http://sizenkansatu.jp/10daigaku/s_2.html【野外観察で出会う野草と雑草の綱引き】より
講師:岩瀬徹 雑草の話をするとほおがゆるむ岩瀬徹学長
■野草と雑草
一般に雑草とは“どこにでもかってに生えてくる”“じゃまな存在、厄介もの”“しぶとい、生命力が強い”などと考えられることが多いようです。高校生や中高年を対象としたアンケートでも、ほとんどがそのような回答でした。
しかし、中には雑草に好意的な少数意見が見受けられました。
“蒸散によって気温の緩和に役立つ”“草があると土地が生き生きした感じがする”などです。
私はこれを見て、なんとなくうれしくなってしまいました。(笑)
このところ、『雑草』を表題にした出版を見かけます。内容的になかなかおもしろい本がありますが、なかにはクマガイソウやエビネといった、どう考えても『雑草』とは言えないような植物が扱われているものもあります。
さて、どれが雑草で、どれが野草か。はっきり区別するのはなかなか難しいですが、私は次のように考えています。
私たち人間との関わりからみて、最も深い関わりがあるのが『雑草』、人と距離をおいているのが『野草』です。
耕地以外の路傍、空き地などに広く生育するのを『人里植物』と言いますが、これらを含めて広義の『雑草』としています。
“この植物種が雑草で、あの植物種は野草”といった具合に、明確に分けることは不可能でしょう。彼ら植物にとっては雑草だろうが野草だろうが知ったことではないはずですよね。
中尾佐助氏が『雑草の文化史』のなかで次のように述べています。
「人間による石器時代からの自然の大破壊の進行に対して、植物の側からも、破壊された環境にうまく適応するものが進化し現れた。この進化はいまも休みなく続いている。進化といえば、地質時代にあったことのように考えられがちだが、雑草の起源はまさに近い過去と現在とで進行している生物進化なのである。 …植物は雑草を生み出し、人間の自然破壊の傷口を緑の衣でかくしてくれる。雑草社会と人間社会は運命共同体である。…」
今回は「雑草 対 雑草」あるいは「雑草 対 野草(野草的な人里植物)」の関係について、その事例を紹介したいと思います。
■ヒメジョオンとヘラバヒメジョオン
長野県の霧が峰高原はかつて人の手が入った草原です。ここでは少し前まで、ヘラバヒメジョオンが多く観察できます。
ヘラバヒメジョオンはヒメジョオンよりも全体が細身で、葉も細いので、ヘラバと言われています。
土田勝義氏は「ススキ草原の中でヘラバヒメジョオンが野草に昇格したようだ」と表現しています。
霧が峰のヘラバヒメジョオン(1998年7月)
ヒメジョオン
ヘラバヒメジョオン
ヘラバヒメジョオンは、条件によってロゼット状態のままで数年間過ごす場合があるようです。2年生というより、いわば“数年生”ですね。ヒメジョオンもヘラバヒメジョオンもどちらも帰化植物ですが、ヘラバヒメジョオンは数年生に変わって、野草の仲間入りをしたのかもしれません。
そこではヒメジョオンは草原の外に押し出されているので、雑草的と言えるでしょう。
この霧が峰の草原内のヘラバヒメジョオンが小形になり、数も減ってきています。野草に昇格したかのように見えても、また雑草に降格したのでしょうか。
草原に人の手が加わることが少なくなって、ヘラバヒメジョオンは今、ススキの草原から周辺の道路沿いなどに追いやられているようです。ヒメジョオンはさらにその外側で見られます。
■タンポポ
滋賀県の彦根城の内と外で在来のカンサイタンポポと帰化種のセイヨウタンポポが住み分けているようだという情報があって、さっそく確認してきました。
在来種のカントウタンポポ、カンサイタンポポなどは、かなり野草的といえるでしょう。
外来種のセイヨウタンポポ(雑種を含む)は反対にかなり雑草的といえます。
現場で観察してみると、堀の内側はカンサイタンポポ、外側はセイヨウタンポポということが確認できました。城の堀と石垣が在来種を守っているかのようです。
カンサイタンポポはカントウタンポポにくらべると全体にスリムな感じで総苞も細く、カントウタンポポのような総苞片(そうほうへん)の先端の突起がありません。
カンサイタンポポ
がんばっている在来のタンポポを見ると、なんとなくうれしくなります。応援してやりたくなりますね。
なお、このことはホームページの“話のたねのテーブル”というコーナーで、『籠城(ろうじょう)するカンサイタンポポ』として紹介していますので、詳しくはそちらをご覧ください。
彦根城の話がきっかけとなって、姫路城のタンポポについて知ることができました。
姫路高校の生徒たちが調査した結果が新聞で紹介されています。こちらはきちんと数値化されています。
内堀の中:在来種72%(カンサイタンポポ、シロバナタンポ)
城外:外来種90%
姫路城では今、大がかりな補修工事が行われています。姫路高校の生徒による調査は、人や機械が入って撹乱されるので、工事前後のタンポポ調査で影響を調べようということのようです。いいところに目をつけてくれました。どういう結果がでるのか、気になりますね。
先ほどの彦根城も、この姫路城も国宝です。天守閣などの建造物や文化遺産だけではなく、在来のタンポポたちのような生物もひっくるめて、私たちの宝として扱ってほしいものです。
もうひとつ、皇居周辺でカントウタンポポが観察できるのです。都心の意外なところでカントウタンポポに出会うと、なんだかうれしくなりますね。
写真は乾門(いぬいもん)という通用門の近くです。このあたりにはいまもカントウタンポポの群落があります。都心で見られるカントウタンポポとして毎年花を楽しんでいます。
乾門付近のカントウタンポポ
カントウタンポポ群生地がシロツメクサに変わった(2010年4月)
ところが、最近ある一角でカントウタンポポの群落が消えていました。シロツメクサがびっしりです。意図的にこのように管理されているのだと思われます。
日本を象徴するはずの皇居で、在来のカントウタンポポを追い出して外来種に換えたのは、残念なことです。
蛇足ながら、詩人の金子みすずの詩集から雑草に関するものを探してみたので紹介します。
星とたんぽぽ
散ってすがれた たんぽぽの 瓦のすきにだァまって 春のくるまでかくれてる
強いその根は目に見えぬ 見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ
芝 草
名は芝草というけれど その名を呼んだことはない それはほんとにつまらない
みじかいくせにそこら中 道の上まではみ出して 力いっぱいりきんでも
とても抜けない強い草 げんげは赤い花が咲く すみれは葉までやさしいよ
かんざし草はかんざしに 京びななんかは笛になる けれどももしか原っぱが
そんな草たちばかりなら あそびつかれたわたし等は どこへ腰かけどこへ寝よう
青い丈夫なやわらかな たのしいねどこよ、芝草よ
“芝草”を“雑草”に置き換えると、私の考えていることによく合います。
身近な生物多様性を観る・守る・使う
講師:平井一男
生物多様性を分かりやすく話してくれた平井先生
いろいろな生き物たちがいて、それらは相互に依存して生活しているということ、その多様性が大事という思いから『生物多様性』という言葉ができたと言われています。
私たち人間は、生物多様性が支える生態系から物質的、精神的な恵みを受けています。生物多様性については今とても注目されていて、いろいろな視点、考え方がありますが、植物と昆虫、天敵生物に関する分野では、それらの相互作用を『機能的生物多様性』と定義し、調査研究が行われています。
今回は私の専門である農業分野から見た機能的生物多様性と、自然観察大学らしく身近な自然ということを主軸にして、農地や菜園の生物多様性について話をさせていただきます。
■イギリスの例
写真はイギリスの典型的な農地の風景です。
イギリスではかつて森林を開拓して牧草や麦などの農地にしました。その結果として食料自給率は70~80%を確保したと言われています。
ところが現在は生き物が減少してしまい、生産性から環境重視に転換し、生物多様性を活用しようという方向になっています。
たとえば、森林と農地の間のエコトーンと言われる帯状地帯に作物以外の植物を育て、受粉昆虫マルハナバチのための花を作っています。また、クモなど捕食性の天敵のためにビートルバンクと言うものも設置しています。これらに対しては国からの補助金も出ています。
指標となる生物は、花粉や蜜源となる植物、花粉媒介者(ポリネーター)であるマルハナバチなど、そしてヒラタアブやテントウムシなどの捕食性の天敵生物。
さらに実利的な面以外でも、生活の質を上げるという理由から小鳥などやその餌になる昆虫(ハバチ)、そしてイギリスらしくハンティング対象となるノウサギやキジ、ウズラなども保全(指標)生物とされています。
■身近な実践例
先ほどのエコトーンやビートルバンクは“生態補償地(エコ調整地)”と言いますが、写真は私の家庭菜園の生態補償地です。
きれいですよね。
実はコマツナを栽培して収穫したあとを放置しておいただけなのですが、アブラナ科らしいきれいな花が咲きました。
身近な生物多様性の向上に貢献するとともに、地域の快適な環境も提供(アメニティー効果)すると自負しています。
花にはニホンミツバチが飛来しますが、このニホンミツバチで自然度をはかるという提唱があります。
・100平方メートルに100頭のミツバチ:自然度は申し分ない
・100平方メートルに数頭のミツバチ:自然度はかろうじて保たれている
・100平方メートルに0頭のミツバチ:自然度はゼロ。人が生活するのは危険
ということです。
これはニホンミツバチの分蜂です。集団で移動しながら新しい営巣場所を探しているのです。写真はウメの古木の集団ですが、最終的に巣はサクラやエノキなどの樹の洞に見られます。
ニホンミツバチはセイヨウミツバチと違って、ほとんど刺すことがないおとなしい性格なので、私はこれを採集して飼育しています。蜂蜜をいただくわけでもなく、ただ観察しているだけです。
■昆虫の卵とタマゴコバチ
写真はチョウ目(りん翅目)昆虫の卵です。
いろいろな形のものがあり、一個ずつ産んだり塊りで産むもの、さらに毛で覆うものなどさまざまな卵があります。
これはキシタバというガの卵です。
多数の卵の塊を“卵塊(らんかい)”と言います。
写真の一部を拡大すると…
小さなハチがいます。卵に寄生するタマゴコバチです。
タマゴコバチはタマゴバチとも言われ、いろいろなガの卵はせいぜい0.5mm径程度ですから、それと比較するとタマゴコバチはかなり小さなハチのグループです。
寄生される卵のほうもさまざまにタマゴコバチにやられないための工夫をしていて、たとえばヨトウムシなどのヤガ科の仲間のように卵塊で産むタイプは、多数産むことで半分寄生されても半分助かればいいというものです。逆に一粒ずつ離れたところに産卵して見つかりにくくしているものもあります。
ミドリシジミやオオミズアオ、ヤママユガは卵の表面が硬いことで守られています。
ジャコウアゲハの卵は表面がべとべとしていますが、これで守っていると思われます。
モンシロチョウなどのシロチョウの仲間は、細長くて先がとがっているので、タマゴコバチが産卵するのに止まりにくい形をしています。
左図はキャベツにつくチョウ目昆虫の卵の比較です。これらの卵の寄生される割合を見てみましょう。
下図の実線が産卵数で、黒く塗りつぶされたところは寄生卵数です。タマナギンウワバ、コナガ、ヨトウガは多いときには半数以上という、かなり高率で寄生されています。
それにくらべてモンシロチョウの寄生は非常に少ないことがわかります。
【注】モンシロチョウはタマゴコバチによる卵への寄生は少ないのですが、幼虫時にはアオムシコマユバチに寄生される場合が多くなります。
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■テントウムシの話題
捕食性天敵昆虫はクサカゲロウの仲間やアブの仲間などがありますが、今日はテントウムシの話を紹介しましょう。
テントウムシ類は植物食やカビを食べる仲間もありますが、ナミテントウはナナホシテントウとともにアブラムシを捕食する天敵として知られています。
原産地は日本を含む東アジアとされていますが、1990年代後期から欧米で農業害虫の生物的防除を目的として導入されました。
現地ではいわゆる侵入生物ですが、定着後急速にテントウムシ社会の優占種になりました。
導入したナミテントウが在来のナナホシテントウなどを食べてしまう、というのです。
しかし、別の説明もあって、ナミテントウが侵入する以前からテントウムシ類が減っていたという報告もあります。ほぼ同時期にムギへの窒素肥料節減によってテントウムシの食料であるアブラムシが減少していたというのです。
余談になりますが、ナミテントウの体色と斑紋の変異について調べてみました。体色が黒で赤い斑紋が2個のタイプが圧倒的に多いという結果になりました。
それにしてもテントウムシは盛夏にはほとんど見られなくなりますね。夏にアブラムシがいなくなるからと考えられますが、どこでどうしているのか、今後観察したいと思います。
■昆虫の集まる植栽
私はテントウムシが集まる庭木としてグミやムクゲを植えています。これらの樹はアブラムシが多くつくので、テントウムシ類も集まるというわけです。
バタフライブッシュと言って、ブットレア(クサフジウツギ)などのチョウの集まる植物を植えるのもいいですね。
写真は私の庭でのバタフライブッシュに来たチョウです。
モンシロチョウ、ヒメアカタテハ、セセリチョウの仲間、アオスジアゲハです。ほかにクロメンガタスズメ、アサマイチモンジ、ハラビロカマキリも確認しました。
都会の庭を、生態系を意識したものにしよう、身近な生物多様性を守るために個人でできることを実践しよう、という活動が一部ではじまっています。
先に紹介したイギリスの農地の“生態補償地”ですが、日本の農地では広域的な農地を除いて不要だとされています。その理由は、“日本の生態系は豊かだからその必要はないだろう”“栽培法や病害虫の防除方法を工夫するのが優先だ”ということだそうです。
生物多様性に恵まれた日本であることを意識して守って生きたいですね。
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