Facebookごとう 孝二さん投稿記事 I LOVE JAPAN❤️〜世界を融和に〜
「神話が今も生きる奇跡の国」
十数年前のことです。
事前のお話で、生徒の多くが子供たちであると、および紀元節の記念式典であるとのことで、
講演の題材には日本神話を用意されていたのだそうです。
で、当日。式典と演武が終わり、いよいよ講演の時間となりました。待合室から、講演会場にはいった講演者は、そこでびっくりした。なんと、講演会場に集まったのは、生徒の子供たちではなく、ほとんどが保護者の若い父母たちだったのです。
けれどもいまさら話の題材を変えるわけにはいきません。そこで講演者は、あらかじめ子供たち用にと用意してあった「日本神話」の朗読とお話を、予定通りにしたのです。
その講演会のあとの懇親会でのこと。若いお父さんたちが、「こんな話ははじめて聴きました。日本にこんな素晴らしい神話があったなんて知りませんでした。もっともっとこういうお話が聴きたいです」という。
さらに敬虔なカトリックの信者であるというお父さんは、「旧約聖書のユダヤ神話は知っていますが、日本にこんな素晴らしい神話があるということを全然知りませんでした」と目をうるませて大感動してくださったのです。
これは本当にあったお話です。
神話というのは、それぞれの民族の歴史の根源であり、民族精神、性格をあらわすとともに、民族が歩んでいく方向をも内包しています。
世界に数ある神話のなかでも「日本神話」の素晴らしさは「このただよえる国をつくりかためなせ」という天つ神(あまつかみ)のお言葉を受けて、イザナギ、イザナミのミコトが二神が、この日本の国土をはじめ、この世界のすべてのものをお産みになられた、という思想です。人間は、神様がつくったものではなく、風や木や草や花などとともに、人間もすべて神様から生まれた神様の子であり、「このただよえる国をつくりかためなす」という使命をもってこの世に生まれたのだという尊い、美しい思想なのです。
そして、126代連綿と続いている万世一系の天皇陛下を中心に、いまも神話から続いている歴史の中に生きている、世界でただひとつの奇跡の国が我が日本国なのです。
その通りだと思います。日本神話というのは、日本人という日本国に住む家族のルーツの物語です。自分の家が、どうして生まれ、昔の人がどうやって生きてきたのか。その物語が、日本神話です。そして日本神話の特徴は、上にあるように、神々が世界を「造った」のではなく、
神々が「産んだ」とされている。ということは、我々日本民族は、神々から「産まれた」子孫です。すごいじゃないですか!
そして子々孫々に至るまで「この国をつくり、かためなせ」と言われています。
だから日本人である私たちは、素直に日本的精神である、みんなのために、みんなと一緒に、労働すること、働くこと、子育てすること、子供たちをかわいがること、老人を大切にする。
なぜなら私たちは日本人だからです。
もういちど、素直な心になって日本神話を読んでみませんか?
【絵は稲穂の神勅】
天照大御神が天孫降臨の時に稲穂を食料にしなさいと孫のニニギノミコトに稲穂を授けて下さった。
日本の稲穂の文化の原点、日本が瑞穂の国と言われ、天皇自ら稲穂を植え、大切なお祭り(神嘗祭、新嘗祭)では稲穂を神に捧げる由縁がここにある。
https://ontakesan.amebaownd.com/posts/7741687/ 【日本書紀と三大神勅】より
『日本書紀』は養老四年(七二〇)に成立した日本最初の公式な歴史書であり、令和二年(二〇二〇)はそれから一三〇〇年の記念の年です。『日本書紀』は神代(かみよ)の話からはじまり、その中で皇祖(こうそ)天照大御神(あまてらすおおみかみ)は三つの神勅(おことば)を子孫に授けます。この「三大神勅(さんだいしんちょく)」は大御神のお考えによって天から降(くだ)った天孫(てんそん)瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)より現代に至るまで天皇と国民のこころと共に大切に受け継がれてきました。
天壌無窮の神勅
豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国(くに)は、是(これ)吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きはま)りなかるべし。(神代紀、第九段、一書第一)
日本はわたしの子孫が天皇となる国です。その皇位は天地とともに永遠に栄えることでしょう。
太陽の女神・天照大御神がご自身の子孫こそ天皇として永遠に日本を治めるにふさわしいと示された大切な神勅です。令和元年(二〇一九)五月に新帝陛下はご即位され、秋の即位礼をもって皇位を受け継がれたことをご披露されました。天孫・瓊瓊杵尊に神勅が授けられてより今にいたるまで代々、大御神の子孫がその皇統を受け継いできました。
宝鏡奉斎(同床共殿)の神勅
吾(あ)が児(みこ)、此(こ)の宝鏡(たからのかがみ)を視(み)まさむこと、当(まさ)に吾(あ)を視(み)るがごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)をひとつにし、以(もっ)て斎鏡(いはひのかがみ)と為(な)すべし。(神代紀、第九段、一書第二)
この鏡をわたしだと思い大切にまつりなさい。
天照大御神が三種の神器の鏡を授け、その鏡を大御神と同じように地上でまつることを命じられた神勅です。鏡はのちに伊勢の神宮におまつりされ、宮中では分霊(わけみたま)の鏡をおまつりするようになりました。御大礼(ごたいれい)において陛下がまず伊勢と宮中の大御神にご奉告されたように今も大切にされ、伊勢の神宮は人々からの崇敬もあつく、宮中でも大御神に私たちの平安を願うおまつりが陛下によって行われています。
斎庭稲穂の神勅
吾(あ)が高天原(たかまのはら)にきこしめす斎庭(ゆには)の穂(いなほ)を以(もっ)て、また吾(あ)が児(みこ)にまかせまつるべし。(神代紀、第九段、一書第二)
わたしが高天原で育てた神聖な稲穂をあなたに授けましょう。
天照大御神が「人々の食の中心」として天上の田んぼで育てた稲を地上に授けたことを伝える神勅です。毎秋、宮中や全国神社で行われる新嘗祭(にいなめさい)は大御神からの賜り物である米の収穫感謝のおまつりです。天皇一代一度の大嘗祭(だいじょうさい)においても天皇みずから神々へと新穀を供えられ、国と人々の繁栄が祈られます。日本においてまつりや食文化と分かち難い稲作が、神代から受け継がれてきたことを示しています。
0コメント