https://haikudai.com/post-1300/ 【第十一回 『俳句の結び ① 句末連用中止法のすべて』】より
最後は、用言を俳句の結びに使う構文を紹介します。
具体的には――「連用中止法」「連体止め」のふたつを紹介し、講義を締めくくりたいと思います。
なお、「体言止め」の俳句を基礎編とすれば、用言の結びは上級編に当たります。
名詞の持つ写実性にくらべると、動詞や形容詞といった用言はどうしても抽象的になりやすい傾向があるためです。
その意味では、用言を使うこと自体が高度なテクニックだと言えるでしょう。
けれど上手く使いこなせれば、「体言止め」一辺倒の俳句から大きくバリエーションを増やすことができます。
この機会にぜひ句作の引き出しを増やしてみてはいかがでしょうか?
それではさっそく「連用中止法」の解説からスタートしましょう。
連用形でブツ切り!? 句末連用中止法とは?
日本語において文末の用言は、終止形に活用するのが正しい文法です。
ところが、歳時記や句集を読んでいると、たまに次のような俳句と遭遇することがあります。
・ 手毬唄かなしきことをうつくしく 高浜虚子
何となく尻切れトンボな文章に見えませんか……?
文法的に言えば、「うつくしく」という連用形(用言に連なる活用形)に対し、照応する用言が明記されていません。
これは連用中止法と呼ばれる省略法の一種です。
ためしに「歌う」という用言を補って読んでみてください。
・ 手毬唄かなしきことをうつくしく(歌う)
……文意がハッキリしましたね?
このように、活用語を連用形で切って、直後の用言を省略するテクニックのことを連用中止法と呼びます。
本句の場合、省略された動詞が文末に位置しているため、あたかもブツ切りであるかのように見えたわけです。
こうした俳句の結び方が今回のテーマ「句末連用中止法」になります。
じつは名前倒れ? 連用中止法のカンタン活用術
まずは連用中止法についてざっくりと紹介しましょう。
漢字で
と書くと、一見すごく難解に思えるかもしれません。
けれど、じつは私たちが日常的に使っているありふれた文法のひとつにすぎないのです。
たとえば薬を飲むとき――
「使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って服用してください」
といった表現を目にしたことはありませんか?
この注意書きの「~をよく読み」の部分は連用形で切れているため、まさに連用中止法に当たります。
いかめしい用語のわりには、たいして高度なテクニックでもありませんよね?
やり方さえ分かれば、俳句の初心者でも容易に応用が効きます。
では、俳句へ応用するとどんなメリットがあるのでしょうか?
連用中止法は用言を丸ごと省略するテクニックですので、無駄な言葉を少しでも減らしたい場面でたいへん重宝します。
文中/文末を問わず適用できますが、とくに句末で用いた場合、「体言止め」と同様に文章をスッキリとしたたたずまいにできるため、大きな恩恵を受けられます。
句末への適用メソッドは推敲の引き出しに入れておいて損はありません。
一方で、用法を誤ると締まりのない「言いながし」に陥ってしまう危険性も孕んでいます。
「髪あらい衣服ととのえ口すすぎ」では、どこを主張したいのかさっぱり伝わらないのとおなじです。
正しい使い方を守ることが重要なポイントと言えます。
では具体的にどのような点に注意すれば良いのでしょうか?
次章でまとめましょう。
言いながしとは違う! 省略としての句末連用中止法
連用中止法は活用語なら何にでも使える万能性を有していますが、目的を見失うと、使いどころを間違えてしまう可能性があります。
その目的とは、用言の省略です。
省略しようとする用言が万人に推定できるものでなければ、本来は終止形で切るべき日本語の誤用とみなされかねません。
とりわけ俳句のような短い文章においては、主張が中途半端になったり、主述の照応性がねじれる症状も併発しがちです。
そこで、正しい用法を知るために、あえて失敗例を反面教師としてみましょう。
実例を見てみてください。
改作をするため、筆者の句を使います。
・ 蹲の一滴ごとに日脚伸ぶ 豊島月舟斎
・ 蹲の一滴ごとに日脚伸び
季語は「日脚伸ぶ」。
クイズにするため、終止形の原句を連用形に活用して並べました。
上下の俳句を見比べてみてください。
この場合の句末連用中止法への変化は、成功/失敗のどちらになるでしょうか?
……もうお分かりかもしれません。
これは不適切な例に当たります。
理由はカンタン。
なぜなら、連用形「日脚伸び」の直後に省略されている用言を特定できないからです。
これは単なる「言いながし」。
したがって、本句は終止形とするのが正しい文法と結論付けられます。
このように、句末連用中止法は「省略する用言が言わずもがなの場合」にかぎって有効なテクニックです。
単に活用語を連用形にすれば良いというわけではなく、文意に応じて正しい使いどころを見極めたときに、はじめて真価を発揮する技術とも言えます。
クイズに正解しなかった向きは、ぜひ冒頭の虚子の例句と、筆者の改作句とを見比べてみてください。
ちゃんと省略機能を活用しているか、単なる「言いながし」で終わっているかが、ハッキリ区別されるでしょう。
句末連用中止法まとめ
今回のまとめです。
句末連用中止法は、俳句の句末に連用中止法を適用するテクニックです。
活用語を連用形として、直後の用言を丸ごと省略することにより、大幅な音数の節約を果たし、韻律を整えやすくする狙いがあります。
一方で、省略法としての用途が明確になっていないと、締まりのない「言いながし」に陥るリスクも併せ持っており、使いどころを正確に選定する必要性があります。
結びに用言を据える場合は、原則どおり終止形とするか、連用中止法とするか、内容を吟味してから判断すべきと言えるでしょう。
以上となります。
次回は『俳句の結び』シリーズの二回目として「句末連体止め」を紹介し、二階教室の全カリキュラムを終了します。
https://haikudai.com/post-1350/ 【第十ニ回 『俳句の結び ② 句末連体止めのすべて』】より
前回は「用言を使った俳句の結び方」をテーマに、「句末連用中止法」を解説しました。
今回はその続編として、「句末連体止め」と呼ばれるテクニックを取り上げていきます。
この講義を読めば、俳句を締めくくる用言の使い方をおおむね把握できます。
ほかに命令形をとるケース(擬人法との組み合わせに多い)もありますが、良く使われる文法としては、上記『三種の活用形』を嚆矢とするでしょう。
パターンで覚えられるテクニックとしては、これだけ引き出しを持っていれば十分と思われます。
それでは「連体止め」の解説を進めていきましょう。
連体形で文章が終わっているけれど大丈夫?
前回の句末連用中止法が「連用形でブツ切りになっている」かに見えたのと同じように、「連体形でプツンと終わっている」俳句も多数存在します。
たとえば――
・ 麦畑は火のつきさうに乾きをる 夏井いつき
一見、これまた尻切れトンボな文章に見えますよね……。
文法的に言えば、「をり」という動詞の連体形(体言に連なる活用形)に対し、照応する体言が明記されていません。
これは連体止めと呼ばれる省略法の一種です。
かならず「主語+用言の連体形」という構文になり、おなじ省略法である連用中止法と使い方が似ています。
違うのは、うしろに省略されている言葉が「ことよ」になるところ。
・ 麦畑は火のつきさうに乾きをる(ことよ)
こうして補って読むと、文意をはっきりと感じ取れるようになります。
連体止めのパターンはこれだけなので、その都度TPOにふさわしい用言を省略する連用中止法よりも、シンプルで覚えやすいかもしれません。
以上が連体止めの基本的な用法となります。
連体止めの効能やいかに?
ところでこの連体止め、どこか切れ字「かな」に似た詠嘆を感じませんか……?
(※ 『作り方学部 二階教室 第九回』参照)
実はそのとおりで、連体止めの効果も「余韻」や「反芻」であると言われています。
句末の切れ字「かな」は、基本的に体言(名詞)または用言の連体形にしか接続しません。
つまり句末連体止めとは、ちょうど「かな」に接続すべき用言の連体形がそのまま結びに位置したテクニックと捉えることができます。
そう考えると、まったく新しい文法というよりは、今までの知識の延長線上にある手技のひとつにすぎないと言えるでしょう。
ただ、そうは言っても、
「それなら連体止めさえあれば切れ字なんて要らなくない?」
と考えるのは早計です。
あくまで用法を理解するのに都合が良いという話で、文学的な余情の質という面ではまったく異質なものだからです。
具体的にどう違うかと言うと――
「余情は余情でも本質が違う」
と言えば良いでしょうか。
筆者の経験や感覚を言葉にするなら、
・切れ字「かな」 じんわりと心に沁み入る反芻をともなった静的な余情
・句末連体止め 言い尽くせない思いがぐるぐると渦まく動的な余情
と使い分けていますが、単語としてはどちらも「余韻」や「反芻」と書きあらわすことになるため、似たもの同士に見えるわけです。
こうした概念的な差違をひとつの単語だけで理解するのは、とても困難と言わざるを得ません。
インターネットで調べれば分かるという種類のものでもありませんので、誰かに教わるか、繰りかえし例句を読んで自分なりに感得するしかないでしょう。
さしあたっては、切れ字には切れ字の、連体止めには連体止めの使いどころがある……と区別しておくのが適切です。
連体止めは使いどころが肝心!?
ここまでの解説で、句末連体止めの使い方や効能については、おおむねイメージが湧いてきたかと思います。
すぐに句作へ活用できる向きもあるのではないでしょうか?
しかし用言とは本来、終止形で結文するのが日本語の正しい文法です。
したがって、どんな文章にも連体止めを適用すれば良いというわけではありません。
連体止めにするのが適切な文章、終止形にするのが適切な文章と、それぞれ適性があります。
そこで最後に、どのようなケースで句末の用言を連体形に活用すべきなのか、使いどころを整理しておきましょう。
次のクイズを見てください。
これから『サッカー吟行』をテーマに投句するところです。
ただ、句末の用言をどう活用するかで悩んでいるとします。
次のふたつの推敲句を見比べて、どちらの活用形が適切だと思いますか?
あなたの決断で一方を選句してみてください。
判断のポイントは「主語の位置」です。
・ ロスタイム二分の守備に風死せり (終止形)
・ ロスタイム二分の守備に風死せる (連体止め)
例によって、答えから先に述べましょう。
本句の主語は「風」ですが、このように主格が用言の直前にある文章は、たいてい終止形にするほうが適切です。
ですので、正解は「風死せり」となります。
それはなぜでしょうか?
繰りかえしになりますが、連体止めとは「余韻」や「反芻」を込めるテクニック。
それゆえ、主格が遠くに離れている場合や、省略されている場合ほど本領を発揮しやすくなります。
言い換えると、上記のように主格が用言の直前に位置する俳句では、「余韻」や「反芻」の生まれるスペースが不足ぎみです。
結果、ふつうに終止形で言い切るほうがスッキリとした姿になりやすいのです。
もうひとつ、べつの例を見比べてみましょう。
・ ひぐらしに友と家路を分かちたり (終止形)
・ ひぐらしに友と家路を分かちたる (連体止め)
……今度はいかがでしょうか?
この例句は、いわゆる「視線の起点が文中にない俳句」です。
『文法学部 二階教室 第九回』で解説したように、「わたし」という主格が省略されています。
今度のケースでは、連体止めにすると効果がバッチリ活かされますよね!
このように、連体止めとは「何でもかんでも使えば良い」というものではなく、余情を残すべき内容かどうか、適用するにふさわしい構文かどうか……を分析して、使いどころを選定すべきテクニックであると結論できます。
句末連用中止法まとめ
今回のまとめです。
句末連体止めは、俳句の句末に連体止めを適用するテクニックです。
活用語を連体形とすることで、「余韻」や「反芻」を想起させ、詩情をふくらませる狙いがあります。
一方で、原則どおり終止形とした場合に比べ、質的に適正かどうか、構文的に適切かどうかを一文ごとに吟味する必要があります。
単純に適用すれば良くなるという技法ではありません。
まずは終止形で結んだ推敲句をならべてみて、両者を見比べたうえで使いどころを選定すると良いでしょう。
以上となります。
二階教室の全講義を終えて
さて、全六回にわたって解説した『俳句大学 文法学部』二階教室の講義は、これでひと区切りとなります。
いかがでしたか?
役に立ったと思う人は、コメントを返してもらえると励みになります。
二階教室では、『作り方学部』も『表現学部』も『文法学部』も、ひとしく具体的なテクニックを箇条書きにして紹介しました。
これは当サイトが「読めばひとまず俳句を分かるようになる」ことを目的としているためです。
こうしたテクニックはしょせん小手先の技術にすぎず、作句において本当に大切なのは、むしろ詩精神そのものの構想です。
もし、洗練された表現なのに中身のない俳句と、不格好でも詩情ゆたかな俳句があったなら、筆者は迷わず後者を採るでしょう。
ツールはあくまでツールにすぎない……という点は忘れないでください。
しかし、ツールを知らなければ理解できない俳句というのは確かに存在します。
ですので例句をたくさん読めるように、あえてテクニックの紹介を優先したわけです。
良句を数多く目にすれば、その分だけ句力も自然と向上します。
この記事を読んだことで、以前分からなかった俳句がひとつでも賞味できるようになれば、それだけで儲けものです。
ぜひこのサイトを通じて、会ったことのない俳人の言葉に出会ったり、ずっと前に亡くなった俳人と会話する機会にしてもらえれば……と祈念する次第です。
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