Facebook福田純子さん投稿記事 【笑顔の一語🍀一恵】🌈92
「気と我」
幼い頃....明治生まれの母は私によくこう言いました
「これからの女性は気を強く持ちなさい気はいくら強くてもいいけれど我の強い人になってはいけない!気の強さには我慢も辛抱も出来るけど我の強さはわがままばかり……
自分の非を誰かによって気付かせて頂いたならばまっすぐに頭を下げる素直さと気の強さを持って生きていきなさい」と。
気が弱く泣いてばかりの幼い頃母はよく私にこう言い聞かせてくれました
JUNKO
Facebook新田 修功さん投稿記事 だから大丈夫だよ……⁉️🙆♂️✨💕
おはようございます😃
賢者の一言 ブライアン・L・ワイス
偶然でもなく偶然の一致でもなく、私達は私達の家族の一員として生まれます。
私達は母親が妊娠する前に、環境を選び、人生の計画を立てているのです。
計画を立てる時には、愛に満ちた霊的存在に助けられます。
そして彼らは私達が肉体に宿り、人生計画がひもとかれてゆく間、ずっと私達を導き守ってくれます。
運命とは、私達がすでに選択した人生のドラマのもう一つの名前なのです。
………………………………✨✨✨
全国で自主上映会が開催されて、たくさんの感動を巻き起こしている映画「かみさまとのやくそく」で、子供たちが証言しています。
かみさまと約束して生まれてきたことを……😇💕👼✨✨✨
……、だから何があっても大丈夫 🙆♂️
あなたが選んだシナリオ通りに、物事は起きていくのですから……。
問題のように思えることには、ちゃんと解答が用意されているのです。
そして、あなたは決して1人ではありません 😊
どんなに辛く悲しい時間も、必ず過ぎていくのですから。
土砂降りの夕立が止んで、抜けるような青空になるように……🤗
青空のように清々しい心を忘れないようにね🤗✨💕
今日も読んでくれてありがとう🙏😊💕
Facebook河野 修一さん投稿記事·【生の大前提を変えてみる】
大抵の人が、「自分は不完全な者だ」と心のどこかで感じている。
だからこそ、自分の中の欠如感や空虚感を「外側の何か」で「埋めよう」とするのだ。その「外側の何か」は人によって異なる。
ある人には、お金や所有物やセックスだったり、または何かの嗜好品や食べ物だったり、さらには肩書や地位や権力だったりする。
人生や生命に向き合う際の「謙虚さ」は必要だと思う。
だけど、「自分は欠点だらけのだめな人間だ」「だからもっと何かを加えねば」「何かを学ばねば」という、外側にプラスを探す行為はきりがない。
そしてその人は今の自分を否定し、今の自分と闘っている。「アクセル」を踏みながら、同時に、「ブレーキ」を踏んでいるのだ。
自分と闘って、安らげる人はいない。自分と闘って、健康を保てる人はいない。
もしかしたら僕たちの「前提」が間違っていたのではないだろうか?
「不完全から完全に」「向かって」いるのではなく、もともと自分が、「完全な存在」だったとしたらどうだろう?
光に「向かって」いくのではなく、もともとの自分が、「光そのもの」だったとしたらどうだろう?
自分が光り輝く完全な存在であることを忘れ、ただ欠点のある自分を「演じ」、不完全な自分を「演じ」ているのだとしたら、人生は何という「茶番」だろう。
でもその自作自演の劇も、より高次の自分から見たら完全の中にあるのだ。
もし僕たちが不完全という前提から出発するのではなく、「完全性から出発」すれば、毎日の光景が「違って」見えてくるに違いない。
不完全な自分という「あり方」ではなく、完全な自分という「あり方」から毎日を生きてみれば、これからはより力強い人生が創造されることだろう。
僕たちはもっと自分に自信を持っていい。もっと自分を信頼していい。
自分を満たしてくれるものを外に求める必要はない。光を外に求める必要もない。
なぜなら僕たちは「光」なのだから。光は完全。光は永遠。「光は出発地点であり到着地点」。
僕たちはすでに答えの中に、そう、「愛」の中にいたのだ。
人生は本当の自分を「探す」旅ではなく、本当の自分に「還って」いく旅だ!
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