https://shiciankou.at.webry.info/201311/article_77.html 【陸奥(みちのく)に蟻が列なし芭蕉追う 呉昭新】 より
台湾の呉昭新先生から近著『オーボー真悟の短詩集-外国人が詠む-(俳句、俳柳、短歌、詩、エッセイ)呉昭新)』の草稿を贈られた。過去三年半あまりの著作をまとめられたもので、内容は多岐に渡り、
目 録
序
(一)俳句……………………………………………………………1
(二)俳柳……………………………………………………………65
(三)短歌……………………………………………………………75
(四)自由詩 ………………………………………………………87
(五)エッセイ ………………………………………………………92
1. 小学生からリタイアまで…………………………………………93
2. 俳句を詠む………………………………………………………94
3. 漢語/漢字俳句…………………………………………………103
4. 俳句を語る………………………………………………………114
5. 俳句、世界俳句(haiku)と「漢語/漢字俳句」……………………115
6. 「HAIKU」は「俳句」であるか?…………………………………162
7. 《台湾の俳句史(1895~2013)》…………………………………169
版権…………………………………………………………………186
PDF186ページ。
呉昭新先生は1930年生まれ、83歳。台湾の名医として活躍され、日本語と湾語で俳句を作られている。
第2回東京ポエトリー・フェスティバルと第6回世界俳句協会大会 2011の折りに来日され、湾語、普通話、英語、日本語で自作を朗読された。
83歳。いかにもご高齢だ。しかし、頭はしっかりされているし、日本語と湾語、普通話を駆使して著作活動を続けられる先生の姿に、私も頑張らなければと、力を分けていただく思いだ。
俳句をめぐって、先生と私の間には、同意もあれば相違もある。
たとえば、漢俳。
漢俳は俳句であるかどうかでは先生と私は、俳句ではない、と同意している。
私の見解では、俳句は中国的にはどう見ても詩ではない、あくまでも俳句。そして、中国の詩人がどう思おうと、俳句は世界の詩である。
しかし、漢俳は、中国的には詩である。元代以降七百年の空白を経て開花した新しい定型詩であり、詞曲の伝統を現代に刷新するものといえる。
だから、俳句は中国的には詩ではなく俳句であり、漢俳は、中国的には詩であるから俳句ではない。
日本語にも極めて堪能な中国漢俳学会の劉徳有会長ご自身が、漢俳は日本の俳句とは違う、中国人の詩情は日本人のそれとは違う、という講演を日本でされている。
そこで、呉昭新先生も私も中国漢俳学会の劉徳有先生も、漢俳で俳句を詠むのは見当違い、という共通認識に立っている。
しかし、そのことは漢俳を詠んでみても仕方がない、ということにはならない。
中国詩の立場からは、数千の詩体を生みだしてきた詞曲の伝統は、漢俳のたった一体を詠むに値せずとして排除することはない。
日本の定型俳句の一所懸命主義と詞曲の満漢全席の詩境には、国土の違いがある。
漢俳をめぐっての呉昭新先生と私のささいな違いは、漢俳を詠むか詠まないか、ということ。
それは些細な違い。
さて、今日書きたかったことから、いささかいささか横道にそれた。
今日書きたかったのは、呉昭新先生の俳句について。
『オーボー真悟の短詩集』収録の呉昭新先生の今年の日本語の作は全126首。
そのなかから、日本の定型派俳人であれば、それは詠まない、という句を敢えて選んでみる。
陸奥に蟻が列なし芭蕉追う(13・10・23)
陸奥に紅葉目当てに芭蕉追う(13・10・23)
この二句、日本の俳人に対する批評の意あり。
リンリンと鈴虫寺に人の鳴く(13・09・28)
この句も、日本風俳句への批評を含んでいないか。
飢え拒む人の叫びに虫も鳴く(13・09・18)
この句境、一茶なら詠んだかも知れないが、現代の日本人が俳句に詠むだろうか。
この句境を詠むには俳句よりも短歌だと線引きをするのではないだろうか。
萎みゆく乳房手に触れ春惜しむ(13・03・22)
長生きで知り尽くすらむ春の宵(13・04・03)
汗流れ目がしみ開かぬ涙顔(13・06・06)
汗にじむ思いの肌に燃えるキス(13・06・06)
老いの境地、日本の定型派はむやみに諦観を詠みたがる。
かき氷奪う兄弟母涙(13・07・20)
蟻地獄のぞく蟻あり首かしげ(13・09・16)
人間であることの愚、悲しみ。
挙げた足下ろす場もなし蟻の列(13・09・16)
一茶の句境。そしてまた千代女の、朝顔に・・・(朝顔や・・・よりも、朝顔に、のほうが私は好いと思う。)
冷まじや暴君の言う一言よ(13-10-27)
詩の神や独りよがりの稲光(13・07・20)
タイラント雷鳴よそにニタリかな(13・07・20)
この種の批評の心、日本の定型派は詠もうとしない。
おでん鍋われら仲間の寄せ集め(13・01・17)
おでん鍋独りのムード禅の如(13・01・17)
二句並べると、群れることへの冷やかな目と、それでも群れていたいという思いが交錯している。
おでん鍋湯気の向うにかすむ顔(13・01・12)
この句は、日本人でも詠みそうだ。
呉昭新先生の句には、日本の定型派の詠みそうな句も少なくない。
日本の定型派が見つけている詩情は、決して日本だけのものではないのだから、台湾の呉昭新先生の句が、それを詠んでいたとしても不思議はない。
しかし、問題は、日本の定型派は、自分たちが見つけたもの以外は、俳句として認めようとしない点だ。
そんなことはない、というのであれば、日本の俳壇で、世界の俳句から何を学んだか、という議論があっていいはずだ。
俳句人口一千万、といわれてその後、鬼籍の膨脹に反比例して井戸の数は日々減少していると思うが、それでも数百万の井蛙がなお棲息しているのかも知れない。
そういうことを思うので今夜は敢えて、呉昭新先生の俳句から、日本の定型派にはない詩境を詠まれた句を選んでみた。
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