https://lucha-libro.net/68/ 【「土着人類学」について考える】より
数年前より「土着人類学Funky Anthropology」を提唱している。この「土着人類学」にはさまざまな問題があるのだが、そのうちのひとつとして、言い出した本人がこの概念についていまいち言語化できていないことがあげられる。「土着とはなにか」「人類学とはなにか」「なぜ土着の英語訳がファンキーなのか」などなど、問題は山積している。
言語化できていないのに提唱するな、と言われるのが普通だし、そんなことは私も重々自覚している。しかし枠組みをつくりながら、そしてその過程について考えつつ進んでいく方が私には合っている。完成品の箱のなかに品物を順番にいれていくよりも、入る品物によって箱の形を変えていくような、そういうインタラクティブな関係こそ健全だと思っているのだ。言い訳おわり。
『芸術人類学』において中沢新一氏は、人類は伝統的に「バイ・ロジック」であったと述べる。本来、「論理的な思考」と論理を飛び越えた「流動的な知性」を併せ持っていた人類は、近代において「合理的な判断」が重要視されすぎた結果、そのバランスを崩してしまった。芸術人類学は「バイ・ロジック」の典型的な形態である芸術と、「未開の民族」に「近代以前」を求め続けた人類学の合わせ技である。それだけでなく、「バイ・ロジック」をも突き抜けたところに存在する「野生の領域」へと踏み込もうとする、「新しいサイエンス」が芸術人類学であるという[i]。
「土着人類学」というネーミング、そしてこの未生成な概念は、中沢氏のこの本から大きく影響を受けている。ただ正直なところ、偉大な思想家である中沢氏の考えを私が十分理解できるわけがなく、ましてや文学的、詩的表現を多用する中沢氏の文章について、果たして「十分な理解」がそもそも可能なのかどうかも怪しい。
中沢氏は本書のなかで芸術人類学を「新しいサイエンス」と定義づけているけれども、私は「土着人類学」をそのように位置づける気も能力もない。いうなれば「芸術人類学」に影響を受けた一人の人間が、自分や身の回りの人との生活のなかでその思想を「研究、実践」していく場が「土着人類学」なのである。
「土着人類学」という場で「研究、実践」すること、それは一言でいうと「自然」に触れながら生きるとはどういうことか、である。この「自然」のなかには木や川、動物、虫といった自然環境や人間の身体、その身体から創りだされるものまで、全てが含まれている。中沢氏のいう「野生」ほど荒々しいものではなく、「折り合いをつけていく」イメージであるから、中沢氏だったら「あ、バイ・ロジックを回復したいんだね」というかもしれない。
つまり「土着人類学」とは、中沢氏が提唱した思想を、ある限られた「自然」に根ざした形で「研究、実践」するとどうなるのか、というアクションそれ自体だともいえる。またその「研究、実践」する人びとが集い、交流するなかで、「土着人類学」が次々に新たな意味を見出していくことも期待している。
[i] 中沢新一『芸術人類学』みすず書房、2006、24-25頁。
https://lucha-libro.net/73/ 【「土着人類学」について考える(2)】より
「土着人類学」のキーワードのひとつ、「土着」について考えてみたい。
「土着」を辞書で引いてみると「先祖代々その土地に住んでいること。また、その土地に住みつくこと」と出てくるのだが、「土着人類学」にとってこの意味は全体の一部であって、すべてではない。例えば、私の考える「土着」はふたつに分けることができる。内側のベクトルを持つものと、外側のベクトルを持つものと、にである。もちろんこのふたつは切り離されているものではなく、連環のうちにある。
まずは内側のベクトルについて説明したい。約6年前、私は「土着人類学」について以下のような文章を書いた。
ぼくは自分の「関心」の中でモノをみている。自分の好きなもの、嫌いなもの、良いもの、悪いもの、美味しいものやまずいものはすべてこの「関心」という枠組みを通して目の前に現れてくる(と思っている)。目の前にあるものには、幾分か自分のバイアスがかかっているのだ。つまり世の中は、普通言われているように自分とは関係のない「世間」によって出来上がっているのではなく、自分を通した向こう側にのみ存在する、と勝手に思っている。
言いかえれば、「関心」とは自分が一生付き合っていかねばならない「病」であり、土着なのである。だから捨て去ることはたぶん難しい。でも見た目を変えることはできるかもしれない。そのためには、「関心の形」を知ることから始めたらどうだろうか。
ぼくは「関心」を通じて世の中をみているがために、この「関心」にもっと自覚的であれば、世の中が変わる気がしている。まずは自分の「関心」を知ること、そしてその「関心」を他の人に知ってもらうことをしてみたい。他の人というのは、まずは「自分」かもしれない。まぁややこしい話はおいておいて、土着人類学とは、「関心」という自分の土着に気がついていくという「実学」なのである[i]。
私は文の中で「土着」とは自分の関心である、と述べている。つまり「土着」に込められた内側のベクトルとは、自分自身の内に向けられているものであり、目を背けられないものといった意味だということができる。
[i] 『土着人類学』第1号
https://lucha-libro.net/86/ 【「土着人類学」について考える(3)】より
「土着人類学」の「土着」には、内側と外側の両方のベクトルとが存在する。
外側のベクトルは「土着」本来の意味に近い。広辞苑で「土着」を引くと「先祖代々その土地に住んでいること。また、その土地に住みつくこと」と出てくるが、英語ではindigenousという言葉になるようである。この言葉は「先住の」とか「土着の」といった形容詞で、indigenous people(先住民)のように使用される。つまりindigenousが「時間的に前」という意識とともに使われていることがわかるだろう。
人類の祖先はある時点で二足歩行を始め、故郷のアフリカ大陸を離れて世界中に「住み着く」ことになった。この「グレートジャーニー」くらいの時間スパンで考えてしまうと、後とか先とか、そういう時間的な話がなんだかナンセンスに感じてしまう。もちろん後から来た力の強い者が、もともとそこに住んでいた人びとを追い出して良いという話ではない。そうではないのだけれど、先とか後とかにこだわっていてもなんだかあまり本質的な議論にならないのではないか、と思ってしまう。
もともと、遅れた野蛮な現地民に対して光をもたらすという、近代ヨーロッパの価値観のなかで「土着」は使用され、近代の日本でもその「遅れ」を込めて差別的に「土人」という言葉が使われていた。裏を返せば、いかに「進んでいるか」が重要視された時代、それが「近代」なのであった。その「近代的文脈」は、20世紀も後半に入ると「反転」する。先にいた方、つまり「昔からその土地いた」人びとの逆襲が始まったのである。
しかし私は、いつのまにか「時間的な話」に矮小化されてしまったそのような議論を本質的なものだとは考えていない。先とか後といった時間的尺度と、優劣といった価値的尺度をパラレルに論じることはおかしい。そうではなくて、今までにはない尺度で「土着」を考えることはできないだろうか。つまり「その土地に住む」ということ、それ自体を掘り下げることが私にとって本質的な問題であり、時間的尺度、価値的尺度を省いたそれを「土着」と呼ぼうと思ったのである。
ちなみに現時点では、この「土地に住み着く」つまり「土着」は、農耕を伴った「定住」とイコールではなく、もっと大きな概念として考えている。これもまた、いつかの機会に論じたい。
https://lucha-libro.net/189/ 【「土着人類学」について考える(4)】より
私は土着人類学の「土着」の英語訳として、indigenousでもnativeでもなく、funkyを充てた。なぜファンキーなのだろう。
辞書でファンキーという言葉を引くと、あまり良い意味がのっていないことに気がつく。もともとは「おじけづいた」とか「臆病な」とか、そういう意味だそうである。しかしファンキーをこのような意味で用いるつもりは毛頭ない。
よく目や耳にする場面としては、やはりブラック・ミュージックと深い関係があるようなのだ。特に60年代のジャズの流行とともに、ファンキーは市民権を得ていったという。このあたりのことは植草甚一さんの著書に詳しい。
北沢夏音さんの著書『Get Back, SUB! あるリトルマガジンの魂』で私は植草甚一さんを知った。1908年、東京日本橋の木綿問屋の一人息子として誕生した植草さんは、主に欧米文学、映画、ジャズの評論家として活躍。特に1970年以降は若者の間でカリスマ的な人気を博した人物だった。しかし残念ながら、79年に亡くなっている。その植草さんは、「ファンキー」についてこのように述べている。
「アメリカ人のジャズ通にむかってファンキーの意味を教えてくれといいますと、みんな口をそろえたように、それは「ブルース的で」bluesy「たましいがあり」soulful「土のにおいがする」earthyと説明づけてくれます[i]」。植草さんは、さらにこの上黒人独特の感じ方や言葉の使い方も踏まえて、ファンキーがジャズ用語として定着していったと説明している。
このように、私が「土着人類学」の訳語として「ファンキー」を使った理由には、「土のにおいがする」アーシーという意味が含まれているからである。ではなぜ、アーシーではなく、ファンキーなのだろう。「土のにおいがする」だけでは、何が足りないのだろう。
それはひとことで言うと、「ゲニウス・ロキ」と関係がある。「ゲニウス・ロキ」つまり地霊が低音を響かせて踊り出っている、そのような動的な意味合いを私はファンキーに込めている。「土のにおい」といった静的で、物静かなイメージではない。土に根付いた、その場所にしか存在し得ない地霊とともに人びとの生活があるような、ソウルフルに近い意味あいを含めたい。
自然と人間が連環のうちにあるような土着な世界が、着々と消えていっているのはさまざまな理由があると思う。産業社会や経済の発展が原因のうちにあげられるだろうし、そもそもこの流れは近代化以降の不可避なものかもしれない。なにはともあれ、「土着」はどんどん消えていく。いつかその世界を取り戻そうと思ったとき、「手がかり」はなにになるだろう。その「手がかり」を考えるところから、土着人類学ははじめていきたいと思っている。
[i] 植草甚一『ファンキー・ジャズの勉強』晶文社、1977年、27-28頁。
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