一神教と多神教 ―グローバル経済の謎―

一神教の共通聖典と言われるモーセ5書の神は「われわれ」と自らを称しています

http://www.cismor.jp/uploads-images/sites/2/2014/02/928b34b58ed525618b1c0fbd78ef659b.pdf 【一神教と多神教

―グローバル経済の謎―】より

今日は一神教学際研究センター主催の講演会に招かれましてとても光栄に思います。と言うのは、僕が学生の時に宗教学などを学び始めた時、将来自分が何を作ってみたいかということを聞かれると「一神教の研究センターのようなものを作りたい」と答えたことを覚えています。しかし僕は、一貫して一神教の研究者ではありません。むしろレヴィ・ストロースなどが言うような野生の思考とか、民俗学などが相手にしている民俗的な宗教とか、こういうものを対象にして、長い間研究してきました。30代に入ってからは、チベット人のところに行って仏教の勉強もしています。ですから、一神教を直接的に自分の生き方や学問の対象としたことはないのですが、僕にとっては一神教というのはとても重大な意味を持っています。何故かと言うと、一神教というのは私の人生の好敵手と申す相手だろうと思います。好敵手でなければ一神教の本質は分からないのではないかというような思いすらありました。人類学や民俗学を研究している人達は、一神教に対しては拒否反応があります。

仏教を学んでいる人達の中にも、一神教と一口に言いましても、ユダヤ教、イスラーム、キリスト教と、いわゆるアブラハムの宗教に対する批判は非常に強かった。しかし、その人達の批判を聞いていると、私の中の幼い頃、クリスチャンであった頃の蓄積が反発をします。一神教というのはそういう宗教ではない、この人達は一神教の本質を正しく捉えていない、だからこの批判は正しくないと考えていました。と同時に、同じ研究室にいたユダヤ教

やイスラームやキリスト教の研究者達の発言を聞いていると、この人達もまた一神教の本質を知らない、何故なら一神教の内部から一神教のことを考えているからだと感じました。好敵手を知るには、その外へ出て、そして愛情と距離をもって相手を見つめなければいけないというのが、僕の対象に対するいつもの態度でした。ですから一神教に対しても、私は深い愛情と、そしてそれに対する違和感というものを常に抱き続けながら対置して来ました。そして一神教の研究というのが、今日の社会において最も重要なものであるということは、深

く認識していました。それは今日現代世界を構成している経済の問題、生活様式-ライフスタイルですね、価値観、これらの問題を考える時に、一神教の問題を考えないで本質に辿り着くことは不可能であろうと思われたからです。当時、私達が学生の頃は宗教というのは阿片のようなものであって、そして宗教の本質を規定しているのは経済だという考え方が非常に強かったわけです。ところが私はこう考えました。いや、経済こそ宗教の一形態であろうと考えたわけです。何故ならマルクスが資本論の中で分析している資本主義社会の構造、この分析方法とそしてこれが現実の社会に適用されているあり方を見ると、これはキリスト教

のある本質的な構造と深い繋がりがある。そしてキリスト教無しでは、今日のような資本主義というものは有り得なかっただろうし、西欧文明が地球上でこれ程の影響力を持って、一種の覇権を持つようになっている、この事態を説明することすら出来ないだろうと考えました。と同時に私は、この一神教の宗教というものを知らなかった人類について深い関心を持ってきました。国家が誕生する以前、都市が誕生する以前、人々が農耕を始め、定着を始め、そして都市を作り、そこに巨大な国家が生まれ、国家宗教が作られ、その国家宗教から離脱する形でユダヤ教の宗教が発生した過程を見る時に、私達はどうしてもこの一神教の歴史的な性格に思いを致さざるを得ません。人類、つまり、私たちホモサピエンス・サピエンスが、この地球上で今日と同じような能力を持って生活をしはじめてから既に、少なく見積もっても4万年から5万年が経過しています。ある考古学者によると、既に9万年から10万年前に、現在と同じ知的能力を持った人類が地球上には既に活動を始めていた、という研究すら発表されています。ということは、数万年の間、人間は別の考え方を持ち、この地球上に別の秩序を持って暮らしてきました。この人々が何を考えたか、そしてこの人々が考え得た知的能力と、その中からそれを食い破るようにして現れた一神教というものが、非連続に分離しているはずはないのです。人類の知的能力の中から一神教は発生しています。そしてそれは一神教無しにもやってきた。もっとはっきり言うと、宗教無しにもやってきた。神話と儀礼だけで、この地球上に豊かな世界を作ってきた人類の在り方というものが存在したことをも否定することは出来ません。どちらも人間という同じ能力から出発しています。そして今日の考古学と脳科学が明らかにしていることは、人類がこの地球上に発生した既にその時に、今日の私達とほぼ相違のない知的能力が獲得されていたということを、これらの研究は明らかにしている。ということは、多神教であろうが一神教であろうが、これらの問題を考える土台は私達人間の知的能力というもの-それは直観力と感情を巻き込んだ知的能力ですが-に深い根をおろしているもので、この人類の研究なしには一神教も多神教の理解も不可能であろうと考えられたからです。ですからそのような意味で、一神教の研究センターというものが日本に生まれなければならないと考えていました。私達は一神教のことを真剣に考えなさ過ぎました。そして今日のような経済システムを発展させ、銀行のシステム、硬貨のシステムを作り上げてきましたが、ヨーロッパから入ってきた様々な制度や経済システムの背後にあるキリスト教的一神教の問題を根底において考えることを怠ってきました。そのために今日の事態がもたらされていると思います。その意味でも、この同志社大学に一神教を研究するセンターが出来たということは、日本の文化にとってもとても大きな意味を持つものと感じています。

今日のテーマは一神教と多神教という問題です。これは私の後にお話しくださる小原さんの話にもはっきり出てくることと思いますが、ジャーナリズムやあるいはジャーナリスティックな学者達が書く文章の中に、一神教と多神教の対立ということをことさら先鋭化して、そして今日の世界に起こっている危機的な状況の責任の多くが一神教にある、そして21世紀の世界観は多神教によらなければいけないという考え方が一つのキャッチフレーズのようになって横行している事態に対して、一神教を研究する人々が待ったをかけるよう、その理解には問題があると異議を唱えたいために、今日の講演会が開かれていると僕は理解しました。そこに私が呼ばれた理由は、あなた流のやり方でこの一神教と多神教という二元的な構図を揺り動かして解体してほしいという願いを聞き取りました。そこで私は、今日は一神教と多神教という構図を根底から突き崩してみたいと考えております。

というのは一神教と多神教という概念自体は昔からあるものではなく、古く見積もっても百数十年の歴史しか持たない概念、つまり、近代的な概念にすぎないということです。そして、この概念が実際の宗教として行われているものに正確に対応しているかというと、これが殆んど対応していないのです。とりわけ、日本は多神教の民族であると言う時に。では、本当に日本人が考えてきた、信仰してきた宗教、例えば神道であるとか仏教であるとか、純粋な神道とか純粋な仏教というものを日本人が知り始めたのは、不思議なことに明治以降に過ぎません。それまでは神仏習合という状態を長く通過していますから、この神仏習合を基本とする日本人の宗教の中で、純粋な多神教の原理が機能していたか。これは大いに問題とされてよいところだと思います。実際に神道などを見てみますと、ここには一神教と呼ばれる原理と多神教の原理の明らかな混在が見られます。勿論、この世界はたくさんの神々によって成り立っていますから、多神教と申し上げてよろしいでしょうが、この中には必ず神々の世界の中で最も大きい神であり、そして神々の存在を根拠付けている神という概念があります。古事記や日本書紀が著されてからは、これは天照大神という女性の神格に集中するようになりましたが、それ以前は別の神がこの役目を担っていました。おそらくはクニトコタチとか、別の神の名前で呼ばれたものが、この神々の中のより大いなる神の位置についていました。このような考え方は日本人に特有のものかと言いますと、そうではないのですね。アメリカ先住民の宗教を研究してきた人類学者達は、アメリカ先住民が一神教の概念と無縁ではないということを、19世紀から見い出していました。彼らの宗教を研究した人々がこう言っています。宣教師がアメリカ先住民のもとへ出かけて、あなた方は多神教徒である、そして、あなた方は神話と儀礼によってこの宇宙の真理を捉えようとしているがそれは間違いであって、この宇宙を創造したたった一人の神がいると説いたところ、先住民達がそのようなものは私達はよく知っていると答えたと言われています。この神はグレート・スピリットと呼ばれていました。スピリットはたくさんいます。アメリカ先住民の世界には日本人と同じように無慮無数のスピリットがいます。しかしこのスピリットを統一し、そのスピリットの存在を与えているグレート・スピリットというものが考えられていました。これは平原部インディアンを中心として大いに発達した概念で、この平原部インディアンにはグレート・スピリットを中心とし、そこから湧出してくる無数のスピリット達をめぐる一つの神学的な体系まで作り出されていました。ですから、アメリカ先住民の世界、あるいは日本人の神道の世界にとっても、これが純粋な多神教の原理で出来ていたという言い方は全く正確さを欠いたもので、この中には一神教へ向かおうとする契機がはらまれています。そして、おそらくはこの性格は、新石器時代の人々の宗教全てに共通するものであり、さらに言うと、旧石器時代の人類はこの一神教的要素がさらに強烈だったのではないかとすら推定されています。旧石器時代の人類と呼ぶのは、ネアンデルタール人が作っていた石器を使用していた、私達と同じ能力を持ったホモサピエンス達の文化です。ですから私達の直接の先祖と申し上げてよろしいと思いますが、この旧石器後期の人々の宗教、これは真っ暗な洞窟の中で行われる祭儀を中心にしていました。その真っ暗闇の中で、しばしば光と共に現れる超越的なものの観念が、壁画であるとか熊の骨に施された彫刻や石に残された痕跡から推測されています。旧石器時代の人間達の宗教というのは二つの系統で成り立っていたようです。一つは、男性達だけが秘密結社を作って洞窟の中で行う宗教でした。これは真っ暗闇の中へ入って音と歌と身体運動の踊りと、小さなランプを灯して壁面を照らす灯りが照らし出す絵画だけが作り上げる秘密の宗教の世界でした。この世界、この洞窟の中では、おそらくは極めて強度な超越性についての観念が人間を支配していただろうと考えられています。ところが旧石器時代にはもう一つの宗教の形がありました。これは朗らかな太陽の光のもとで行われて、その主体になるのは女性達でした。この女性達が行っている宗教は、男性達が洞窟の中で行っていることは抽象性を目指し超越性を目指していたのに対して、この世界の自然の形や生物の形をそのまま具象的に表現するということから成り立っている自然な形の宗教でした。ですから、旧石器時代において、もう既に自然環境とフィットし、そして女性の生命力というものの具体性を基にした非常に柔らかい形の宗教と、真っ暗い洞窟の中で男性秘密結社が行う抽象性の高い、超越性というものを抽象的に取り出す宗教が混在して、同居して、共生していたと考えられています。女性達を中心に朗らかな陽光の中で行われる宗教、これはおそらく多神教の性格を多分に備えていたものであろうと思われます。ここにはたくさんのスピリット達が集っていたことでしょう。ところが、洞窟の中で行われた男性秘密結社の行う宗教は、超越性をめぐる抽象的な観念に関心を注いでいました。ですから、これを私達の近代的な概念で、一神教への傾向をはらんでいると申し上げても構わないと思うのです。つまり、旧石器時代で既に一神教に向かう、超越的な高神へ向かう思考というものは働き始めています。それと、朗らかな陽光のもと自然の形とそして生物の活動をもとにしたスピリット・精霊の宗教、これは女性の産む力を土台にした宗教ですが、これを一言で多神教と申し上げるとすれば、旧石器時代から既に多神教的傾向と一神教的傾向は共生していた。むしろ、このことから考えると、人間というものの知的能力の中には、一神教に向かおうとする傾向と多神教に向かおうとする傾向が同時に存在し、この二つが相互に補い合うことによって一つの全体性を作り出していたと考えることが出来ると思います。

私は学生時代に、ドイツの民俗学者のシュミット神父の研究に大変に興味を持ちました。シュミット神父達は戦前のドイツで民俗学の研究を行っていましたが、彼らの研究はとても興味深いものでした。それはこういうことを主張していました。一般の宗教史の考え方では、人間はアニミズムの段階から多神教に進み、多神教から一神教の段階に進んだというのが、宗教思想の進化の道筋であると考えられている。しかしシュミット神父達はこう考えました。この考えは根底的に間違っている、人類は最初に超越的な高神の概念を既に持っていた。そして、それが分裂解体を起こした時に多神教が発生し、そして人類は多神教を再発見することによって、原初の人間の知的直感に再び立ち戻ったのだと、こう考えたわけです。つまり、一神教はモーセとユダヤの民族、あるいはもっと遡りますと、アブラハムの宗教によって発見されたものでなく、ユダヤ民族によって再発見されたものなのだというのが、シュミット神父達の考え方でした。

この考え方はとても興味深いものですし、今日の考古学の成果と合わせて見るととても説得力のあるものです。それは、旧石器時代の人類が既に超越的な高きところにある高神についての概念を持っていて、そしてこの高神を中心とする宗教と自然物の中にたくさんの精霊が宿り神々が宿る女性的・母性的な宗教と共存させていたという、最近の考古学的な研究とむしろよく合致するものだからです。

このような考え方をとってみますと、私達は一神教と多神教という概念が極めてあやふやな相対的な概念であるということが分かってきます。つまり、この二つを分離することは出来ないということです。ましてや、分離して、一神教の原理と多神教の原理を対立させることなどは不可能だということです。それは人間の知的能力の本質を見誤ることになります。人間の知的能力の根源には一神教に向かおうとする傾向と、そしてこの自然の世界の中に諸々の精霊の働きを見い出し、それらに神という名前を与えて、多くの神々が集う場所としてこの世界を捉える多神教へ向かおうとする傾向が同時に存在しています。この、同時に存在しているというのがホモサピエンス、私達原生人類の知的能力の本質をなしています。ですから一神教というものが、進化の過程で後になって進化過程としてより発達した高度なものとして現れた、そしてそれは多神教に対立するようになったという考え方は正しくないのではないか。むしろ私達人類は根源的に生まれた時から既に人間の条件として、人間の知的能力の条件として私達の心の中に一神教への可能性を秘め、そしてこれは潜在的な可能性で止まるものではなく、旧石器時代の遺跡には実際に一神教の超越的なるものに向かう表現形態を見ることが出来るという問題を根底に据えていかなければならないと思われます。つまりこの知的能力を持った人間の中においては、一神教へ向かおうとする傾向と多神教へ向かおうとする傾向は対立しない。対立しないどころではなく補い合う。補い合うどころではなく、それは根源的な一つの能力から分かれて現れた二つの相補的な、お互いを補い合う思考形態として私達の中に宿っているものだと考えるべきではないかと考えます。このようにして考えてみますと、私達は多くの宗教の本質というものをもう一度見直していくことが出来るようになります。例えば、この旧石器時代以来の人間の思考形態、知的能力をストレートに表現した宗教の形態を、殆んど無傷のままと言いますか、あまり変形を加えないままに成長させた宗教というものが、地球上に一つあります。これはヒンドゥー教の中のシバ派の考え方です。シバ神を中心とする宗教の形態、これはヒンドゥー教シバ派と今日では呼ばれていますが、この根源は極めて古いものです。ご存知のようにシバ神は大きな男根の石、つまりリンガで象徴されます。このリンガとそれを取り囲むヨニ、ヨニは女性器を表現しています。つまりシバ神というのは、男性器を象徴するリンガとそれを包み込む女性器ヨニの結合体で表現されておりますが、この表現は既にハラッパ文明にも見い出すことが出来ます。ということは旧石器から新石器への移行期、考古学が中石器と呼ぶ時代に既にインド人はシバ神の概念を持っていた。そしてそれをリンガとヨニの結合体として表現する方法を持っていたことを表わしています。この宗教は極めて興味深い特徴を持っています。中心部にそそり立つリンガは、我々の世界に存在現象を出現させようとする潜在的な意志ないし力を表わしています。そしてそれはシバと命名されていますが、このシバは、この宇宙を突き動かす根源的な原動力でありエネルギーであると考えられています。ですから新石器的な文化を保った社会、アメリカ先住民や、我々日本の神道の古い考え方におけるグレート・スピリットや高神の観念と極めてよく似たものが、このシバの中に存在しています。しかし、超越性を目指す統一力、リンガの形で象徴されるシバだけでは、このシバ神というものは存続出来ません。これを取り囲むヨニ、つまり女性原理が必要だった。そしてこの女性原理は多を本質としています。つまりリンガが一を目指すとすると、それを取り囲んでいる女性原理であるヨニは多を目指しています。そして多を、多数、多様に様々な世界、この豊かな世界を作っていく原理が、このリンガを包み込んでいるヨニの中に表現されています。この二つが合体することによって、シバ神の信仰が成り立っています。この考えは先ほど申し上げた旧石器時代の宗教、つまり超越性を目指す、高神を目指そうとする観念と、この世界の生命的・存在的な多様性を目指していこうとする傾向、この二つが人間の思考の中では共存していた。そしてその共存の様式を直接的に表現していたことをよく表わしています。このシバ神の考え方は、インドの宗教の中では、長い歴史を辿りながらも本質を変えることなく発展してきました。とりわけ興味深いのは、中世においてこのシバ神の宗教がどういう形をとるに至ったかということです。このシバ神の宗教、つまりリンガ、一の原理を目指す、monoの原理を目指すリンガと、マルチmultiを目指す、多様性を目指すヨニの結合体で出来た神の観念が、中世になると一元論monismというものに変容を遂げていきます。

シバ・モニズムというものが生まれてきます。これは中世のインドで発達したnon dual非二元論哲学の根源をなしていますが、この中ではシバとヨニ、つまり男性的な原理と女性的な原理、女性的な原理はシャクティと呼ばれるようになりましたが、この二つの原理の結合体はしかし本質において一元的であるという哲学が発達したのです。つまりこの世界は一と多で出来ているが、その本質を統一しているのは一、これは一という概念を超えた一であるという哲学が発達するようになります。つまり中世インドでは既に、シバ派の哲学を通じて、極めて高度な一元論哲学が発達していました。そしてこの一元論哲学の中では、一者を目指す観念と多様性を目指す観念が一つに結合されておりました。ですから私達がしばしばインド、ヒンドゥー教は多神教の世界であると一言で言う時、これは大きな過ちを犯すことになります。この世界でこそ、実は初めて人類の中のモニズム、一神教あるいは一元論と申し上げた方が良いと思いますが、非二元論的な神の思想、つまり、一元論的な神学が発達し、そしてそれを元にして在来の古い宗教の形を再解釈するという運動が行われています。ですから、こういう現象はアジアの世界においても、あるいは、実はこれはアフリカにおいてもヨーロッパにおいても、そして中近東においてもそう珍しい現象ではありません。一神教的な原理というものを正確に取り出すことは、今までの話からもお分かりいただきましたように、極めて難しいことなのです。なぜならば、この一神教、一を目指す原理というのは、必ず同時に多を目指そうとする原理と共同して働き出します。それが人間の知的能力の中にセットされているからです。ここから考えてみますと、人類の思考能力の中に純粋完全な一神教というようなものが存在するのだろうかという疑問さえ生まれてきます。

一神教の原理というものをどう捉えるか、これは非常に幾つもの思考の軸をはらんでいます。例えば、イスラームが考えているように「アッラーの他に神なし」という理解をとるとしたら、これはアッラーの他にたくさんいる神の中で、アッラーは唯一のものであるという思考方法になってきます。しかしイスラームの理解というのは何時も、一般の人々が信仰するイスラームと、そしてより高度な知的能力を持った人々が探究するイスラームの二つに別れて発達してきました。そしてイスラームの高度な哲学の中では「アッラーの他に神なし」という理解とは別に、「私は存在でなかったことはない」という理解方法、つまりモーセの前に出現した神が「私は在りて在るものである」という言葉で表現された存在の世界、存在についての、この存在を統一し根拠付ける原理としてのアッラーについての理解が共存していたようです。このアッラーの考え方をとりますと、ここでは一の原理と同時に、この世界

が多様なものとして生み出されてくるものを統一的に理解するための一つの神学的な理解が発達しなければなりません。イスラームは決して多の神々、多くの神々を否定したことはなかったと思います。

むしろアッラー、つまりこの存在の世界を統一し根底付けているアッラーを認めさえすれば、本質的にそれは多の神々をこの神学の体系の中では否定する必要はないのであろうし、そして諸々の精霊達というものはムスリムの生活の中でアッラーへの信仰と共存しながら生きることは可能だったはずです。実際に私達がイスラーム世界を仔細に点検して見ますと、そこに決して、精霊の原理が一神教的と呼ばれるアッラーへの信仰によって、完全に掻き消されたり否定されたりしたという例は、むしろ少ないのではないかと考えることが出来ます。

そしてイスラームの中でより高度な神学理解を目指そうとした人々が作り出した神の概念、これはタウヒードと呼ばれている神学の形態の中に結晶してきましたが、ここでは一の原理と、そしてこの一が多様性の世界を生み出してくる、この過程を統一している原理こそがアッラーとして理解されています。私達は、このアッラーについてのタウヒードの理解を深く検討してみますと、ここにヒンドゥー教のシバ派がシバ神を中心に打ち立てた非二元論的なモニズムとの深い共通点すら見い出すことが出来ます。この二つの間に本質的な違いが本当

にあるのだろうかとすら疑うほどです。ですからイスラームが純粋な一神教であると言う時には、これは多神教との対立軸においては捉えることは出来ないのではないかと考えることが出来ます。おそらく私の話の後に小原さんが偶像崇拝の問題を取り上げると思いますが、一神教理解に別の軸が必要なのだろうと思います。そしてその軸を中心にすると、一神教と多神教は対立し合うものではないことになってきます。一神教と多神教を対立し合う軸を設定したとすると、イスラームのように、外の世界から純粋で絶対的で融通のきかない一神教と見られているものが、多神教的な原理を放逐するどころか自分の神理解、タウヒードの根源にセットしている、再構成してセットしているという事実を説明することは出来ません。このように一神教原理と多神教原理は極めて複雑な関係を持って発達してきました。ですから今日私達が直面している問題、9・11以後この世界が直面している問題、つまりグローバリズムの問題の本質を考える時に、一神教と多神教を対立させたり、あるいは一神教の内部のイスラームとキリスト教、ユダヤ教の原理をいたずらに対立させて、そこに文明の衝突を作り出そうとするような理解は、少なくとも宗教の構造ということに関して見れば大いに問題のある、殆んど現実には適用されない考え方なのだろうと見ることが出来ると思います。

しかし、ここで大きな問題が残ります。それは、今日の世界は経済的な原理を中心にしてグローバリズム化の傾向が進行している、これは確かなことです。そして、このグローバリズム化というのは、端的に申し上げれば、19世紀以後の西ヨーロッパに発達した資本主義の発展形態、つまり高度資本主義の形態、ここには情報、そしてインターネットを駆使した情報社会の問題が深く関わっております。

情報化された資本主義を一つの原動力として、そこに西欧型の生活様式や娯楽、音楽への嗜好や食べ物への嗜好も含めて一体になったこの全体性、つまり、一言でグローバリズムと呼ばれていますが、そのグローバリズムが今地球上に大きな影響力をもって、私達の生活を根底から作り変えようとしている。この事実は否定することが出来ないと思います。そして西ヨーロッパの原理は、西ヨーロッパが世界における植民地時代のような覇権を失うのと同時に、むしろその西欧的原理の種を地球上に飛散させるようにして、今グローバリズムという形態で地球上の人類全体に大きな影響を与えています。この理由、このグローバリズムが何故、この地球上でかくも強大な影響力を持つことが出来るのか。そしてその根底にある近代型の資本主義が何故かほどの成功を収めたのか。この問題を考える時に、私達は先ほどから出ている一神教の構造、とりわけキリスト教の構造というものに思い至らざるを得ないということです。今日の話の最初に、私は、宗教は経済的な現実、つまり下部構造が生み出した幻想であるという考え方を逆転して、経済こそが宗教的思考構造の表現形態だと考え直してみた時に見えてくるものがあるのではないかと考えました。これはマックス・ウェーバーの研究などを遥かに超えて、経済の構造と宗教の構造の根源を探る試みが必要であるということを言っていると思います。そして、そこにキリスト教の神学的構造の問題が深く関与している。おそらくは9・11という形で地球上に先鋭な形で現れている対立の意識、これは表面的に見ますと、キリスト教と原理主義的なイスラームの世界の先鋭な対立として現れているものですが、その根底にあるもの、これは一つの宗教原理です。表面的に見ますと、これは確かに経済における格差の問題ですが、この経済的格差が何故作られたかということを辿っ

てみると、これは宗教の構造の問題に帰着してきます。つまり一神教の内部構造の差異の問題に帰着してくることとなります。

イスラームとキリスト教の経済システムと神学上の構造の同型性、差異、違いについての理解については、先ほど私の著作が紹介されましたが『緑の資本論』という本の中で詳しく説明しましたから、今日はもう少しキリスト教の本質について少し踏み込んで考えてみたいと思います。キリスト教は一神教だろうかという問いかけです。これは古くからユダヤ教徒やムスリムが抱いていた疑問です。キリスト教は果たして一神教なのか、この問題が本質に触れています。既にこの問題は、イエス・キリストが神の子であると言われた時から発生し始めました。神の子という存在は、当時の中近東の人々の神話的な思考力、つまりこれは人類の根源的な新石器時代以来の思考能力ですが、これを大いに刺激するものとなりました。何故ならば神話的な思考というのは、二つの対立していて矛盾し合っている論理項をつなぐ媒介項を探すことから、神話的思考というものは成長し、豊かな神話の世界を作ってきました。この媒介項が無いと神話は作動しません。これは純粋な一神教というものを考えてみた時、この媒介項を除去することによって、神話的思考方法にノックダウンを与えている。ここが大きな問題点です。それは人類の思考に起こった飛躍を表わしています。超越的な神

と人間を媒介不能な状態にした時、つまり絶対者の概念を作った時に、この二つの領域を媒介するものが消えてしまいます。長いこと人間は神話の思考力をこれに共存させていましたから、神話的思考というのはこの世界を作り上げている絶対的に矛盾している概念、生と死のような概念を媒介する概念を探す、これが神話の働きでした。そしてこの神話の働きをもとにして、私達の先祖達はあの自然的な宗教の世界を作り上げてきましたが、一神教が行ったことはこの媒介項を拒絶することでした。

ところが、ここに神の子の概念が出現した時、中近東の人々の間で再び神話的思考への大変な情熱が再燃したことが記録されています。イエス・キリストは神の子である、しかしイエスは神なのか子なのか、人間の体を持った神なのか、ならばあの十字架上で死んだあのむくろは何なのか。処女マリアから生まれたという、女性の体から生まれたという、あのイエスという存在の肉体は何なのか。

この問題は中近東の人々を大いに刺激することとなりました。ここでキリスト教初期の時代にイエス・キリストの属性をめぐって激しい論争が戦わされたことは、同志社でこういうことをお話しすることは殆んど釈迦に説法かも知れませんが。つまりイエス・キリストの存在自体が、当時の人々にとっては古い神話的思考形態を再燃させる契機をはらんでいました。ですからここでイエスは神である、いや純粋の神である、いや純粋な人なのである、こういうふうに純粋にそれを理解する人々、これは中近東の東の方のキリスト教徒の間に発達しま

した。西のキリスト教徒は神にして子であるという、極めてparadoxicalな理解を選択いたしました。

そして神にして子であるという理解を教義的に確立するようになります。しかしこの教義的に確立したのは、多分に長い論争の結果として生み出された政治的な成果であったような気も致します。何故ならイエス・キリストの属性をめぐっては、この当時、中近東の東の方の人々が考えたようなありとあらゆる異端的思考の可能性は、神話的思考を前提とする限り、否定することは出来ないものだからです。しかしここでイエス・キリストは神にして子である、神と人間の間の媒介者であるという概念が確立しました。ここでキリスト教は限りなく神話的思考の近くに寄ることになったわけですから、これが後々の東方に発達した純粋思考を行う人々、これは中世以降イスラームを発達させていく人々ですが、この思考をとった人々にとっては極めて疑惑の対象となったわけです。

さらには三位一体説の問題があります。ここには父と子、この父と子の問題は何とか解決がついたでしょう。しかし、ここに精霊が再びセットされました。この精霊は、明らかに多神教的な原理の組織的な組み換えだと見られてもおかしくないところがあります。精霊は無慮無数の霊をもって、精霊の原理がセットされましたが、この精霊はキリスト教に対して批判的な考え方を持つ人々にとっては、多神教の原理を一神教の内部にセットするものに違いないと見られました。実際、精霊は多種多様であって、人間のカリスマ的な活動と共に人間の内部から流出し、あるいは神から流出してくる多様性の原理を表わしていたからです。精霊は多を表わしています。そしてこの多の原理が三位一体論の中に組み込まれています。

さらにはもう一つ、天使の問題があります。天使学はイスラームの中で発達した高度な学問ですが、イスラームの中ではこの天使学はタウヒードの理解と結び付けられ、一者が流出するあるいは産出する多様性を説明する中間的な存在として、天使の学問というものが高度に発達することになりました。ここでも天使は、一神教の理解に特殊な空間を付け加えています。中世の神学を見てみましても、天使が住まいする空間は、神がこの世界を創造する以前から創造したと言われています。

そして、神は永遠であるが、そこは永在の世界であると言われています。永遠ではなく永在だと言われている。それは存在と非在の中間状態にあって、常に消滅と生成を繰り返しながら、私達の世界に力を注ぎ込んでいる空間であるというふうに規定されるようになります。

この天使の空間自体が、実は一神教の内部に組織替えされ、組み込まれた多様性へ向かう原理を表わしていますが、この存在の多様性へ向かおうとする傾向こそ、かつては多神教という宗教形態の中でストレートに表現されたものに他ならないことになります。ですから考えてみますと、キリスト教自体は純粋な一神教どころか、その一神教をベースにして、その中に多神教的な要素を巧みに取り込んだ、そして一つの統一的な体系を作ることに成功した唯一の一神教の宗教であったかも知れないと思われます。

ここに重要な概念として、システムという概念が出てきます。システムの最初の形態は三位一体として出てきました。システム即ち、この世界に起こることの全体性を体系の中に捉え切ること、これがシステムの意味ですが、三位一体を通して一神教原理と神と超越者と人間を媒介する神の子の原理と、そして多様性の原理を一つのシステムの中に取り込むという思考方法が、キリスト教の中で確立しました。神と子と精霊は、むしろ一つのシステムの原型となりました。そしてこれは主に西方キリスト教の中で発達を遂げます。ですから有名なフィリオクェ論争以後、西のキリスト教が持っているシステム論的な傾向を批判した東方教会が離脱し、ロシアとギリシャと東欧の世界が長いこと西欧世界から離脱していく根源を作ったものも、このシステム論に関りがあります。西ヨーロッパ、西の西欧的キリスト教、これはローマ教会を中心とする神学の体系の中では三位一体論、天使論、これらはシステムとして整えられることとなりました。ところが東方教会の中では、システム化を拒絶する傾向が非常に強いものでした。そしてイスラームもこのシステム化を拒絶しました。ですから、世界の全体性を一つの形にシステムとして作動できるものに作り変えるという課題に挑戦し、それに見事な達成を行ったのはキリスト教だけだったということが言えるかと思います。

さて、もう時間が残り少なくなってきましたから、残念ながらこの辺で重要な問題を端折って話さなければなりませんが、資本主義という問題があります。資本主義は言うまでもなく貨幣をベースにした価値増殖のシステムです。ここにキリスト教の本質が深く関わっています。貨幣とは何であるか。

これは既に3世紀の地中海沿岸で行われた論争の中ではっきり現れていることですが、貨幣とは観念的なものと肉体的なものの結合体であるという規定が行われています。観念的なものであるということは、そこに抽象的な価値が貨幣の中に刻印されているからです。しかし、貨幣は金や銀や貴金属を素材にし、そこに王の顔の印が打たれています。

つまりこの刻印をもって、抽象的なものと肉体的なものが貨幣の中で同居している、故に、これは実際に当時のキリスト教が語っていたことです。

故に、貨幣の構造とイエス・キリストの構造は同一であると言われました。その証拠に、十字架上のイエス・キリストを描いた貨幣の脇に、貨幣とイエスの類似性を暗示した言葉が書き付けられております。つまり、神の子という概念を人類の世界に投げ込んだキリスト教は、それによって貨幣との近親性を早くから作り出すことが出来ていました。

ですからこれは、貨幣とイエスの存在というものは、信仰者にとっては極めて不謹慎な考え方に見えるかも知れませんが、しかし、その根底には何か深い構造的な類縁性が存在していました。そして、この貨幣を元に、価値増殖を行います。

何によって価値増殖を行うのでしょうか。キリスト教が中世以後、実際に彼らの社会の中で一般的になった価値増殖という現象を説明するために持ち出した説明原理は、他ならぬ精霊の原理でした。父と子から精霊は流出する、いや発出するとフィリオクェ論争以後のキリスト教の三位一体構造は語りました。父と子から精霊は発出します。それと同じようにと語られていますが、それと同じように貨幣から剰余価値、増殖する価値は発出するというのが中世ヨーロッパの資本主義理解となりました。そしてイスラームが否定した、価値が自己増殖を行う、つまり貨幣が利子を生むという考え方を肯定するようになります。これはもちろん紆余曲折がありトマス・アキナスなどはこれを否定しておりますが、しかし彼の否定は現実社会の中では流されていくことになりました。キリスト教の世界では、ムスリムが頑強に抵抗した貨幣が貨幣を生む、つまり価値増殖を行っていくという原理が肯定されるようになり、その貨幣が貨幣の子を生む原理を肯定する原理は、むしろキリスト教内部の原理、つまり三位一体の構造の中に求められることとなっています。

ですから私達は、このキリスト教と資本主義の原初形態というものは極めて密接な形で結び付き、そしてそれがより高度な形に発達してくる時、我々の世界に極めて甚大な影響を及ぼすであろうということを予測することが出来ます。何故なら、ここには一神教の原理も多神教の原理も同時に、一つの体系の中に、一つのシステムとしてセットされているからです。もちろん私はこれによってキリスト教の信仰というものを批判しようとする気は毛頭ありません。何故なら、貨幣的な現実のような形に表れているものは、キリスト教の信仰の中の

極めて表面的な理解の部分を取り出し、そしてこの表面的な構造をもって経済と宗教を結合することに他ならず、そして神学と神秘的な体験の中ではこのような表面的な理解は常に否定されていた、乗り越えられていたという事実を知っているからです。

しかし先ほども言ったように、イスラームも「アッラーのほかに神無し」というような表現がイスラームの神学的思考であると誤解されるように、キリスト教もまたその表面的、世俗的な理解においてはこの資本主義の構造との同型性を否定できない部分を持つこととなります。従ってキリスト教は無敵のものとなります。むしろ、キリスト教が社会的な影響力を失うと同時に、それは経済の領域で、三位一体論以後キリスト教の内部で発達したシステム論が、経済的な領域に自らの子を産み、そしてこの経済的な領域で展開する三位一体構造が、実は今日のグローバリズムの原型を作り成しているという事実に思い至ることになります。もう殆んど時間がありませんから、これから先のことを一杯お話ししたかったのですが、それはまたの機会にいたします。

しかし、最後に申し上げたいことは、今日お話したことからも分かりますように、今日の世界に起こっている事態は一神教と多神教の対立などではないということです。それは資本主義の構造を見ても良く分かることですし、イスラームの神学的な構造を見ても分かることですし、我々が普通多神教と呼んでいるヒンドゥー教の内部の構造を見てさえ、そこにはイスラームのタウヒードの理解と共通するような一神教と多神教の共存構造というものが明らかに存在し、それは多神教の典型と呼ばれる神道の中にすら存在し、そして、日本人は神仏習合の中から浄土教のような宗教を作り出しましたが、この浄土教こそ日本人が自前で作り出した一神教の最高形態であったとすら断言することが出来るからです。一神教も多神教も対立させることなどは出来ません。しかしそれが人類という、この私達人類の知的能力の根源に潜んでいるものであり、それを探究することは今日の世界に起こっていることの本質を理解することに最も大きな力を及ぼすであろうと私は信じています。

この研究センターの発展をお祈りいたします。どうも有り難うございました。







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