トンボ ・ドラゴンフライ

https://www.ondanka-net.jp/index.php?category=column&article_id=567 【トンボ―正義の味方か悪魔の使いか】より 

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 青空を仰ぐと、なぜだかトンボが見たくなる。これはもう、理屈ではない。おにぎりを見れば旅に出たくなるのと同じだが、それにもたいした理由はない。もしかしたら、幼いころ覚えた「トンボの眼鏡は水色眼鏡」という歌による刷り込みの結果かもしれない。青空がトンボ心を動かすのだ。

ひらひらと舞うように飛ぶチョウトンボだが、たまには何かにつかまって、羽を休める ともあれ、わたしにとってことしはトンボの当たり年だった。長野県の白馬岳に登ったときには標高約2400mの白馬大池でルリボシヤンマ、新たに見つけた千葉県の沼ではギンヤンマやチョウトンボが何匹も出迎えてくれた。

 ルリボシヤンマは雌雄が交互に寄ってきてホバリングし、すぐ目の前で産卵シーンまで披露した。どちらかというとトンボには見放された感があったが、このときばかりは心から感謝したものである。ふだんは動き回ってばかりで落ち着かないギンヤンマ、チョウトンボもなぜか写真撮影に好意的で、幾度もシャッターを押すことができた。

 古来、トンボは人とともにあった。『古事記』によれば、どこからともなく飛んできたトンボが雄略天皇の腕を刺したアブをさらっていき、天皇をいたく感動させた。あるいは国見をする神武天皇が従者に、「なんとまあ。わが大和の国はトンボの〝となめ〟するさまにそっくりではないか!」と話したというエピソードが『日本書紀』に載っている。となめとは、分かりやすくいえば交尾のことである。

産卵するルリボシヤンマ いまも昔も、自分の遺伝子を残したいと思うのが生き物の性のようだ。トンボの雄は雌と交尾する際、それ以前に交わった雄の精子をかきだすという。その行為に都合がいいように、トンボの交尾器は耳かきのようになっている。

 ついでにいえば、トンボを語るときにタンデム飛行という用語を使うことがある。雌雄が連結して飛ぶ姿を表現したもので、他の雄を寄せつけないための行動だとされている。「わしのカノジョに手え出したら、許さへんで」とばかりにぴったりくっついていなければならないとは、トンボ稼業もなかなか大変だ。

 古代遺跡から、クモやカマキリに混じって、トンボの描かれた銅鐸が発掘されることもある。トンボではなくアメンボを表現したものだと主張する考古学者もいるが、クモ、カマキリが田んぼの守人として描かれたというなら、やはりトンボ説が有力だと思えてくる。豊作をもたらす益虫として認識し、神への感謝の気持ちをこめて銅鐸に刻んだと考えたい。

 そうかと思えば、「田んぼ」と「トンボ」は音の響きが似ている点に注目し、両者の共通性を説く学者もいた。田んぼの周辺ではおよそ20種のトンボが生活するという研究報告もあった。ことほどさように、トンボはきわめて身近な存在なのである。

枝先にとまって休む赤トンボ。遊び相手はなかなか見つからない わたしもその一人だが、たいした娯楽のなかったかつての少年たちは、トンボ捕りに熱狂した。捕虫網をひとたび構えれば、気分はもう剣豪だ。狙うのは、オニヤンマやギンヤンマといった大物である。縄張り空域をパトロールする相手との真剣勝負は、8対2の割合でヤンマの勝ち。だからこそ飽きもせず、何度も何度も挑戦した。

 1本50円で買える延べ竿に、蝿とり紙の粘着剤を塗りつけて振り回すこともあった。その竿は蝉とりにもたびたび使ったが、首尾よく捕れても、はねがベタベタだから価値は低い。それでも翌日になればまた、少年剣士はトンボ捕りに出陣するのだった。

 秋空を彩る赤トンボは、いくらでもいた。電線1本にすきまなくとまる場面を目にして、「あの電線に糊をつけておけば一網打尽だよなあ」などと夢想したものである。「赤トンボのふるさとが田んぼであることを、農家でさえ知らない」との嘆きも聞かれる昨今だが、その当時、羽化のシーンを見るなら田んぼに行くのが当たり前だった。

 いまは、そうでもない。あんなにいた赤トンボでさえ、少なくなっているようだ。長いことトンボの研究・観察をしている人たちはずいぶん気にしている。農法や周囲の環境が変わったせいではないかといわれるが、それを証明するのは難しい。

赤トンボはいまもよく見かけるが、以前のようなにぎわいはない それでも分かってきたことがある。代表種のアキアカネでいえば、田んぼに産み落とされた卵は、1カ月くらい湿った状態が保てないと、ふ化しないそうだ。眼点期という段階まで発生が進めば、ひと安心。だからといって、水がないカラカラの田んぼでヤゴが生活できるはずもなく、著しく進んだ乾田化が生息にブレーキをかけていることも、また現実である。

 日本の愛虫家の関心は、トンボから鳴く虫、カブトムシ、クワガタムシへと移行した。たしかに、トンボのファンは減った。だが、益虫の代表としてのトンボの地位は、いささかも揺るがない。西洋では「悪魔のかがり針」などと呼ばれ大男でさえおそれるトンボだが、日本でそうした認識はない。トンボを追いかける場面は少なくなっても、トンボを見てそれだと分からぬ子どもはいないはずである。

 温暖化がトンボの生活にどう影響するのか知らない。それよりも、変化の大波が来る前にトンボ捕り少年を増やすべきだと考えるのは、ヒマ人ゆえのことだろうか。(了)


トンボの交尾の姿はうろぼろすを連想させます。


【トンボってどこにもドラゴン感ないのになぜ「ドラゴンフライ」と呼ばれるのですか?】より

人類のすべての文化と文明は歴史を通して、トンボの存在を見、その神秘性の中に様々な伝承と意味を創造・想像してきました。

トンボに関する名のルーツは、「Odanates」と言う、ギリシャ語で、それは「歯」を意味しギリシャ人は、 トンボが獲物を噛み砕いたり、他のハエやカのような昆虫とは異なり、尾を極単に曲げたり、獲物を素早く襲い噛み砕く歯を持っていると信じられていました。交尾の際の極端な姿勢、交尾したままで空中を飛ぶ、飛行しながらの天国のような姿勢(笑)などの動作から、かつてはドラゴンであったという神話に由来しドラゴンフライ(龍のような巨大なハエ?)と呼ばれているようです。

また外国の文化では、トンボをデーヴァの精神をうちに秘めたメッセンジャーとして想像していました。 人間の心は神秘的な世界を当然なもののように受け入れられないため、トンボの美しさと、飛ぶものは普通は後退などは難しいので、トンボの自由自在な飛び方は私たちに神秘さを思い浮かべるのは最適だったようです。

トンボは時速70キロ以上で飛行し、後ろにも、後退飛行し、ヘリコプターのようにホバリングし、一見不可能なほど(実際、人類には不可能です)素早く方向を変えることができます。まるで龍が空を自在に飛ぶようです。 彼らは1分間に約30回くらい翼を羽ばたかせることによってこれらすべての飛行を行いますが、他の例をあげると、蚊はその翼を1分間に約600回羽ばたきます。如何にすごいことかわかります。

ちなみに日本のことは昔は秋津島(日本にはトンボが200種類近くが分布している)と呼び由来は、日本神話において、神武天皇が国土を一望してトンボのようだと言ったことが由来とされているそうです。また、日本の本州の古代の呼称で日本最古の歴史書「古事記」(712年献上)では「大倭豊秋津島」(おおやまととよあきつしま)、また、同じく歴史書「日本書紀」(720年完成)では「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)と、表記しています。

私の住んでいる地域は昔はトンボのことを、「あげづ」と呼んでました。関係在るようですね。

デーヴァDevaはSanskrit語で「神を」ヒンドゥー教の「天体」、または仏教の強力な「非人間」を指すそうです。ラテン語で「diva」は「神、神々しい、神がかり的な」という意味で、英語「divine(神の、神聖な・・・)」の語源であるそうです。

以上はネットでの情報と、自分の知識の合作ですから、想像の部分が多いことをお断りしておきます。

産卵の姿や空高く飛び上がっていく姿など、見ていると龍が動いているように見えるのは私だけ?


https://www.youtube.com/watch?v=81VMJB9JwX0

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