http://0209ko.sakura.ne.jp/haiku/kanjouhaiku1.htm 【感情俳句】より
俳句で、美しいや楽しい、嬉しい、麗しい、悲しい、苦しい、汚い、無情だ、泣きたいなどの感情を示す言葉は、基本的に句に入れてはいけないことになっている。しかし、これは本当にそうなのであろうか。まず今まで感情語を入れた俳句にはどんなものがあったのかを考えてみたい。
手毬唄かなしきことをうつくしく 高浜虚子
酌婦来る灯取蟲より汚きが 高浜虚子
麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
よろこべばしきりに落つる木の実かな 富安風生
羽子板の重きが嬉しつかで立つ. 長谷川かな女.
美しき春日こぼるる手をかざし 中村汀女
うつくしきあぎととあへり能登時雨 飴山実.
数は少ないが、これらの句を俳人なら知っているであろう。決して秀句名句が詠めないということではないようである。
では何故入れてはいけないのであろう。それは安易に感情語で気持ちを示さず、ものなどで示すべきであるという客観写生の考え方があるからである。たしかにその考えには一理あるのであり、簡単に「まあ、美しい花ですこと」なんて言ってはいけないのである。みんなが知っている美しいものを美しいと表現してはいけないということである。では、みんなが知らなかったものを美しいと表現したらどうであろう。
うつくしきあぎととあへり能登時雨 飴山実.
うつくしき女とあへり能登時雨 改
飴山実.は能登で出会った女の「あぎと」をうつくしいと表現したのである。これは発見である。また意表をついた表現である。これを「女」に変えたら、まず句座で選ばれることもない凡句となったであろう。
感情語は、俳句に使用しても良いのである。ただし、人がほとんど気づかないものを表現しなければならないということである。よって、使用が難しいのである。このような感情語を秀句に入れて詠むことができる俳人は大した才能と言うべきであろう。凡人はあまり真似しない方がよさそうである。
Facebook清水 友邦さん投稿記事
怒った時に顔は真っ赤になったり、好きな人の前にでると頬が赤くなったりします。
怒り哀しみなどの様々な感情が湧き上がってきますが、それは人間の自然な反応でもあります。
さまざまな理由で、それがうまく発散されないと、皮膚が感情の代わりに表現して皮膚の病になることがあります。
夫が浮気をしていることを聞かされて耳鳴りが酷くなった妻がいました。
悲しみと怒りがこみ上げて許せないと言う感情が湧き上がりましたが、離婚したら子どもたちがどうなるか不安で、夫に対してぶつけられず、激しい葛藤に巻き込まれました。
夫に感情を表すことなく、葛藤の日々が過ぎて行くうちに、突然、或る日、妻は耳鳴りが酷くなり聴こえなくなったのです。
ワークで、自分の心の最奥に蠢く感情を自覚した妻は、夫に思いを伝え感情を正直に表現すると耳鳴りは治ったのです。
ワークで、怒りが湧いてきたので、そのエネルギーを自覚して表現してもらった所、背中の緊張が消えひどい咳がおさまった人がいました。
怒りをためると胃が緊張して裏の背中が凝ることがあります。
胃の自律神経は、胸椎の8番からでています。
怒りをためた為に背中が凝って咳がでていたのでしょう。
免疫疾患の因子をもっているからといって、全員が発病するわけではありません。
感情表現がうまく出来ないと、代わりに病気という形で身体が表現してしまいます。
昔の中国の医学書の素門に「怒りは肝臓、恐れは腎臓、悲しみは肺、喜びは心臓、過度の思いは脾臓を傷つける。」という言葉が出てきます。
東洋医学では心と体は繋がっていると考えます。原因が心理的なときは医者に行って、いくら物理的な治療をしても治らないのです。その時は、薬よりも愛の処方箋のほうが効くでしょう。存在から深く愛されていたことを思い出すことで癒しが起きます。
絶望や苦痛を多く体験した人は、たくさんの緊張をかかえています。
呼吸を浅く体を緊張させることで、情動を感じないようにしているのです。
人々は自分の悲しみ、怒り、そして恐怖に触れることを恐れています。
怒りのエネルギーを放出した後に泣き始める人がいます。そして、悲しみを手放した後に、しばしば恐怖に触れます。恐れ、怒り、悲しみは愛が否定された時の感情です。
心の奥で動いているエネルギーを感じ取る必要があります。抑圧してきた感情を表現すると、筋肉は柔らかくなり身体感覚が広がります。
そして閉じ込められていたエネルギーが表面に出てきます。それをあるがままに許すのです。
そうすると、今ここにいつもある静けさに気づくようになります。
呼吸はリラックスして、心と体の動きは自由になります。
あらゆる否定的な感情は過去に起こったことであり、今この瞬間には何も起こっていないことを確認します。
何度も何度も、いまここでは何も起きてはいないことを、確認すると信頼が築かれます。
人は記憶に支配されています。
自分はどういう人間なのかは、どのような過去の体験に支配されているかにかかっています。
こっぴどく人から罵られて惨めな体験をしてきた人は、自分は惨めで不幸な人間だと思い込んでいます。その記憶を自分だと思い込んでいます。
今ここに、惨めな私はどこにもいません。頭で考えていた私は、今ここにいないのです。
存在は、時間と空間を超えています。今ここには、何も問題がないことを確認します。
暴力的な人も、意地悪な人もいません。いるのは、愛を求めて傷つき、苦しんだ人がいるだけです。みな愛すべき人々なのです。
https://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper04/shiryoukan/me136.html 【現存最古の『素問』、北京図書館蔵の金版 解説 真柳 誠】より
いまは中国国家図書館と改称している北京図書館所蔵の貴重本から、標題の書を今回紹介しよう。
写真1 中国国家図書館所蔵・金版『素問』(01191/157)巻3首
いうまでもなく『素問』は中国医学の最古典。ルーツのかなりが紀元前に遡るのは疑いない。後漢以降から医学の第一経典とされ、五世紀末の全元起や、八世紀 中葉の王冰による整理・注釈本もあった。が、まだ印刷術の確立していない時代である。広く普及するのは北宋政府の林億らが校訂と注を追加し、一〇六八年に 初めて刊行してからだった。以後、復刻本や注釈本は現代まで夥しい。ただし唐以前や奈良・平安の写本はおろか、林億らの北宋版も南宋の再版本も現存しな い。したがって金版が『素問』の最古版ということになる。
当版は清代までの著名蔵書家の 記録になく、民国時代に突然出現した。それが世界唯一の北京図書館所蔵本(01191/157)である。本来は全二四巻と付録の亡篇一巻からなっていた が、現存本は巻三~五・一一~一八・二〇・亡篇の計一三巻である。この全貌の紹介は、かつて中国でもなされていなかった。
写真1は巻三の巻頭で、北京図書館の前身だった「国立北平図書館所蔵」の印記があるのみ。他の部分にも書き入れすらなく、以前の伝承経緯はよく分からない。写真のように過去の保存状態が悪いのは、注目されずに死蔵されていたためらしい。
さらに序跋文や刊記などの部分も現存しないため、本書の版本鑑定は難しい。北京図書館が金版と判断した理由の記録も見当たらなかった。按ずるに中国の古版 は問題ないが、およそ元版や明版の版式・字様ではなく、どちらかといえば北宋版に似る。にもかかわらず、宋朝の避諱による「玄」などの欠筆は本書に一切な い。これらから金版と判断したのだろう。
写真2 同前巻三末尾
なお『素問』には顧従徳本など、北宋版系をそっくり模刻した二~三種の明代倣宋版がある。比較すると当金版には誤字・誤刻がどうも多い。たとえば写真1の八行目「肺為…」は、後にある類型文からしても「肺者…」だろう。あるいは倣宋版が書名に「重広補注」の四字を必ず冠するのに、当版では写真1・3のごとく、それが一切ない。
写真2は巻三末尾。本文後の「音弁(音釈とも)」は難読字の発音注で、全巻にある。これは明代倣宋版にもあるが、「音弁」などの標記はなく、量も少なく、内容もかなり違う。
写真4 同前「亡篇」末尾 写真3 同前巻20首
写真4は 付録の亡篇末尾。亡篇とは全元起以前より『素問』から失われていた篇のこと。王冰段階で刺法論と本病論がなかったのに、北宋代にはこの二篇の亡篇ほかが王 冰注として巷間にあったという。しかし内容とも明らかな偽作につき、林億らは『素問』の校刊から排除した。これが付録されるのは元版『素問』一二巻本の 「遺篇」からと『宋以前医籍考』は記すが、すでに当金版でも「亡篇」として付録されていたのである。
以上のように本書は現存唯一の最古版に相違ない。ただし北宋版の旧態はなく、内容も顧従徳本など明代倣宋版に及ぶものではなかった。
(茨城大学人文学部/北里東医研医史学研究部)
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