全体性を回復する癒しのプロセス

http://anzenmon.jp/page/10243170 【その15 全体性を回復する癒しのプロセス】より

 恐怖や不安、パニックなどの煩わしくつらい体験は、自分自身や周りの世界に対する見方を狭めてしまいます。それどころか、苦痛や困難はどんな形で現れるのであれ、あなたの行動を阻み、心を奪いつくしてしまうのです。

 その状態が続いて慢性化し、激しさを増すと、まるでとらわれの身になったような気持ちになることもあります。人生が狭苦しい部屋のように思え、自分の可能性や行動範囲がどんどん狭まっていくように感じられるのです。

 こうした自分を制約するような思考や感情、そして、「恐怖に対する恐怖」は、身体恐怖の症状よりもさらに強力です。

 恐怖や不安を自分と同一視する傾向は、その感情自体が高まるほど強くなります。「私は不安だ」「私は怖い」というのが、単に状態を表すだけでなく、自分とそうした感情が一つのものだという意味になり、苦痛に対して反射的に反応することが当たり前のようになってきます。

 こうして恐怖や不安、パニックは牢獄と化すのです。そこに閉じ込められているのは、何らかの理由で自分の能力に自信を失い、生きる活力を見いだせなくなった人たちです。

 本書の趣旨は、こうした恐怖や不安、パニックの牢獄から逃れるのは可能だということです。自由を手に入れる鍵はあなたのなかにあります。そして、自分の人生に十分意識を向けられるようになったとき、その牢の扉が開かれるのです。

 マインドフルネスの考え方では、すべてのことは現在という瞬間に起きています。今、この瞬間にも人生のさまざまなできごとが去来しています。恐怖、不安、パニックなどの強烈な内的体験もそうしたできごとの一部です。恐怖や不安、パニックは永遠に続くものではなく、また、あなた自身でもありません。あなたは「生」と常に結びついているのであり、決して孤立した存在ではないのです。

「生」との結びつきを取り戻す

 癒しとは、全体性を回復するプロセスです。全体性を回復するには、切り離されて孤立化した部分や否定された部分をすべて意識のなかに取り込み、受け入れることが必要です。これは個々の人間の癒しにも、社会や国といったもっと大きな単位の癒しにもあてはまります。

 心理療法の世界では、かなり以前からこの癒しのプロセスには、自分自身の闇の面を感じ取り、受けとめ、引き受けることが必須であると考えられてきました。闇の面とは、恐怖や狼狽、恥辱などを呼び起こすあらゆるもののことを指します。言い換えれば、あなたが知ることを拒み、必死で認めまいとしている自分自身のことです。あなたが自分の手に負えないと感じている内的なエネルギーや力もその一部です。癒しのプロセスには、この深い闇を詳しく観察することが不可欠ですが、それを進んで行う人はめったにいません。

 名高い禅の指導者であり、ユング派の心理学者でもあるジョン・タラントは著書『闇の中の光明』(一九九八年)の中で、この闇への転落について、次のように記しています。

 たいていの場合、気づきの人生への旅は、絶望のさなかに始まる。人生が順調に進んでいるとき、私たちは生活や自分自身を変える必要を感じない。(中略)心をかき乱されることもなく、半分眠った状態で過ごしているのだ。と、そこで危機が訪れ、私たちから生活のよりどころとなるすべてのものを奪いつくしてしまう。けれども、この予期せぬ転落は恵みでもある。拒絶してはならない。(中略)私たちは、もう自分には選択肢がないことを悟る―一度どん底まで落ちて、初めて人は立ち上がれるのである。

 確かに、恐怖や不安、パニックなどの体験は、あなたを闇の世界に突き落とす危機であるかもしれません。けれども、あなたがそれにうまく対処し、そこから何かを学ぶことができれば、その体験は人生により大きな気づきをもたらしてくれる可能性があります。そして、それらに伴う苦痛は、あなたをより深い自己理解へと導き、周りの世界との結びつきを強めてくれるかもしれません。

 著名な仏教指導者であり人類学者であるジョアン・ハリファックスは、著書『実りある闇(一九九三年)』の中で、つらい体験を通じて「生」と結びつくことについて、このように語っています。

 私の苦しみは固有のものではなく、この身をおく文化的基盤から生まれている。世界全体の文化、環境から生じている。私は世界という全体の一部なのだ。この体が苦痛を訴えているなら、世界もまた苦しんでいる。

 世界の苦痛を認識すれば、自分だけが苦しんでいるという感覚はなくなる。(中略)人は過去から現在に至るまで、皆それぞれに苦しみを抱えて生きている。それは個人的な苦痛には違いない。けれども、自分という生き物と、それ以外の生き物の境はどこにあるのか?

 自分の痛みと相手の痛みが同じものであることに気づいたときに、あなたは慈しみと思いやりの気持ちの核心にふれることができます。内なる苦痛を身勝手に自分のものとみなすのではなく、より大きな文脈でとらえた「生」に対応し、向き合うためのきっかけとして考えることができたときに意識は目覚め始めます。このことは、注意を集中して人生の一瞬一瞬と結びつくことによって、よりはっきりと実感できます。

 正しい形で行う瞑想の目的は、自己変革と意識の覚醒にほかなりません。今という瞬間の丸ごとの体験とつながることで、本当にだいじなものは何かを知ることができます。生きることの不思議さと美しさをじかに体験できるのです。そこから、理解と知恵が生まれます。

  瞑想は人生の意味を教えてはくれません。私たちがそれを自力で見つけ出せるように力を与えてくれるのです。そもそも、人生の意味とは、他人から教えてもらえるものではありません。

 意味を知るには、感性を研ぎ澄ませ、ひとつひとつの瞬間に耳を澄ませて、そこで起きるできごととつながることが必要です。この体験は一体私に何を教えてくれようとしているのだろう? 人生の意味は、自分自身にそう問いかけることからみえてきます。さあ、まずは日々の生活における恐怖、不安、パニックという体験について問いを発してみませんか?

 アウシュビッツなどのナチスの強制収容所を生き延びた精神科医のビクトール・フランクルは、自らの体験を基にして「ロゴセラピー」と呼ばれる心理療法を開発しました。ロゴとはギリシャ語で「意味」を表す単語logosに由来する言葉ですが、このセラピーでは人間存在の意味に主眼を置き、その意味を探求することこそ人が生きる原動力になると考えます。ロゴセラピーは、自己中心的な狭い世界観をこえて、より広い視野で自分の存在をとらえることを可能にします。フランクルは、著書『夜と霧』(一九五九年、邦訳・みすず書房)の中で次のように記しています。「結局、人間は生きる意味を問うべきではなく、自分自身がそれを問われていることに気づかなければならない。つまり、私たちは皆、人生から問いかけられているのだ。そして、その答えは、自分の人生を引き受けることによって得られる。私たちは、責任を果たすことによってのみ、人生に答えを返すことができるのである」

 あなたは恐怖や不安、パニックを敵や邪魔者とみなす考えを捨てられますか? それらの体験から自分を変えていく教訓を学び取ることができますか? 恐怖や不安、パニックを通して、他者との絆を結べますか? またフランクルのように、そうした体験を通じて、人生が自分に何を問うているのかを考え、その意味と目的を突き詰められますか?

 人生のひとつひとつの瞬間において、今にとどまる力を身につけることで、これらのことはおのずと可能になるはずです。

恐怖を恐れない

 恐怖や不安、パニックを思いやりと慈しみの心で受け止めることによって、人は強くなれます。そうした力を身につけるには、まず、それらの感情は自分自身ではなく、今という瞬間に去来する体験であり、状態にすぎないことを理解する必要があります。恐怖や不安、パニックに伴う痛みや苦痛は、ほんの一時的なものです。とはいえそうした苦しみもやはり、思いやりと慈しみの心で受け止めてやらなければなりません。

 最後に、アメリカの詩人、ジョイ・ハージョーの詩(I Give You Back<恐怖よ、さらば>)の一節を紹介しましょう。ここには恐怖との新しい関係が美しい言葉でうたわれています。

    恐怖よ、私はおまえの元から去ろう。

    おまえはもう私の影ではない。

    私はおまえを捕らえはしない。

    おまえはもう、私のどこにもとどまれない

    目にも、耳にも、声にも、腹にも、また、この心にも

    でも恐怖よ、いつでもくるがいい

    私は生きているのだし、おまえは死ぬことを恐れているのだから。

 本書を読んでくださった読者の皆様が、自分なりのマインドフルネス習得法を確立できることを、心から願ってやみません。

 マインドフルネスが養われ、あなたの支えとなりますように。

 それにより、あなたが安らぎと落ち着きを見いだせますように。

 あなたの心に思いやりと慈しみの気持ちが目覚めますように。

 あなたの日々の生活に明晰さと理解がもたらされますように。

 そして、マインドフルネスと慈しみの心によって、あなたが恐怖と不安とパニックから解放されますように。

著者等紹介

ジェフ・ブラントリー

医学博士。デューク大学医学部精神医学科顧問医師。同大学統合医学センターの「マインドフルネスに基づくストレス緩和(MBSR)プログラム」の創始者、ディレクターでもある。ラジオ、テレビ、新聞、雑誌などでMSBRプログラムに関する数々のインタビューに応じている。

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