https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21215 【ネアンデルタール人遺伝子が「ファクターX」!?】 より
10月に入って欧米各国で新型コロナウイルス感染の第2波が急拡大している。
10月下旬現在、世界最多の22万人強の死者を出しているアメリカは、1日当たりの新規感染者が過去最高の8万人を越え、欧州ではスペインやフランスで感染者数が100万人を超過し、欧州全体では合計約560万人。EU(欧州連合)の感染者数が、アメリカとインドに次いで世界で3番目の規模になった。
こうなってくると、感染者の合計が9万6000人、新規の感染が数百人(死者は連日10人内外)に止まっている日本の特殊さが、以前にも増して際立ってくる。
日本だけではない。中国、韓国、台湾、ベトナムなど東アジア全域が、第2波の感染爆発を免れている状況なのだ。
改めて浮上するのは、5月段階で山中伸弥京大教授が提唱していた「ファクターX」である。
ロックダウン(都市封鎖)を行わず、PCR検査も少ない日本。それなのになぜ、欧米よりも感染者や死亡者の数が少ないのか?その未知の要因がファクターX だった。
要因候補には、①マスク着用や毎日の入浴など衛生意識の差、②ハグや握手など生活文化の違い、③BCG接種などの影響、④SARSなど過去のウィルス感染の影響、⑤何らかの遺伝的要因、などが挙げられた。
以後、要因探索は各方面で続けられている。国立国際医療研究センターが発表した「ACE1(エース・ワン)遺伝子タイプの違い」もその一つ。欧州にはACE1がよく働くタイプの人が多く、ACE1が働くと血管が収縮し血圧が上昇、炎症が悪化して重症化や死亡につながる。一方、東アジアでは余り働かないタイプの人が多く、死者が少ないという。
10月に入ると、新たな要因候補が登場した。「ネアンデルタール人遺伝子」説である。
ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授(沖縄科学技術大学院大学兼任教授)らのグループが9月30日に英科学誌『ネイチャー』に発表したものだ。
それによると、新型コロナウイルスの感染者約3000人の調査から重症化を起こす遺伝子領域を特定したが、それは現代人の祖先がネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子の領域だった、と解明したのだ。
ネアンデルタール人由来の遺伝子を持つと重症化のリスクは最大3倍になるが、持つ人の割合は地域ごとに開きがあり、南アジア(インド、パキスタンなど)では約50%、欧州では約16%。一方、日本、韓国、中国など東アジアではほとんどの人が当該遺伝子を持っていない。
ネアンデルタール人由来の遺伝子領域がなぜ重症化につながるのか、因果関係はまだ不明だが、この説は素人の私にはとても興味深い。
なぜなら、毎週目にするコロナ感染の世界地図(欧州、中東、南アジア、欧州人が移民した南北アメリカが真っ赤で、東アジア、オセアニア、アフリカが白い)の意味を、うまく説明してくれるように思えるからだ。
私は人類の進化史に関心があり、今年3月、人類学など内外の研究者6人が最新成果をまとめた西荻良宏編『アフリカからアジアへ 現生人類はどう拡散したか』(朝日新聞出版、2020年)を読んだところだった。
現生人類(ホモ・サピエンス、新人)は、約30万年前アフリカで誕生したとされる。
最初の出アフリカは20~10万年前、第2次は6~5万年前。両時期とも、ヨーロッパやユーラシア大陸には先住集団がいた。
180万年前頃にアフリカを出た原人(ホモ・ハビタスやホモ・エレクトス)は大陸の端まで達していた(ジャワ原人など)し、ユーラシア各地には原人の子孫である旧人のネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)がいて、東アジアにはその兄弟種のデニソワ人もいた。
現生人類は、そんな先住集団との生存競争に打ち勝ち、地球上で唯一の人類集団(ヒト)になったのだった。だが、どうやって?
かつては、私たち新人の認知能力が優れていて旧人を駆逐した、と考えられていた。
しかし近年の研究では、両グループの能力差はほとんどないとわかり始めた。狩猟用の石の槍や握り部のある石のナイフは共通。獲物のアカシカなどの大型有蹄類やイノシシ、カメ、トカゲなどの小動物、食用の豆類も同様。新人は貝製ビーズ、ネアンデルタール人は2枚貝や鳥の羽根などの装身具を用い、両者共に埋葬行為を行った。行動様式を比べると、相違点より共通点の方が多かったのだ。
新人は、獲物を巡って旧人と競合しながらも、各地で長期間(1万年以上?)にわたり旧人と交配した。そのため、現生人類の非アフリカ集団におけるネアンデルタール人ゲノム(生物学的遺伝情報)の混合率は1・5~2・1%に及ぶと推察されている(東アジアやオセアニアではデニソワ人由来のゲノム混入も)。
危機を乗り越えた新人
重大な転機は5~4万年前に訪れた。
それまでも周期的な気候変動によって長期的人口減少を続けていた原人、旧人、新人の集団は、この時期の大規模な寒冷化と乾燥化の進行で存亡の危機に直面した。アカシカなど主要な獲物の大型動物が急減したのである。
新人集団より構成人口が1桁少ない原人や旧人の集団は、近親婚による有害変異の蓄積もあったのだろう、4万年前頃には絶滅してしまった。
この危機を「文化の力」で切り抜けたのは、私たち新人だけだった。
稀少だった石刃(ナイフ型石器)を増産し、投げ槍に使える小石刃も考案。それらの利器で、狩猟対象にならなかったウサギ、リス、野鳥などの小動物を捕え、新たな食料とした。
貝殻ビーズや籠形ビーズ、骨や歯牙の装飾品をさかんに作るようになったが、こうした品々の交換・贈答が言語の発達を促進し、より大きな集団形成に役立ったとも言われる。
現生人類の生き残りの理由については、化石人骨の空白地帯があるのでまだ不明な点が多いが、大まかな流れは前掲書で次第に見えてきた。
さて、前述のペーボ教授チームの「コロナ重症化=ネアンデルタール人遺伝子由来」説だが、南欧にいたネアンデルタール人の遺伝子が交配によって約6万年前に現生人類にもたらされたものだという。
となると、南欧を含む西アジアの新人はその後、ヨーロッパの基底集団やアメリカ先住民を形成するとされるから、現在のコロナ感染者分布の世界地図とも矛盾しない。
ただ、論文の元データを見ると、当該遺伝子を持つ人の割合が、コロンビア(11・7%)やペルー(5・9%)は確かに高いが、アフリカ系アメリカ人では1・6%と低く、これはアメリカ国内で黒人重症者の多い現状とは合わない。
重症化の要因はやはり単一ではなく、複雑かつ重層的なものなのだろう。
10月28日に、1日当たり死者が500人を越えたフランスが、2度目の全土ロックダウンを宣言した。ネアンデルタール人遺伝子説のさらなる研究成果の発表を待ちたいと思う。
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