http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/semi.htm 【やがて死ぬけしきは見えず蝉の声】より
(真蹟句切/猿蓑/陸奥衛/芭蕉句集/)(やがてしぬ けしきはみえず せみのこえ)
元禄3年夏。幻住庵で秋之坊に示した句。前詞に「無常迅速」とあるとおりこの頃芭蕉は佛頂上人の影響か仏教への傾斜、殊に乞食僧への共感が強い。
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
地上に現れてからは1週間の命といわれている蝉であるが、幻住庵でこの勢いの良い鳴き声を聞いていると、とてもそんなはかなさは伝わってこない。しかし、それこそがまさに「無常」というものなのであろう。
三重県上野市長田西蓮寺(牛久市森田武さん撮影)
なお、他の句集『卯辰集』などには「やがて死ぬけしきも見えず蝉の声」とあって、死を前提とした「無常」さが強調されるが、俳諧としてはやはり「は」がよい。
https://yeahscars.com/kuhi/bsho_yagate/ 【やがて死ぬけしきは見えず蝉の声】より
やがてしぬ けしきはみえず せみのこえ
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声元禄3年(1690年)の松尾芭蕉の句。芭蕉が滞在していた幻住庵を訪れた秋の坊とのやりとりで知られる句。
秋の坊は清貧を貫いた俳人として知られているが、その人物を芭蕉は、「我宿は蚊のちいさきを馳走かな」の句で出迎えた。つまり、豪華なものは何もないが、蚊の羽音のような喧騒からは隔離された場所へよくいらっしゃったと。そして、この「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」を贈答句として別れたのである。支考編「東西夜話」に、「無常迅速の一句をあたへ」とある。
「無常迅速」は仏教用語で、人の世の移り変わりが非常に速いこと。芭蕉は、七日の命ともいわれる蝉の声に無常迅速を感じ、しかし蝉は、それを感じさせることもなく鳴き続けていると詠んだのである。
1691年に刊行された「猿蓑」に「頓て死ぬけしきは見えず蝉の声」、同年「卯辰集」には「無常迅速」の前書とともに「頓てしぬけしきも見えず蝉の聲」。1693年「桃の実」には、「頓て死ぬけしきに見えず蝉の聲」とあり「此句、人上渡世、天道地変にも、かゝれる名句ならんと、世こぞつていひ侍りぬ。なまじゐに註しては花実をそこなふたぐひなるべし。」と記されている。1699年の「陸奥鵆」に「頓て死ぬけしきは見えず蝉のこゑ」。
幻住庵記には下記のようにも記されている。
我しゐて閑寂を好としなけれど、病身人に倦で、世をいとひし人に似たり。いかにぞや、法をを修せず、俗をもつとめず、仁にもつかず、義にもよらず、若き時より横ざまにすける事ありて、暫く生涯のはかりごととさへなければ、万のことに心を入れず、終に無能無才にして此一筋につながる。凡西行・宗祇の風雅にをける、雪舟の絵に置る、利休が茶に置る、賢愚ひとしからざれども、其貫道するものは一ならむと、背をおし、腹をさすり、顔をしかむるうちに、覚えず初秋半に過ぬ。一生の終りもこれにおなじく、夢のごとくにして、又又幻住なるべし。
先たのむ椎の木もあり夏木立
頓て死ぬけしきも見えず蝉の声
元禄三夷則下 芭蕉桃青
https://www.myoshinji.or.jp/tokyo-zen-center/howa/1184 【やがて死ぬけしきは見えず蝉の聲】 より
八月十三日の夕方、車を運転して高速道路を進んでいるとゲリラ豪雨に見舞われました。滝のような雨であっという間に前が見えなくなり、次第に渋滞になりました。どの車の運転手も怖いと感じたからでしょう。
轟音とともに降る雨に困ったなと思って周囲に気を配っていると、十分ほどで空は晴れ渡り、遠くに見えるスカイツリーに二重の虹が掛かりました。
なんと清々しいことでしょう。雨音が止んだ夕晴は今年はじめてでした。猛暑日が続いて何もかもが汗ばんだ景色が全て洗われて、みずからの心まで清らかになったように感じながら浅草の自坊に帰ると、ゲリラ豪雨の轟音を思い出させるかのように蝉が鳴いていました。山門をくぐると、たくさんのセミがふらふら飛び出してきます。毎年、セミに体当たりされながら掃除をして感じることですが、立派な羽が生えているように思うけれど、セミはあまり飛ぶ事が上手くありません。特に朝はふらついてまっすぐ飛ぶ事さえままなりません。それに長く飛ぶことも苦手なように思えます。それでも短いひと夏の成虫の期間、一心不乱に鳴き続けるセミの姿には心を打たれます。
さて、松尾芭蕉の句に以下のものがあります。
やがて死ぬけしきは見えず蝉の聲
芭蕉は四十五歳ごろ、琵琶湖の南側に位置する近津尾(ちかつお)神社の境内にある幻住庵という草庵に四ヶ月ほど滞在したと伝わっています。芭蕉が金沢を訪ねた折に入門した秋之坊(加賀藩の武士であったが、のちに出家した)に示した句とされ、句の上には「無常迅速」と記されています。
もうすぐ死ぬのだという悲壮感も全く感じさせず、自らの生命を生ききるセミの熱のこもった孤高の姿を感じると、よく解釈されています。句の上に記された「無常迅速」は、時の移ろいは迅速であるから、散漫に時を過ごしてはならないと修行者に諭す言葉です。
さて自坊の周りを思い返すと、近くでセミが鳴いている場所まで百メートルほど離れています。セミの飛行技術を勝手に算段すると、自坊の限られた寺域だけで、セミは生命を循環させているのではないかと思いました。セミの一生を調べてみると、交尾が終わったメスは枯れ木に産卵し、翌年の梅雨の時期に孵化をするそうです。地表にでた幼虫は幾度か脱皮をして地中に潜りほとんど動かずに六年ほど過ごします。そしていよいよ地表に再び登場し羽化をして鳴き続けるのです。いずれ生命が尽きて養分となって寺域の様々な生命となって巡るのです。そう考えるとセミが一匹で鳴いているのではなく、寺域全体で鳴いているように思えてきます。
やがて死ぬけしきは見えず蝉の聲
とは、死ぬことも忘れて今を生ききることの尊さだけでなく、生死の枠組みを超えて大いなる生命の一端として一心不乱に鳴き続けるセミの姿を詠ったようにも捉える事ができます。大いなる生命とは諸行無常を貫くものです。芭蕉が示しした「無常迅速」とは、単体であると思っていた私自身も連綿と移ろいゆく生命の流れの中の一端であることを意味しています。
お盆を迎え、お墓にお参りされたかたも多いと存じます。
本堂やお墓という死にまつわる静かな場所と思われがちな寺院ですが、不思議と生命が力強く循環していることをセミの喧しさの中に感じ取ることができます。お墓参りをすることで、自らも生命のつながりの真っ只中にいることを感得できます。
新型コロナウィルス禍の只中、酷暑の夏が過ぎようとしています。様々な制約の中で日々の生活を送ることを強いられていますが、前を向いて生きていきたいものです。
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