謎の出雲帝国

http://majinnnn.jugem.jp/?eid=333 【『謎の出雲帝国』より--①】より

言い換えれば、上古の日本で用いていた言語と、安万侶時代の言語とは違っていたのである。日本の古語は、いったいどういうものだったのか-。

日本語のルーツは北方系のウラル・アルタイ語というのがこれまでの定説だった。

しかし、国語学の第一人者であり、稲荷山鉄剣文の解読などで有名な大野晋学習院大教授は、最近の研究で、インド南部に住むドラヴィダ人の一方言であるタミル語に、日本の古語と対応する単語を続々と発見、

“日本語のルーツはタミル語だ!”という新説を打ち出して話題を呼んだ。

渡来ルートについては-。

 「アーリア民族に圧迫されたドラヴィダ人が、アジア大陸の照葉樹林帯を 焼き畑農耕を行ないながら移動し、中国では漢民族なんかに攻められて押し出され、イカダで海を渡って日本の九州や、朝鮮半島の南部へ入った。一部は海路をとり、沖縄などを中継してやってきている。その時期は、縄文時代の中期か、後期ではないかと考えられる。」と言う。

 ドラヴィダ人は、竜蛇神を信奉するシュメール人の一支族である。

そして、前出の前波(まえば)教授は、そのシュメール語で記紀を読破したのだった。 前波氏は苗(ミヤオ)族がシュメール語を日本に伝えたとし、それに関して次のように説いている。


http://majinnnn.jugem.jp/?eid=334 【『謎の出雲帝国』より--②】 より

 上古、アジア大陸では諸民族が共存していた。

しかし、あるものは強敵の攻撃におびえ、またあるものは日照りに悩まされ、安住の地を求めて移動を開始していた。

西へ向った民族はバルカンに入り、南するものはインドに走り、その東するものはやがて黄海、渤海、日本海を渡って、わが国へ流れてきた。

 苗種のSaur-mhot(サウル ミヤオ)、つまり中国の史書に見える三苗(湖の苗族の意味)は、黄河の上流は青海に起った民族である。

彼等は突厥族に追われて、斉魯あたりに移ったが、ここでも支那族の攻撃にあい、また海に逃れて、わが南九州は薩摩の坊津にたどりついた。

 苗Mhotは、またBhotとも称したところから、そのBhot苗の渡来し、居ついた所を坊Bhot津といったのである。

以来、坊津は大陸への交通港として賑わっていた。

なお、『魏書』倭人伝の設馬(サルメ)国はSaur-mhotのあて字で、これが奈良時代に地名は好字を選べとの勅命から“薩摩”になった。


http://majinnnn.jugem.jp/?eid=335 【『謎の出雲帝国』より -- ③】より

 バビロニア文化を生成したのは、アラブ出のアッカド族と、アフガン国人のシュメール族だが、後者はバビロニアの滅亡に際し、その末期の文化を北支那に伝来し、流布した。

苗族がシュメール語を話すのは、こうしたことによる。

さて、この苗族の後を追って、宿敵の突厥族のKuman-Siv(クマン シブ)熊襲も渡来した。

はじめ薩摩の久米Kumanに入り、前住の苗族を降伏させ、いうことをきかない苗族は大隅へと放逐した。

やがてKumの久米部は熊本の球磨川地方を本拠地として、Sivは薩摩の川内(せんだい)川の河上に居ついた。

彼らの旧跡が、いまの隈之城で、土地の人々はクマノシロではなくKuman-Sivとよんでいる。

Kumanのanは「之(の)」にあたる辞である。


https://tanakkei.com/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%A8%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%81%8C%E4%BC%BC%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8A%E8%A9%B1 【日本語とタミル語が似ているというお話】 より

最近チェンナイでは日本語を学びはじめる人が多いんだそうです。

実際に、8月にチェンナイで開催された「日本語の夕べ」というAOTS(海外技術者研修協会)主催のイベントでは日本語を流暢に話す100人近くのインド人が集まって日本語で俳句を読み上げるインド人女性や日本語で漫才をするインド人男性グループがいてビックリしたのを覚えています。

「将来的に日本企業で働きたい」

「アニメやマンガなどの日本文化をもっと知りたい」

そんな希望を持って勉強をスタートさせる人が多いんだとか

その日本語能力のレベルを評価する基準として『JLPT』という世界標準の日本語能力試験が利用されているようです。

この試験は”N1”~”N5”という5つのレベルに分けられていて、

“N1”および”N2”合格者が日本語通訳者として仕事ができるレベルです。

チェンナイで日本語教師をしている方の話によると、チェンナイの人が感じる代表的な「日本語が難しいところ」は、

- 句読点以外に文字の区切れがなくて分かりにくい

- ひらがなや発音は覚えやすいが、カタカナは角ばっているので覚えにくい

- ひらがな、カタカナ、漢字が3つあるのが難しい

- ひとつの漢字に複数の読み方があるのが難しい

といった感じだそうです。

そういえばタミル語もひらがなのように丸まっている文字を使うので、ひらがなは覚えやすいのかもしれませんね。

ところで、チェンナイの公用語はタミル語です。

インドと言えばヒンドゥー語なんじゃないの?と思われるかもしれませんが、インドには政府が認めている公用語として15言語あって(紙幣に記載されています。)ヒンドゥー語はその中のひとつにしか過ぎません。

で、私が興味を持ったのは日本語とタミル語には似ているところがたくさんある、というお話。

国語学者であった故・大野晋さんという方も日本語の原点はタミル語にある、といった研究をされていたようです。

似ているところを具体的にあげてみると、

- 疑問文の作り方が同じ

(日本語は語尾に「か?」をつけるがタミル語は語尾に「アー?」をつける)

- 文法・文章構成の語順が似ている

- 擬音語・擬態語の表現が似ている

- 基本母音(a, i, u, e, o)が同じ(長母音と短母音の違いはあり)

- その他、似ている言葉がたくさんある

(辛いと伝えたい場合、カーラと言えば伝わります。)

中でもいちばん面白いと思ったのは、擬音語・擬態語。

「すらすらと(日本語)」が「サラサランヌ(タミル語)」だったり、

「ひそひそ話をする(日本語)」が「クスクスッカ(タミル語)」だったり

「ハキハキとした(日本語)」が「スルスルッパーナ(タミル語)」だったり

「ワクワクして(日本語)」が「パラパラッパー(タミル語)」だったり(笑)

日本語の原点がタミル語にあるのかどうかの真相は分かりませんが、

いろいろな類似点があるだけでちょっと嬉しくなりました





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