「神社」とは何なのか? アニミズムから靖国まで、神道の謎を追う

https://news.kodansha.co.jp/20170503_b02 【「神社」とは何なのか? アニミズムから靖国まで、神道の謎を追う】より

野中幸宏『「神道」の虚像と実像』(著:井上寛司)

「神道」という文字はどう発音されてきたのでしょうか、これがこの本の最初の問いです。

・「神道」の語はもとは中国で用いられていたのが、そのまま古代日本に導入されたもので、その読みも当初は濁音で「ジンドウ」であった。

・その意味するところは、「仏教下の神々をさす仏教語」である。

・この「神道(ジンドウ)」が室町期、14世紀ごろの日本で、清音表記による「シントウ」へと転換したのであって、それは「神」の語の集合名詞から抽象名詞への転換にともなうものであったと考えられる。

これらを明らかにしたのはノルウェー・オスロ大学のマーク・テーウンでした。彼は「神道(シントウ)」は「自然発生的な日本固有の民族的宗教」と考えられてきた(いる?)常識の誤りを指摘したのです。

テーウンが提起した「神道」の読みや語義の問題を踏まえて、日本の宗教全体のなかで神道がどのような位置を占め、どのような役割を担わされたかを追求したのがこの本です。また、仏教等の影響のなかで成立した神道を追求することは、そのまま日本宗教史を追求することにもなっています。極めて豊穣な1冊です。

自然信仰(アニミズム)と思われていた神道を大きく変えていったのは「神社」の成立でした。「常設の神殿をもつ宗教施設」、神社はなぜつくられたのでしょうか。

──中国先進文明を代表する象徴的な存在としての寺院・仏教が本格的に導入されたことは、天皇を含む独自の特徴をもった律令制の構築をめざす「日本」にとって、それに対抗するための宗教施設の創出が不可欠、かつ緊要の課題として提起されることとなった。それが神社なのである。──

こうした「先進文明への対抗」というのは常に「神道」にかせられた役割となっていったのです。近代以前は中国が、近代以後は西欧が、日本にとって時に学び、時に争う先進文明となりました。

この「神社」の成立は、それ以前の「自然信仰」に大きな変化をもたらしました。八百万(やおよろず)という言い方が象徴しているように、“神”は民衆の周囲にあまねく存在するものでした。ですから神社が成立する以前は、神は精霊であり「祭礼の度ごとに神を招き降ろし、榊・岩石や人などの依代(よりしろ)に憑依(ひょうい)させることが不可欠」でした。しかし、神社はこの神を「常時本殿に鎮座するものとし」「固定化された祭神そのものが信仰の対象」とするようにさせていったのです。この「偶像崇拝的な信仰形態の成立」は「人為的・政策的なもの」だったというのはいうまでもありません。

また、あまねく存在するものを「固着」させることは、神の中に“序列化”をもたらしました。誤解をおそれずにいえば、神社以前の神には“序列”などは存在しなかったのです。

──アマテラスを祭る伊勢神宮を別格とし、その下に全国の神社を官弊社と国弊社、さらにそのそれぞれを大社と小社とに区分することによって、伊勢神宮を頂点とするピラミッド形で構成された中央集権的な神社制度が成立することとなったのである。──

律令制の成立とともに、民衆の自然信仰は、政権によって政治的・文化帝国主義的なものへと変容されていったのです。神道は決して古代から一貫した日本固有の信仰ではありませんでした。これは、井上さんがこの本でしばしば論及している柳田國男の神道観への批判につながります。

柳田國男の神道観とは、戦前の国家神道を「偽の神道」として激しく批判する一方で、新たに「自然発生的な日本固有の民族的宗教」として神道というものを捉え返そうというものでした。いうまでもなく、戦前の「国家神道」とは“八紘一宇”あるいは“大東亜共栄圏”思想として、軍国主義・侵略主義を支えたイデオロギーとなったものです。

柳田はかつての「偽の神道」である「国家神道」に新たな「神道」を打ち立てることで「日本固有」というものを保持しようとしたものでした。

──日本固有というのであれば、神祇信仰のみならず陰陽道や修験道も挙げなければならないし、仏教に関しても、浄土宗や浄土真宗・日蓮宗をはじめとして日本で独自に成立し発展を遂げた諸宗派を含め、仏教それ自体が日本的宗教として発展してきたというのが実際で、神祇信仰だけを取り出して、それを日本固有と考えることはできない。──

柳田のいわば純粋志向は空を求めるものだったのかもしれません。日本の宗教の基本的な性格は「仏教(仏道)や神祇道・修験道・陰陽道などをそれぞれ区別しながらも、時と処に応じてそれらを適宜使い分け、ともに信仰の対象とする」ところにあります。まさしく「融通無碍な多神教」こそが基本的な性格なのです。

この柳田神道観との対決はこの本の読みどころだと思います。また、このテーマには今に続く重要なものがあります。というのはこれは「日本固有とはなにか」ということにつながり、また、「日本文化とはなにか」につながるものだからです。

いくら「国家神道」を排したものであっても、神道的なもの(柳田のいう神祇的なもの)がそのまま「日本固有のもの」にはなりません。それは国家神道以前の歴史をみても分かると思います。たとえば本地垂迹説により「神と仏の本質は同じ」と考えられた時代もありました。さらには儒教の影響を受けたこともあります。とりわけ仏教との共存(?)が深く民衆の信仰心に大きな影響を与えたことは、現在の日本人の宗教行動からもわかります。

「融通無碍」といえる民衆信仰と神道に乖離をもたらせたのは明治政府でした。

──日本国民(臣民)は個人的にどのような宗教を信仰するかにかかわらず、すべからく「日本人」の一人として天皇への崇敬の念を持つべきであり、したがって天皇の祖先神などを祭、国家的な祭祀と儀礼の場である神社を崇拝し、氏子としてそれに奉仕しなければならない。──

これが明治政府の基本的な考えかたです。

「国家権力が強権的にその教義内容にまで踏みこんで宗教に厳しい統制を加え、それを政治的に利用した」のです。これは「神社を媒介とした、国家による宇宙観・世界観(コスモロジー)の独占」というものであり、現在でも靖国神社にその影響が残っています。

かつての律令国家が神社を利用したように明治政府は神社に政治的な性格を付与しました。これは神道の「非宗教化」ともいえることです。明治政府は中央集権的国家(=近代国家)を創出するために それまで“国とは藩”であった民衆意識に“国家像”を植えつける必要に迫られました。そしてそのために「神道」を利用したのです。神道は民衆信仰である性格を脱ぎ捨てました。この延長に生まれたのが教育勅語です。教育勅語は「忠孝を核とした儒教的徳目を基礎に置き、忠君愛国を究極の国民道徳と定めた」ものでした。ですから日本古来の(神道の)精神をあらわしたものではありませんし、普遍的な徳目を標榜したものでもありません。

では国家神道と乖離した民衆信仰はどこへ向かったのでしょうか。神社が政治的に利用されたにもかかわらず「依然として信仰対象として神社」とかかわっていました。これこそが「融通無碍な多神教」というもののあらわれだったのです。

しかし、民衆の神社信仰は次第に国家による神社支配に吸収され、特異な日本ナショナリズムを生み出すことにもなったのです。ですから柳田の主張したようには「国家神道」と「民衆信仰」を一方的に切り離すことなどできません。井上さんがいうように柳田の神道の再生・再発見には徹底性が欠けていたのです。

「日本固有のもの」を追求するためには戦前のナショナリズム、ファシズムの徹底的な分析と批判が不可欠です。そしてそれをくぐり抜けないかぎり、「日本なるもの」を見出すことはできません。そんなことを痛感させる1冊です。読むごとにずしんと響いてきます。

電子あり

『「神道」の虚像と実像』書影「神道」の虚像と実像著:井上寛司

近年、内外で神道に対する興味と関心が大きく高まっています。原理主義の伸長などを背景に一神教の行き詰まりが論じられ、多神教的宗教のありかたへの見直しが始まっていること、靖国問題などをめぐって神社や神道があらためて問題とされ、その理解をめぐって種々の議論が展開されていることが要因でしょう。さらに地球温暖化など環境問題の深刻化とも関わって、自然との共生という観点からアニミズムへの関心が、日本の神社や宗教のありかたに目を向けさせたといえます。

しかし、日本の神社・神道や日本の宗教についてこれまで論じてきた著作は、いずれも日本の宗教の一部に触れるに止まって、その全体を論じ得ていないのみならず、事実認識という点においても多くの誤りを含んでいます。

第1に柳田国男などの見解に基づいて、「神道」は日本固有の宗教であり、原始社会以来の自然発生的な宗教だとこれまで理解されてきましたが、むしろその起源は7世紀後半の古代律令制国家成立期に求められるべきです。いわゆる「神道」や「神社」は国号「日本」や「天皇」号同様に、中国からもたらされた律令法と一体をなす寺院や仏教に対抗し、「日本」の独自性を強調するための一環として創始されたものと考えなければなりません。

第2にその独自性の発展形態、単なるシンクレティズムでない「融通無碍な多神教」として中世以降の「神仏習合」を理解する必要があります。

第3に江戸期から近代における「国体」観と明治期の国家神道の成立をきちんと捉えなおさなければなりません。一言にしていえば「国家神道」とは世俗の国家権力によるコスモロジー(古代天皇神話に基づく宇宙観・世界観・国家観)の再編成と独占、それに基づく宗教統制及びその政治的利用にあり、それを象徴する宗教施設が靖国神社であり、それはまさに「国家神道」の象徴というべきものといえる、ということになるでしょう。

本書は神道の全体像とその変遷を正確に叙述し、読者に理解していただく最良のよすがとなります。

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