孤独救う魂の悪魔払い 喜び悲しみ家族の内に

https://www.47news.jp/591578.html 【第13回(スリランカ)】孤独救う魂の悪魔払い 喜び悲しみ家族の内に】 より

悪魔払いの儀式で、呪術師(手前)と軽妙なコントを演じる黒悪魔=スリランカ南部ヒッカドゥワ(撮影・村山幸親、共同)

「奥さんの血を飲みに来たぞ」「ヤクー(悪魔ら)、人の家を訪ねるときは歯磨きしろよ」 午前2時、漆黒のジャングルで繰り広げられる悪魔払いの仮面劇に、村人たちが腹を抱えて笑った。

呪術師のまじないの声と太鼓の音が、バナナの幹を組み合わせた白い祭壇を揺らした。

 インド洋の宝石、スリランカ南部ヒッカドゥワ。悪魔に取りつかれたというワルピタ・クムドゥニ(52)は「こんなにぎやかな夜は久しぶり」と目を細めた。スリランカ仏教徒がひそかに伝える悪魔払い。だが、これが治療なのか―。

 ▽14時間の儀式

 6人家族の主婦クムドゥニが、足の痛みを覚えたのは6年前。足はむくみ目はうつろ、1日の大半は寝たきりになった。医者は関節痛と診断したが、薬は効かない。

 長男ニプル(30)は趣味の民俗ダンスが高じて、9年前から悪魔払いの踊り手として各地を飛び回る。親しい呪術師スランガ・バーラスーリヤ(30)に母の症状を相談すると、悪魔の中でも力の強い「大悪魔」の仕業と診断された。「母の力になりたい」と治療の儀式に踏み切った。費用は月収数カ月分に上る。

 風さざめく夕暮れの庭。親族や隣人ら数十人が集まった。ニプルやバーラスーリヤら6人が儀式を始めた。ニプルが悪魔の仮面をかぶり、呪術師と軽妙なコントを交わす。両目が飛び出た黒悪魔、サル顔の血悪魔、熊に似た大悪魔…。卵や果物の供物を受け取り、森に逃げる。仮面を換えながら何度も繰り返すことで、「悪魔が体内から出て行くイメージを患者に見せる」とバーラスーリヤ。

 明け方、鶏が鳴いた。恍惚(こうこつ)としたニプルは、悪魔よけの炎を口から吐き出し、庭、台所、そして居間を清めた。仲間に支えられ、半ば気を失った息子を前に、クムドゥニは「こんな仕事はもう辞めて」と涙を流した。約14時間に及ぶ魂の儀式が終わると、全員が倒れ込んだ。

炎をまとい踊るニプル。一晩中休み無く続いた悪魔払いの儀式は、夜明け近くに最高潮に達した=スリランカ南部ヒッカドゥワ(撮影・村山幸親、共同)

 ▽大家族

 バーラスーリヤは同国で200~300人ともいわれる呪術師の一人。「星の定め」と12歳ごろから呪術師の祖父に付き添い、原因不明の痛みや不眠などに苦しむ数千人を救ってきた。大学でコミュニケーション論を学んだインテリだが「悪魔は実在し、病気を引き起こす」と断言する。「信じない人は仕方がない」

 悪魔は「心の寂しい、タニカマ(孤独)な人間にとりつく」と言われる。大家族社会で、個人の本音を話しにくいスリランカ。「孤独」を手がかりにクムドゥニらに取材を重ねると、家族の別の姿が浮かんできた。

 クムドゥニは夫(56)と不仲で、1人で野菜の行商をして3男1女を育てた。2011年、長男ニプルが現代的な女性と結婚し、約5キロ離れた妻の実家に引っ越した。「もう少し結婚が遅ければ、自宅の敷地に別棟を建てて同居できた」とクムドゥニは不満そう。

 「仕事だって公務員を望んでいた。ダンスのために育てたのではない」と、とつとつと愚痴をこぼした。同じ頃、別の息子2人も留守がちに。痛みが生じたのは、家族がばらばらの時だった。

悪魔払いの儀式で、ニプル(左端)と呪術師とのやりとりに笑顔を見せるクムドゥニ(左から2人目)ら家族=スリランカ南部ヒッカドゥワ(撮影・村山幸親、共同)

 ▽復活

 「朝4時には起き、夜の10時まで仕事ができる。もう痛くない」

 儀式から1カ月。ヒッカドゥワの市場に、末の息子に助けられ、ニンジンやトマトを売るクムドゥニの姿があった。背筋は伸び、肌はみずみずしい。「半月後には立てるようになった。本当を言うと、効果は半信半疑だった。助けてくれた皆さんの幸せを祈るわ」

 呪術師バーラスーリヤは胸を張った。「家族やご近所、多くの人が彼女に治ってほしいと集まった。仮面劇で大笑いし、力を合わせた。だから周りの雰囲気が変わり、悪魔を追い出せたのさ」

 「近代医療は必ずしも万能でない。伝統医療や昔ながらの有機農法が人間を健康にすることを、多くの人が気付いてきた」。西洋化とともに減少した悪魔払いだったが、最近は復活の兆しがあるという。

 09年に長い内戦が終わり、経済成長で都市に高層ビルが立ち並ぶスリランカ。連日のように悪魔払いに出かけるニプルは「モノが増えたことで悲しみも嫉妬も、悪魔も増えた」と語る。「やりがいのある仕事だ。いつか呪術師になりたい」と誇らしげだ。春には実家に別棟を建て、母と一緒に暮らすつもりという。

 全てが順調と見えても、クムドゥニには心残りがあった。悪魔払いの儀式に最後まで顔を出さなかった夫のことだ。「あの人が一緒にいれば、家族全員で力を合わせて仕事ができるのにね」。遠くへ向けた視線に、影が差した。

 孤独が誘う苦しみを「悪魔」と呼ぶなら、それを救えるのは、人と人が織りなす力なのかも知れない。悪魔を信じ、共に生きるインド洋の民。どこまでも穏やかに、踊り、笑い、そして泣いていた。(敬称略、共同通信・高山裕康)=2017年04月05日

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