https://toyokeizai.net/articles/-/430678 【「ザルな水際対策」五輪で日本人が最も心配する訳】より
関係者限定でも世界中から人を呼ぶなら徹底せよ
鳥海 高太朗 : 航空・旅行アナリスト 帝京大学非常勤講師
そもそもこれまで海外からの変異株の侵入をやすやすと許してしまっている日本が世界中から人を招いて本当に大丈夫なのかという心配が募る
7月23日に予定されている東京オリンピックの開幕まで2カ月を切った。まだ最終的に五輪自体が実施されるのか、それとも中止・延期となるのかは判然とせず、さまざまな可能性が残っている。
仮に東京五輪が予定通りに開催されることになったとすれば、日本国民にとっての大きな心配事が持ち上がる。無観客、あるいは観客をある程度絞ったとしても、選手やスタッフなどの大会関係者、メディア関係者などだけでも数万人単位の少なくない外国人が世界中から押し寄せること。それによって、新型コロナウイルス変異株の侵入を許してしまうことだ。
イギリス株、インド株あるいは新たな変異株が入るかも
何より懸念なのは、日本政府や関係者がその点を理解したうえで、空港などにおける水際対策を徹底し、入国後の行動制限ルールをしっかりと決めて厳密・厳格に運用できるかどうか。これに失敗したら最悪の場合、今、日本国内で広がっているとされるイギリス株、一部でクラスターも確認されて今後広がりかねないインド株はもちろん、それらとは別の変異株などの市中感染を招くおそれすらある。
海外から入国するオリンピック・パラリンピック関連における大会関係者の入国後のルールの詳細が徐々に明らかになっている。6月には組織委員会から発表される「プレイブック」で最終的なルールが確定する見込みだ。
これまで選手1.5万人、選手以外の大会関係者やメディア関係者で約9万人の入国が想定されてきたが、5月21日の組織委員会の記者会見で橋本聖子会長は大会関係者が延期前の約18万人から約7万8000人まで減る見通し(オリンピックで5万9000人、パラリンピックで1万9000人)を明らかにした。
とはいえ、コロナ禍で最も海外からの入国者が多かったのが昨年12月の5万8673人だった。コロナ後の外国人入国者は、世界のほぼすべての国からの入国が制限された昨年4月以降激減。観光での入国は認められないが、日本での長期ビザ保有の外国人の再入国、永住権を持っている外国人、配偶者が日本人の場合、さらにはスポーツ選手など特別な入国事情がある場合などに限って入国が認められている。
東京五輪が開かれれば、前後の短期間にコロナ禍において相対的に少なくない外国人が日本へと新たにやってくる。もちろん彼らにコロナを日本に持ち込む意思はない。とはいえ、無症状あるいは感染の潜伏期間などに意図せずに運んできてしまう可能性は否定できない。
となると、選手を含む大会関係者やメディア関係者に対して水際対策を徹底し、そして入国後の行動制限を厳格にする必要がある。
これを阻止できずに日本国民の感染が拡大してしまったら、国民の安全を日本政府が守られなかったことになり、政府の責任が問われることになる。最近ではプロ野球の広島東洋カープで、5月23日現在、チーム内で12人が陽性判定を受けるなど、感染者の接触による感染力が高いことを物語っている。
現状、一般的に海外から日本に入国する際のルールを整理しておこう。
日本人の帰国および再入国の外国人などを除き、特別な事情がない限りは外国人の入国は認められていない。入国可能な場合でも現地出発前に事前にPCR検査の陰性証明書の取得が必要であるとともに、羽田空港や成田空港などに到着後にPCR検査を実施する。
現在、変異株が多く発生している日本政府が指定した国(国によっては州で指定されている場合もある)からの入国においては、3日間もしくは6日間(インドなどからの入国は28日からは10日間)は空港周辺ホテルに強制的に滞在するルールで(加えて入国から14日間は検疫所長が指定する場所で待機)、それ以外の国からの入国では空港でのPCR検査で陰性が確認されれば、ホテル隔離なしに検疫所長が指定する場所(自宅、社宅、親戚・友人の家、マンスリーマンション、自身で予約したホテルなど)で健康観察のために14日間待機する必要がある。
選手、大会関係者、メディア関係の行動制限は?
海外から訪れる東京五輪選手・大会関係者・メディア関係者のケースはどうか。
選手の入国後の活動場所は選手村や事前合宿地などの宿泊施設、練習場、競技会場などに限定される。選手は入国当日から練習も可能で、ファイザー社から選手全員へのワクチン提供が決まり、ルールを破った段階で競技に出場できないペナルティーも科される。
ワクチン接種が義務にはなっていない大会関係者やメディア関係者について、現時点で報道されている特別入国ルールでは、最初の3日間の隔離期間後、活動計画書を提出することで、検疫所長が指定する場所での14日間の待機なく日本国内での行動が可能となる運用が予定されている。PCR検査も選手は毎日、それ以外の関係者も行動次第でPCR検査を定期的に行う。
それでも、入国から14日間は観光、ショッピング、レストランやバーなどでの食事も組織委員会が認めた場所以外では禁止で、移動手段も大会専用車両のみとし、原則として公共交通機関の利用は不可(遠隔地で開催される競技においては条件付きで鉄道・飛行機利用が可能)となる。
菅義偉首相は5月14日の記者会見で選手以外の大会関係者については「一般国民と違う動線で行動してもらう。特定のホテルを指定し、国民に接触することがないよう、今しっかり対応している途中だと報告を受けている」と話している。
メディア関係者の場合、宿泊施設、練習場、競技会場、東京ビックサイト内に設置されるIBC(国際放送センター)・MPC(メインプレスセンター)などに活動場所は限定される。ただ、全員をチェックできる監視要員を確保できるのだろうか。活動計画書を破って行動する入国者が続発する可能性は十分にある。
厳しい感染状況が続く今、活動範囲が広いメディア関係者は、開会式の14日以上前に入国させ、通常の入国者同様に14日間の待機をした場合のみ取材を許可する運用にできないのかと強く疑問に思う。最小限の人数を徹底させる意味で入国者数を減らす抑止力にもなると考える。
5月17日に加藤勝信官房長官が記者会見で行動制限の遵守などを記載した誓約書の提出をメディア関係者に求める方針を示し、違反した場合には強制退去手続きを取る可能性を示唆した。丸川珠代五輪担当大臣も「指定されていない行動範囲を管理されない状況で、うろうろするということは絶対にない状況にしていく」と国会で答弁している。
取材禁止や強制送還だけでなく、高額の罰金を科すなど、ルール違反の場合の処罰を厳格にして抑止力を高めておかなければならないだろう。
そもそも水際がザルだから変異株が市中感染している
しかし、そもそもこれまでの水際対策が万全ではなかったのが気にかかる。イギリス株もインド株も水際で食い止められなかったからこそ、今の市中感染を招いてしまっているのだ。
最近になって位置情報が把握できるスマートフォンの所持および指定アプリのインストールなどを条件にするなどの改善は見られる。それでも厳格なルールでの行動違反で身柄拘束をするなどの罰則を設けている諸外国に比べると日本は緩いと言わざるをえない状況が現在も続いている。違反者の氏名公表をすると政府は言っているが、現状至っていない。
5月23日のフジテレビ「日曜報道THE PRIME」では、5月9日~15日の平均値で厚生労働省などの調べで健康状態の毎日確認に応じていない人が22.3%、位置情報の毎日確認に応じていない人が29.4%(両項目ともに全対象者は2万2589人)と報じている。日本国内ではアプリの不具合も一部で出ており、運用面での問題も出ている。昨年の夏から水際対策の徹底が叫ばれていたなかで、約1年経ってこの状況というのはザル状態と言われるのも当然だろう。
政府はビデオ通話の体制を拡充するなどの対策を強化していると話しているが、健康確認と位置情報の確認の両方に応答なしの場合が1日約100人に上っているとのことだ。五輪関係で入国する外国人に対しては、組織委員会などと健康情報を共有するアプリ「統合型健康情報等管理システム」(通称オリパラアプリ)を導入するとのことだが、GPS管理は含まれていないことで、どこまでの追跡が可能となるのか、また通常の入国者同様に位置情報の確認も毎日できるのかについても議論が必要だろう。現状のわずかな入国者に対しても完璧でないのに、約10万人の入国者に対応するのは至難の業だ。
国民が不安に思わないよう特別入国ルールの説明が必要
東京オリンピックの開幕が近づくにつれ、大会関係者が準備のために来日するケースも出てきているだろう。逆算すると現時点で特別入国ルールが最終確定していないこと自体が問題だ。
6月にはオーストラリアの女子ソフトボール代表が事前キャンプ地の群馬県太田市に入るという報道が25日にTBSテレビで報じられたが、組織委員会のルールブックである「プレイブック」の最終版が発表される前に入国するのであれば、14日間の待機が必要だろう。見切り発車と言ってもいい。ルールを国民に示す前のこの動きは、国民の不安を煽ることにもなりかねない。先行来日して14日間を過ぎた場合、選手以外の入国者は自由に日本国内を動けるが、選手の14日後以降の行動ルールについても不透明だ。
オリンピックを予定通りに開催できても混乱が懸念される。日本がこれまで世界にアピールしてきた「おもてなし」ができないどころか、逆にフラストレーション(不満)が溜まるオリンピック・パラリンピックになってしまうかもしれない。
そして日本国民が多くの外国人の入国に対して不安を感じないように、行動制限の中身を周知することはもちろん、そもそも違反ができないような枠組みづくりが求められるだろう。
https://toyokeizai.net/articles/-/429170 【感染症対策のプロが警鐘、東京五輪「7つの大問題」】より
「何が何でも五輪開催」はあまりに危険だ
新型コロナウイルスとの厳しい戦いが続き、3度目の緊急事態宣言が発令されている中、国際オリンピック委員会(IOC)や政府、都などは7月下旬から開催される東京五輪・パラリンピック大会を強行開催しようとしている。「パンデミック禍でも五輪強行」「何が何でも五輪開催」の姿勢を決して崩さない。
しかし、東京オリパラ大会には海外から選手1万5000人を含め、コーチや大会関係者ら最大10万人強の参加が見込まれている。仮に無観客で実施したとしても、これに8万人に上る大会ボランティアや国内のメディア関係者らが加わり、何十万人が都心に集まりかねない。日本のワクチン接種が遅れる中、大会を通じて東京が変異株の見本市のようにならないか。
コロナ禍での五輪開催の可否を見極めるポイント
感染拡大が心配される中、韓国・平昌冬季五輪組織委員会の医務専門委員を務めたタン・ヒョンギョン氏は、東京オリパラの感染対策や大会期間中の行動ルールをまとめた選手と関係者向けの「プレーブック第2版」(4月28日公表)を読んだうえで、7つの懸念を示した。
タン氏は、ソウルにあるミズメディ・ウィメンズ病院の内科医を務め、韓国の新型コロナウイルス専門家として知られる。韓国や中国といった内外の数多くのメディアにも出演中の国際派で、その指摘は傾聴に値する。コロナ禍での五輪開催の可否を見極める重要ポイントとして紹介したい。
懸念1:検査をくぐり抜ける変異株の出現
タン氏は「私の最大の心配事は、現在の病原体診断をくぐり抜ける変異株が出現することだ。現在の検査で確認できない変異株が出現したらいったいどうなるのか。それは健康で若い選手の間で無症状感染を起こす一方、子どもやお年寄りといった脆弱な人々の間では重病や死をもたらす」と警鐘を鳴らす。
「アメリカ疾病予防管理センター(CDC)はこうした変異株を『甚大な被害が想定される変異株』と呼んでいる。鼻咽頭や唾液のPCR検査をできる限り実施しても、新型コロナウイルスが偽陰性を生じさせるほど十分に変異してしまえば、それらの変異株が世界中に再び拡散してしまう。そうなれば、東京五輪は国際的なスーパースプレッダー(超感染拡大)イベントとして語り継がれることになりかねない。このように想像できるということは、十分に起きうることなのだ」と指摘する。
福島第一原発事故に象徴されるように、日本は過去に最悪のシナリオを十分に想定せず、大規模な被害に見舞われてきた痛い経験がある。タン氏の指摘するような新たな変異株の脅威を東京五輪でもしっかりと認識する必要があるだろう。
懸念2:日本の低いワクチン接種率
タン氏は「ワクチンは100%効くものではない。ワクチンはウイルス感染からすべてを守ってくれはしない」と指摘する。
そのうえで、「ワクチンは感染者からの感染拡大を防ぐためには、限られた効果しか持たない。なおかつ、日本では7月の大会開催までに人口の50%以上がワクチンを接種できるとの望みが全くない状況だ。何万に及ぶ健康なボランティアに優先的にワクチンを接種し、営利目的のスポーツイベントのために協力させることができるか。それは倫理上適切かどうか日本の判断を問うことになる」と指摘する。
世界のワクチン接種状況を追跡するブルームバーグの「ワクチン・トラッカー」の5月18日時点のデータによると、日本で少なくとも1回の接種を受けた人の割合は3.5%にとどまり、世界122位となっている。先進国の集まりである経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国の中では最下位層に陥っている。
懸念3:ジムやスポーツ施設は感染の温床
タン氏は「韓国では、ジムやスポーツ施設での感染拡大が多数確認されてきた」と指摘する。
日本のプロ野球でも最近、選手たちの間で感染が目立っている。スポーツ関連施設がそもそもハイリスクな場所であり、感染拡大の温床になりうるとの指摘は重い。
懸念4:海外選手らの3日間の隔離は不十分
プレーブックによると、選手や大会関係者は入国翌日から3日間は自室で隔離される。ただし、選手は陰性の証明など一定の条件を満たせば、入国後すぐに練習できることになっている。
これについて、タン氏は以前から筆者の取材に対し、「韓国でも渡航者が到着時には検査で陰性だったが、隔離終了前には陽性と判明した感染例がいくつも出てきている。14日間の隔離がないことは、私には危険に思える」と指摘。「3日間の隔離では感染の潜伏期をカバーできない」と警告する。
水際作戦はウイルスの侵入を遅らせることはできるが、撃退は困難だとされている。特に日本の水際対策は21日間の隔離期間を義務付けるシンガポールなどと比べ、ザルと指摘されている。3日間の隔離で本当に大丈夫だろうか。
懸念5:頻繁なマスク交換などによる効果減
タン氏は「マスクは限定的な感染防止になる」と指摘したうえで、「日本の7月は1年のうちで最も湿度が高い月になる。暑さ指数は34.9度に及ぶ。エアコンがかなり利いた場所でない限り、選手たちは最低でも1、2時間につき1回はマスクを交換しなくてはいけなくなるだろう」と注意を促す。
湿度の高い猛暑の下、熱中症予防は必須だが、頻繁にマスクを交換すればそのぶん、呼気は漏れる。感染対策の効果減少が懸念される。
懸念6:偽陰性問題
タン氏は、特に抗原検査で本当は新型コロナに感染していても、どうしても陰性と出てしまう「偽陰性」の問題が発生すると指摘する。抗原検査は15分程度で可能だが、PCR検査と比べて精度が劣るためだ。
「PCR検査はゴールドスタンダード(黄金律)の手法である。偽陰性はPCR検査ではまれであり、むしろ迅速抗原検査(RAT)でより問題となりうる。迅速抗原検査は東京五輪でも使われるはずだ。
一般的に迅速抗原検査は無症状感染を見つけるためには有効とされる。体温測定に加えて、2次的な検査として使われる。しかし、新型コロナウイルスの陰性を確認するためには信頼できる検査ではない。
このため、韓国では、迅速抗原検査の後でも、マスク着用とソーシャルディスタンス確保が実施されている。こうしたことで、安全水準が上がり、選手間の交流も認められる」
なお、検査体制について付言すれば、プレーブックでは、選手1万5000人とコーチなどは入国後、原則として毎日検査を行うことが明記されている。しかし、東京都の現在の日々の検査件数は1万前後にとどまっている。そもそも検査が追い付くのだろうか。
懸念7:医療資源の逼迫
タン氏は、オリパラ支援のために医療資源と研究施設を充当することで、一般医療システムが逼迫することを危惧する。
タン氏は、選手らが外部との接触を断つ「バブル方式」といった公衆衛生上の感染対策をいかに厳格に実施しようと、東京都の医療提供体制が逼迫していては、五輪開催は危険だと警告する。
「大会中、他の日本人は本当に健康のままでいる必要があるだろう。そうでなければ、医療スタッフ不足により、病院での診療を危うくしてしまうかもしれない」
「五輪大会の現場には、選手と大会関係者専用の診療所が設置され、必要な緊急医療サービスを彼らに提供する。しかし、込み入った複雑な医療サービスや、メディアやスポンサー関係者のためには、地域の病院を使わざるを得なくなる。スポーツに関連したケガのほか、不慮の事故による負傷、感染症、虫垂炎、心臓まひ、骨折といった医療問題が常に起きる」
五輪期間中には多様な医療ニーズが発生し、それに十分に備えなくてはいけなくなるとの指摘だ。
問題は、現に東京の医療提供体制が既に逼迫していることだ。直近の5月13日に開催された東京都モニタリング会議資料では、東京の医療提供体制については、4段階の中で一番厳しい段階にある「体制が逼迫していると思われる/通常の医療が大きく制限されていると思われる」と指摘されている。
IOCや日本政府、東京都は、感染がさらに拡大し、東京の医療提供能力が現在の大阪や兵庫のような医療崩壊に陥ったとしても、あくまで五輪開催を強行するのだろうか。国民の命より五輪が重いはずはない。感染拡大が止まらず、国民への医療提供体制が厳しい場合には、五輪中止をバッハIOC会長に要請すべきだろう。
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