https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35499 【新型コロナの重症化はネアンデルタール人から受け継いだ】より
新型ウイルスSARS-CoV-2は、2019年末に初めて確認されてから、感染した人々にさまざまな影響を与えています。このウイルスが引き起こす新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症すると、重症化して入院が必要になる人がいる一方で、症状が軽い人や無症状で済む人もいます。
年齢や持病の有無など、重篤な反応を起こしやすいかどうかに影響を与える要因はいくつかあります。遺伝的要因も影響を与えることがわかっており、数ヶ月前に発表されたCOVID-19ホストジェネティクスイニシアチブによる研究では、3番染色体のある領域の遺伝子多様体(バリアント)が、重症化リスクを高めることが示されました。
そしてこの度、国際科学雑誌ネイチャー誌に掲載された新たな研究では、この遺伝子領域が南欧で発見された5万年前のネアンデルタール人のものとほぼ同じであることがわかりました。さらなる解析で、これらのバリアントは約6万年前にネアンデルタール人との交配によって現代人の祖先に渡ったことも明らかになりました。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のヒト進化ゲノミクスユニットを率いるスバンテ・ペーボ教授は、「ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝的遺産が、現在のパンデミックの中でこのような悲劇的な結果をもたらしていることは衝撃的です」と述べています。
COVID-19重症化は現代人の遺伝子に書き込まれている?
染色体は細胞核の中にある微小な構造体で、生物の遺伝物質を含んでいます。染色体は対になっていて、両親から1本ずつ受け継いでいます。ヒトには23対、合計46本の染色体があり、ここにDNA全体、つまり数十億の塩基対が収まっています。その大部分は個人差がなく種内で共通したものですが、変異が起こることがあり、DNAレベルで見るとバリエーションが存在します。
COVID-19ホストジェネティクスイニシアチブの研究では、COVID-19で入院した重症者と、入院しなかった感染者3,000人以上を対象に調査しました。その結果、感染者が重症化して入院が必要になるかどうかに影響を与える3番染色体の領域が特定されました。
特定されたのは49,400塩基対にまたがる非常に長い遺伝領域で、COVID-19重症化リスクをもたらすバリアント同士は強く結びついています。つまり、バリアントの1つを持つ人は、13個すべてのバリアントを持っている可能性が非常に高いのです。以前の研究で、このようなバリアントはネアンデルタール人やデニソワ人に由来することが示されていたため、重症化につながるバリアントも継承されたものであるかを調べるために、ペーボ教授は、本論文の筆頭著者であり、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所およびスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者であるHugo Zeberg教授と共同で解析を行いました。
その結果、南欧で発見されたネアンデルタール人がほぼ同じ遺伝子領域を持っていたのに対し、シベリア南部のネアンデルタール人2人とデニソワ人1人にはなかったことがわかりました。
次に、研究者たちはこれらのバリアントがネアンデルタール人から受け継いだものなのか、それとも共通の祖先を介してネアンデルタール人と現生人類の両方から受け継いだものなのかという疑問を持ちました。
もしバリアントが2つのグループの人類の交配によって継承されたのであれば、それは5万年前に起こったことになります。一方、バリアントが最後の共通の祖先に由来するものであれば、現生人類の中に約55万年前から存在していたことになります。しかし、その間にもランダムな遺伝子変異や染色体間の組換えが起こっていたはずです。また、南欧のネアンデルタール人と現代人のバリアントが、長いDNA領域にわたって非常に似ているため、研究者たちは交配から来た可能性がはるかに高いとしました。
ペーボ教授とZeberg教授は、2つのグループが出会った約6万年前に、南欧で発見された1人と血縁関係のあるネアンデルタール人が、このDNA領域を現生人類にもたらしたと結論づけました。
ネアンデルタール人のバリアントが最大3倍のリスクをもたらす
Zeberg教授は、これらのネアンデルタール人のバリアントを持つ人は、COVID-19に感染した際に人工呼吸器を必要とするリスクが最大 3 倍になると説明しました。「もちろん、年齢や他の疾患なども重症化に影響を与えます。しかし、遺伝的要因の中では、このバリアントが最も強力なものです。」
研究者たちはまた、これらのバリアント保有者の数に世界の各地域で大きな開きがあることを発見しました。南アジアでは人口の約50%がバリアントを持っているのに対し、東アジアでは保有者はほとんどいません。
バリアントはアフリカではほとんど見られず、バングラデシュでは最も高い頻度で出現している。出典:スバンテ・ペーボ教授、Hugo Zeberg教授。図はネイチャー誌掲載論文に使用された。
ネアンデルタール人由来の遺伝子領域が、なぜ重症化リスクと関連しているかについてはまだわかっていません。「一刻も早い理由の解明に向けて、私たちも他の研究者たちも取り組んでいます」とペーボ教授は話しました。
ネアンデルタール人の遺伝子が今の私たちにどのように影響を与えているのか、進化遺伝学者であるマックス・プランク進化人類学研究所所長兼OIST教授(アジャンクト)のスバンテ・ペーボ博士がOIST財団主催のウェビナーでお話ししました(動画は全て英語のみ)。
(ディッキー・ルシー)
広報や取材に関して:media@oist.jp
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バリアントはアフリカではほとんど見られず、バングラデシュでは最も高い頻度で出現している。出典:スバンテ・ペーボ教授、Hugo Zeberg教授。図はネイチャー誌掲載論文に使用された。
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35933 【ネアンデルタール人から受け継がれた遺伝的変異体が新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを低減】2021-02-19 より
ポイント
新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを約20%低下させる遺伝子群がネアンデルタール人から受け継がれたものであることが判明
この遺伝子群は、12番染色体上にあり、侵入するウイルスの遺伝子破壊を助ける重要な役割を果たす酵素をコードしている。
この遺伝子群のネアンデルタール人の遺伝的変異体が生産する酵素が新型コロナウイルス感染症の重症化を予防する効果があることを示唆
この遺伝的変異体が、現代人とネアンデルタール人の交雑によって約6万年前にヒトに引き継がれた
遺伝的変異体は、過去1,000年間で保有者が増加しており、アフリカ以外に住む人の約半数にみられる
プレスリリース
SARS-CoV-2は、新型コロナウイルス感染症を引き起こすウイルスですが、それに感染することによって受ける影響はさまざまです。症状が軽い人や、全くない人もいれば、入院が必要となるほど重症化し、呼吸不全を起こして死亡するケースもあります。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)およびドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の研究者らによって、ネアンデルタール人から受け継がれた遺伝子群が、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを約20%低下させることが明らかになりました。
OISTヒト進化ゲノミクスユニットを率いるスバンテ・ペーボ教授(アジャンクト)は、次のように説明します。「もちろん、高齢であったり、糖尿病などの基礎疾患を抱えていたりという他の要因も重症度に大きな影響を与えますが、遺伝的要因も重要な役割を果たしており、そのいくつかはネアンデルタール人から現代人に引き継がれたものです。」
昨年、スバンテ・ペーボ教授と同僚のヒューゴ・ジーバーグ教授は、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを増加させるとしてこれまでに確認されている最大の遺伝的危険因子がネアンデルタール人から引き継がれたもので、重症化リスクが倍増することを科学誌Natureで報告しました。
今回の最新研究は、昨年12月に英国のGenetics of Mortality in Critical Care (GenOMICC)コンソーシアムで発表された新たな研究に基づいています。同研究では、新型コロナウイルス感染症が重症化した2,244人のゲノム配列を集めて解析し、個々人のウイルスに対する反応に影響を及ぼす遺伝的領域が4本の染色体上で新たに特定されました。
それを踏まえて、本日PNAS誌で発表されたペーボ教授とジーバーグ教授の研究では、新たに特定された領域の一つに、3人のネアンデルタール人に見られるものとほぼ同じ変異体があることが示されています。その3人とは、クロアチアで見つかった5万年以上前の1人と、南シベリアで見つかった約7万年前と約12万年前の2人です。
驚くべきことに、この第2の遺伝的因子が新型コロナウイルス感染症に与える影響は、重症化リスクを増加させた最初の因子とは反対のもので、重症化リスクを低下させます。この変異体は12番染色体上に存在し、感染後に集中治療が必要となるリスクを約22%低下させます。
「約4万年前に絶滅したネアンデルタール人の免疫システムが現代の私たちに良い意味でも悪い意味でも影響を与えているというのは驚くべきことです」とペーボ教授は語っています。
この変異体が新型コロナウイルス感染症にどのように影響するかを理解するため、研究チームはこの領域にある遺伝子を詳しく調査しました。その結果、この領域にある3つの遺伝子が、ウイルス感染時に産生される酵素のコードを決定し、感染した細胞内のウイルスゲノムを分解する別の酵素を活性化することを発見しました。
「ネアンデルタール人の遺伝的変異体によってコードされた酵素はより効率的で、SARS-CoV-2感染が重症化する可能性を低下させているようです」とペーボ教授は説明しています。
さらに研究者らは、新たに発見されたネアンデルタール人のような遺伝子変異体が、約6万年前に現代人に引き継がれた後、保有者の頻度がどのように変化したのかを調べました。
これを行うために、チームは、様々な研究グループが異なる年代の何千人もの骨から収集したゲノム情報を使用しました。
研究チームは、最後の氷河期の後にその変異体の保有者の頻度が増加し、その後、過去1,000年の間に再び頻度が増加したことを発見しました。その結果、現在ではアフリカ以外の地域に住む人の約半数、日本に住む人の約30パーセントにその変異体が発現していることが分かりました。これとは対照的に、ネアンデルタール人から受け継いだ重大リスクの変異体は日本ではほとんど見られないことが以前の研究で分かっています。
「リスクを低下させるネアンデルタール人の変異体保有者の頻度が増加したということは、過去にもそれが有益であった可能性を示唆しています。そして変異体保有者の頻度が増した期間はおそらく他の様々な疾患がやはりRNAウイルスによって引き起こされ流行していたのだろうと考えられます。」とペーボ教授は説明しています。
論文情報
掲載誌: PNAS
論文名: A genomic region associated with protection against severe COVID-19 is inherited from Neandertals
著者: Hugo Zeberg and Svante Pääbo
DOI: 10.1073/pnas.2026309118
ネアンデルタール人の頭蓋骨の写真はこちら(写真:leted)www.flickr.com
(ダニ・アレンビ)
広報や取材に関して:media@oist.jp
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