http://otawara-church.com/?p=343【イザヤ書6章1~13節 「イザヤの召命」】 より
きょうから6章に入ります。きょうは、イザヤがどのように預言者として召されていったのかを学びたいと思います。イザヤは預言者として既に神の御言葉を語っていましたが、彼の本格的な預言活動はこの6章からです。ここで彼は神から召命を受け、本格的に預言者として活動していくわけです。それまでの1章から5章までは、このイザヤ書全体の総論、あるいは、序論であったと言えるでしょう。イザヤはどのようにして召されたのでしょうか。きょうは、彼の召命について三つのことを学びたいと思います。
Ⅰ.私は、もうだめだ(1-5)
まず1節から5節までをご覧ください。「ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた。そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」
ここに「ウジヤ王が死んだ年に」とあります。イザヤが預言者として召されたのは、ユダの王ウジヤが死んだ年でした。ウジヤ王が死んだのがいつだったのかをはっきりと特定することは難しいですが、大体紀元前740年頃です。Ⅱ歴代誌26章15節をみると、このウジヤ王がどのような王様であったのかについて次のように記されてあります。「さらに、彼はエルサレムで、巧みに考案された兵器を作り、矢や大石を打ち出すために、やぐらの上や、城壁のかどにある塔の上にこれを据えた。こうして、彼の名は遠くにまで鳴り響いた。彼がすばらしいしかたで、助けを得て強くなったからである。」 ウジヤは非常に優れた王様で52年の長きにわたりユダを治めていましたので、その名は遠くにまで鳴り響いていました。そのウジヤ王が死んだ年にイザヤは召されたのです。彼はその年に一つの幻を見ました。それは「高くあげられた王座に座しておられる主」の幻でした。ここには一つの対比が見られます。それはウジヤ王との対比です。あれほどまでに人々から尊敬と信頼を得ていたウジヤが死んでその王座から離れたのとは対照的に、まことの王であられる主が高くあげられた王座に座しておられたのです。これはどういうことかというと、ほんとうに頼るべき方はウジヤ王ではなく主であられるということです。Ⅱ歴代誌26章22節を見ると、ウジヤの業績を書き記したのはイザヤであったと記されてありますが、イザヤはこのウジヤ王の業績を書き記しながら、どこか彼に期待を寄せるところがあったのではないかと思われます。そのウジヤが死んで王座から離れ、主が高くあげられた王座に座っておられるのを見て、ほんとうに頼るべきお方は主なる神であるということに改めて気づかされたのではないかと思います。
では、その王座に座しておられた主はどのような方だったでしょうか?「そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた。」
まず、そのすそは神殿に満ちていました。「すそ」とは着物のすそのことです。それは、王の権威を表すものです。ですから、着物のすそが神殿全体に満ちていたというのは、王の王としての権威が神殿全体に及んでいたということです。人間の王は死んだり、退位させられたりしますが、まことの王であられる主ははるか高いところにおられ、最高の権威をもって君臨しておられるのです。
そしてここには、「セラフィムがその上に立っていた」とあります。「セラフィム」とは、主に仕える御使いたちのことです。単数形では「セラフ」、複数形で「セラフィム」となります。これは「燃える」という意味の言葉に由来していることから、聖めと関係のある働きをしていた天使ではないかと考えられています。彼らにはそれぞれ六つの翼がありました。そして二つの翼で顔をおおい、二つの翼で両足をおおい、二つの翼で飛んでいました。なんともおもしろい格好ですね。私は絵を描くのがあまりというか全然得意ではありませんが、これを絵で描いたらおもしろいと思います。セラフィムがなぜこのような格好をしていたのかというと、恥ずかしかったからではないのです。まともに主を見ることができなかったからなのです。あまりにも聖くて・・・。あまりにも聖いのでまともに見ることができず、このように身をかがめていたのです。そしてセラフィムは互いに呼び交わして言いました。
「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」
ここでセラフィムが三度も「聖なる、聖なる、聖なる」と言ったのは、主がそれほど聖かったことを表しています。三位一体の神を表していたと言えないこともありませんが、このように言うことで、神の聖さを強調していたのです。この「聖なる」という言葉は、もともと「別たれている」という意味です。創造された物とは完全に別たれているのです。それらと同列に置くことはできません。全く異質なのです。この聖さはこの世のどんな言葉をもってしても言い表すことはできないでしょう。水晶のように透き通っているというレベルではないのです。もっと聖いのです。それは、その叫ぶ者の声で、敷居の基がゆらぎ、宮全体が煙で満たされるほどでした。これは何かというと、神の臨在の表れです。神の栄光の輝きです。宮全体が震え、煙で満ちるほど聖かったのです。
イザヤは、その聖さに触れました。その時、彼は何と言ったでしょうか?5節です。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」
どういうことでしょうか?この「ああ」という言葉ですが、これは5章で彼がユダの民に向けて語った言葉です。「忌まわしいものだ」とか「わざわいなるかな」という意味です。イザヤはここでそれを自分に向けて発しているのです。「ああ、私は何と忌まわしいものか。私にわざわいが来る」と。イザヤは圧倒的な聖い神に触れたとき、自分がいかに汚れた者であるかが示されたのです。もうそこに立っていることができないほどになりました。しかも、ここで彼は「私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる」と言っています。それは彼が預言者として神の言葉を語るには全く汚れた者であり、ふさわしくない者であると告白しているのです。
これがイザヤの預言者としての最初でした。「あなたがたは」と言っているうちはまだ青い(幼い)のです。「あの人が」「この人が」ではなく、私は汚れた者だと砕かれて、初めて主の働きに入っていくことができるのです。
イエス様は、「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」(マタイ5:3)と言われました。この「心の貧しい」ということが、まさにこの心のことなのです。これは、本当にみじめなほどの貧しさを表す表現です。服は着ているけれど服を買うお金がないといった程度の貧しさではなく、食べるものも住む家もない、ホームレスになるほどの貧しさを意味する言葉なのです。本当に飢えている人は、舌やお腹が裂けていると言いますが、そのような人のことです。それほどに霊的に貧しい状態のことです。それほどに御前に砕かれている人のことです。そういう人は幸いだとイエス様は言われたのです。なぜなら、天の御国はその人のものだからです。
フランスの哲学者で、思想家でもあり、数学者、物理学者でもあったパスカル(Blaise Pascal、1623年6月19日 – 1662年8月19日)は、早熟の天才で、その才能は多分野に及んでいましたが、彼が残した偉大な文章の大部分は、彼が落馬して、その苦しみの中で主イエスと出会い、その病床で書かれたものだと言われています。その中に有名な次のようなことばがあります。「私の心の中には、本当の神以外には満たすことのできない空洞がある」彼はそのように言うことができました。それは、彼がその苦しみの中で、自分自身が全く無能であり、神様なしには生きて生きてはいけないということ悟ったからです。神様なしには何も成し遂げられないという心です。そういう人は幸いだとイエス様は言われたのです。そのような人にこそ、神様の栄光と神様の御力が力強く臨むのです。
イザヤが体験したのはこれでした。圧倒的な主の聖さを前にしたとき、彼は「ああ、もうだめだ。」と叫ばずにはいられませんでした。しかしこの経験こそ、彼が預言者として召されていくための第一歩だったのです。「あなたたちは」ではなく、「私は汚れている。もうだめだ」と砕かれるような経験こそ、真の預言者として神の御言葉を語っていくために必要なことだったのです。イザヤは天に高くあげられた主を見てその聖さを目の当たりにしたときに、初めてそのような心を持つことができました。
私たちも同じです。私たちが他の人を見て、「あの人はどうだ」とか「この人はどうだ」と言っているうちは、なかなか心砕かれることはできません。私たちの心が砕かれるためには絶対的な神の前に立ち、その聖さに触れなければなりません。神の前に立ったとき初めて、自分がどれだけ汚れた者であるかに気づかされるからです。
私の知っている人で、とてもゴルフの上手な人がいます。その人はいつも、「自分がドライバーを打ったら二百ヤードくらい飛んでいく」みたいな自慢話ばかりします。しかしその人がプロの選手に会った時、自分を誇ることができなくなりました。タイガー・ウッズの前で自分のゴルフを誇ることができるでしょうか?イチロー選手の前で自分の野球の技術を誇れるでしょうか?それと同じです。私たちは全く聖なる方の御前で、自分の正しさを誇ることなどできません。ですから、私たちは完全に聖であられる主の御前に出て、その聖さに触れることによって初めて砕かれ、謙遜になることができるのです。それが主の働きに入るための第一歩です。
Ⅱ.私を遣わしてください(6-8)
第二のことは、たとえ私たちがそのように汚れた者であっても、主は聖めてくださるということです。6節から8節までをご覧ください。「すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」
主の聖さに触れたとき、イザヤは「もうだめだ」「私は汚れた者だ」と打ちのめされてしまいましたが、ちょうどそのとき、彼のもとにそのセラフィムのひとりが飛んで来て、その手にあった祭壇からの燃えさかる炭を彼の口に触れて言いました。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪は贖われた。」
どういうことでしょうか?神の一方的なあわれみによって、彼の汚れが聖められたということです。それはイザヤの力よるものではありませんでした。救いは外からもたらされたのです。祭壇の上の燃えさかる炭が触れることによって彼の不義は取り去られ、罪は贖われたのです。これはキリストの十字架による罪の赦しを意味していました。というのは、祭壇の上にあったのは、罪を贖うための全焼のいけにえだったからです。私たちの罪が赦されるのは神が与えてくださったイエス・キリストという小羊の血によるのであって、それ以外にありません。それは一方的な神の恵みによるものなのです。その祭壇の炭がイザヤに触れたので、彼の不義は取り去られ、彼の罪は贖われたのです。
その時です。イザヤは、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」と言いました。
これはどういうことかというと、主のために出て行く人、主のために遣われて行くのはだれかということです。それは、神の恵みを体験した人です。一方的な神の赦しを体験した人であるということです。主のために働く人は何の欠点もない完璧な人で、賜物が豊かに与えられている人かというとそうではありません。そうでないとできないとしたら、おそらくだれもすることができないでしょう。私たちはみんな不完全な者だからです。しかし、そのような不完全な者であっても、神の恵みを知っている人なら、神の一方的な恵みによって罪が赦された経験を持っている人なら、だれでもできるのです。なぜなら、これは恵みのわざだからです。神の恵みを知った人だけが他の人にこの恵みを分かち合うことができるのです。
私たちの中にはどこか完璧でなければ奉仕ができないという考えがありますが、それは正しくありません。私たちがどんなに不完全な者であっても、神様にその不義を取り去っていただき、その罪を贖っていただいたのなら、神の働きのために出て行くことができるのです。自分はきちんとしていないから奉仕はできないというのは弁解です。自分がきちんとしているかどうかは全く関係ありません。なぜなら、奉仕は恵みのわざだからです。自分の罪が神の一方的な恵みにより、キリストを信じる信仰によって赦されたということがわかったなら、もうせずにはいられなくなるはずです。イザヤのように、「ここに私がおります。私を遣わしてください。」と言うことができるのです。
イエス様の弟子のペテロが召された時も同じでした。ルカの福音書5章を見ると、夜通し漁をしても何一つとれなかったペテロに対して、イエス様は「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」(5:4)と言われました。「やってもムダだと思うけど、イエス様、あなたがおっしゃるなら・・」とその通りにしてみると、網が破れそうになるほど魚がとれたのです。それを見たペテロは「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言いました。自分の汚れ、弱さに気づかされたのです。しかし、そんなペテロにイエス様は、「こわがらなくてもよい。あなたは人間をとるようになるのです」(5:10)と言われたのです。
アメリカのニューヨーク州のグレースチャペルの牧師レスリー・B・フリン(Leslie B.Flynn)はペテロのことを「ガリラヤ湖のような人だ」と表現しました。ガリラヤ湖というのは、いつ波が荒れるかわからない湖です。ある時は静かだなぁと思っていたると、次の瞬間には急に激しく荒れ狂うことがあります。ペテロがガリラヤ湖のような人だというのは、ガリラヤ湖のように落ち着きのない人だという意味です。「静かにしていなさい」と言うときに騒ぎ、「目を覚ましていなさい」と言えば眠り、「眠れ」というと起きて来ます。「勇気を持て」と言えば卑屈になって閉じこもり、「進み出ろ」というとしり込みをするという人でした。そんな彼をイエス様は召されたのです。いったいなぜイエス様はペテロを召されたのでしょうか?それは、彼が完璧な人間だったからではありません。彼が不完全な者であることを十分承知のうえで、また、その後に起こるであろうすべてのことをご存知のうえで彼を召されたのです。彼の名前はもともと「シモン」という名前でしたが、それは葦を意味します。葦のようにいつも揺れ動いているような不安定な人間でしたが、そんな彼を主は少しずつ整え、やがて確かな弟子へと変えていかれたのです。文字通り岩を意味する「ペテロ」に変えられたのです。
その決定的な出来事とは、鶏が鳴く前に彼がイエス様を知らないと三度否定するという出来事でした。イエス様が言われたとおりになった時、彼はイエス様のお言葉を思い出し、外に出て激しく鳴きました。「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:31-32) 復活された主イエスに出会ったとき、彼は主の赦しを体験しました。「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」(ヨハネ21:17) 「私は知らない」と主を三度も否定したペテロでしたが、この罪の赦し、十字架の恵みを知った彼は、いのちをかけて主の愛に応える者へと変えられていったのです。伝説によると、ローマで伝道したペテロは当時のローマ皇帝ネロの迫害によって十字架にはりつけになって処刑されたと言われていますが、その際に彼は、イエス様と同じ状態で処刑されるには値しないとして、逆さまに十字架に掛けられたと言われています。
クリスチャンの生活とは教義がどうであるかとか、どれだけ信仰生活をしてきたかとか、ましてやどれだけ教会の奉仕をしたかではありません。クリスチャンの生活とは、神がキリストにおいて何を私にしてくださったのかということです。どのように取り扱ってくださったのかという恵みの大きさ以外の何ものでもないのです。この神の恵みの大きさがわかったら私たちも立ち上がることができるし、その召しに応えていきたいと願わずにはいられなくなるのです。
Ⅲ.残りの者がいる(9-13)
最後に、9節から13節までを見て終わりたいと思います。イザヤが「ここに私がおります。私を遣わしてください」と言うと、主が次のように言われました。9節と10節です。「すると仰せられた。「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』この民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返ってもいやされることのないように。」
これは非常に奇妙な命令です。神の預言を語るのは、そのことを民に告げ、民がそれに聞き従って応答するために語るのですが、ここではその逆です。聞いている人がもっとかたくなになって、悟れなくなり、いやされることがないために語れというのです。これはどういうことでしょうか?主はだれが信じて、だれが信じないか、だれがかたくなになって受け入れないかということを全部ご存知のうえで、それでもすべての人に救いの機会を与えておられるということです。悔い改めることができる機会を与えてくださるのです。かたくなになって受け入れず、さばきを受けるようになるということを知っていても語られるのです。それは、彼らをあわれんでおられるからです。少しでも悔い改める機会を与えようとしておられるからなのです。そして、最後の最後まで忍耐をもって語られるのです。ローマ人への手紙9章22節に「ですが、もし神が、怒りを示してご自分の力を知らせようと望んでおられるのに、その滅ぼされるべき怒りの器を、豊かな寛容を持って忍耐してくださったとしたら、どうでしょうか。」とありますが、神様はまさに忍耐と寛容の神なのです。
では預言を語っても無駄なのでしょうか?いいえ、そうではありません。11節を見ると、イザヤは「主よ。いつまでですか」と尋ねています。私だったら、「では、いくら語っても無駄じゃないですか。預言する意味なんかないじゃないですか」と言いたくなるところですが、イザヤは砕かれていたのでそのようには言いません。「主よ、いつまでですか」彼は、それがいつまでも続くものではないことを知っていたのです。それに対する主の答えがこうでした。11~13節です。「町々は荒れ果てて、住む者がなく、家々も人がいなくなり、土地も滅んで荒れ果て、主が人を遠くに移し、国の中に捨てられた所がふえるまで。そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」
これはどういうことかというと、バビロン捕囚のことです。このイザヤが預言していた時から約100年後に、実際にこの御言葉が成就しました。バビロンがユダを攻め、彼らを自分たちの国に捕らえ移しました。また、これは紀元70年にローマによってエルサレムが滅ぼされることによっても実現しました。それでユダヤ人は世界中へと散らされて行きました。けれども神は彼らを再び集めてくださいました。全世界からユダヤ人を集め、パレスチナに国を建ててくださったのです。それがイスラエル共和国です。そして、やがてこの世の終わりに、あのバビロンによって破壊された時のような、あるいはローマによって滅ぼされたような大患難時代がやって来ます。その時までです。その時にどんなことが起こるのでしょうか?13節をご一緒に読みましょう。
「そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」
この「聖なるすえこそ、その切り株」というのは残り民のことです。神様は彼らを聖めるためにさばきを行われますが、それは彼らを滅ぼすためではありません。その中で彼らが聖められ、悔い改め、主に立ち返るためなのです。そのために神はその中に切り株を残しておられるのです。残りの者がいるのです。世の終わりまで、主が来られる日まで信仰を堅く守り、神様の御前に従う約束の民は必ずいるのです。
1949年中国に共産主義が入る以前、中国には60万人くらいのクリスチャンがいたと思われますが、共産化以降はそのほとんどが根こそぎ引き抜かれてしまい、全滅したかのように思われました。しかし今、中国には少なくても6,000万人のクリスチャンがいると言われています。世界で最もクリスチャンが多いのが中国です。迫害を受けた60万人のクリスチャンのうち一部が死に、一部が投獄されて、残りはごくわずかな人々になりましたが、神様はそこに残りの民を備え、彼らを通して福音を宣べ伝えさせ、信じる民の数を増やし続けられたのです。神様はこうした残りの民を備えて用いられたのです。神様は決して福音の種を完全に干からびるようにはなさいませんでした。そんなに苦しい状況にあっても、いつも「残りの民」を立て、ご自分の驚くべきみわざを成し遂げられるのです。
私たちの希望はここにあります。私たちの回りを見たらごくわずかなクリスチャンしかいないようですが、神様はその中にも残りの民を備えておられるのです。目の前の状況を見たら真っ暗でも、そこにちゃんと希望の灯を灯していてくださいます。それを通して驚くべきみわざを成し遂げられるのです。これが神のなさることなのです。信じましょう。私たちは疑って、つぶやいたりして、神の祝福を失うのではなく、その希望をしっかりと見つめながら、神様が成し遂げられることを待ち望む者でありたいと思います。
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