https://www.wsj.com/graphics/coronavirus-mutations-map-the-global-outbreak-jp/ 【コロナウイルス、変異でたどる流行の軌跡】より
科学者がウイルスの遺伝子情報を手掛かりに感染の起源や経路を特定
By Elbert Wang and Taylor Umlauf
Published May. 14, 2020 at 10:00 a.m. JST
科学者たちは今回の世界的な感染流行で初めて、ゲノム(全遺伝情報)を使用し、リアルタイムにウイルスがどう世界に広がっているかを追跡することができている。それにより、流行の発生源を明らかにし、起源が不明な症例に光を当てることができる。
さまざまなウイルス株の目印となるコロナウイルスの検体の遺伝子配列変異を特定することで、研究者は一部の症例について、それが地元に由来するものなのか、外国に由来するものなのかを見極める手掛かりを提供している。
ゲノム分析は、エボラやジカウイルスのような過去の感染流行の調査でも使用されてきたが、新型コロナウイルスについては「データをリアルタイムに、かつてなかった量で取得している」とスイス・バーゼル大学の分子疫学者エマ・ホドクロフト氏は話す。同氏は病原体のゲノムデータを解析するオープンソースプロジェクト「Nextstrain(ネクストストレイン)」の開発にも携わっている。
コロナがどう拡散したかを理解することで、研究者はコロナの仕組みについて学び、それを公衆衛生政策に反映させたり、将来コロナを追跡するのに役立てたりできる。
最初の流行
最初の配列の検体は2019年12月24日に中国で取得されたもので、コロナの発生源が現地の武漢市であることを確認するのに役立った。「初期に武漢で得られた複数の検体の配列には類似性があり、それは2019年終盤に中国国内で動物から人間に単一の株が移されたことを示していた」とホドクロフト氏は述べた。
1月23日、中国はコロナの感染拡大を制御するために武漢を封鎖したが、その数日前に推定500万人が市外に移動していた。遺伝子配列はウイルスが既に中国全土に広がり始めていたことを示している。
世界へ拡散
1月末、世界保健機関(WHO)はコロナ流行を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に該当すると宣言した。遺伝子変異は、その頃までには複数のウイルス株が中国からアジア各地に広がり、欧州やオーストラリア、米国をはじめとする世界の多くの地域に上陸していたことを示している。
米国初の症例
1月15日、35歳の男性が武漢からワシントン州スノホミッシュ郡に戻った。男性は4日間せきや発熱が続いたあと、緊急治療クリニックを訪れ、症状や渡航歴からコロナ感染の疑いがあるとして検査を受けた。1月20日、当局は男性が検査で陽性だったことを確認。米国初のコロナ感染が報告された。男性は医療施設で観察下に置かれた。
ワシントン大学教授でネクストストレインの共同開発者でもあるトレバー・ベッドフォード氏によると、男性のウイルスのゲノムは武漢で見つかったものとほぼ同じだった。
米国で初期の感染拡大
ワシントン州の保健当局は、男性の濃厚接触者63人を観察下においた。その中に検査で陽性判定を受けた人はいなかったが、1カ月後、感染地域への渡航歴のないスノホミッシュ郡の18歳の住民が感染。ワシントン州で初めて市中感染例が確認された。
ベッドフォード氏によると、2症例目のゲノムは新たな3つの変異以外、最初の症例のものと同じで、最初の症例に由来する感染がひそかに広がっていることを示唆していた。
2月末、米疾病対策センター(CDC)は検査範囲を、中国以外の地域への渡航歴がある人や渡航歴はないが深刻な症状がある人に拡大。それら検査によって、同一のウイルス株がワシントン州各地に存在することが明らかになった。
「これは非常に大きな一歩だった」とホドクロフト氏は指摘。クラスター(感染者集団)の特定は「ウイルスがしばらく前から州内でひそかに拡散していたことを示している。検査だけでは、その症例が輸入されたものなのか、現地で移されたものなのかは見極められない」と述べた。
その後の数週間にサンフランシスコ・ベイエリアやニューヨーク市など、全米各地でこのウイルス株が発見された。
2月11日にサンフランシスコからメキシコとハワイに向けて出発したクルーズ船「グランドプリンセス」の乗客と乗員の感染者のゲノムも、このウイルス株に関連していた。これは、ワシントン州で感染した乗客がクルーズ船にコロナを持ち込んだ可能性を示している。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者の調査によると、クルーズ船の患者のゲノム配列は互いに関連性があった。
複数の株が欧州に侵入
1月、コロナはアジアに集中していたが、ゲノムデータはいくつかの株が既に月末には欧州に存在していたことを示している。
ドイツ初の症例
1月28日、ドイツで初めて感染が確認された。初感染者は上海からドイツに出張で渡航した女性の同僚だった。そのウイルス株は同時期に上海で陽性判定された症例のものと一致した。
翌日、別のウイルス株が最近中国への渡航歴があったイタリアの感染者に確認された。その株は浙江省杭州市で見つかったものと一致した。
2月9日、ほぼ同一の株が中国からの帰国者を介して英国でも拡散された。
それらウイルス株は2月末までにはスイスやアイスランド、ノルウェー、スペインなど欧州各地に広がっていた。
一方、ドイツ初の症例におそらく関連していると思われる欧州で主流の株が2月に拡大しつつあった。「ウイルスは誰も気づかないうちに欧州に拡散していた」とホドクロフト氏は述べた。
イタリアでは数百人の感染者が確認され、移動制限が開始された。
欧州から米国に流入
欧州で流行が勢いを増していた2月下旬、米国では中国への渡航歴のない感染者が表れ始めていた。
欧州を修学旅行で訪れたロードアイランド州の高校の職員と生徒のほか、ジョージア州フルトン郡在住の56歳の男性とその息子など、欧州から戻った人たちに感染が確認された。
ゲノムデータは、その後の数週間に欧州からさらに多くのウイルスが米国に入ってきたことを示している。
3月1日、フロリダ州当局者は不可解な、州内で2つ目の症例が見つかったことを発表した。感染したのはマナティー郡の60代の男性で、旅行が制限された国への渡航歴はなかった。このサンプルの遺伝物質は中国ではなく欧州で見つかった症例の遺伝物質と関連性があり、欧州から侵入した株が2月には既に米国内でひそかに拡散していたことを示していた。
3月11日、トランプ大統領は英国を除く欧州からの入国を30日間禁止すると発表。しかし、そのときまでには、欧州由来のウイルス株が複数の州で存在していた。
ニューヨークが感染震源地に
3月1日、ニューヨーク市初の症例が確認された。イランを訪問中にウイルスに感染した30代の女性だった。マウントサイナイ病院の研究者によると、この症例から感染が広がった証拠はない。
2日後、市内で2つ目の症例が報告された。50代の男性で最近の渡航歴はなく、感染源は不明だった。男性はニューヨーク市の法律事務所に勤務するニューヨーク州ウエストチェスター郡の住民で、最近フロリダ州マイアミを訪問しており、治療で病院を訪れる前にバルミツバー(ユダヤ教の成人式)や葬式に出席していた。
マウントサイナイの調査によると、ゲノム解析によって、男性のウイルス株がウエストチェスター郡で他にも存在していたことが明らかになった。これは、ニューヨーク州で最初の市中感染によるクラスターの発生を示すものだ。数日後、同郡で22人の感染が確認され、推定1000人が隔離された。
一方、マウントサイナイの調査によると、ニューヨーク市マンハッタンとクイーンズ地区で発生した第2のクラスターも市中感染によるものだった。
ニューヨーク市のコロナ症例のゲノム解析は、感染の多くが欧州を起点としていた可能性を示唆している。
イランに関連した症例
ネクストストレインによると、データベースにイラン由来のゲノム配列データはないが、イランに渡航歴のある少なくとも4カ国の患者のサンプルには、イランの流行の感染源は単一の可能性が高いことを示唆する遺伝的類似性が見られた。
アジアに逆流入
コロナはアジアから一方的に広まったわけではない。ネクストストレインによると、ゲノムデータは、欧州の主流株がナイル川クルーズ船ツアーに参加したエジプトからの複数の帰国者によって日本に持ち込まれたことを示している。
ゲノムデータベースには現在、1万1000を超える症例の配列データがあり、研究者はデータがさらに増えることで、コロナがどう拡散したかについて、より具体的な答えが得られることを期待している。
ホドクロフト氏は、ゲノム解析は極めて不確実でデータを拡大解釈しがちなため、「美しく危険」なものになり得ると指摘。その上で、「データは各国が国外からの流入症例がどこで現地感染に切り替わったかを知る鍵となっており、その情報は各国が必要な封じ込め対策を講じる上で役立っている」と述べた。
nextstrain tree
Nextstrain’s phylogenetic tree showing many of the sequence mutations
ホドクロフト氏は、将来的なコロナのゲノムデータの共有・解析に期待を抱いている。「これが有用なツールであることはすぐに明らかになった。また科学者はデータの共有に公益を見いだしていた」とホドクロフト氏は述べ、次のように続けた。「中国の科学者たちが最初に配列データを共有したとき、口火が切られ、前例が作られた。前例は科学において大きな影響をもたらす。それが他の科学者にも自分も貢献したいと思わせることになった」
0コメント