http://bryologist.cocolog-nifty.com/blog/cat14007505/index.html 【「苔の話」に関すること】より
「苔の話」という新書が出たのが2004年だから,もう17年近くがたつ.
当時はコケ関係の読み物的なもので新刊書店で手に入るのはほとんどなく,自分が読みたいと思うようなものをつくりたかったというのが執筆の主な理由だった.いまでも絶版にならずに売られているので,ある程度その思惑は達成できたのかもしれない.その後に苔ブームが来て,とくにここ数年は毎年何冊もコケ関係の本や雑誌,ムック本が出版されるほどの盛況ぶりで何よりだ.
なぜこんなことを今更書くかというと,この本を読んだという人から講演や記事執筆の依頼がときどき舞い込んでくるのだが,ありがたいことに今日もまた一件あったから.そういえば,先月に短いインタビューを受けたのも,やはりこの本を読んだという人からの依頼だったし,俳句同人の大会で話しをすることになったのも,この本のおかげだった.
本一冊分の文章を書くのはとてもとてもたいへんな作業だけれど,その効果は小さくないなとあらためて実感する次第.分類学の研究論文なんて,いくつ書いても反響などほとんど全くないのだが.本ができあがったとき,すでに父親は他界していたけれど,母親がとても喜んでくれた.親の世代だと,本をだすというのはなかなか無い社会的に(世間的に?)とても大きなことがらで,就職もできずにウロウロしていた時期が長かった息子を誇りに思ってくれたのかもしれない.残念ながら今年1月にその母親も他界してしまった.これでもうなんの打算もなく心から褒めてくれる人がいなくなったのだと思うと,還暦もとうに過ぎた老人なのに,まるで小さな子供のように寂しくなる.それがもう1つの理由.
タカオジャゴケ 西日本タイプと東日本タイプ
ジャゴケ探検隊のメンバーのお二人から,二日続けてウラベニジャゴケが送られてきました.ちょうど,それぞれ東日本タイプ(栃木県)と西日本タイプ(宮崎県)だったので並べて写真を撮ってみました.
黄緑色で艶無し(西日本タイプ),黒味のある緑色でやや艶有り(東日本タイプ)というふうに,色ツヤが違うのが分かると思います.東日本タイプは,今の時期だと葉状体の裏側は赤黒く染まっています.西日本タイプは中肋部は色づいていますが,まだ緑色を保っています.
ウラベニジャゴケを初めて認識したのが東京都高尾山だったのですが,関東には広く東日本タイプが分布しています.
両方の分布の境ははっきりしませんが,フォッサマグナあたりが境界のようです.
日本とヨーロッパのホラゴケモドキ,その異同
油体がブドウ房状できれいな青色になるホラゴケモドキですが,
日本のCalypogeina azureaとヨーロッパのものとは正体が違うのだそうです.
ヨーロッパのが本来のC. azureaなのですが,日本のは,C. orientalisという新種になるそうです.
そして,葉緑体DNA上の遺伝子を調べる限り,C. orientalisに一番近いのはC. azureaではなくて,C. tosanaトサホラゴケだそうです.もっとも,トサホラゴケ自体が多型な種だそうですから(例えば,児玉1971 近畿地方の苔類1),その中には複数の実体が隠れている可能性が高いですが.ネットで検索すると,Calypogeia属についての古木さんの科研費報告書がヒットしました.
それによれば,例えば恐山で採集されたC. angusta Steph.(C. azureaの異名になっています)も青色の油体を持つとのことなので,そうであれば今回の新種とされたものは,新種ではなくこの名前を使うことになるのでは? といったような疑問も残りますね.
フタバネゼニゴケの香り
香り成分の研究をされている方から送っていただいた「香料」(No.279号2018年9月)に掲載された論文を見ていると,フタバネゼニゴケのことに触れて,本種を人工培地で育てると,野外の植物には見られないシソ葉香気perillaldehydeを約50%も生合成することがわかったと書かれていた.
もしかしてそのシソ葉香気って,「梅ガム」の匂いに近いのだろうか.
私はもうずいぶん昔からフタバネゼニゴケは梅ガムの匂いがすることがあると主張しているのだけれど,いままでひとりとして賛同してくれない.実は,人よりも鼻が効くのかもしれない.(^_^)
ヒメジャゴケは,リモネンが香りの主成分だそう.それはジャゴケ類には見つかっていないもので,どちらかというと,アズマゼニゴケに似ているのだと.たしかに,アズマゼニゴケはちょっとスッとする香りがある.アズマゼニゴケは質の薄いタカオジャゴケと見かけが良く似ていてうっかりだまされることがあるけれど,匂いを嗅ぐと違いがよく分かる.
コケの分類センスとDNAバーコーディング
今日もまたDNAバーコーディングの威力を実感しました.
台湾で採集した標本の中に,ちょっとかわったセン類があったのですが.それは細く糸状の茎が着生する灌木の枝から垂れさがっていました.葉はあまり曲がらず,翼部には10個弱の方形の細胞が見られ,中肋はありません.
これはもしかしたらPylasiadelpha属の新種かもと思い,勇躍DNAを抽出して正体を探ろうとしました.今日その結果が帰ってきたのでさっそくBLAST(配列の一致度をさぐるデータベース)してみると,なんと調べた3種類の遺伝子すべてでハイヒバゴケと99%一致したのです.予想とまったく違う科なので,そんなバカなと思って,安藤先生のHypnum cupressiforme関係の論文を調べてみたのですが,結果,Hypnum cupressiforme var. filiformeであることが分かったという次第.
そもそもハイヒバゴケはセン類の中で最も変異に富む種とされていて,これまでに60以上の種内分類群が記載されています.安藤先生の論文によると,日本でも3変種が知られていています.
これまで日本海側で地上に生えるハイヒバゴケ(独特の分枝の様子を示す)を数度見たことがあるのですが,今回台湾で採集した糸状で垂れ下がるものとは似ても似つかない,そう思い込んでいたのでした.
しかし,安藤(1987)を読むと,まさに台湾の植物と同じ形状のものがvar. filiformeの一型としてしっかり記述されていました.
はなからハイヒバゴケを疑っていれば,この論文を見て,手間をかけずに正しく同定できたのでしょう.しかし,DNAを使うと,全く検討外れの予想をしていても,正しい方向に導いてくれます.その意味でもDNAバーコーディングの威力って凄いなぁと,あらためて実感した次第です.
(これっていったい何度目だろう,,,屋久島山中のオオタマコモチイトゴケが複数の種から成り立っていることに気づけたのも,やはりこの手法のおかげでした.私の目がたんにトロいのだけで,分類のセンスに乏しいだけなのかもしれませんが)
ですが,ころんでもただでは起きません.日本海側に偏って分布するハイヒバゴケの国内の分布について論考されているところで,鈴木(1962)という論文を引いておられるのですが,そこに「裏日本気候区」,「準裏日本気候区」,「表日本気候区」という区分けが紹介されています.ここにピンと来ました.
マツタケジャゴケというジャゴケ群の一種はこれまでみつかったサンプルのほとんどが雪の多い日本海側に分布するのですが,なぜか徳島県の山中(上勝町)と愛知県の豊根村あたりにも出てくるのです.
なぜなんだろうと不思議に思っていたのですが,なんとこの2つの場所のあたりは,気候としては「準裏日本気候区」に含まれているのだそうです.で,マツタケジャゴケもそこだけ太平洋側に突出して分布しているのかもです.
マツタケジャゴケとハイヒバゴケが似た分布パタンを示すらしいことがわかったのは,本日のとても大きな収穫でした.
安藤久次(1987) 日本におけるHypnum cupressiforme Hedw.(ハイヒバゴケ,セン類)の種内分化および変異と分布・生態について.中西哲博士追悼 植物生態・分類論文集 489-403.
鈴木秀夫1962.日本の気候区分.(書誌情報省略)
ジャゴケの生殖的隔離
今日は三田市にも大雨洪水警報がでています.
大きな被害がでなければよいのですが.
コケ研究者仲間からおもしろい質問をもらいました.
彼もジャゴケ探検隊のメンバーです.
『ジャゴケ探検隊のジャゴケ分布地図をみると
混成している場所もあるようなのですが、
何か、生殖隔離のような機構もあるのでしょうか?』
というものです.
以下のような返事を書きました.
『生殖隔離機構については調べていません.今後のおもしろい
課題だと思います.
隔離が十分存在していることは状況証拠から判断できます.
葉緑体遺伝子たとえばrbcL, rps4, psbA,あるいは遺伝子間
領域trnL-H,psbA-trnHの配列を見ると,世界で知られている
7つのタイプは,それぞれが異なる配列を持っています.
配列の異なる場所はたとえばrbcLでは5-9個所ありますので,
タイプはそれぞれが種に相当します.
そして,ジャゴケは良く混生しています.特に,JとF,JとR,
Jとタカオジャゴケ(S)は,混生を良く見かけます.
(註:Jはオオジャゴケ,Fはウラベニジャゴケ,Rはマツタケジャゴケのことです)
お互いの雌と雄の葉状体が重なるように生えている場所からとったサンプルでも,あるいは狭い場所に異なる群落をつくっている場合でも,調べてみると,この配列の違いが維持されています.このことから考えると,どの段階かはわかりませんが,生殖的な隔離が存在していると判断しても良いかと思います.
形態でも,中間的なものはあまり見ないです.(もっとも,配偶体が一倍体なので,雑種としての性質は見せませんが).
混生しているのは,じっと眺めるとなんとなく違いが見えてきます.近畿地方はオオジャゴケ(J)ばかりでつまらないですが,送っていただいたたくさんのサンプルを見ると,中部や関東はよく混生しているようです.
Jr_1
貼付したのは,オオジャゴケ(J)とマツタケジャゴケ(R)の混生したものです.どうです?なんとなくわかりませんか.
網目の細かいのがR,大きくて艶があるのがJです.
(後略)』
ひととき 2018年6月号
苔特集が載った「ひととき」6月号、見本誌が送られてきました。
販売も始まっています。かわいらしい表紙です。
台湾調査旅行
まだまだ先だと思っていた台湾小調査旅行も、あと10日ほどで出発です。今回は夏に予定している高校生ツアーの下見も兼ねていて、到着した翌日は台北市動物園でキノボリトカゲ食性調査の予習をします。翌日他のメンバーと別れて新幹線で台中に移動して自然史博物館で標本調査をします。標本庫は一日だけで、翌日には特有生物保育中心を訪れ、そこの職員の人と一緒にあちこちジャゴケを中心に探し回る予定です。現在の所長は、以前台湾で調査をしたときにもお世話になった方です。
これまで台湾からはFタイプ(ウラベニジャゴケ)だけが報告されていますが、ネット上に掲載されている写真から判断しても他のタイプ(オオジャゴケ)もあるのではないかと予想しています。
ジャゴケだけでなく、台湾から新種として記載を予定しているオオタマコモチイトゴケ属の一種についても、追加の標本を得ることができればうれしいのですが。
ホソバミズゼニゴケ
ホソバミズゼニゴケ Pellia endiviifoliaの属が2016年にでた論文で変更されていました。新しい学名は、Apopellia endiviifoliaとなります。
高地にあるエゾミズゼニゴケP. neesanaと北海道の湿原だけに知られるミズゼニゴケP. epiphyllaは、属の変更はなしでそのままPellia属に含まれます。
つまり、従来のミズゼニゴケ属Pelliaが2つの属(狭義ミズゼニゴケ属と新設されたホソバミズゼニゴケ属Apopellia)に分割されたってわけ。
(もともと、Pellia属内には2つの亜属、PelliaとApopelliaが認められていて、後者が新たに属に昇格させられたわけです。)
それだけでなく、日本・韓国のホソバミズゼニゴケは、他の地域のと遺伝的に相当異なるんだそうです。おもしろいなぁ。
エゾミズゼニゴケをちゃんと見たことが無いので、自分で違いを確かめてみたくなりました。
詳細は、以下の論文にて。
ジャゴケ2
野外でジャゴケを見かけたら,葉状体の先っぽの凹んだところに注目してみてください.それが雌株であれば,孔があって,その中に若い小さな雌器托が隠れています.今の時期だと,腹鱗片の附属体が表側にめくれ上がってその孔の表面を覆っているので,赤く色づいている場合もあります.(腹鱗片や附属体の色は様々なので,薄い緑色のときもあります)
この凹んだ部分,葉状体の上下を指でそっと挟んでみると,雌器托の存在がぽこっとした膨らみとして感じます.おお,育ってる!って実感できます.
雄株が精子を放出したのは(地方によって時期が異なりますが)3月下旬から5月上旬なので,すでに受精は終わっています.雄株の方は,用済みになって朽ち果てた雄器托のあった場所が窪みになっています.
雌器托を剃刀を使って薄造りにして断面を観察すると,傘の裏側に隠された少し膨らんだ造卵器が見え,その中には小さい小さい胚(将来胞子体になる)があります.これから来年の春にかけてゆっくりと成長してゆくのでしょう.
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