https://www.kumano-kodo.jp/spot/spot-4256/ 【発心門王子のシャクナゲ(ほっしんもんおうじのしゃくなげ)】より
王子社に初夏の彩り
格式の高い「五躰王子」に数えられる発心門王子の鳥居近くには、シャクナゲが植えられています。5月上旬になると淡いピンク色の花を咲かせて赤い社(やしろ)と新緑に彩りを添えます。
【富士噴火】
日本文化に疎い私は 「日本のヒミツとホントを語る」ワークショップに参加してきました。今回のテーマは日本の「聖地ネットワーク」でした。
天のライン、地のライン、人のラインの説明の後 伊勢、出雲を結ぶ富士山ラインの話があり フォッサマグマ上の聖地とそれをつなぐ天・地・人の網の目のようなネットワークが 神々の護国につながってきたが 祭儀が廃れ続けてきた今日、日本の未来に憂いを感じるとのこと。
(天・地)のネットワークは不動に近いが 人のラインは 実にもろく 昔の人の叡智も無視され続け 富士の噴火予測が象徴するように 亡国の危機さえ感じる。
聖地を行き来する巡礼こそ 人のラインをつなぐ祭りであり、みなさんが旅をする時 方位磁石を携えて 聖地ライン(日の出入りのライン)を意識し 護国の祈りをして欲しいという趣旨のものでした。
聖地ネットワークをまとめていたら 出雲と天照(北の大陸と南の大陸、陰と陽)の対立が富士の噴火をぶのではないか?と考えてしまいました。
理由その1
以前出雲巡礼の時 伊勢神宮に出雲の神も祀られたと聞いた記憶があります。
もしかしたら 出雲の神は 和歌山県の日前国かたす【(ひのくま国かたす)神宮:熊野三山がご神体】に祀られ 明治時代の国策により熊野詣が廃れたと考えられないでしょうか?
和歌山と出雲は深い関係にあったことは次に投稿する資料からも 考えられます。
その2
中央構造線は東アジア大陸と東南アジア大陸の 大断層で 出雲側は東大陸側のエネルギーの神、「コノハナヤサクヤヒメ」富士ライン側は東南アジアのエネルギーの神。
【鹿児島県の笠沙の岬(笠沙の岬の地名は「ニニギノミコト」(神武天皇の曽祖父)と「コノサクヤヒメ」の出会いの場で有名な地。)
四国の足摺岬、室戸岬の3岬をつなぐと朝熊ケ岳(あさまがだけ・伊勢神宮 奥の院)から富士(あさま大社)に至る。】
その3
地質も 出雲側は世界でまれな 墓石=花崗岩・御影石が埋もれた大地→黄泉の国支配
「コノハナヤサクヤヒメ」側は緑の蛇紋岩が産出。
大陸側は 最近まで裏日本といわれ 過疎化が憂われるほど。
その4
「鳥取の氷ノ山(氷ノ山)、蒜山(ひるせん)、大山(だいせん)→本来の修験道のメッカ
島根 出雲:出雲は熊野の日嗣(霊魂を継ぐ)空海は知りつつも 熊野巡礼よりも 四国を巡礼地として選んだとのことです。
その5
神無月の時も「エビスさんは 出雲にいらっしゃっていないから そう呼びたくない」という 話を 小耳にはさみました。
神々が出雲に集まるという謂われは 廃れたのでしょうか?
二つの富士山ラインは 熊野詣・軽視から 陰陽のバランスを失い 富士山噴火の危機が訪れたと考えられないでしょうか?
<インターネット資料>
http://anou.mo-blog.jp/koan/2012/05/post_77c3.htmlより
熊野は、現在では和歌山県と三重県とにまたがっている。熊野三山はいずれも和歌山県に属しているが、熊野市は三重県の最南端の町である。
その熊野市有馬町には、『花の窟(いわや)』と呼ぶ奇岩があって、日本書紀によれば、イザナミの葬られたところと伝えている。
そしてここにも、神倉神社のゴトビキ岩と同じく岩塊がそそり立っている。道路を挟んですぐ隣は熊野灘である。
もともと神の寄りつく場所だったらしく、今も『お綱かけ』という神事が行なわれている。
これは、葬られているイザナミの『魂(みたま)を祭るには、花の時にはまた花を以(も)ちて祭る』。また鼓(つづみ)・吹(ふえ)・幡旗(はた)を用(も)ちて、歌ひ舞ひて祭る」という日本書紀の記事(第五段一書五)に基づいていると言い伝える。
熊野は異界と接触する土地である。その昔、秦の始皇帝に命じられた徐福(じょふく)が、永遠の命を手に入れるために蓬萊山めざして大海原に漕ぎ出した。
そしてたどり着いたのが熊野だったと伝えられ、いつのことか、新宮市に墓ができた。中世には、仏教における異界である補陀落(ふだらく)への渡海をめざす修行僧たちが集まるようになり、出入り口を塞いだ小舟に乗って太平洋に漕ぎ出していった。
那智駅の近くには補陀洛山寺があり、那智大社の隣りには青岸渡寺が建つ。
古事記の神話では、木の国(紀伊国)は、スサノオのいます根の国の堅州(かたす)の国につながっていた。
紀伊の国と出雲の国は、熊野という同じ地名があるということからも想像できるように、理由は明らかではないが、かかわりの深いところである。
中心としてのヤマトからみれば、どちらもクマ(隈)であり、だからこそ異界に接触できる場所なのだ」(三浦祐之「古事記を旅する」
文藝春秋) 再び「出雲国風土記」を振り返ってみよう。
建築様式だが、出雲大社は「大社造り」といって、伊勢神宮の「神明造り」との類似点が指摘されている。
けれども、どちらかといえば伊勢神宮の神明造りは南方系の要素が強いらしく、東南アジアの多くの地域で見られる高床式・高倉穀倉を原型とするようだ。
それに対して出雲大社の大社造りは大陸系に近いと言われる。いずれにしても海を越えて輸入された外来の建築様式が、中央政権の創設と時期を同じくしながら少しづつ形式を整えていったに違いない。
ミクシィねーむは【らん】
人生の意味は(命という字が語るように)人が一を叩く旅。「私であり、宇宙であり」「 実であり虚である幸せ」を悟ることだと考えます。
顕在意識では、二元の世界に生きている錯覚を持ちがちですが 根源は一つであり、宇宙共同体として相互に関係しあい 原子でさえ 宇宙のひな型をしています(全ては仏の子)
一つ(一元)を見失えば 無条件の愛と和合を失い、人間を辞め、孤独地獄と虚無の淵にさまよい続ける火の鳥(手塚治の火の鳥伝説は強烈です)となると思います。
かつての私はそうでした。
ミクシィのニックネームをらんと付けた所以は 愛犬らんに 命の煌きを見続けたからです。
マイミクさんの日記を読ませていただいていると(更新した)プロフィールの写真が紹介されていました。
私はその日記に以下のコメントを書き込みました。
「虹と止揚(アウフ ヘーベン)を連想します。
賛美歌に「十字架は 神の義と愛の会えるところ。。。。」という歌詞があります。義はひかり、愛は水、虹は義と愛のバランシング。
バランシング。。。。。。
赤外線(音波へと繋がる)と紫外線(解離性放射物質へと繋がる)=生と死その循環(輪廻転生)でバランスを生み 願わくば止揚が生まれることを。
しかも止揚も下降も自らの選択。止揚を選ぶのが幸運を呼び寄せることでしょうか? 」
そしてある日 そのマイミクさんから この写真が届きました。
感謝を持って 愛犬から このマークに プロフィール写真を変えさせていただきました
プロフィールに霊現象に翻弄され続けた話は書きました。
その中で聞かされたメッセージに 「宇宙は虹の世界、魂は虹の結晶」という内容があります。
これは私の個人的な連想ですから 学術的な論争に持ち込まないでください。
論争ではなく感想はぜひ聞かせてください。
関連する情報をアトランダムにリストアップしてみます。
*東方浄瑠璃世界に薬師如来 西方浄土に(赤の)阿弥陀如来(赤外線と紫外線の間の 可視光線の世界が今生というイメージ)
*龍(水神)が口に加えている球は 魂だと言われる。
*サラスヴァティ(水の神)はブラフマンの妻
*聖者が死ぬと身体が消え 虹が残ったという奇跡の逸話
*七つのチャクラが虹の分光に対応しているのも興味深い
以前クリスタルヒーリングを受けたことがありますが 胸の上に黄金(キラキラ 輝くプラウナのような)の太い柱が立ったのを見ました。
虹の集約は透明だと思っていますが プラウナが黄金に煌くのは実際にみえます。
いただいたマークの中心が黄色だとは 集約が黄金になる象徴のようで 「宇宙そのもの」のシンボルの気がしてきました。
ついでに私の連想ゲームにお付き合いいただけると幸いです。
富士の河口湖で プラウナを見ていると 黒い点が沢山見えました。しかも何度も。私は何を見たのでしょう?
虹が集まれば透明になるのに 色が集まれば黒になる その不思議とリンクして頭から離れません。どなたかこの謎を解き明かして下さらないでしょうか?
もう一つ ミクシィ参加者のページを勝手に見せてもらっていると「右脳ヒーリング」という言葉が目にとまりました。
右脳開発はよく聞く言葉です。現代人は知識偏重、左脳優位。とくに大人は 言葉を媒体とした抽象思考が得意です。右脳細胞を眠らしている故 感性が鈍り 全体感覚を見失っていると言われます。ですから右脳開発が奨励されてしかるべきなのかもしれません。
しかし 一般に脳細胞の95%は使われないままだと言います。
(脳呼吸として紹介された)ダンワールドでは脳細胞の覚醒(開発)という時 全脳を意味します。不断つかわれない身体の組織を動かすことで その部位に連動する脳細胞を覚醒させるのが大略の方法です。
ダンワールドでも 右脳を使うことが奨励され、無限大修練などで 左右脳のバランスをとるレッスンがあります。(これを脳の柔軟化と呼びます)
脳ヒーリングに該当する方法は脳の情報の浄化(リリース)とポジティブメッセージの注入です。オ ポノ ポノ では ありがとう ごめんなさい ゆるして下さい 愛していますの4語だと聞きました。
ダンワールドでは「私は私を許します」「私は私を愛します」「私は勇気のある人です」「私は高貴な存在です」「私は美しい」「私はパワーブレインです」「私は創造の主体です」などの言葉を 大声で 全身を使って(できるだけたくさんの筋肉を巻き込むため)脳に注入したりします。
スリーインワンコンセプトでも ポジティブメッセージ、シンボル、色、波動、その他を 眼の筋肉に注入したり(視覚は脳細胞の多くの部位を占めます) 眼のシフティングでエネルギーバランスを整えたりします。
生きる意味を問うことを諦め神から問われる生き方をしようと決めた私は結婚後 クリスチャンワーカーになるため(子育てをしながら)大学生となり、院でも聴講し 要約 学ぶことを始めました。 院では自分の成育歴を振り返る課題もあり 戸籍を取り寄せてファミリーツリーを完成したり聞き取りをしたり、今までタブーだった自分の過去を取り戻す作業をしました。
それまで私は実母の名も、いつ、何が原因で亡くなったかも知らないままでした。
愛する者に自分の歪みを手渡したくないと願い本格的な心理療法の学びも始めました。
我が家は教会中心の 典型的なクリスチャンホームとなりました。
しかし教会は世俗化し、聖霊との出合いはなく、教会での働きに喜びが持ち切れなくなりました。子育ても一段落付き 残された時をどのように過ごすのが神のみ旨に沿うのか 改めて問う時が来ました。棚上げした生きる意味への問いも また浮かび上がってきました。
このときの答えは「意味は自分が創造するもの」でした。
私の創造した意味は愛する者の幸せ(四無量心)です。私 たちは過去の経験からいろいろな信じ込みを持ち(色眼鏡 をかけ)未来を制限します。過去を清算し未来に空を生み 愛する者の幸せのために可能性を広げていく、それが答え(創造した意味、生きる意味、生かされる意味)です。 私の人生での出会いの特徴はキリスト教と心理療法です。
NLP,スリーインワン、ブリーフセラピィ、催眠療法、キネシオロジー、認知療法、ユング(箱庭中心)、アドラー其の他いろいろな学びをし、それなりの資格も習得しました。
心理療法こそ 過去を清算し未来に空を生む方便です。人生で出会ったものを他者のために生かすことは「生かされてきたことへの感謝とお返し」であり、自分の人生の統合でもあると考えました。
次の働きの場をみなみ心理健康オフィスに選んだ理由です。
0コメント