https://ameblo.jp/iga-1581/entry-11008181317.html 【GHK~第弐回~細川ガラシャについて】より
はい、やってきました。GHK第弐回…ズバリ今回は、今夜シエでフューチャーされた(はず)の、明智玉(玉子)こと細川忠興室…細川ガラシャさんについて、お話したいと思います。ガラシャと改名したのは彼女の晩年ですが、話の都合上…明智玉さんの表記は、ガラシャで統一させて頂きます。
ガラシャさんは1563年(永禄6年)に、後に世界三大裏切者に名を連ねることになる、智将・明智光秀の三女(次女との説もあり)として、光秀の正室・煕子の間に産まれます。
そして、彼女が15~16歳になった頃、主である織田信長の命により、彼女は、父親と同じく織田臣下である、細川藤考(幽斎)の嫡男・忠興と結婚します。
ガラシャの外見は、イエズス会宣教師のルイス・フロイスが『ヨーロッパの王侯貴族を彷彿とさせるほどに優美』と言わしめた程の美女。忠興のハートを、一目で鷲掴みにしました。(結構、知られてるようで知られないのですが、ガラシャさんも戦国一の美女と異名を取り、父・光秀も母・煕子も美形で知られています。“へうげもの”では、凄まじい形相に描かれてますが、公式で美女認定です。)
ガラシャにゾッコンの忠興は、溺愛という表現が生温い位に、ガラシャにデレデレで、お互い愛し愛されという…政略結婚には珍しい仲睦まじい夫婦になっていく訳です。
そして、数年後の本能寺の変にて…彼女の父である光秀が、主君・織田信長を討った時から、彼女の境遇は一変します。
織田家重臣にして、智将・明智光秀の娘から、主君を討った“逆賊の娘”として、細川家正室の座を追われたばかりか、まだ幼い子供達から引き離され、人里離れた丹波奥地・味土野に幽閉されます。
細川のために、ガラシャを切り捨てた忠興ですが…気持ちはガラシャに未練タラタラで、彼女を完全に追放出来ず、さりとて未練も棄てられず…人目を忍んでガラシャに逢いにいく訳です。
ガラシャはガラシャで、人里深い味土野には、数人の侍女や家来しか伴っておらず、たまに来ると言えば食糧運搬の人間か、夫だけ。
最初こそガラシャは、夫の訪れを喜んだであろうと想像しますが
来てはくれても、待てど暮らせど、幽閉は解いてはくれず…妻の座を復権してもくれないのに、体だけはしっかり求める(下品な表現で失礼!)忠興に対して、名家の出かつ聡明なガラシャからすれば『まるで辻君(当時の遊女の呼び名)のようじゃ…。』
と、正室でもなく、側室でもないのに、夫婦の契りだけは強要される、囚われの自分の立場に、段々嫌気がさしても無理からぬ話。
鬱々と塞ぎ込むガラシャの心の機微に、たまにしか訪ねてこない忠興が気付く筈はなく…
ガラシャはとうとう、我が身を嘆き自刃(自殺)してしまおうとするわけです。
それを止めたのが、侍女である清原いと(清原マリヤ)でした。
マリヤは、懸命にデウス…キリシタンの教えを彼女に説き、自刃を思い止めさせます。
マリヤが語る教えは、主なるこの世の創造主である、神の深い愛と、絶対なる揺るがない価値観と、赦しと復権・再生の話。
何より、1400年経過しょうとも、決して廃れぬ神の教えの偉大さと、時代がどんなに移ろおうとも、人を惹き付けて止まない神の圧倒的存在感。
その言葉は、絶望の直中にあったガラシャにとって自分を愛しているといいながら…辻君扱いする夫 。
名家の娘から逆賊の娘という、人やこの世の移ろいやすい価値観に左右され裁かれながら、真逆の人生を歩まざる得なかった自分のこれまでの人生とは、全く違う…彼女にとって、頭を殴られたような衝撃的ものであったことでしょう。
ガラシャは、その後も折りをみてマリヤに、キリシタンの教えの話をねだり、耳を傾けます。
これはあくまでも私の想像ですがガラシャ『逆賊の娘である私も…御子の名を唱えれば、神を信ずれば…赦されるのか?』
マリヤ『勿論、神に不可能はなく、越えられぬ試練も与えられませぬゆえ。』
という会話があったのではないかと思います。これまで周りも、ガラシャ自身も、自身の存在を“汚れ物”のように思っていた訳ですから、その言葉は、正に青天の霹靂…
そして今昔変わらぬ“神”が、絶対的な普遍であり、移ろいやすい世の中の価値観は儚い一時的なものであること。特に目まぐるしく変わる戦国の世だからこそ、神の教えは、ガラシャの渇いた心に響いたのかもしれません。
死にたい位に辛い反面、生きていても赦される理由が欲しいと、彼女は思っていたのかもしれません。
彼女も人の親ですから、細川に残してきた子らが、半分入っている“明智の血”のせいで、辛い思いはしていないか、健やかに育っているか気掛かりでしょうしね。生きていれば、いずれ何らかの形で会えるかもしれませんし。
そして、ガラシャの心に希望が芽生え始めるのです。
マリヤの言葉を通して、彼女は徐々に浄化されていく自身を感じ、やがて、幽閉から2年後…秀吉の赦しがあり、ガラシャと忠興は復縁…ガラシャは細川家正室の座に返り咲いた訳ですが…。
すっかり、キリシタンの教えに魅了され、神の存在により生まれ変わったガラシャにとって、自分の帰還を歓待する忠興の姿には、正直なんの感慨もわかず…
忠興も忠興で、以前と明らかに違う妻の姿に戸惑いめでたく復縁したものの、夫婦の溝は深まっていきます。
神の愛を知ったガラシャにとって、いくら細川家を守るためとはいえ、自分を見棄てた忠興の…人の情愛の儚さ脆さは、あくまでも一時的…この世的なものにしか見えず
忠興が2年の空白を埋めようと、ガラシャに尽くしても愛しても、全て裏目に出てしまう
そういう悪循環が、益々夫婦の亀裂を産みやがて、忠興がガラシャが変わったのは、『キリシタンの教え』のせいと、誤解し…折しも、秀吉によりキリシタン禁教令が出たこともあり
彼女の心の支えであった、マリヤの鼻を削ぎ追放したのを皮切りに、家中からキリシタンを徹底的に叩き出す、弾圧行為に出た訳です。
勿論、妻のガラシャにも容赦はせず、時には喉元に自らの刀を突き付け、棄教を強要しますがガラシャは頑として、この要求を拒否。
実はガラシャは秀吉が、キリシタン禁教令を発布した、その年に洗礼を受け…名実共にキリシタンとなっていたのです。当時の流れから考えれば、今、洗礼を受ければ、死罪はま逃れない訳です。それを理解した上での、“覚悟の洗礼”でしたから、夫の武力を用いた恫喝も、想定の範囲内で、彼女の中で、何ら動じることではなかったのかもしれません。
最早、夫には未練はなく…夫と離縁したいと思い悩むガラシャですが、宣教師に思い止まるように諭され、忠興と夫婦関係を続けます。
そして運命の1600年
石田三成と徳川家康の対立は、遂に表面化し…家康に先手を打とうと、三成は武力確保目的で、大坂に住んでいた大名の妻子を人質に取ろうとしたのです。
人質として、大坂城に登城するように、ガラシャに命じますが
ガラシャはこれを拒絶。三成は実力行使とばかりに、ガラシャのいる細川邸を兵で囲みますが…踏みいられる前に、ガラシャは、家老に命じて自分の胸を槍でつかせ死亡(殺害方法には、諸説があります。)その後、家老は予め邸内に撒いていた火薬に火をつけ自害(これも諸説があります。)
爆炎が、彼女の遺体と共に細川邸を包み炎上します。
ガラシャの行動により、三成は大名の反発を恐れたため、以降は、大名の妻子に対して実力行使に出ることは出来なくなり、この隙に、大名の妻子は大坂を脱出。
そして、ガラシャの死や三成への反発から、大名は次々に徳川に流れ、皆様ご存じのように、関ヶ原の戦いへと移ります。
彼女のこの行動により、細川家は、家康から大いに称えられ外様(関ヶ原以降に徳川に使えた大名の呼び名)ながら、格別の扱いを受け…その血脈は江戸から現代へと続きます。
逆賊の娘が、最後には身を持って婚家を救う。妻として、母として、キリシタンとして、何一つ矛盾しない、鮮やかな幕引きでした。
辞世の句
『散りぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ』
細川ガラシャ…本名、明智玉。洗礼名のガラシャはグレイス…神の恩寵を意味す。
享年37。
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