天之御中主神

https://ameblo.jp/ks53215321/entry-12814394789.html 【天之御中主神】より

みなさん、こんばんわ♪ おはようございます、こんにちわ☀️

今日は前回のブログでみなさんにご紹介させて頂いた「賀蘇山神社」に祀られている神様の一柱。「天之御中主神(アメノミナカヌシ)」をご紹介したいと思います📓🖋️

全国的にみてもこの「天之御中主神」が祀られている神社って本当に少ないんです。

栃木県には「約1984社」の神社が鎮座していると言われているんですが、「天之御中主神」を祀っている神社はたったの「4社」だけです。なぜでしょう???謎ですね???

今日はその「謎」についても詳しく解説したいと思います📓🖋️

✳️「天之御中主神」とは??✳️

「天之御中主神」は別天津神にして「造化三神」の第一柱。八百万の神々の頂点に位置する神様です!

✳️独神(ひとりがみ)✳️

「最高神」や「始原神」といった神格を持ち性別のない「独神」。「神仏習合」・「神仏分離」によって、広く知られるようになりました。御利益には「開運招福・厄除け・病気平療」等々多くの神徳を有します。

✳️八百万の神様の中で初めて出現した神様✳️

「天之御中主神」の神名の「天」は宇宙や天空。「御中」は崇敬を込めた中心。

「主」は主人や主君を意味しており、文字通り宇宙の中心に在る神様です。

天地の初めに成った三柱の筆頭神であり「古事記」には「高天原」に最初に出現した「独神(ひとりがみ)」とされています。(独神=性別のない、もしくは不明の神)

「宇宙の根源神」であり「宇宙そのもの」や「宇宙エネルギー」を表しているともされています。

✳️古事記の冒頭にだけ登場するが....✳️「古事記」冒頭の記述には....。

「天地初めてひらけし時 高天原に成りし神の名は 天之御中主神。」 と記されています!

しかし、これ以降「天之御中主神」に関する記述がなく、歴史上何らかの「氏族」や「集団」などに祀られた形跡もほとんど見られません!

また「延喜式神名帳(全国の神社一覧)」にも名を祀った神社の記載にも見られません。

古事記の冒頭にだけ登場する「天之御中主神」は、その崇高さゆえに人々が安易に祀らなくなり、実際的な祭祀のない「閑職神」とも考えられます。

「閑職神」とは、宗教用語で「世界や人間と具体的な関わりを持たない最高神的な存在」を指します。

✳️神様は時代によってその表情を変化させる✳️

神話に登場する神様は時代によってその表情を変化させる事が多いんですが「天之御中主神」も同様で、近世以降、仏教と習合して「妙見さん」(妙見菩薩)と呼ばれ多くの庶民に親しまれるようになりました。

「天の中心の至高神」と言う性格が道教の影響を受けた「北極信仰」と結び付き「日蓮宗」において盛んになった「妙見信仰」と習合したとされます!

✳️妙見信仰とは??✳️

「妙見信仰」とは、「北極星」や「北斗七星」を崇めるものです!

北極星を「最高神」として神格化し、仏教の「菩薩」の称号を与えられて「妙見菩薩」と呼ばれるようになります。

明治維新の「神仏分離」により「菩薩」を公然と祀られなくなった多くの「妙見神社」の祭神が「天之御中主神」に改めてられたそうです。

みなさんいかがでしたか??

「天之御中主神」。

これほど凄い神様なのになぜ祀られている神社が少ないのか?なぜこんなにマイナーなのか?

その「謎」が解けましたか??

✳️最後に✳️

夜眠る前や、朝起きた際に「毎日10回以上唱えると良い!」とされている「ある言葉」をみなさんに紹介します!

「天之御中主神様 お助けいただきまして ありがとうございます。


https://2651023.blog.fc2.com/blog-entry-96.html【天之御中主神は北極星ではない?】より

天之御中主神は加上説では説明できない

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は後から創作されたものだという説がある。いわゆる「加上説」(架上説)というものだが、萩野貞樹先生は「アメノミナカヌシは消せるか その「架上」の説を中心に」(『現代思想』1986年11月号)という論文で、加上説では説明できないといっている。その論文はもうずいぶん古いもので(昭和六一年)内容はもうすっかり忘れました。興味のある人はバックナンバーがAmazonかなんかで売ってると思いますので取り寄せるか、あるいは同じネット通販でも萩野さんの『歪められた日本神話』 (PHP新書)の方が安いかも(内容は同じ&プラスアルファ)。この人の説には賛成できないところもあるけれども、まぁ普通の学者の本よりはおすすめです。

北極星ではない

天之御中主神は北極星の神格化で、中国の道教の影響だという説もあるのだが、本当だろうか? 北極星は中国の道教では神格化されて「天皇大帝」「紫薇大帝」という神になっている。これらの言い方は唐代からで、その前の南北朝期には「元始天尊」といっていた。これらは道教での言い方だが、儒教の方がもっと古くて、『書経』や『詩経』といったひじょうに古い儒教経典に「昊天上帝」とみえる。継体天皇の頃に五経博士がきた時はこの「昊天上帝」という言い方も知られたはず。これらが日本に入ってきたなら(というか入ってきたに決まってると思うが)、そのまま「天皇大帝」とか「紫薇大帝」とか「昊天上帝」などと呼んで拝めばいいわけで、わざわざ日本風の名前に作り変える必要はないだろう。それまで無かった神をいきなり持ちだしても「なんだそれ」ってことにならないか?(妙見信仰のつながりはずっと後になってから習合したのであって天之御中主神の起源とは関係がない)。そもそも日本人は星に興味をもたない民族だったという説もあるが、これも信用ならない。確かに記紀の神代巻には星の話がほとんど出てこない。日本書紀に一ヵ所、天津甕星(あまつみかほし)が出てくるだけ。

しかし日本に土着の天文学がなかったとはいえない。四分至(春分・秋分・冬至・夏至)は石器時代から知られていたから中国の文化とは無関係に観測されていた。日本では古くから「日置部(ひおきべ)」(のち訛って「へぎべ」)があり、これが太陽の祭祀と観測を管掌したのだろう。だが、中国製の暦が採用されてから暦に関する事務は阿直岐史氏や西文首氏などの帰化人系の氏族に管掌され、毎年の暦は百済から輸入していた。日置部は形骸化して、平安時代には宮中の灯火(太陽の分霊とされ聖別された火)を管理する部署に零落してしまった。それが敏達天皇の時になって日祀部(ひまつりべ)が新たに設置されたのは、中国式の天文学が導入されたのだろう。日本書紀には、敏達天皇は中国の文化を好んだとある。その前、継体天皇の時に儒教の五経博士を招聘して中国文化を大々的に輸入したがその頃に天文学も入ってきたのだろう。暦自体はさらにそれ以前の五世紀の頃から「元嘉暦」という中国式の暦を使百済から輸入して使っていた。そうやって中国式に置き換えていくと古い日本式の天文学は伝承が途絶える。例えばインドでも、アレキサンダー大王以降、ヘレニズム天文学や西方の占星術が導入された結果、それ以前のインドの古い占星術などは消滅してしまった。わずかに痕跡を留めているために辛うじて「かつて別系統の占星術が存在したことが窺われる」程度にすぎない。

そもそも神道は山、海、火、水、万物はすべて神々だと考える多神教だから、当然、夜空の星々もカミガミだと考えたのは当然で、よほどの未開部族でも北極星ぐらいは知ってるので、当然、日本でも北極星の神というものはあったろう。

だが天之御中主神が宇宙の中心だからって北極星とは限らんよ? 天之御中主神は目に見えない存在だ。『古事記』には「身を隠したまひき」とある。これは原文では「穩身也」なので「隠身(かくりみ)にませり」「隠身なりき」「隠身にましき」等とも読める。でも北極星は目に見えるんだから「隠身」とはいえない。

ただ、昔の日本人が「宇宙には中心があるにちがいない」と想定したのは、北極星の存在からヒントを得たのかもしれない。北極星はまだ宇宙の中心ではなくて、目に見えない世界に中心がある、というのが『古事記』の説だろう。

宇宙の泡構造

ところで、現代の天文学では宇宙の構造を銀河フィラメントとヴォイド(超空洞)から成る泡構造だという。しゃぼん玉のようなものを想像してみると、銀河フィラメントはグレートウォールともいい、いわゆる天体が存在している空間だが、これはしゃぼん玉の薄皮のようなもので、しゃぼん玉の中は何も存在していないからヴォイド(超空洞)という。このしゃぼん玉=泡がいくつも積み重なっているのが宇宙の構造だという。

泡の構造

大量の泡つぶを全体としてみると宇宙の中心はないように思うが、泡の一粒つづは球体なのだから、当然中心はある。目に見えない中心が。それにこの泡構造だってデタラメに積み重なってるわけじゃなくて、球体の薄皮なのかもしれないしな。太陽系に中心あり、銀河系に中心あるのだから、それから類推すれば大構造にも中心はあるだろう。

天之御中主神は「0」(ゼロ)なのではない

ところで天之御中主神が万物の始まり、宇宙の始まりだからゼロを表してるのだという人がいるのだが、それは違うんじゃないのか? 喩え話ではあるけれども、数字でいうならゼロじゃなくて「1」なのではないか。

天之御中主神はある時に「成った」のだからそれ以前には「無かった」のであり、始めあるものは必ず終わりがあるように、時間的に永遠の存在ではない。それは中心ができたから同時に周辺もできるように、空間的な無限でもない。始めと終わり、中心と周辺という、相対的な存在であって絶対神ではない。では無限、永遠、絶対の神というものはないのかというと、それもあると思う。なぜなら、あらゆる存在はなんでもカミであるというアニミズム的な発想を貫徹させると、天之御中主神以前の無の状態もやはりカミなのではないかと思われるからだ。それを関口野薔薇先生は「成りまさぬ神」といっている。

天之御中主神に続いて次々に「成りませる神」がでてくる。「成りませる神」がいるのだからそれ以前には「成りまさぬ神」がいたはずだ、という。それは「成ってない」のだから名がない。何もないわけではなく、そこには高天原という「場」はあったように書かれている。高天原に天之御中主神という中心点が生まれると同時に周辺が構造化され、有限な時空が起動し始める。これが「初めの時」だろう。

天之御中主神がいまだ成らざる時の高天原は初めもなく終わりもなく中心も周辺もない、無限永遠のゼロ時空である。アニミズム的発想を貫徹させると、山や海がカミであるように高天原もカミでないとおかしい。そうすると、この「成りまさぬ神」というのがカミとしての高天原そのものではないか。そしてその「成りまさぬ神」(=高天原)がゼロであり「初めも終わりもなく中心も周辺もない無限、永遠」をあらわすとして、有限の始まり天之御中主神が「1」だ。

おまけ:ウエツフミの星神

日月のぞく星々に対する信仰は世界各地にみられる。なぜか日本には星に対する信仰がないという誤った説が流布しているが、中近世までも対象とする民俗学レベルでは実に豊富に事例があり、たまたま残ったわずかな伝承をまとめた記紀だけをみて即断するのはかなり問題であろう。むろん中古以来の、海外から伝来した信仰の影響も大きいがそれですべては説明できない。『ウエツフミ』には既存のいかなる体系にも属さない星神信仰が登場する。これは支那・インドの文化的影響では説明不可能なものである。これが後世、途絶してしまった理由を考えるに、インドの占星術のように、アレキサンダー大王以降に輸入された神学の理論体系によって、土着の星神信仰の体系が隠滅して痕跡のみとなってしまった例があり、日本でも陰陽道や宿曜道など支那・インドの俗信仰に席捲されてしまって消滅した土着信仰の存在が想定されるのである。

古代語では「星」のことを「つつ」という。例えばシリウス(大犬星)を「おほづつ(大星)」、宵の明星(夕方の金星)を「ゆふづつ(夕星)」と呼んだことが知られる。「ほし」は天之菩比命(天穂日命)のホヒと同じく「光の穂先」が原義であり、それから転じて「点(ポチ)」をも意味したが、いわゆる物理的な意味での「天体そのもの」を意味する言葉ではなかった。

日本の古俗の星にまつわる信仰や言葉は多いが、多くは支那やインドの天文学を大和言葉に直訳して庶民レベルの信仰に入り込んだようなのが多い。しかしそれらに比して『ウエツフミ』の星神体系は特異な存在である。

以下、参考までに実際に『ウエツフミ』にでてくる星神たちを列挙していく。「参考までに」、であって『ウエツフミ』が古伝承そのままだという意味ではもちろんない。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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