FacebookNakako Yamamotoさん投稿記事
そーいえば、思い出すだけで胸が詰まってしまうのが「助けられなかった」「なにもできなかった」という無力感、そして情けない思いである。
連日の震災のニュースを見ていると被災者にインタヴューなどするものだから涙が頬を伝ってしまう。「よく当事者にインタヴューするよなぁ」と「よく応えてくれるなぁ」という思いと一緒に。
ご存知、ベストセラー『パワーかフォースか』のホーキンズ博士によると、「恥」という概念は意識のレベルの最下位で、怒りや無力感よりも低い。「情けない」も似たようなものと思われるのでかなり低いことは確かである。私と同じようにニュースを見て、“情けない”の人数が増えることは好ましいことではないと分かる。
この「救えなかった」という思いは原罪のように誰の心の中にもあると聞いたことがあります。DNAに刻まれている思いだとすると相当に「情けない」は根深い。転生があるとして地球年齢が高ければ、みなあのアトランティスの悲劇を救えなかった想いを抱えているとか…。
かれこれ20年前、私はボディヒーリングをしながらトラウマを解消する内容のリーディングを受けた。そのベッドの上で、とある壮絶な感情が蘇り嗚咽していた。それは、ヨーロッパの風景かしらん、古いレンガ造りの建物…、大勢の大人たちが友人である少年を力づくで連れ行こうとしている光景だった。私(少年)は、泣き叫びながらそれを止めようとしていたがまったく歯が立たなかった。一人残された私は、いつまでも「赦して、赦して…」と地面に拳で叩きつけていた。
「“赦しますよ”とお友達が言ってますよ」
セラピストが同じ光景が見えていたようだ(さすが!)。でもその言葉を空々しく感じていた。きっと私をなぐさめるための常套トークだろうと。この痛みと苦しみが分かるわけがない…。そのときだった、耳元に
「もういいよ、もういいよ」
少年の穏やかで優しい声がはっきりと聞こえた。(うわ、いまこれを書いた瞬間、携帯電話がびーーーーー!っと初めて聞く音で鳴り出した。電源を落とそうとしても落ちない。アチャーー!!あ、落ちた!気を取り直して)。私はありがとうの涙でまた嗚咽した。このセラピーのあとの帰り道の心の晴れやかだったこと印象的に覚えている。
それにいたしましても助けられなかったことがこんなに情けないということは、「助けたい」が大事な本能であるからだと思うのです。大好きな『神との対話』で、
「人の本質は保身ではありません、助けることです」
そんなことが書いてあってひどく感動した。このことは最近、ワンネスのそれなのではないかと感じるのです。私たちは分かちがたい、1つ、である。「身を切られる思い」という言葉がありますがまさに!です。でも「情けなさ」に沼っていてはそれこそ誰のことも救えない。この思いを「勇気」に変えて行こう!
「勇気」がポジティブマインドの分岐の意識レベルというのはさすがホーキンズ博士だ。ただ、必死に勇気を出してもまだ分岐点、愛のレベルに行くにはまだまだまだまだ遠い道のりなのでございます。とりあえずは最寄りの愛を頼りにこの沼から脱出をはかりたいと思います。おーい、私の最寄りの「愛」やーい!
Have a wonderful day🥳
【犬は友達・無条件の愛と信頼の持ち主】
後ろから見ると新品同様のワンピースが前から見ると ドロドロ!
これが幼い和多志の「犬は友達」の目に見える証なのです。
和多志が幼い頃 野犬は自由にうろうろしていました。
雨上がりであろうと何であろうと和多志を見つけた友・犬は駆け寄ってきて飛びつくからです。初対面の犬でも さっと手を出して 仲良しになっていました。
どうやらこの性格は娘にも引き継がれたようです。
彼女の通う小学校のすぐ近くに「噛むので注意」と警告されている飼い犬がいました。
それでも彼女はその犬に触らずにはおれず 何度も噛まれてしまいました。
性懲りもなく噛まれる娘に 「噛まれたらどうするの?」と尋ねると
「イーダ!というの」がその答えでした。
そんな犬がある日 野犬狩りに会うのを目撃しました。
男が二人で 輪っかにしたワイヤーを持って 友・犬を追いかけるのです。
犬は床下に逃げ込みました。
男たちももぐりこみ ワイヤーを犬の首にひっかけ 引きずり出しました。
そして 犬は檻に入れられ トラックで連れ去られました。
和多志は「止めて!」の一言も言わず 体を固めて見送りました。
書きながら 涙が溢れ続けます。
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