映画はパラダイス

http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_description.php?shinbunno=3532&syosekino=15713 【果たして妄想か、現実か。スリリングなサイコ・サスペンス――監督 ユヴァル・アドラー『マヤの秘密』】より

No.3532 ・ 2022年02月26日

■『誰かの花』『再会の奈良』『オーストリアからオーストラリアへ』などを観た。

 『誰かの花』。本作の監督・脚本は奥田裕介。昨年30周年を迎えた横浜のミニシアター横浜シネマ・ジャック&ベティの企画作品として作られた映画である。徘徊する父とそんな父に振り回される日々を送る母のことが気がかりで、しばしば実家の団地を訪れる息子。強風の吹き荒れたある日、ベランダから落ちた植木鉢にあたって住人が死んだ。救急車を見て「父に何かあったか」と駆けつける息子が目にしたものはベランダから吹き込む風に煽られるカーテンと土のついた手袋をして呆けたように佇む父親の姿……。落ちた植木鉢を巡る疑惑と真実を描いた人間ドラマだ。しみる。

 『再会の奈良』。監督と脚本はポンフェイ。“今と未来、奈良と世界を繋ぐ”映画製作プロジェクト「NARAtive2020」から生まれた日中合作映画。河瀬直美とジャ・ジャンクーがエグゼクティブプロデューサーを務めている。中国残留孤児とその家族が辿る運命を、切ないながらもユーモアをちりばめて描いた作品。2005年、陳おばあさんが来日。残留孤児だった養女を10年前に日本へ帰したが、その後連絡が途絶えてしまったので探しにきたのだ。捜索に協力する孫娘のような帰国子女と元警察官が繰り広げる奈良を舞台にしたロードムービー。クスッと笑わせながらも日中間の難しい問題も提起する佳作だ。

 『オーストリアからオーストラリアへ』。オーストリア生まれの二人の青年が冗談のような自転車旅に出た。海路を除いてもその距離1万8000キロ。訪問した国々は19ヶ国。脚本も監督も撮影も編集も出演もIT企業勤務のアンドレアス・ブチウマンとドミニク・ボヒスが二人だけでやり遂げた。撮影機材は4K小型カメラにGoPro、ドローン等々。スポーツマンでもなく、映画制作だって未経験の若い二人。何もかも自転車に積んでの圧倒的なスケールのセルフドキュメンタリー・ロードムービーである。

 さて、今月紹介する新作映画は『マヤの秘密』。監督と脚本はユヴァル・アドラー。主人公はナチスの迫害を受けたロマの女性。ナチスはユダヤ人や政治犯や障碍者に対してだけではなくジプシーと言われたロマ人も迫害の対象にした。彼女はナチの兵士たちによって暴行され、妹が殺されるという事件を生き抜いてきた女性だが、それがPTSDとなり、妄想と現実を行き来する悪夢にとらわれている。

 1950年代後半。いまは医師と結婚し、アメリカに暮らす主人公。子どもも生まれ、穏やかな日々を過ごしていたが、ある日、飼い犬を呼ぶ指笛を耳にした瞬間、忘れようとしても忘れられない悪夢が蘇った。指笛の主は最近近所に越してきた男。彼こそ戦時中に自分を強姦し、妹を殺したナチの兵士。そして、戦後10年以上経った今も彼女を苦しめる悪夢の張本人だったのだ。彼女は男を尾行し、自宅地下室に監禁するが、男は「自分はスイス人。人違いだ」と言い続ける……。

 事件から十数年を経て、いまも主人公の記憶には恐怖の体験がフラッシュバックのように蘇る。だが、それは現実か、妄想か。地下室で男と主人公の間に繰り広げられる息詰まるやりとりの合間に挟まれる事件当時の暗い記憶と映像。次第に主人公の異常な執念が際立ち、監禁された男は本当に人違いではないだろうか。やはり彼女は正しい――。行きつ戻りつする観客の気持ちを逆なでするように合間に挿入されるうす暗く不明瞭な事件当時の映像。そして、訪れる驚愕の結末と平安を装ったラストシーン。ナチの暴虐を背景にしたサイコ・サスペンス映画だ。主人公がラストに浮かべる笑いが怖すぎる。

 ロマ人はナチス以前からも迫害されていた民族だが、人間は誰かを差別しなければ自己の正当性を保てないものなのだろうか。

http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_description.php?shinbunno=3540&syosekino=15897 【評者◆殿島三紀 女をなめてんじゃないよ――監督 ルバイヤット・ホセイン『メイド・イン・バングラデシュ』】より

No.3540 ・ 2022年04月23日

■『ストレイ』『ベルファスト』『林檎とポラロイド』などを観た。

 『ストレイ』。2004年以降、路上動物の殺処分と捕獲が禁止されているイスタンブール。この街に生きる野良犬たちの視点から、街と人々と世界を捉えたドキュメンタリー映画である。エリザベス・ロー監督は半年間、犬たちに密着し、犬の目線と同じアングルで撮影した。本作はイスタンブールの街角で悠々と生き、シリアからの難民少年たちと共に路上で眠り、モスクから響き渡るアザーンに合わせて遠吠えする犬が主人公だ。同じ生物として共に生きているのだなぁと優しい気持ちになれる。作中で折々挿入されるギリシャ哲学者の警句。曰く「人間の生き方は不自然で偽善的だ。犬に学ぶのが良い」。

 『ベルファスト』。北アイルランドの首府ベルファストは本作の監督ケネス・ブラナーが9歳まで生まれ育った街。自伝映画だ。9歳の少年の目を通して宗教が人々の対立を生み出していく様や激動の時代にもみくちゃにされる街や人々が描き出される。監督は1960年生まれだが、彼が9歳だった1969年は北アイルランド紛争が本格化した年。少年はいままで仲良く暮らしていたご近所さんがなぜプロテスタントとカトリックというだけでいがみあうのか理解できないまま、故郷を後にする。天真爛漫な少年が時代の激動の中で少しずつ影を帯びていく……。

 『林檎とポラロイド』。ギリシャの新人監督クリストス・ニクの作品。記憶喪失を惹き起こす奇病が流行する世界を舞台に描いた映画だ。バスの中で記憶を失い、病院に運ばれた主人公は林檎の好きな物静かな男。いつまでも記憶の戻らない男に医師は新しい記憶を作り出す回復プログラムを勧める。

 未来なのか、過去なのか。不思議な空気感が漂う作品。医師のミッションに従い、それをポラロイドで記録し、アルバムに貼りつける。新しい記憶を作るための作業が徐々に男の過去を解きほぐしていく……。

 さて、今回紹介する新作映画は『メイド・イン・バングラデシュ』。監督はバングラデシュ出身のルバイヤット・ホセイン。バングラデシュの縫製産業の実態を描いたドキュメンタリーかと思いきや、劣悪な労働環境で働く主人公が同僚や反対する夫を説得し、労働法を学びながら、組合結成に立ち上がった実話に基づくストーリー映画。これがまた痛快で感動的なヒューマンストーリーだった。

 GAPのTシャツもユニクロのジーンズもバングラデシュで作られている。首都ダッカでは18歳から30歳までの若い女性たちがユニクロのジーンズ3~4本分の月給で週6日、1日10時間以上働いているのだ。このことが広く知られるようになったのは2013年4月に起きたラナ・プラザビルの崩落事故。ダッカの北西にあるこのビルが4台の大型発電機と数千台のミシンの振動で崩れ落ち、死者1127人、負傷者2500人以上を出す大惨事となった。この事故によって、バングラデシュが「世界の縫製工場」の役割を担い、世界的に知られるファストファッションの多くはバングラデシュの低賃金と劣悪な労働環境下で製造されている事実が明るみに出たのである。

 監督は、10代半ばから労働運動に関わってきた女性をモデルに、彼女の体験を基に3年以上の調査を経て脚本を書き、本作を完成させた。それだけに映画の殆どは彼女の経験した事実に基づいている。多国籍企業の白人男性がただでさえ安い仕入値を更に値切り、工場幹部の男性が揉み手をしながら、それを受け入れるシーン。働き手はいくらでもいるというところか。その上、労務省は工場と結託し、主人公がやっとの思いで提出した組合結成の署名用紙を握りつぶそうとするし、もう駄目か! と何度も思わせながら機転と度胸で困難を乗り切っていく主人公。実に痛快な映画だった。女をなめんなよ! だ。


http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/serially_description.php?senddata=%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AF%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B9 【評者◆殿島三紀 旅路の果ては死。だが、それは「永遠」に通じる。――監督 ヴェルナー・ヘルツォーク『歩いてみた世界~ブルース・チャトウィンの足跡』】

No.3546 ・ 2022年06月11日

■『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』『チェルノブイリ1986』『オードリー・ヘプバーン』などを観た。

 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』。監督・脚本はフィリップ・ファラルドー。ジョアンナ・ラコフ自叙伝を映画化。『ライ麦畑でつかまえて』のJ.D.サリンジャーを担当する女性エージェントと新人アシスタントが登場する。舞台は90年代のニューヨーク。文書作成はタイプライター、最新機器はシュレッダーのみという老舗出版エージェンシーで働き始めた作家志望の新人アシスタント。彼女の仕事はサリンジャーに寄せられた多くのファンレターをシュレッダーにかける前に返事(?)を書くこと。やがて、それに疑問を感じ始めた彼女は……。

 『チェルノブイリ1986』。監督・製作・主演はダニーラ・コズロフスキー。チェルノブイリ原発の爆発事故で命を賭けて鎮火に挑んだ消防士たちを描いたロシア映画である。今回、ロシア軍は、かつて命がけで最悪の事態を食い止めたこの地に侵攻した。監督はロシア人だが、戦争反対を表明し、平和の到来を願う映画人として本作を公開するという。本作を観るにつけ、こんな思いをして被害を抑えることに尽くした人がいて、故郷であるこの地を去らざるを得なかった人々がいるのに、原発に侵攻し、蹂躙するロシアに怒りを禁じえない。

 『オードリー・ヘプバーン』。1993年にオードリーが亡くなって今年で29年。今もなおあの清楚な美貌は私たちの心にやきついている。ヘレナ・コーン監督は本作を撮るに際し、父との軋轢を含む個人的な人生体験や彼女が少女時代から夢見ていたバレエへの愛を主軸に据えた。だが、ナチス政権下のオランダでの日々や栄養失調によってバレリーナの夢を断たれた彼女。ハリウッド黄金期のミューズとしての変身を遂げるも、子どもとの日々を優先する。戦争被害者だった彼女が晩年はユニセフの活動を通じて紛争の被害者である人々に癒しや救済をもたらすまでの64年の人生を描き出したドキュメンタリー。

 さて、今回紹介するのは『歩いて見た世界~ブルース・チャトウィンの足跡』である。ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品。多くの邦訳が出され、映画化された作品もあるが、日本ではなじみの薄いブルース・チャトウィン。1940年に生まれ、48歳で亡くなるまで、なんとも濃厚な人生を送った。18歳でサザビーズに入社し、頭角を現すも退職。エジンバラ大学で考古学を学び、サンデータイムズの花形記者になるが、75年にフリー。77年著書「パタゴニア」で一流作家の仲間入りをした。様々なフィールドで非凡な才能を発揮しながら、最後に選んだ道は自らの足で旅をしながら小説を書くことだった。南米を歩き、処女作「パタゴニア」を著し、その後、アボリジニの神話に魅かれ、中央オーストラリアを旅行。が、しかし、HIVに感染、死に近づいたアボリジニが生まれた地に戻るように自身の死に方を探り「ソングライン」を著した。

 そんな彼の人生の旅路を一歩一歩辿るように旅をしながら、本作を撮ったのはチャトウィンの盟友でもあるヘルツォーク監督。監督もまたパタゴニアや中央オーストラリアのアボリジニの地などチャトウィンが歩いた道を自身も歩き、そして、自身で見て、映画にした。

 チャトウィンは30年も前に死んでしまったのに、いまもアボリジニの地を歩いているような錯覚を覚える。彼らの神話は2022年のいまも生きているのだから、それも当然か。アボリジニはその道々で出会ったあらゆるものの名前を歌いながら、世界を創り上げていった。ソングラインはオーストラリア全土に延びる、目には見えない道だという。

 時代と土地と、現実と神話が自在に行き来し、静と動も、生と死も、聖と俗も混ざりあい、ひとつとなった映画だ。

(フリーライター)

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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