Facebook岡部明美さん投稿記事·
みんな感じることを忘れて考えてばかりいる。感じている自分こそがまぎれもない自分なんですよ。考えるから動けなくなる。考えるから臆病になる。考えるから不安になってしまう。
考えるから深刻になる。考えて解決したことなと今までありますか。
考えれば考えるほどわからなくなるでしょう。
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人の目、世間の目ばかり気にし、人にこう思われたい自分、こう見せたい自分ばかり作って生きているからみんな自分がわからないんです。人が自分をどう見ているのか、自分は人からどう思われているのかの方が、自分が自分を生きることよりも大事になってしまっている。
これでどうやって自分の人生が生きられますか。
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悲しみから逃げているから、悲しみが追いかけてくるんです。
心の痛みというのは、逃げないでその中に飛び込んでみれば自然に流れていくんです。
自分のどんな感情も粗末に扱ってはいけませんよ。自分が不鮮明になりますから。
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現代人の最大の病は、感受性微弱、シリアス(深刻)病です。
頭はすぐ深刻になる。深刻さと真剣さはまったく違う。真剣さは、軽さがなければだめです。
修行を真剣にした人ほど、身のこなしも軽いです。「軽さ」に「あ」を付けると、「明るさ」です。本当に明るい人が、一番真剣に生きている人なんです。
深刻に生きている人が、一番真剣に生きていない。
深刻面(ずら)して、真面目面して、いい人面して自分を偽装して生きている。
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正しいか間違っているか、善か悪か、損か得か、そんな理性の物差しだけで生きているから人生がつまらなくなるし、スケールの小さい人間になってしまうんです。
一度ちゃんとわがままに生きてごらんなさい。
楽しいか、楽しくないか、好きか、嫌いか、快か、不快か、面白いか、面白くないか、
やりたいか、やりたくないか、行きたいか、行きたくないか、そんな感性の物差しで生き始めたら人生が楽しくてしかたないですよ。
自分に正直に生きている人間というのは、人がその人らしく生きていることも認めることができるものなのです。
我なればこそ、あなたなればこそ、だからです。
行徳哲男先生の言葉より
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怪獣鼎談(笑)終わりました💕💕
『行徳哲男』×『岡部明美』×『眞鍋明』
【法談・放談・砲弾】
~テーマなし、目的なし、意味もなし。参加者全員自由自在~
こんなとんでもない企画(北澤修発案)に全国から参加してくださったみなさん、ありがとうございます。
私と行徳先生と真鍋明ちゃんはまったく打ち合わせなし、故にタイムテーブルなし!時計も見るなです!
なのにまったく不安なし、信頼だけがそこにあった。
行徳先生は最近長渕剛と仲良しなのですが、なんと7年前の富士山オールナイトライブの映像をYouTubeで見せたのです。
いやなんとも心が震える熱い時間でした。
「ベキ・ネバ」の多い僕でしたが、自分の愚かさもアホさ加減もダメさ加減もまるごとそれでよしと思える優しい時間でしたとおっしゃっている方がいました。
いまここを真剣に生きる人の存在の力に触れて、温かい気持ちと背筋がシャンとする気持ち両方味わった密度の濃い2日間でしたとおっしゃている方もいらっしゃいました。
Facebook相田 公弘さん投稿記事 「十善戒(じゅうぜんかい)」
お釈迦様の教えです☆
幸せは幸せの原因より生じる 苦しみは苦しみの原因から生じる
幸せになりたいならば幸せの原因を作らねばならない
苦しみたくなければ苦しみの原因をさけねばならない
幸せは徳(善行)を原因とし 苦しみは不徳(悪行)を原因とする
徳も不徳もまわりの人たちとの関係の中で作られる
もしも幸せになりたければ自分のまわりの人々を幸せにしようと努力するべきであって
決して傷つけてはならない
もし今、あなたが苦しみを感じているならばそれは誰かを傷つけた結果であり
もし幸せを感じているならばそれは誰かを幸せにした結果なのである
どんなことが、まわりに迷惑を掛け、傷つける結果をもたらすのか?
十善戒(じゅうぜんかい)とは一つのガイドラインです
十善戒 十善 十の善き戒め
不殺生(ふせっしょう) 生き物を殺しません 不偸盗(ふちゅうとう) ものを盗みません
不邪淫(ふじゃいん) みだらな男女の関係をしません
不妄語(ふもうご) うそいつわりをいいません 不綺語(ふきご) たわごとをいいません
不悪口(ふあっく) 人の悪口をいいません 不両舌(ふりょうぜつ) 二枚舌を使いません
不慳貪(ふけんどん) ものを慳み貪りません 不瞋恚(ふしんに) いかり憎むことをしません
不邪見(ふじゃけん) まちがった考え方をしませんこれらを常に心において
自分の行動と照らし合わせてみましょう
苦しいとき、楽しくないとき 自分がこの中の何を守れなかったのか考えてみます!
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今日の1歩
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相手を責めるのではなく 原因は自分の中に 行動や考え方にあるのですね☆
※100人の一歩より
Facebookごとう 孝二さん投稿記事 「ありのままのあなたの姿が美しい」
ありのままのあなたでいい心の世界でもよく言われますね
弱い私 ズルい私 恥ずかしい私 かっこ悪い私 不器用な私 どんなあなたでも
ありのままのあなたが素晴らしい 本当に本当にその通り
そしてね もっと付け加えると 姿形がどんなであっても どんな性に対する欲望があっても
それもまた ありのままのあなたに価値があり 素晴らしいって事なんです
ありのままの容姿の素晴らしさについて ミロのヴィーナスをはじめ 芸術の世界でも
ありのままの姿を美しいものと捉え ギリシア神話の中の女神達も アダムとイブの楽園も
裸で描かれることが多いですよね。
ありのままである裸体は最も美しく尊い姿 のはず………ですが 現代では ダイエットと謳えば、商品がヒットし 美しくなると謳えば、高価な化粧品が売れる
どれだけ 誰かの決めた美しさの基準に踊らされ
ありのままの自分の容姿に 自信を持つことができないのかと言う現れでしょう。
もちろん 美しくなりたいという欲求そのものは 女性として、誰もが持つものであり
女神として、当然の欲求です。それは、大いに楽しんでいいのです
けれどそのベースが「今の自分では、ダメだから」もっと痩せたい もっと変わりたい
もっと美しくなりたい で、あったなら 美しくなるという、楽しみが 自分に対する脅迫にも近い苦しみを生み出してしまうのです。
痩せなければ、愛されない・・・変わらなければ、受け入れられない・・・
女神な皆さんの美しい身体は与えられたその一つ一つのパーツが素晴らしく完璧で
本当は、何ひとつ変える必要などないものです。
絵画で描かれる女神達もふくよかで暖かく女性的な優しさを感じませんか?
中には痩せすぎで悩んでいる方もいるかもしれませんね。
しかしぽっちゃりさんも痩せっぽちさんも 胸が小さくたってウエストが締まってなくたって
お腹が出ていようとも 足が太くとも 肌の色がどんなであれ あなたが欠点だと思っている部分こそが チャーミングポイントであり
そんなあなたがいいよ❤️と言ってくれる人が必ずいるのです。
欠けた部分があるからこそ美しいと唱えたのは千利休だったでしょうか。
日本人の美意識は本来、この欠けた部分にこそ魅力を感じるものなのです。
産まれたての赤ちゃんがどの子も天使のように光り輝いているように成長し、大人になったあなたもどんなあなたの姿であろうと女神のように神々しく光り輝いているのです
そのありのままの姿を美しいと思えなくなったのは人が比べるという事を覚えたから
比べるという行為は優劣をつけるためではなく違いを知る為あなたの価値を決めるものではありません。
心と同じように身体もあなたはあなたで素晴らしいあなたが求めている
完璧だと思っている姿はあなたが愛する人にとってはちっとも魅力的ではないかもしれません。
あなたが自分の女神な身体を愛をもって見つめることができたなら変わる必要など、全くなく
パートナーからも愛されますし今はまだ出逢ってない方もそのままのあなたを愛してくれる人が必ず現れます。
そして何のために悲痛な思いで我慢を重ねて苦しいダイエットをしようとしていたのか
不思議にさえ思うでしょう。
むしろ自分を変えようと頑張っていた時のあなたよりするりと自然に痩せてしまえたりもします(笑)ありのままのあなたの姿が美しい
自分を愛する生き方ブログより。
Facebook池内 秀暢さん投稿記事 心に積もったほこり・・・・4年前の投稿
ある時ふと思ったのですが…ほこりは最初は小さな糸のようなものですが、 なぜかだんだん集まって塊をつくる。 そして小さな綿ぼこりのように成長し、そして必ず部屋の隅からたまっていく。この現象にとても不思議に思い、どうして塊をつくっていくのだろう?成長していくのだろう? と、今でも疑問に思っています。
これを妻に話すと・・・白い目で見られました(笑)・・・・
部屋を綺麗に掃除をすると、空気がとても清浄 また明るく輝きを感じられる。
これも不思議な事です。 きっと気のせいではないと思っています。
人間の心もこれと同じです。 環境や、最初は ほんの何でもないような身の回りで起こる些細な事が、無意識下にほこりとなって現れる。
そのうち、あれもこれもと集まってきて、きまって心の・・・・片隅の気が付かないところに、塊をつくっていく・・・・
この塊の数がだんだん増えていくと・・・意識できる心によどみをつくっていく
爽やかさを失い 活力や素直さ 輝きを奪い楽を楽をしようとして、怠け者になっていく・・・自分の「我」が大きな顔をして わが物顔で心をのっとっていく
心のほこり…最初は取るに足らないものだけれども…掃除をせずに長い間ほったらかしにしていると、ホコリに心を奪われてゆく・・・・
やがて周りから煙たがられるような人間になり、人が去っていく・・・
自分自身もよどんだ煙のような空氣のせいで、目を奪われ呼吸がしづらくなる
日常起こっている事の真相を見る目が奪われ、将来を見る目がぼやけてくる・・・・
気付きと学びの機会が失われ、成長が止まる・・・
日々同じような現実の繰り返しに あくびをしながら退屈している
それでもなお、心の掃除を怠っていると ほこりは容赦なく どんどんたまっていく・・・・
そして自家中毒に陥り、自分で自分をコントロール出来なくなり、自らもほこりとなって、他のほこりと集まり大きくなっていく・・・これが愚痴や不平不満となっていくのかもしれない。
楽しそうに暮らしている人々は遠ざかり、よどんだ人間ばかりが集まってくる・・・・
人間は1年や2年では、そう大きく変わることはないが、10年 20年・・・と長い年月の中で、緩やかに変わっていく生き物・・・
取るに足らない小さなほこりが、やがては人生を変えていくのです。
時々心の窓を開け、きちんと掃除してやらなければなりません。
心の窓を開けるという事は、自分を 感情を 意見を 外にだし解放し、外界と交流するという事です。
掃除するという事は、自分を見つめ内面を洞察し、気付いたことに対する行動を、自分の意志で変えるという事です。
現代社会は、飽食の時代で化学薬品にまみれています
知識教育という名のもとに、一見正しいように思える様々な知識のインプットを無意識に刷り込まれています。
ストレスも大なり小なり感じている人が多いでしょう
自然は失われ、食材にしても家や都市にしても人工的なものが周りにあふれています。
現代社会は誠にほこりのたまりやすい時代となったものです。
厄介な事に このほこり・・・
私たちの潜在的無意識の世界に溜まっていき、やがては感情や思考の傾向に重大な影響を与えていることを知らなければなりません。
Facebook羽賀 ヒカルさん投稿記事·【吉兆】
春分の日にWBC日本はサヨナラ勝ちしました。
敵将も認める素晴らしい試合。
春分ってだけで、次のステージに進むとか、日本社会が良くなるとか、全て変わっていくとか思えないけど、吉兆と捉えて良いのではないか。
アツくなれるコトがあるのは良いことで。
ってことで今日は最大にアツく語りました!
「お祭り感」あり。
なので、セミナーの一部をyoutubeにアップしたので見て下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=FqTKne3iztM
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