真空(論考)※真空(マカーラ)とは、アラビア語で論考の意味

https://www.hukkoukaigi.or.jp/%E7%9C%9F%E7%A9%BA/ 【真空(論考)※真空(マカーラ)とは、アラビア語で論考の意味】より抜粋

「詩と神話」   鎌田東二 2023年4月12日記

はじめに

わたしは、四国九州を自転車で横断・半周して宮崎間青島に立ち寄った時に衝撃を受けた17歳の時から、突然、詩を書き始めた。

以来、自分の根幹を成しているのが詩だと思って生きてきた。昨年3月末に上智大学を定年退職して、いっそうどんどん17歳の頃に戻っていっている感じがする。そして、この5年間で、7冊も詩集を出してしまったのである(ただし、6冊目と7冊目はこれからであるが……)。

1,『常世の時軸』(思潮社、2018年7月17日刊)*ちなみに、7月17日は、奈良県吉野郡天川村坪ノ内鎮座の天河大辨財天社の例大祭の日でその日に合わせて奉納出版。

2,『夢通分娩』(土曜美術社出版販売、2019年7月17日刊)

3,『狂天慟地』(土曜美術社出版販売、2019年9月1日刊)

4,『絶体絶命』(土曜美術社出版販売、2022年5月30日刊)

5,『開』(土曜美術社出版販売、2023年2月2日刊)*天河大辨財天社の特殊神事「鬼の宿」の日に合わせて奉納出版。

6,『悲嘆とケアの神話論―須佐之男と大国主』(春秋社、2023年5月3日刊予定)

7,『いのちの帰趨』(港の人、2023年6月か7月に刊行予定)

 なぜ、このようなことになったのか?

Contents

 じつは、そのことは、わたしの中での「宗教信仰復興」と「宗教信仰の覚醒」と大いに関係がある。

 わたしは宗教を構成する基本三要素を、

① 神話(教えを含む)と、

② 儀礼(修業を含む)と、

③ 聖地(宗教施設を含む)

の三つだと考えてきたが、その「神話」の根幹が「詩」であるとの思いが日増しに募り、ついに、自分で「神話詩」を書き進めねば収まらなくなったというわけである。それがわたしの中でのもっとも核心的な「宗教信仰復興」であり、「宗教信仰の覚醒」で、その原点が自分のライフヒストリーの中では17歳の春の青島体験だったということになる。

 だから、「詩」を書きながら、原点回帰し、かつ自分の中の宗教性を「復興」というか、「賦活」させていると思う。そんな矢先にステージⅣの大腸がん(盲腸癌・上行結腸癌)になって50センチほど上行結腸を切除する手術をして1ヶ月ほど入院していたが、2度にわたる入院と自宅待機の間に、上記6の『悲嘆とケアの神話論―須佐之男・大国主』(春秋社)と『いのちの帰趨』(私家版、7月に港の人から出版予定)を、自分でも驚くほどのスピードで、あっという間に書き上げた。

 手術後乳糜腹水という合併症になって退院が遅れ、2週間の絶食療法の治療の間、自分を支えていたのは「信仰」というより「詩」である。もちろん、その「詩」はわたしの「信仰」と切り離せないものだが、呼吸するように「信仰」が生きた息吹となるためには「詩」が生れてくる必要があり、それが「絶食」の中での最大の「栄養」となって、わたしを支えてくれたのである。

 そして、その絶食療法中の入院生活の間に、第五詩集『開』(土曜美術社出版販売、2023年2月2日刊)が出来上がって、妻が届けてくれた。表紙の対馬の和多都美神社の海中鳥居を目にした途端、どこか、扉が開くのを感じたが、これにより、入院生活がずいぶん楽になった。主治医の木下浩一先生(副院長・外科部長)とチャプレンの宮川裕美子牧師には詩集を献本し、いつどうなってもいいや、という覚悟も生まれた。そして、その後しばらくして退院できたのである。

 入院中に出来た3つの詩集、がんが告知する前に書いていた第五詩集『開』と、がん告知後にまとめた第六詩集に当る『悲嘆とケアの神話論』と、第七詩集の『いのちの帰趨』で、わが「神話詩」はひとつの収まりを得て、後は野となれ山となれという「犬も歩けば棒に当たる~捕らぬ狸の皮算用」(=犬棒トラタヌ人生)を生きている。


複雑性悲嘆と複雑性感謝(2022年12月28日)   鎌田東二

はじめに

 1,「複雑性悲嘆」から始まる

 グリーフケアやスピリチュアルケアの領域に関わるようになって、キャサリン・シア(Katherine Shear)らによって提唱された「複雑性悲嘆」(complicated grief)という概念を知った。

この「複雑性悲嘆」は、深い喪失感による悲嘆反応が半年以上続いて生活に深刻な影響を及ぼす状態を指している。キャサリン・シアらはこの概念をピッツバーグ大学に在籍していた2005年に提唱した。彼女は、現在、コロンビア大学のThe Center for Complicated Grief(複雑性悲嘆センター)のセンター長を務めている。

Contents

1,「複雑性悲嘆」から始まる

 グリーフケアやスピリチュアルケアの領域に関わるようになって、キャサリン・シア(Katherine Shear)らによって提唱された「複雑性悲嘆」(complicated grief)という概念を知った。

この「複雑性悲嘆」は、深い喪失感による悲嘆反応が半年以上続いて生活に深刻な影響を及ぼす状態を指している。キャサリン・シアらはこの概念をピッツバーグ大学に在籍していた2005年に提唱した。彼女は、現在、コロンビア大学のThe Center for Complicated Grief(複雑性悲嘆センター)のセンター長を務めている。

https://prolongedgrief.columbia.edu/professionals/complicated-grief-professionals/overview/

 この「複雑性悲嘆」は、現在「遷延性悲嘆障害」(prolonged grief disorder)と呼ばれていて、メンタル面でのうつや自殺念慮、フィジカル面での高血圧や心疾患に影響するとされている。

 喪失体験は誰にでも起こることであり、その悲しみの浅深や質はともあれ、誰しもが悲哀や悲嘆を体験する。病気にかかることも、喪失の一つである。それによって、痛みや苦しみが増し、いろいろなことができなくなる。関係性も変化せざるを得ない。

 このような、病を得て死に至る過程は、キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間~死とその過程について』(鈴木晶訳、中公文庫、2001年、原著1969年)において、有名な5つの段階としてモデル化された。それは、①否認と孤立(Denial and Isolation)、②怒り(Anger)、③取引(Bargaining)、④抑うつ(Depression)、⑤受容(Acceptance)のプロセスを辿る。

 その後、この悲しみの5段階説はさまざまな批判にさらされるが、重要なことは、「否認」から「受容」に至り得るという葛藤の過程があることを広く世に認識せしめた点だ。そして人がいかにして死の受容に至るのかが大きな課題となり、今日の「終活」騒ぎの中でも、この点は外せないキーポイントとなっている。

 さて、私が研究領域としている「身心変容」あるいは「身心変容技法」という観点からすると、病がもたらす「身心変容」はフィジカル面では不可抗力と言えるが、同時にメンタル面やスピリチュアル面ではそれを一つの警告とか啓示とかメッセージとして受け止めて、違う生き方や在り方に変容させる可能性を持っている。

 キューブラー・ロスは、たとえば、癌を宣告された患者が、死を運命として受け入れられず、検査結果を疑い、否定し、どうして自分がそんな病に罹ったのかと怒りを感じ、死の恐怖から逃れよう神仏に祈ったりすがったり、諸種の代替治療を試したり、普段しないような慈善行為の寄附をしてみたりする取引を重ね、それも役に立たないことを知ると抑うつ状態に陥って絶望的な気持ちになって何事にも無気力になるが、終には、死を避けられぬ運命として受け入れて安らぎを得る過程を鮮やかに描いて見せた。

 これは、死の人間学的研究に大きな寄与と前進を与えるものだった。

 その後、病をめぐるナラティブ研究が進み、長らくカリガリー大学教授を務めた医療社会学(medical sociology)のアーサー・W・フランクは、心臓発作とガンを体験することから病の語りについてのより踏み込んだ研究を展開し、大きな影響を与えた。フランクは、『傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理』(鈴木智之訳、ゆみる出版、2002年、原著1995年)の中で、「病いの語り」を、①「回復の語り(restitution narrative)」、②「 混沌の語り(chaos narrative)」、③「探求の語り(quest narrative)」に3類型化した。そして、健康を取り戻すという筋書きを持つ「回復の語り」と苦しみのさ中を生きている筋書きのない「反-語り(anti-narrative)」的な「混沌の語り」に対して、患者が苦しみに立ち向い、旅立ち/イニシエーション/帰還という 3 つの過程を辿るイニシエーション的な「英雄の旅」を「探求の語り」として理想化した。

 このフランクの病の語りの3類型論、特に「探求の語り」は、宗教や宗教学に関心を持つ人たちには非常に共感しやすいものだが、しかし、そのような語りからこぼれ落ちる多様な声や身体を抑圧したり、隠蔽したり、低いものと見做したりする危険があり、さまざまな観点から批判されてきた。

そもそも、「探求の語り」はキューブラー・ロスのいう5段階の「受容」を踏まえて成り立つものだ。しかし、たとえばALSなど困難な病に直面した人たちはそう簡単には病を受容するなどできない。彼らからしてみれば、そんな物語は綺麗事で、一定の条件の下でしか成り立たない、いわば<病者貴族>の中でしか成立しない観念論的な上澄みにすぎない。

 だが、宗教を学び、宗教的信仰を糧として生きてきた人間の中で、病の捉え方は神的な物語の色合いを帯びることがある。

たとえば、キューブラー・ロスが『死ぬ瞬間』の中で考察した第5段階の「受容」の章(第7章)において、彼女は悪性腫瘍(上行結腸癌)に見舞われた信仰心の篤い50代の歯科医のG氏とその夫人のことを取り上げている。

 G氏はキューブラー・ロスとチャプレン(病院付き牧師)に語る。

「信仰という領域は運不運で割り切れるものではないと思うからです。救世主たる神を知るということは、運とは別の問題です。非常に深く、すばらしい経験です。いわば人生の浮き沈みにそなえること、私たちが遭遇する試練を覚悟することなのです。私たちはみんな、試練に、たとえば病に立ち向かわなくてはならない。でも神を知れば、その試練を受け容れる心の準備ができるのです。」(前掲214頁)

 ここでは、宗教信仰が病に立ち向かうフランクの言う「英雄の旅」の「探求の語り」に近いものを生み出している。

それに対して、やはり信仰心の篤いメソジスト派のG夫人は、キューブラー・ロスに次のように打ち明けている。

「聖書を開くたびに、そこに並んだ言葉が私に何か語りかけてくるように感じられるのです。いまでは、主人の病気をきっかけに何か良いことがあるんじゃないかと思えるようになりました。それが私なりの受け止め方であり、病気に向き合う日々の活力の源にもなっているんです。主人は信仰の篤い人ですから、自分の病状を告知されたとき、私にこう尋ねました。「もし君があと四か月、長くても十四か月の命だなんて言われたら、どうする?」って。私ならすべてを神の御手に委ね、神にお任せするでしょう。もちろん、医学でできるだけのことは全部、主人のためにしてほしいと思いました。」(同220頁)

「人からは「どうしてそんなふうにふるまえるんですか」と尋ねられます。それは、私が人生の中で神の占める割合の大きさを理解し、いつもそれを感じてきたからです。私は看護教育を受けていますし、幸運なことに、敬虔なクリスチャンの方々にも出会うことができました。それに、いろいろな話を、ときには映画スターの話まで本で読んだり、人から聞いたりして来ました。信仰を持ち、神を信じれば、拠り所になるはずです。それに尽きると思いますし、幸せな結婚生活も、基盤は神への信仰になるのではないでしょうか。」(同229頁)

 この章で、キューブラー・ロスは多くのページをG氏とG夫人とのインタビューの再現に割いている。そして、次のようにコメントしている。

「G夫人は突然のガン告知に対して近親者がどんな反応を示すかを的確に述べてくれた。彼女はまずショックに打ちのめされた。続いて、「まさか、そんなはずはない」としばしば否認した。そして、この混乱の中になんらかの意味を見出そうと努め、聖書の中に慰めを見つけたのだった。この家族は、つねに聖書から神のメッセージを読みとってきた。彼女が夫の死を受容していたのは明らかだが、一方で「日々研究は進んでいるのだ」という希望を持ち続け、奇跡が起こることを祈った。家族を襲った変化を機に、家族の宗教的体験は深まり、彼女自身も人に頼らず、自立して過ごすようになった。」(同229頁)

 宗教信仰者にとって、またある人々にとっても、あらゆることが、ユーミン(荒井由実・松任谷由実)の「やさしさに包まれたなら」に歌われる「メッセージ」となるのだ。

小さい頃は 神様がいて

不思議に夢を かなえてくれた

優しい気持ちで 目覚めた朝は

大人になっても 奇跡は起こるよ

    カーテンを開いて 静かな木漏れ日を

    やさしさに包まれたなら きっと

    目に映る全てのことは メッセージ

 前掲アーサー・W・フランクは、「病の語り」の3類型の中でも「探求の物語」が重要だとした。これは「メッセージ」を受け取る物語的探求とも言い換えることができよう。病をきっかけとして新しい旅=探究が始まる。そして、自他をともに励まし、よりよく生きる道標となる。そしてそのようなイニシエーション的な探究の旅をフランクは「菩薩的英雄の物語」と言い、身体論のレベルから「コミュニカティブな身体」と類型化した。

 フランクは、人が病という問題状況に陥った時に、身体は種々の抵抗(resistance)を示すと言う。そして、コントロール(統制)、欲望、他者との関わり、自己の身体との結びつきという4つの指標を設定して、①規律化された身体、②支配する身体、③鏡像的身体、④コミュニカティブな身体、の4身体類型をモデル化した。それらは、①統制に対して強い規律で反応するか、よりフレキシブルな偶発性や自由度を持つか、②欲望を産出するか、欠落させるか、③他者に開かれているか、閉じられているか、④自己の身体と結びついているか、分離しているか、で測定され、それに基づく座標化により、4身体類型を分類したのである。

 こうして、フランクは、①偶発性を生命の基本的なものとして受け入れつつも、②欲望を産出しつづけて、しかも、③他者に開かれて同胞関係を結び、④自己と自己の身体がとも結びついているという身体のありようをもっとも理想的な「コミュニカティブな身体」と定位したのである。つまり、自己にも他者にも開かれた身体ないし身体行為としたのである。

 かくしてフランクは、この「コミュニカティブな身体」を最高度にポジティブな身体行為的位相と定位したわけだ。

 フランクのこの原著の刊行は、日本では阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件~オウム真理教事件のあった1995年である。「ボランティア元年」と言われたこの年から「心のケア」が社会的注目を集め、ケアの重要性が認識され始めた。その点で、1995年は、米国でも日本でもケア意識の大きな高まりと深化があった年と位置づけることができる。

2,「複雑性感謝」をめぐって

 以上、キャサリン・シアやキューブラー・ロスやアーサー・W・フランクらの研究を通して、複雑性悲嘆や死の受容にどのように向き合うかというナラティブアプローチのいくつかを見てきた。そしてそれは、とても重要な課題ではあったが、私にとってはつい先月までは他人事の、というか、対象化された理論や事例であった。いかにそこにリアルな臨床事例的な記述があっても、それは他者性と対象性のベールに包まれていた。言わば、「対岸の火事」的な傍観者性がつきまとっていたのである。

 しかし、今月、私は癌を宣告された。12月16日にCT検査でG氏と同様上行結腸癌が極めて濃厚でイレウス(腸閉塞)の懸念が強いと診断された。そこで19日に入院し、造影剤を注入したCT検査と内視鏡検査でも確認された。また、27日には、組織検査の結果が判明し、それによってもはっきりと確かめられた。

そして間もなく手術をしなければならなくなった。G氏は「四十五センチ」ほど上行結腸などを切ったが、私もほぼ同様の手術をすることになる。癌のステージは2~3と推定されているが、リンパ節への転移の疑いもあるので、その場合はステージ3となる。それがなければ、肝臓や肺や他の臓器への転移が見られないステージ2となる、という診断だ。すべての診断が確定するのは、手術後の生検が終わってからだ。

 問題は、癌当事者となった自分が、今、キューブラー・ロスやアーサー・W・フランクらの研究にどのような見方をしているか、という点である。

 まず、キューブラー・ロスの言う、①否認と孤立、②怒り、③取引、④抑うつ、⑤受容の5段階であるが、これらの5段階を順序だてて辿ることのない、いきなりの受容もあるのではないかという自覚と、「怒り」ではなく「感謝」と言うべき感情の生起もあるのではないかという気づきである。異論というほどではないが、違う見方や状況もあり得るのではないかということだ。もちろん、これは、この後の私自身の手術や術後経過の過程で変化していって、やはり、キューブラー・ロスの言うような否認も孤立も怒りも取引も抑うつもすべてあった、彼女の言うことが正しかった、ということになるかもしれない。

 そのような変化・変貌を視野に入れておくとしても、しかし、告知2週間ほどの段階で、否認や孤立や怒りや取引や抑うつが全く感じられない、どうしたのかなと思うくらいノーテンキな自分がいるのを見て、ちょっと自分でも呆れているのだ。

 そして、この時点で難しいのは、医師からの告知を自分自身に受け容れることより、このことを周りの他者、家族や友人にどのように伝えるのかだということを想い知らされた。告知を受け取るよりも、告知を伝える方がはるかに気を遣い、難しいのだ。たとえば、予定をキャンセルする過程、然り。どこまで、どのように伝えて、イベントを中止してもらうか、参加をキャンセルしてもらうか。じつに悩ましく、難しかった。そして今、このような記事を誰が読むともしれないコラム欄の「真空」にこのように書いている自分がいる。

 主治医の意見を容れて、手術までのほとんどの予定はキャンセルした。そのためには、ある程度、相手が納得するような取り止め理由を告げなければならない。これが一番難しかった。

 しかし、主治医の忠告を振り払って、警戒しつつも、告知の翌日の12月17日に上京して行った「絶体絶命」レコ発ライブの最終リハーサルと、翌18日の本番だけは全力を尽した。特に、「絶体絶命」レコ発ライブ本番は死ぬ気で予定の15曲すべてを歌い切った。

 主治医がもっとも警戒していたのはイレウス(腸閉塞)になることであったが、その危険はあった。何があっても歌い切るのだと覚悟してステージに立ち、全身全霊で歌ったけれど、結果的にはイレウスを起こさなかった。歌やギター演奏の上手い下手を抜きにして、自分としては今でき得る最高のというか、一期一会のパフォーマンスができたという実感がある。その充溢感もある。そしてそれとともに、そのような「絶体絶命」に自己身体が直面した時に歌えたことをこの上ない喜びであり、それをバンド仲間(6人)や50名ほどの観客と共有できたことはかけがえのない至福でもあったと思える。

 その日、ライブを終えて、新横浜から京都に戻る新幹線の中では、名古屋付近で電源事故の停電があったために、3時間近くもギターや石笛や横笛や法螺貝などの重たく大きな荷物を抱えたまま満員の自由席1号車で立ちっぱなしで過ごした。出発をさんざん待たされ、遅れに遅れて自宅に帰ったが、ライブを達成した喜びと高揚感は消えなかった。おそらくその時には相当量の脳内アドレナリンやエンドルフィンが分泌されていたのであろう。

 もちろん、これから大腸を半分近く切るとどうなるのか不安はある。しかし、「身心変容技法」を研究してきた自分がこれからいったいどうなっていくのかということに対する何か興味津々という気持ちもある。自分事であるが、どうなるのか、不安と共に興味が湧いている。それだけでなく、おかしなことに、癌になって、嬉しい気持ちもあるのだ。

 それは、こんな感じである。「からだクン、腸クン、今までありがとう。からだはしっかりからだをしてくれていたんだなあ~。ありがとね、腸クンも、ガン君も大変だったね。今までいろいろとごめんね。自分勝手なことばかりして。ごめん。そして、ありがとね。」という、そんな気持ちでお腹を撫でている。

いったいこれは、アーサー・W・フランクの言う「探求の語り」や「菩薩的英雄の物語」であり、「コミュニカティブな身体」と言えるのだろうか? その点を吟味すると、確かにこれは私流(鎌田東二流)の「探求の語り」であるとは言えるだろう。しかし、それは「菩薩的英雄の物語」と言えるほどヒロイックなものではない。これについては、宗教文化的なバイアスがかかっているように思う。

 というのも、「観世音菩薩」を「至高のボランティア」ないし「究極のボランティア」とも「ケアの権化」とも考えてきた私は確かに「菩薩的物語」を理想化してきた。が、それは、自分にとって人生のお手本であって、自分がそのような存在であるという認識ではない。

また、子供の頃から、私の中では、『古事記』に描かれた、八岐大蛇を退治して「八雲立つ出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と歌ったスサノヲノミコト(須佐之男命、『日本書紀』では素戔嗚尊)が英雄の荒魂相を代表していたが、今、大国玉神が「菩薩的英雄」の和魂・幸魂・奇魂相を代表している存在と見えている。が、それはあくまでも理想形であり、モデルであり、自分自身ではない。

 このように見てくると、確かに宗教信仰を持つ人間は「探求の語り」を言い出しやすい特性や経験を持っているとは言えるかもしれないが、それはしかし、決して「菩薩的英雄の物語」とは言えない。そのようなヒロイズムではなく、むしろ、自分はこのように小さいのだ、でも小さくてもありがたいのだという、重たい荷物を背負って、たくさんの兄神たちに虐められるような小さき存在としての自覚と感謝である。小さくて弱いが故のありがたさと感謝。この自分の小ささや弱さの自覚がとても重要だと思っている。強い、ヒロイックな物語ではなく、遠藤周作が『沈黙』や『深い河』で描いたような人間の弱さとその中での愛や慈悲の行動への投企という生き方。

私は上智大学グリーフケア研究所に勤め出して、こんな言い方をするようになった。

   からだはうそをつかない。

   が、こころはうそをつく。

   しかし、たましいはうそをつけない。

 私は、1998年1月6日に酒を飲むのを止めた。空中右手上方からある声が聴こえて来て、その声のメッセージをよくよく考えて、その日から一番好きなものを断った。以来、25年。あと1週間で丸25年が経つ。

 しかし、酒を止めてから自分が便秘体質であったということに気づき(酒を飲んでいる時には一度もそのようなことはなかった)、かなり長いこと便秘で苦しんだ。たぶん、その便秘で腸に相当なストレスを与えていたことも上行結腸癌になったことと関係があるのではないかと思っている。

 いろんな方策を駆使して便秘対策を試みたが、決定打はなかった。が、ある時、食事療法に気づいて、徹底的に繊維質の豊富なものを主に食べるようになり、劇的に改善された。

 以来、私は自分で「お殿(しり)様に仕える」家臣のような気持で毎日を過ごし、「おしりさま」にいいものを極力食するようになった。そして、毎朝の排便時には排便物を毎回確認し、手を合わせて拝んでいる。「ありがとうございます」と言って。

 そのような日々を送ってきたので、腸クンにはいろいろと負担をかけてきたことと思う。それを文句も言わず、ずっと「受容」してきてくれた腸クンやからだクンには感謝しかない。だから、ガン君にすら、「ごめんね。ありがとね。」と言いたい気持ちなのである。

 これは、「複雑性感謝」ではないかと思っている。

 何が複雑なのか?

 第一に、からだのさまざまな複雑な機構に対しての感謝。

 第二に、そのようなからだに向き合う心や魂に対する感謝。

 第三に、そのようなかただを与えてくれた親や育んでくれた環境などに対する感謝。

 第四に、上記の第三に関連するが、たべものやのみものや、空気や風やもろもろの自然・環境・大自然に対する感謝。

 第五に、このような感謝の気持ちを引き起こしてくれる大きなはたらきとちから(それを神とか仏とかと呼んできたようにおもう)に対する感謝。存在そのものに対する感謝。地球存在、宇宙存在。異次元存在への感謝などなど、もろもろ。

 本年4月に逝去した社会学者の見田宗介(1937‐2022)は、『現代日本の精神構造』(弘文堂、1965年)「第二部 現代日本の精神状況」の中の「八 死者との対話―日本文化の前提とその可能性」において、日本人には「原恩」の思想があると指摘している。どうも、私にも見田宗介が言うような「原恩」感覚がどこかにセットされているようなのだ。見田は、日本文化に見られる「汎神論」においては、「日常的な生活や「ありのままの自然」がそのまま価値の彩りをもっていて、罪悪はむしろ局地的・一時的・表面的な「よごれ」にすぎない」と述べている。そして、その「生活における「地の部分」としての、日常性をいとおしみ、「さりげない」ことをよろこび、「なんでもないもの」に価値を見出す」ことが日本文化の特質として指摘できると言っている。

 比叡山には、「草木国土悉皆成仏」と命題化される天台本覚思想が発達した。そのような観点からすれば、ガンも便もすべてが「成仏」ということになる。

 比叡山の麓にある天台五大門跡寺院の一つの曼殊院門跡には、「菌塚」がある。発酵食品の開発などに使われてきた菌に対して、そのおかげを感謝し、何億何兆という数の実験に使われてきた「多種多様な菌様」に対して鎮魂供養をする「塚」である。そこでは、毎年5月に、欠かさず供養の儀式(法要)が行なわれている。これこそ、原恩教とも「ありがた教」(すべてが有難く思える)とも言える日本の<感謝教文化>の発露ではないだろうか。

 だがしかし、ウクライナ戦争や国内外のクリスマス期の大雪吹雪災害などなどを見ても、天台本覚思想の「悉皆成仏」や「菌塚」どころか、「悉皆地獄」や「金摑み合戦」のような状況ではないかと見えてくる。

 それでもなお、「悉皆成仏」と言える「原恩思想」や「ありがた教」の「複雑性感謝」は成り立つのか。

 自分自身の「身心変容」を見据える過程でしかと確認してみたい。(2022年12月28日記)


「京都伝統文化の森推進協議会クラウドファンディングとライブの「絶体絶命」   鎌田東二(2022年12月26日)

はじめに

  メリークリスマス! と世界中でキリスト生誕のお祝いの言葉が発せられるまさにその時期、国内外でクリスマス大災害が起こっていた。ホワイトクリスマスというようなエレガントでロマンティックな積雪ではなく、尋常ではない急速な度外れの積雪量。これまで見たこともないようなドカ雪、デカ雪、フカ雪。米国でも日本でも。

Contents

 一方、スペインでは考えられないような22度もある暖かさ。ホワイトクリスマスどころではない。ホットクリスマス。

 このような異常な気象が次から次へと押し寄せてくる。2019年9月1日に、「みなさん 天気は死にました」という一行から始まる『狂天慟地』(土曜美術社出版販売)、「天は狂い、地は慟哭している」と題する詩集を出したが、まさに「絶体絶命」の危機の中にあると私は思っている。

 そのような「危機」のありようを、2013年1月22日に同志社大学良心館で行なうシンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う② 危機の時代における文化の継承と創造」の中で問いかけつつ、そこにおける文化の継承と創造について考察してみたい。

 その一つの危機打開の試みの事例として、「京都伝統文化の森推進協議会」のクラウドファンディングのことも取り上げたい。

私は比較文明学会設立の1993年以来の会員であるが、11年前に東日本大震災が起きた後、2012年11月の比較文明学会第30回学術大会&地球システム・倫理学会第8回学術大会合同大会全体テーマ:「地球的危機と平安文明の創造」(個別テーマ「みやこと災害の文明論」)、2013年9月「災害と文明プロジェクト」に関わり、大会実行委員長やプロジェクト責任者を務めた。

 21世紀に入り、気候変動による災害の激甚化に伴い、京都の「平安」を根底的に支えてきた京都三山の荒廃がいっそう深刻となってきた。そこで、2007年12月、宗教学者の山折哲雄氏(元国際日本文化研究センター所長)を中心に「京都伝統文化の森推進協議会」(https://kyoto-dentoubunkanomori.jp/)が設立された。この時、清水寺や青蓮院門跡や上賀茂神社など京都を代表する寺社、京都市、林野庁、祇園商店街、京都市民らが連携して京都三山を未来につなぐ活動を始め、10年余に及ぶ活動を、京都伝統文化の森推進協議会編『京都の森と文化』(ナカニシヤ出版、2020年3月30日刊)にまとめた(注1)。

ところが、その本を刊行して、いっそう活発に活動を展開していこうとした矢先に、コロナ感染拡大による緊急事態宣言が出て、以来、活動が停滞してしまった。

2022年の本年は、比叡山を始め、京都の紅葉はとても美しく、観光客も戻り、比叡山も多くの観光客が訪れているが、その比叡山も、実態は、日増しに崩落が進み、寝返り倒木もそのままで、荒廃が進んでいて、たいへん深刻な事態なのである。私は2006年10月以来、2022年12月26日現在までに826回比叡山に登拝しているので、この16年間の比叡山や東山の変化をつぶさに目撃してきた。そして、その具体的な観察体験から危機感をいっそう深めている。

そんな危機的な状態をどう打開するかという大きな問題を抱えているが、できることから始めようと、比叡山を北嶺、伏見稲荷大社のある稲荷山を南端とする東山、また鞍馬寺や貴船神社や花背などのある北山、また愛宕神社や高雄山神護寺のある西山を守る「京都伝統文化の森推進協議会」のクラウドファンディングを、<荒廃が進む京都三山の「東山」 1200年の文化育む「共生の森」に整備したい>と題して、京都新聞社のクラウドファンディング部門「THE KYOTO」で始めた。

12月26日現在、「京都伝統文化の森推進協議会」のクラウドファンディングを始め、現在以下の通り450万円あまりの支援を得ているので、がんばれば、新年には目標額500万に届く可能性が具体的に見えてきた。多くの方々のご支援をいただき、本当に有難く思っている。ぜひ今後ともご支援をいただきたい。

クラウドファンディングURL:https://the-kyoto.en-jine.com/projects/denbunnomori

以上は、身近な危機とその打開策についての事例を述べてみたが、もう一つの創造の側面について、近況報告的になるが、最近2つのことを行なった。

12月4日、35年ぶりに神道宗教学会第76回学術大会で、「痛みとケアの神としての大国主神」と題して研究発表した。「大国主神」については、出雲大社や神田神社などで、信仰的にも神学的にも考究されてきたが、私は伝統的な神学的把握を超えて、「痛みとケアの神」という現代的観点から大国主神を捉える視点を提示してみた。これについては、近々論文にまとめたい。

また、12月18日には、東京の碑文谷のライブハウス「APIA40」でサードアルバム「絶体絶命」レコ発ライブを行なった。全力を出し切り、爆裂した。そのライブパフォーマンス100分のすべてが、ライブハウスのAPIA40チャンネル配信の以下のYou tubeで無料で配信されている。以下のURLの14分前後から始まり、100分ほどのライブパフォーマンスである。「物狂い」カマタトウジをご確認いただきたい(注2)。

https://www.youtube.com/watch?v=3PJy5R_Tmjc

この12月18日のライブのことは、それを見た上智大学法科大学院生1年(彼は学部時代に私の授業2科目履修してくれていました)の萩原正大君が、「身心変容技法研究会」MLに投稿してくれたので、そのやり取り4通を「絶体絶命」サイトに次のように掲載した。https://kamatatojiztzm.amebaownd.com/posts/39973535

 「絶体絶命」に危機をどう乗り越えていくか。私にとって、差し当たり、自分でできる方策は「地元の森を維持する活動」と「歌を歌う活動」の二種であった。それがどのような効果や意味を持つかはこれから確かめられるだろう。

かくして、冬至も一陽来復もクリスマスも過ぎ、いよいよ激動の2022年も終わろうとしている。2023年(日本では令和5年)、これからの3年はまさに正念場であると思っている。 

12月26日 鎌田東二記

(1)京都伝統文化の森推進協議会編『京都の森と文化』(ナカニシヤ出版、2022年3月30日刊)は、次のような概要と執筆陣である。

<京都伝統文化の森推進協議会>

 宗教学者・評論家の山折哲雄氏が設立発起人代表となり、平成19年(2007)に設立された。再生不能の危機に直面していた京都三山を、世界遺産の清水寺、青蓮院門跡、高台寺、祇園商店街振興組合、そして林野庁近畿中国森林管理局からの協力を得て、伝統に則った森づくりを行い、京都の森を蘇らせる事業を展開している。

執筆者

鎌田東二:京都伝統文化の森推進協議会会長。京都大学名誉教授。著作『言霊の思想』(青土社)他。

勝占保:林野庁近畿中国森林管理局京都大阪森林管理事務所長(当時)。

森本幸裕:公益財団法人 京都市都市緑化協会理事長。京都大学名誉教授。

原田憲一:元至誠館大学学長。元比較文明学会会長。著作:『地球について』(国際書院)他。

中川要之助:応用自然史研究室「人と大地」室長。著作:『人と暮らしと大地の科学』(法政出版)

高原光:京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授(当時)。著作:『シリーズ現代の生態学2 地球環境変動の生態学』〔共著〕(共立出版)、他。

黒田慶子:神戸大学大学院農学研究科教授。

高田研一:NPO法人森林再生支援センター常務理事。

安藤信:公益財団法人阪本奨学会理事。元京都大学准教授。著作:『森林フィールドサイエンス』〔共著〕(朝倉書店)

高桑進:京都女子大学名誉教授。著作:『京都北山 京女の森』(ナカニシヤ出版)他。

丘眞奈美:合同会社京都ジャーナリズム歴史文化研究所代表。歴史作家。著作:『松尾大社~神秘と伝承~』(淡交社)他。

梶川敏夫:京都女子大学文学部非常勤講師。元京都市考古資料館館長。著作:『よみがえる古代京都の風景―復元イラストから見る古代の京都―』、他。

吉岡洋:京都大学こころの未来研究センター特定教授(当時)。

高橋義人:平安女学院大学国際観光学部特任教授。京都大学名誉教授。著作:『悪魔の神話学』(岩波書店)他。

広井良典:京都大学こころの未来研究センター教授。著作:『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)他。

田中和博:京都先端科学大学バイオ環境学部学部長。著作:『古都の森を守り活かす―モデルフォレスト京都』(編著、京都大学学術出版会)

○コラム

近藤高弘:陶芸・美術作家

大西宏志:京都造形芸術大学教授

○特別寄稿

大西真興:清水寺執事長。

山折哲雄:京都伝統文化の森推進協議会初代会長。宗教学者。

北村典生:祇園商店街振興組合理事長。いづ重主人

(2)ライブ曲順 (◎印、カマタがギターを弾く曲)

1.「神ながらたまちはへませ」

2.「ある日 道の真ん中で」

3.「南十字星」

4.「みなさん天気は死にました」 (第三詩集『狂天慟地』より)

5.「 フンドシ族ロック+世界フンドシ黙示録」

6.「探すために生きてきた」

7.「犬も歩けば棒に当たる」

8.「「北上」

9.「時代」

10.「夢にまで見た君ゆえに」

11.「メコン」 (第三詩集『狂天慟地』より)

◎12.「銀河鉄道の夜」

◎13.「巡礼」

アンコール曲2曲

◎1,「なんまいだー節」

◎2,「弁才天讃歌」

曲順コンセプト

今のウクライナ戦争など、世界情勢や気候変動による激烈な環境破壊のことなどを考え、『絶体絶命』を1曲目「神ながらたまちはへませ」の祈りから入り、最後13曲目「巡礼」の祈りで閉じる。

1=起:「神ながらたまちはへませ」から入り、次に悲しみに暮れる「悲嘆」を歌う「ある日 道の真ん中で」と「南十字星」を歌い、その3曲で、『絶体絶命』の中の悲嘆と祈りを表現する。

2=承:その後、「みなさん 天気は死にました」の詩の朗読で、その悲嘆の背後にある絶体絶命の状況を説明し、その中で物狂い状態で「フンドシ族ロック+世界フンドシ黙示録」を歌い、そこにストレートな「探すために生きてきた」を続け、「犬も歩けば棒に当たる」のロック調3曲を続けるという配列とする。

3=転:その後、東日本大震災の悲劇と悲哀と悲嘆と鎮魂を詠った「北上」で起承転結の「転」に入り、「時代」と「夢にまで見た君ゆえに」のバラード風の歌でまとめる。

4=結:最後の「結」として、「希望」の垣間見える「メコン」「銀河鉄道の夜」にして、最後は「祈りの言葉さえ知らない祈り」を捧げて終る。

政治と宗教について考える④   鎌田東二(2022年9月29日)

はじめに

 以前(7月11日、8月1日)にも書いたように、私は今回の参議院選挙の結果に疑念を抱いている。もちろん、形式的には民主主義的な投票の手続きを踏んでいるので、法的には問題はない。

 だが、ウクライナにおけるロシアが関与した住民投票に似ているとまでは言わないが、またそこまで操作的かつ露骨な権力行使ではないが、しかし、故意にか「忖度」的にか、山上徹也容疑者が関与したとされる「特定の宗教」という<特定の情報>が不明あるいは隠蔽されたまま選挙となり、安部元首相暗殺ないし殺害事件という悲劇的な事態への同情票によって自民党への票が伸びたと考えるからである。

Contents

 そもそも、宗教は不安や恐怖を取り除き、一定の精神的安定や安心を生み出す心理効果を持っている。だから、救いの確信や悟りや解脱による「安心立命」の実現が宗教信仰の核心部にあると言える。

 山上徹也容疑者の母親は夫の自死などにより大変苦しい経験を持ったために救いの拠りどころを求めていたかもしれない。どのような経緯で統一教会に触れたのが分からないが、一般に、キリスト教は「原罪」と「贖罪」という「罪」の意識に基づく深い救済信仰を持っている。それは、罪責感や自己処罰感のある人の心に深くメッセージを内包している。それゆえ、キリスト=救世主の「贖罪」による「罪の赦し」の教えは、深く大きな救いの力を持つと言えよう。

 統一教会は、『原理講論』で、神の世界創造、アダムとエバの堕落、キリストの贖罪と再臨の救世主による復帰を説いている。そのような、創造→堕落→復帰という救済サイクルの中に、統一教会は、さらに戦前の日本が仕出かした「大罪」を加えたと言える。

 日本という国はまがりなりにも近代化に成功し、武力装備して韓国を侵略支配し、植民地統治するという大きな罪を犯した。日本は悪魔の誘惑に負けた「エバ国家」である。だから、日本人は韓国に「贖罪」的に奉仕しなければならないという思想と信仰は、自己処罰意識と社会的処罰意識が強い場合には強く作用するかもしれない。

 統一教会の教義と信仰は、山上徹也容疑者の母親に納得と自己の生存理由の意味付けをもたらすものだったのだろうか。注意したいのは、「性」に対する特異で禁欲的な旧統一教会の教義や信仰である。

 現行の日本国憲法では第20条で「信教の自由」が保障されている。

 「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

 戦後日本では、特に戦前の大本などへの宗教弾圧のこともあって、「信教の自由」の原則が強固に保持されてきた面がある。だから、各宗教集団の「信仰内容」や「教義」については立ち入らないようにしてきたのではないだろうか。いわば、信仰のアジール空間が保障されいるとも言える。

 しかし、時に、「信仰」や「教義」は人を呪縛することがある。そしてそれが、「こうしないと、これを守れないと地獄に堕ちるぞ」とか、「死んでも救われないぞ」と脅しにも似た説教や説得を受けると、それに従ってしまうことがある。オウム真理教事件においても、麻原彰晃はオウムを脱会したものは、あるいはオウムに敵対するものは「地獄に落ちるぞ」と脅していた。そのような事態を私は「霊的暴力」と言ってきた。そのような「霊的暴力」に曝されると、人は恐怖と不安でその「暴力」の支配から抜け出すことが難しくなる。

 一般に、信仰心の篤い宗教教団の内部は閉塞的(自閉的)で自己集団の内閉的な思考と信仰と教義に閉じられている傾向が強いと言えるかもしれない。だから、信仰的に「開かれている」宗教教団が少ないのは明らかであろう。「八百万の神」を持つと言われる神社神道などは、教義らしい教義のないいわゆる「民族宗教」とされるので、近代の「天皇制神道」は別にして、それほど強い信仰的拘束力を持たない。神社神道は、したがって、信仰的に「ゆるい宗教」であると言える。そのような「ゆるさ」に惹かれる人もいるかもしれない。それが「おおらかさ」とか「寛容」と言えるかどうかには、注意深い吟味が必要であるが。

 近年、宗教教団には入らないが、宗教性や霊性・スピリチュアリティに関心を持つ人が少なくない。先進国では、「not religious,but spiritual」な方向にシンパシーを抱く人が多くなっているとも言われている。

 私は宗教が持つ世界観・人間観・自然観・社会観は人の心と行動をエンパワメントし、生きる力を強化してくれる力があると思うし、宗教には救済力も深い人生洞察力もあるので、生き方の指針や拠り所にもなると思っている。また、愛や慈悲や誠などの人間的価値、倫理道徳的価値もあるので、宗教の持つ人を力づけ再生せしめる力は今後も変わることがないとは思う。しかし、その一方で、宗教がもたらす負の側面について、注意と観察と洞察が必要な時代を迎えているとも思うのである。

「宗教を考える学校」について   鎌田東二

はじめに

 連日、自民党と世界平和統一家庭連合(旧世界基督教統一神霊協会=旧通称・統一教会)との関係が報道されている。テレビでも新聞でもインターネット記事でも。あふれかえるほど。

 それらのいくつかに目を通しながら、次のような疑問と懸念が消えない。

Contents

 連日、自民党と世界平和統一家庭連合(旧世界基督教統一神霊協会=旧通称・統一教会)との関係が報道されている。テレビでも新聞でもインターネット記事でも。あふれかえるほど。

 それらのいくつかに目を通しながら、次のような疑問と懸念が消えない。

1,なぜ警察も大手報道各社も、参議院選挙まで後2日の段階で起こった安部晋三元首相殺害事件の容疑者について明確な発表や報道をしなかったのか? 特に、大手メディアは、山上徹也容疑者についての一定の情報を得ていたと推測されるが、そのことを報道しなかったのはなぜなのか?(選挙後の過熱した過剰とも言えるほどの報道を見ていると、いっそうそのアンバランスに疑念が沸いてくる) 選挙前にこの事件についての背景や安部元首相と旧統一教会との関係が一定程度はっきりと報道されていたとしたら、選挙結果はどうなっただろうか?

2,1995年の阪神大震災後に起こったいわゆる「オウム真理教事件」後、「宗教(教団)不信」や「宗教全般への警戒心」が異常に強くなったが、今事件後も、日本社会において、再度ないし再再度か、「宗教(教団)不信」や「宗教全般および宗教教団への誤解や決めつけや警戒心」が強くなっていくのではないかと心配している。

 この2つのうち、2の懸念に関係する新聞記事を読んだ。

 毎日新聞2022月8月12日付け記事には(注1)、カルトからの脱会支援活動をしている京都在住の浄土真宗の僧侶が、「霊感商法」や献金の強要や政治家との関わりは批判し検証されるべきであるが、信者個人の人格や旧統一教会以外の新宗教もまとめて批判したり否定するような言説に対しては「危うさ」を感じていることを表明している。同感である。また、本日、8月20日付けの朝日新聞記事では、自民党と旧統一教会との「支援」の関係が生々しく報じられている(注2)。

 一般によく知られているように、日本の社会は同調圧力が強く、もともと「右にならえ」の傾向がある。

 だからこそ、1の報道に対しても自制・自粛・抑制・同調圧力がはたらいたのではないかという疑念が消えないのだが、こうした場合に、冷静に「宗教」と「宗教の歴史」と「各宗教教団」の活動などを、ある面では切り離して、ある面では結び付けて、冷静に考察し、議論し、それぞれが自由に考え、判断できる環境を作る必要があるのではないかと思う。

 そこで、振り返っておきたいのが、1996年の1年間、月1回開催した「宗教を考える学校」のことである。この「宗教を考える学校」は、負債で苦しむ奈良県吉野郡天川村坪ノ内鎮座の天河大辨財天社を支援する「天河曼陀羅」の「Vol,7」の企画として行なった1年間の講座である。

 結局、これが「天河曼陀羅」の最後の企画の催しとなった。それを開催している途中やその後から、私は猿田彦神社の「おひらき祭り」(1996年以降)や「天河護摩壇野焼き講」(1997年2月3日以降毎年開催)や「神戸からの祈り」「東京おひらき祭り」(1998年)に関わり、それがひと段落ついて、「東京自由大学」の設立(1998年5月5日設立趣意書執筆、1999年2月20日設立シンポジウム「ゼロから始まる芸術と未来社会」開催)に参加していったのだった(注3)。

 今、振り返っても、「宗教を考える学校」は興味深い講師が揃っていたと思う。当時私たちのできる最良の人選だった。開催趣旨文と講座の概要は以下の通りである。

天河曼陀羅Vol.7」「宗教を考える学校」1996年

A.趣旨

 二十世紀末を迎えて、世界はいよいよ混迷の相を深くしている。その混迷の根っこには、資本主義・社会主義を問わず、近現代の産業文明の抱える構造的問題(自然と人間と文明の相克的構造)があり、それに加えて、宗教と民族・人種の問題が大きく横たわっている。これらの問題は複雑にして巨大で入り組んでいる。しかしこれへの解決なしに二十一世紀の未来はない。

  「天河曼陀羅」では、一貫して固定化し権力化した宗教や宗教的思考に対して批判的意識を向け、「超宗教への水路」を追求してきたが、この道もまたけっして生やさしいものではなく、さまざまな歴史的屈折や困難を抱えている。宗教を超えるとは、宗教性の根底に降りてゆくことであり、そこで宗教性を支える霊性の岩盤に向き合うことであると私たちは考えているが、そうした「超宗教への水路」をより確かなものにするためにも、宗教に対して研究的にも実践的にも深くかかわってきた講師を迎えて、一年かけてじっくりと宗教にまつわる諸問題に取り組んでみたい。そして、宗教と文明の未来に向けての探究と供え(備え)を始めたい。

 ただし、各講師はそれぞれ独自の視点とアプローチを持っており、必ずしも「天河曼陀羅」の根本姿勢と同調するものではない。むしろ、異質な視点や他者性に対する開かれを通してこそ「超宗教への水路」をより明確に自己意識化し、相対化しつつ、その可能性を掘り下げることができると考える。なお、この講座は、私たちの探究と学びの姿勢をはっきりさせるために「学校」という呼称をあえて用い、各講師には事情の許す限り、自分の講座以外の講座にも出席・参加していただき、共に学び共に考え共に探究していきたいと思っている。基本的には、たとえ立場も思想も異なっていたとしても、講師も受講者も共に学びの徒であると認識している。

B.講師・テーマ・年間スケジュール

1月20日 鎌田東二(武蔵丘短期大学助教授)「今、なぜ、“宗教を考える学校”をつくるのかー宗教・霊性・意識の未来」

2月10日 柿坂神酒之祐(天河大辨財天社宮司)「超宗教と神道と天河の精神―宗教意識は変化しているか?」

3月16日 島薗進(東京大学教授)「宗教と社会―新宗教および新霊性運動の輪郭と問題点」

4月13日 斎藤文一(新潟大学名誉教授)「宮沢賢治における宗教・芸術・科学」 【故人】

5月18日 荒木美智雄(筑波大学教授)「宗教と宗教学―宗教学の成立と展開と現代の宗教状況」&総括ディスカッションⅠ 【故人】 

6月15日 玉城康四郎(東京大学名誉教授)「宗教体験の本質と全人格的思惟」 【故人】

7月20日 深澤英隆(一橋大学助教授)「神秘主義の諸問題とイロニーー宗教的形而上学批判」

8月10日 戸田日晨(日蓮宗大荒行堂遠壽院傳師・住職)「宗教と修行―修行者がぶつかる諸問題」、ま北きこり(冨士講社ま北再興者・前プラサード書店店主)「富士講の新たなる再生に向けて」&総括ディスカッションⅡ

9月14日 津村喬(関西気功協会代表)「ホリスティック宗教と気の世界観」 【故人】

10月19日 梅原伸太郎(本山人間科学大学院講師・日本礼楽研究センター所長)「宗教と他界観―霊学とスピリチュアリズムの観点から」 【故人】

11月16日 中村桂子(生命誌研究館前館長・早稲田大学教授)「生きることの驚きと謎」

12月14日 横尾龍彦(画家)「宗教体験と芸術体験」&総括ディスカッションⅢ 【故人】

この時、関わってくれたた13人の講師の内、約半数の6名が故人となった。そこで問われたことを再度思い起こしつつ、「宗教を考える学校」第2弾が一般社団法人宗教信仰復興会議とNPO法人東京自由大学との共催で出来ないものかと考えている。宗教研究者、宗教者、ジャーナリスト、弁護士、政治家、経済学者などなどの専門家を迎えて、自由に議論し、考えていく場の形成。

 今回の事件を通して、もう1度「宗教を考える学校」のような集いと機会が必要だと強く思うものである。(2022年8月20日記)

(1)毎日新聞 2022月8月12日付け記事には、<安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件をきっかけに、報道やインターネットでは「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」への批判があふれている。逮捕された山上徹也容疑者(41)が動機として安倍氏と教団との関わりを挙げたとされるためだ。「霊感商法」や献金の強要などの問題や政治家との関わりは批判、検証されるべきだが、信者個人の人格や、旧統一教会以外の新宗教もまとめて否定するような言説も見られる。「危うさを感じます」。カルトからの脱会支援活動を続けている真宗大谷派の僧侶、瓜生崇さん(48)はそんな懸念を口にする。「長期的に見て、良い方向には進んでいない」。どういうことか、話を聞かせてもらった。

・「正しさ」に苦しむ現役信者

  「旧統一教会の信者はいま、すごく苦しんでいるはずです」。知人に現役信者が何人かいるという瓜生さんは、複雑な心境を明かす。「旧統一教会が無理な献金の要求など社会的な問題を起こしてきたのは間違いなく、政治との関わりも含めきちんと批判すべきです」。信仰の核心部分を隠し詐欺的な勧誘をしてきたことも、カルトの重大な特徴として問題視する。ただ、信者にも層があり、こうした被害に遭わずに地道に信仰活動を続ける人もいると指摘する。「一斉にバッシングを浴び、信仰そのものが悪であるように言われることはつらいと思います」(以下省略)>と掲載されている。

(2)朝日新聞2022年8月22日付け朝刊記事<教団側支援 陣営「外で言うな」自民前議員ら旧統一教会側との関係証言

<2016年の参院選で「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の友好団体から支援を受けた自民党の前参院議員の宮島喜文氏(71)が朝日新聞の取材に応じ、その経緯や支援の実態を語った。今夏の参院選前にかわした安倍晋三元首相とのやりとりの内容も証言した。そこから浮かぶのは、選挙を通じた自民と教団側との深い結びつきだ。

・16年参院選

  安部氏の銃撃事件後、宮島氏は複数回取材に応じた。宮島氏陣営の複数の幹部らも別に取材に応じた。

  宮島氏は、12年から日本臨床衛生検査技師会(日臨技、東京都)の会長を務め、16年の参院選で初当選。改選を迎えた今夏の参院選では教団側からの支持が得られなかったことなどを理由に、すでに得ていた党の公認を辞退して立候補を取りやめた。

  16年参院選への立候補は、伊達忠一・元参院議長(83)から「選挙の1年ほど前に打診を受けた」。伊達氏は臨床検査技師出身で、当時の役職は参院幹事長。派閥は清和会(現安部派)に所属していた。

  宮島氏の陣営は当時、日臨技の政治団体とほかの関係団体などで、計10万票を得たいと思っていた。自民が比例で18議席を得た13年の参院選では、自民候補の当選ラインは7万7千票、12議席だった10年は10万票だった。この10年参院選では、12番目に滑り込んだのが臨床検査技師出身の候補だった。

・「もう引けない」陣営幹部進言

 「正直、当選できる自信はなかった」。宮島氏はそう振り返る。当選を確かなものにするために、さらなる上積みがひつようだった。そこで加わったのが、教団側からの支援だったという。

 宮島氏は公示の直前に伊達氏から「党の支援団体の票をもらってきたと言われた」。団体名は「世界平和連合」と聞いた。陣営幹部から旧統一教会と関係があると教えられ、戸惑ったという。平和連合は教団の友好団体。陣営幹部は宮島氏に「上がつけてくれた団体ですから、もうあとには引けません」と進言した。

 宮島氏は伊達氏の指示で都内の関連施設で平和連合幹部にあいさつしたという。宮島氏らは「教団側の支援が公になると危うい」と考え、「一部の陣営幹部のみが知るトップシークレット」と位置づけた。宮島氏は陣営幹部から「外でおおっぴらに言っちゃいけません」と忠告された。

 宮島氏自身は、選挙で平和連合と直接やりとりすることはほとんどなかった。陣営幹部と平和連合の担当者が窓口となり、公示直前に国会近くのホテルで選挙協力について協議した。(以下省略、一面トップ記事)

(3)1992年から始まった「天河曼陀羅」の活動については、鎌田東二・津村喬編『天川曼陀羅―超宗教への水路』(春秋社、1994年7月刊)、猿田彦神社の「おひらき祭り」については、鎌田東二編『謎のサルタヒコ』(創元社、1997年10月刊)、「神戸からの祈り」については、鎌田東二・喜納昌吉『霊性のネットワーク』(青弓社、1999年9月刊)、NPO法人東京自由大学については、鎌田東二『世直しの思想』(春秋社、2016年2月刊)第五章を参照されたい。

 

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

0コメント

  • 1000 / 1000