https://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2016101200298.html 【植物界最強の毒花・トリカブト。秋の散策では美しい花にご注意を!】より
皆さんは、「トリカブト」というと何を思い浮かべますか? 植物にはあまり詳しくない人でも、その名前と猛毒と言うことだけはご存知なのではないでしょうか。 毎年春の山菜取りの季節には、「ニリンソウとトリカブトの新芽が似ているので注意」などというニュースが流れたり、以前にはトリカブトを使った殺人事件も世間を騒がせました。 物騒な印象が強い植物ですが花の姿はあまり関心をもたれることはないよう。でも実は秋の山野を彩る代表的な美しい花です。ただし、その青紫の花に惹かれて触れたり摘んでしまうのは要注意。頭の先からつま先まで、全草に猛毒を持っているのです。
美しい花には毒がある?
そのヘルメットは受粉カプセル・特異なかたちにもわけがある トリカブト(鳥兜/Monkushood Aconitum)は、キンポウゲ科トリカブト属の多年草。日本などユーラシア大陸が原産で、世界に約300種、日本には33種の自生が知られています。日本全国で見られますが、林の縁や沢沿いなど、少しじめじめして半日陰の場所を好み、花穂を斜めにしならせて青紫に咲く姿は、栽培種の華麗な蘭のようにも見え、吸い寄せられるような美しさ。属の学名Aconitumは、そのままアコニチンという毒物の名前。根、葉、茎の順に毒性が強く、もちろん花や蜜、タネにも毒が。和名の「トリカブト」は、秋に咲く青紫色の花が舞楽の常装束や民俗芸能に用いる冠の鳥兜(鳥甲、とりかぶと)に似ていることに由来します。 実際鳥兜にそっくりのヘルメットを被ったような花の形が特徴的(西洋ではこれを「僧侶の帽子」に見立てています)ですが、これは花びら(花弁)ではなく5枚ある花がくの一枚が変化したもので、花びらそのものはこの大きな上顎片の「ヘルメット」の中に収められています。この隠れた花弁の後ろ側にサザエのキモのようにくるんと巻いた距がついており、そこから花蜜を出します。そこで蜜を取るためにはヘルメットの奥まで入っていかねばならず、この時期トリカブトの花の奥深くにすっぽりともぐりこむマルハナバチの様子を観察することができます。何だかハチのカプセルホテルのようにも見えますが、花粉量の少ないトリカブトが確実に受粉してもらうために、このカプセルの中で全身に花粉がつくような仕組みとなっているわけです。 さて、トリカブトの毒成分・アコニチン系アルカロイドのアコニチンやメサコニチンは現在知られている限り植物界で最強の猛毒といわれ、ナトリウムチャネルに結合し、細胞活動を停止させる麻痺作用があります。致死量を摂取すると心室細動や心停止を引き起こし、心臓麻痺で6時間以内に死に至るといわれます。ヒトの致死量は3~4mg、トリカブトの葉約1gで人を死に至らしめるだけの毒をもつのです。アコニチン毒は傷のない皮膚や粘膜からも吸収されます。触ったり摘む程度で死ぬことはまずありませんが、野山で出会っても、できれば素手で安易に触れるのは避けたほうがいいでしょう。 養蜂家は、春から夏にかけてミツバチに採蜜をさせ、秋のトリカブトの開花期には止めてしまいます。トリカブトの蜜入りの蜂蜜は、以前には死亡例すらあるためです。とすると、トリカブトの蜜を摂取する昆虫は毒にやられないのが不思議ですが、神経構造が違うため昆虫にはトリカブト毒は効かないようです。トリカブトは、人間を含めたケモノや鳥などからの食害の防衛のために、全身に猛毒を蓄えるようになったようです。ハチやアブも飲んでいるんだから平気だなんて、戯れに蜜を吸ってみるようなことはやめましょう。
きれいな花なのにブスとはこれいかに? そんなけなげな植物の工夫まで貪欲に利用するのが人間。古くからその毒を矢毒として役立ててきました。トリカブト毒による狩猟は、ユーラシアの多くの狩猟民族で行われていましたし、日本でもアイヌ民族が狩りに利用していたのは有名です。 中国では、2千年以上前から猛毒の根を漢方として薬にも利用しました。根茎を加熱して減毒し、新陳代謝機能の回復、強心、利尿などの効能を、また他の生薬と配合して四肢関節の麻痺、疼痛、虚弱体質者の感冒や腹痛、下痢、血止め、軽度の新機能の衰弱などにさまざまに応用されています。漢方では、トリカブトの根を乾燥させた生薬のうち、子根を用いたものを附子(ぶし)、母根を用いたものを烏頭(うず)と呼びます。「ぶし」という呼び名は日本でも使われ、ナンタイブシ、オンタケブシなどの種名にも使われています。また、日本でもオクトリカブトやヤマトリカブトの根を塩漬けして乾燥させた生薬を「白河附子」と称して利用されています。 この「ぶし」と言う言葉、一説ではトリカブトの毒にやられた人が苦しみもがく形相のように歪んで見苦しい容姿のことをたとえて「ぶし」と呼ぶようになり、それが現代語の「ブス」の語源になったとか? 苗字の「毒島(ぶすじま)」さんの「毒」という字を「ぶす」と読むのも、附子を毒物の代表としていることからきています。
「毒を以って毒を制す」は本当にあった! トリカブトを使った推理小説まがいの事件 トリカブトは推理小説やサスペンスドラマにたびたび登場します。トリカブトには気の毒ですが、その毒性の強さから仕方ないことかもしれません。 そして作り話ではなく現実でも、推理小説まがいのアリバイトリック殺人事件にトリカブトが悪用されたことがありました。 1986年に起きた保険金殺人事件では、当初被害者の死因は急性心筋梗塞と診断されますが、その後トリカブト中毒による急性心不全と判明しました。トリカブト中毒は摂取後10分~20分と短時間で発現するのですが、怪しいと目された容疑者は中毒の発現1時間以上前に被害者と別れていました。そこでアリバイ成立となるのですが、後にトリックが判明。何と、フグ毒(テトロドキシン)と同時に摂取させることでテトロドキシンがアコニチンによる麻痺症状を一定時間ブロックし遅効性とすることが分かり、アリバイが崩されて事件が解明したのでした。 実はこの毒をもって毒を制す作用はギリシャや中国では古代から知られていて、秦時代の始皇8年(紀元前239年)に編纂された「呂氏春秋(りょししゅんじゅう」に「萬菫(まんきん)不殺」という現象として記載されています。「萬」はサソリ、「菫」はトリカブトの古字ですが、それぞれを単独で使うと人をも殺す猛毒のはずが、同時に適切に使うと中和される、という不思議な現象を表したものです。トリカブトの毒は摂取後24時間たつと無毒化されるため、遅効性にすることで場合によってはトリカブトの中毒を回避できることもある、ということが研究されていたようです。 さて、そんなトリカブトですが、ガッサントリカブト、イイデトリカブト、オンタケブシなど、11種が絶滅危惧されるレッドリストに記載され、多くの山野草と同様、生育できる豊かな植生環境は減ってきています。筆者の知る自生地も、一つ、又一つと年々減ってきています。いかんせんその毒性にばかり関心がいきがちですが、古い時代から美しい山野草としてめでられ、茶花にもいけられてきたトリカブト。野山で出会うとハッとするほどの存在感です。いつまでもその姿を身近な山野にとどめておきたいものです。
http://yanase.ddo.jp/posts/post28.html 【トリカブトの話】より
皆さんはトリカブトをご存じでしょうか?
トリカブト類はほとんどが猛毒で、北半球全体に広く分布しています。
毒の強烈さは植物界で最強と言われています。
トリカブトは古代から矢毒の原料として使われるなど、人間の歴史と深くかかわっています。
日本でもトリカブトが猛毒であることは古来知られていました。
今昔物語集には、このトリカブトが記された話がありますし、トリカブトを題材にした狂言「附子」は太郎冠者と次郎冠者が登場する、教科書にも採用されている有名な話です。
また、東海道四谷怪談に出てくるお岩さんが命を絶ったのはトリカブトを使っていたようです。
トリカブトの毒は葉や花にも含まれていますが、特に含有量が高いのはイモ状の根です。
漢方治療においては古くから、この根を使います。
親イモと子イモに相当する母根と子根とがあり、このどちらを使うか、また処理方法の違いなどにより「附子」「鳥頭」などいくつかの呼び名があります。
トリカブトの猛毒成分は「アコニチン系アルカロイド」という名前の物質です。
これをせんじると分解されて毒性が弱くなり、痛みを止めたり、新陳代謝を高めたりする化学物質に変化します。
新陳代謝を活発にし、体を温め、痛みを止めるという目的において重要な生薬です。
特に全身の機能低下がある高齢の人や、リウマチなど慢性消耗性の病気の漢方治療には非常に有効です。
皮膚科領域でも、冷えて悪化するアトピー性皮膚炎やニキビ、帯状疱疹に伴う痛みの治療に、附子つまり、トリカブトを含む漢方薬を使用するケースは少なからずあります。
https://dot.asahi.com/webdoku/2020121500088.html【「毒」は身のまわりに溢れている... 書籍『毒 青酸カリからギンナンまで』から見たヒトと毒の関係】より
『毒 青酸カリからギンナンまで (PHPサイエンス・ワールド新書)』船山 信次 PHP研究所
「毒は決して私たちの生活から乖離しているものではない。実に密接に付き合ってきているといえる」(同書より)
上記の言葉は、船山信次氏の著書『毒 青酸カリからギンナンまで』(PHP研究所)に掲載されていたもの。「毒」といえば青酸カリやトリカブトなど、普通に生活していたら一生縁のない存在のように感じるだろう。だが同書によると、毒は身のまわりに溢れているとのこと。
たとえば家庭で使われる洗剤も、使用を誤ればたちまち私たちの命を脅かす存在になり得る。他にも殺虫剤や除草剤などはもちろん、アドレナリンやインスリンといった体内に存在する物質でさえ同様のことが言えるそうだ。
遠い存在のようで、じつは身近である「毒」。私たちと毒の関係性はどのように成り立っているのか、今回は知られざる毒の世界に注目してみよう。
まず同書は全7章で構成されており、第1章では「毒についての基礎知識」が掲載されている。すぐに効く毒やじわじわ効く毒といったさまざまな項目が並ぶ中、特に興味を引かれたのが「世界最強の毒」。
そもそもみなさんは、毒の強さがどのように示されるかご存じだろうか。一般的に毒の強さは「LD50(エル・ディー50)」と表記されるそうで、同書には次のように綴られていた。
「LD50とは半数致死量(lethal dose 50%)の略であり、この量を投与すれば、投与された動物の半数が死ぬと予想される量である。この値は、たとえば、『LD50が20mg/kgである』のように使用され、ある動物に1kgあたり20mgを投与すると、その投与された動物の半数は死ぬという推定を示す。したがって、この値が小さいほど、毒性が高い」(同書より)
体重60kgのヒトを例に挙げると、LD50が20mg/kgということは20(mg)×60(kg)=1200mg。つまり1200mgの投与で50%の確率で死ぬ計算になる。もちろん動物種や投与方法によって毒の効き方も変わってくる。
これまでに知られている毒性の強い物質は以下の通り。
・ボツリヌストキシン 0.0003(μg/kg)
・殺傷風トキシン(テタヌストキシン)0.0017(μg/kg)
・バトラコトキシン 2(μg/kg)
・ウミヘビ毒 100(μg/kg)
・サリン 420(μg/kg)
・コブラ毒 500(μg/kg)
・青酸カリ 10000(μg/kg)
ボツリヌストキシンや殺傷風トキシンは微生物由来の毒で、バトラコトキシンは矢毒ガエルが持つ毒。ウミヘビ毒は文字通り、ウミヘビが持つ神経毒である。確かウミヘビの毒といえばハブの数十倍の威力を持つと記憶していたが、まさかサリンやコブラ毒を大きく上回るとは...。100(μg)×60(kg)=600μgの投与で致死率50%。生涯を通してウミヘビには絶対に出会いたくない。
そして何より衝撃だったのが、化合した化学物質よりも天然物のほうが遥かに毒性が高いこと。特に微生物が産生する毒性の数値には驚かされた。もはや青酸カリがかわいく見える。
とはいえ上記の毒はそこまで身近ではない分、現実味に欠けるのが正直なところ。本当に怖いのは、普段何気なく食べているものが「毒」だった場合ではないだろうか。
たとえば第4章では、ギンナン(銀杏)の毒性について書かれている。ギンナンとは、よく茶わん蒸しなどに入っているアレのことだ。多くの人が何度か食べたことがあるだろう食材だが、大量のギンナンを食べて痙攣を起こしたという事件はじつは多いらしい。
「健常成人においても、41歳の女性が、ギンナン60個を食べて、4時間後から吐き気、嘔吐、下痢、めまい、両上肢の振戦、悪寒が出現、救急搬送された例がある。この女性は『ギンナン中毒』と診断され、リン酸ピリドキサール(ビタミンB6)の経口投与で症状が改善したという(宮崎大他、日本救急医学会雑誌、2020年、21巻、956頁)」(同書より)
また、食べ物ではないものの、タバコの誤食についても触れておきたい。タバコに含まれるニコチンはかなり毒性の高いものであり、幼児が口にすると危険なものの1つに数えられている。一体どのような症状が出るのかというと、まず起きるのが中枢・末梢神経の興奮。次いで強直性の痙攣を引き起こし、最悪の場合は呼吸停止と心臓麻痺によって死に至ることも。ちなみに小児ではタバコ約1本、成人でも約2~4本分のニコチンで命が危ないという。
こうして見るだけでも、どれほど毒が身近なものであるかが見て取れる。同時に我々が考える「毒」がいかに氷山の一角で、いかに毒を毒と認識していないかがわかるだろう。
「毒は決して私たちの生活から乖離しているものではない」(同書より)
今なら冒頭で紹介した一文の意味がよくわかる。
0コメント