりしてはならないという法令を定めてくださるよう懇願します。
同じように、市長や町や村の領主たちも毎年のご降誕の祝日には、住民に麦粒か何かを市や町の外の道ばたにまかせ、とくにわたしたちの姉妹であるひばりや他の鳥たちに、何か食べるものを与えてほしいと思います。」
アメリカ、カルフォルニア州の自然保護運動家のシュワルツシルドは、フランチェスコが小鳥達に説教をしたといわれるスバジオ山で、異生物間コミュニュケーションの体験をしました。
シュワルツシルドはスバジオ山の斜面を登っている時に散弾銃の音がして、大変驚きました。
スバジオ山は、狩りが合法だったので散弾銃の色のついた薬莢がそこかしこに散らかっていました。
疲れて山頂に寝袋を広げましたが、気が重く、なかなか寝付く事ができませんでした。
寝袋に横たわっていると、近くの草むらからナイチンゲールではないかと思える美しい鳴き声が、羽ばたきの音とともに聞こえて来ました。
夜なので姿を見る事はできませんでしたが、その声はシュワルツシルドの心の奥深くに響いたのです。
「山で一日中鳴き続ける鳥に会うのは初めてだ。その声はまるでアッシジの鳥の代弁者として私に助けを求めているように思えた。やがて鳥は飛び去った。私は深く感動した。鳥たちを救う為に、誰も何もしていない事をしって、それを自分がすべきだ言う事を知った。」
シュワルツシルドはアッシジの鳥たちを救う為に、世界中のマスコミや組織、友人に手紙を書き、キャンペーンを開始しました。
その努力のお陰で女性を始めとして世界中から抗議の声がひろがり、スバジオ山の自然保護法が制定され、一切の狩りが禁止されました。
この成功を受けて、シュワルツシルドは環境問題を支援する為の自然環境団体、アッシジ自然会議を設立しました。(ジェイムズ・A. スワン「聖なる場所 地球の呼び声」)
樹木との異種間コミュニュケーション
「生駒の紫陽花邑の法主さんは、夜眠っていると木の悲鳴が聞こえて胸騒ぎした。外に出てみると学生がキャンプしている一本の木が呼んでいた。そこに行ってみると、巨大な釘が打ち込まれたところでキャンパーがロープを結ぼうとしている。法主さんは頭をさげて、これでは木が可哀相だから、枝にロープを巻き付けるやり方をしてくれないかとたのみ、学生たちも了承して、それから眠れたと言う」(真木悠介「気流のなる音」)
環境が汚染されることには誰もが反対しています。
にも関わらず汚染が進むのは、環境の保全よりも優先される物事の方があまりにも多いからです。
私たちの自己感覚は、他の動植物を含むいのちのネットワークまで広がっていません。
私と世界の間に境界線があり、自分の思想、習慣、血縁、民族、宗教に属する集団以外は敵対し排除しようとします。
地球全体の危機状態が訪れている今
人類史の大転換期にいます。
私たちの自我の境界が、他の生き物も含む地球大にまで、ひろがる時期にきています。
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