どんな神様

https://omiyage.co.jp/blog/how_to/fujin-raijin/ 【風神と雷神ってどんな神様? 風神雷神とは】より

日本人であれば誰しも一度は目にしたことがあるだろう「風神雷神図屏風」。江戸時代初期の画家、俵屋宗達の最高傑作とも言われている屏風絵です。

その絵は見たことがあっても、そこに描かれている風神と雷神がどのような神様なのか知っているという方は少ないのではないでしょうか。

ここでは日本人に馴染みのある風神と雷神についてご紹介します。

風神とは

風神とは読んで字のごとく、「風の神様」です。

『古事記』にはイザナギとイザナミの間に生まれたシナツヒコノカミが風の神であると記されており、『日本書紀』では、イザナミの息から生まれたシナトベノミコト、またはシナツヒコノミコトが風の神であるとされています。

風の神である風神は、台風のような風災を起こす存在として人々の間で伝承されていきました。農作物に多大な被害を及ぼすそのような暴風を鎮めるために、人々は風神を祀るようになったと言われています。平安時代の『袋草子(ふくろぞうし)』には、災害や病気を起こす風神を鎮める祭事について記述があります。

風神は神様ですが、どちらかと言うと「妖怪」に近い存在と捉えることができるようです。中世になると農作物に被害を与える暴風や、人の体に入って病気を引き起こす風は、すべて妖怪の仕業であると考えるようになります。病気のカゼを「風邪」と書くのは、邪気による風であるというように人々が考えていたからです。

また、江戸時代の『絵本百物語』には、風の神とは邪気のことであると記載されています。

雷神とは

雷神とはいわゆる「雷様」。雷をつかさどる神です。

こちらも『古事記』にその誕生について記載があり、そこでは八柱の雷様の名前の記述があります。

また、学問の神様として知られる菅原道真が死後「天神(雷の神)」になったとされ、信仰の対象になっています。

雷様に関する言い伝えで有名なものに、「雷様は地上へ降りてきて人のへそを取る」というものがあります。その際に「くわばら」と唱えれば雷様から逃げられると言われていますが、「くわばら」というのは菅原道真の領地であった「桑原」を指していると言われています。

いずれにせよ、雷神もどちらかというと恐ろしい存在として人々に捉えられていたことがわかります。

風神雷神屏風

風の神(妖怪)である風神と、雷の神(雷様)である雷神を描いたもので最も有名であると思われるのが、俵屋宗達による「風神雷神屏風」でしょう。

絵自体に落款や印章もありませんが、のちに尾形光琳など多くの画家に模写された、俵屋宗達の最高傑作との呼び声高い屏風絵です。

風神と雷神を左右遠く離した位置に描き、金地の余白部分を天空とみなしたその描き方は宗達の絵画構成の真骨頂とされています。

力強くどこか鬼気迫る風神と雷神の表情を見たことがあるという方も多いことでしょう。

現在では建仁寺が所蔵しており、国の重要文化財に指定されています。

風神と雷神ってどんな神様? 風神雷神とは

風神雷神屏風絵は、日本国内外を問わずデザインとしても人気が高いものです。

以下のURLの、俵屋宗達の「風神雷神屏風絵」をデザインしたテーブルランナーがおすすめです。テーブルランナーとして以外でも、タペストリーとして壁にかけて飾ることもできます。日本的なラッキーアイテムとして外国人にプレゼントしたら喜ばれるかもしれませんよ。

Facebook秋田 真介さん投稿記事

令和四年[壬寅] 文月朔日(新月) 宮崎 高千穂 天岩戸神社 西本宮にて

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大麻飾り と 高千穂神楽面 『 坤の金神 』  高千穂 天岩戸神社 ご奉納会

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無事、執り行われました。この度、御奉納いたしました大麻飾りは

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【 大麻飾り『太御幣フトミテグラ』】

・十六菊花結び(初公開)

・神鏡 麻紐包み(初公開)

・糸魚川産翡翠勾玉の輪飾り(麻紐通し)

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完成いたしました。

(※御奉納した大麻飾りは常時、西本宮 本殿の祓戸にてご覧いただくことができます。)

大麻飾りの制作においては、構想はあったものの産みの苦しみがあり期限の三日前に舞い降りた内容は氣の遠くなるような作業量と幾重に重なる新たな手技への挑戦。

「本当にできるのだろうか?」「間に合うわけないだろう!」「できなかったらどうするの?」常識的な思考は騒ぎ出す。

しかし天岩戸開き御神事に御奉納する太御幣たる大麻飾りできるのだからこそインスピレーションが湧いたしできるのだからこそ限界を超えるお題が与えられた

これまでの神事に携わった経験からそういうことがあると知っていたのでただただ真っ直ぐに

ありったけの氣の集中をもってして期限当日の朝4時に見事完成を迎えその場で倒れるように眠っていました。

大麻飾り職人 ∞ 太真道 ∞ としてもひとつ上の螺旋へと昇華したことと感じています。

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主催の猿田彦こと横山さんの発案による「鬼の角のある猿田彦」の特注神楽面

とともに御奉納する大麻飾り。天岩戸の御前に立てる大麻飾り。

古事記 天岩戸開き神話に則り天太玉命がしたが如く

・榊を立て

・御統玉(勾玉や玉を連ねた輪飾り)を飾り

・八咫鏡を取り付け

・幣帛を垂らし

・太(布刀)御幣(フトミテグラ)を手にする。

神話から見出し得る大麻飾りの本質を貫く太御幣。勾玉と鏡と合わせて三種の神器となる

「剣」が布刀(フト)でありそれは断つべきものを断つ祓い太刀であり

連なるべきものを連ねる剣(連氣)まさに大麻の祓いと産靈である。

この考案しか思い浮かびませんでした。

そして天児屋命がしたが如く天岩戸神社 宮司 佐藤永周 様により祝詞を奏上していただき

言靈による祈りが響き渡る。

その後、天鈿女命がしたが如く 和泉による渦目(ウズメ)の舞にて 渦の目より天に昇華していく。丑寅(艮うしとら)の鬼門 その裏鬼門にあたる未申(坤ひつじさる)

艮の金神と坤の金神が出逢う瞬間 顕と隠がひっくり返るそこに 渦目ウズメができ

天之御中の柱立つ。

いよいよ天岩戸は押し開きてひとりひとりの内に坐します天照大神をこの世に顕現するときはまさにいまなり。

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この度、多大なるサポートいただきました

【天岩戸神社宮司】佐藤 永周 様 https://amanoiwato-jinja.jp

◉御奉納 【主催】猿田彦 こと 横山 航宜 さん

https://youtu.be/zsftliN09_0 

【高千穂神楽面】工藤 省悟 さん https://www.athome-tobira.jp/story/051-kudo-shogo.html

【舞】橋本 和泉 https://art-of-human-alchemy.com

【縁結び】金子家 金子左央梨 さん 金子 志保路 さん

【写真】高橋 美子 さん (この投稿では、一部私の携帯カメラの画像があります)

◉大麻飾り【特別精麻】

(一社)日本燦々 代表理事 本間 義幸 先生 https://www.taima-kazari.com

【勾玉の輪飾り】 ぬなかわヒスイ工房 山田 修 様

https://nunakawa.jp/nunakawakobo.html

【神鏡】 山本合金製作所 山本 晃久 様

https://www.kougeimagazine.com/.../faith_and_crafts.../

制作において奉賛いただきました皆さま当日、ご参列いただきました皆さま

意識合わせ、祈り合わせてくださった皆さまそして八百万の神々、仏様

真にみなみなさまのおかげさまでございます。最高に幸せです✨

この度は真に真にありがとうございました。おめでとうございます。

いやさか!!

合掌。

Facebook横山 航宜さん投稿記事·

猿田彦の鼻はなぜ男根なのか?

それは、ヒコとは火の凝りであり、火が凝ることで男根となる。

サルタヒコとは、真の火の輪廻転生する魂の事で、男の魂である。

この初代サルタヒコこそ、天太玉命と天児屋根であり言靈を組んだ神とフトマニのミタマを組んだ神である。

つまりカタカムナはここから生み出された。

輪廻転生し、世開けの晩に天之御中主を、芽吹かすものこそサルタヒコである。

天之御中主、カタカムナとは同意語である。

根を鎮め、鎮魂し、新たに芽吹き、正中をつかさどる。

イヤサカ

命 アヤくみ さきわかれ 搦みあう

https://mintun.exblog.jp/22238326/ 【追跡アマミキヨ 神武の来た道 ⑪ 火の神とホとヒ】

熊野では廻りきれなかった神社や、心残りな神社がいくつかある。

たとえば、熊野本宮大社の産田社。本宮から旧社地の大斎原に行く途中、

↓ 左折の案内板を見ながらも、先に右折して大鳥居に行ったところで、バスが来る時間に…。

産田社には伊弉冉尊の荒御魂が祀られている。

伊弉冉尊と言えば、その葬所とも伝わる花窟(はなのいわや)神社(三重県有馬市)。

熊野灘に面する巨大な磐座が御神体という。

記紀神話では、伊弉諾命とともに大八島国と35神を生むが、軻遇突智(かぐつち)を生む

ときに陰部(ミホト)火傷を負い、神去った。

伊弉諾命は軻遇突智(かぐつち)を斬った。

火産霊命(ほむすびのみこと)とも表記されるカグツチは、神倉神社摂社の猿田彦神社と並ぶ

三宝荒神社にも、応神天皇と共に祀られていた。

「三宝荒神は、どんな神様ですか?」境内にいたお爺さんに聞くと、「荒神さんは竃の神、鍛冶の神ですよ」と、教えてくれた。

沖縄の鍛冶神ハニマンガナシーと同じか。

ハニマンガナシーは、久高島の外間殿にも祀られている。フーチ(ふいご)の神でもある。

神倉神社のゴトビキ岩へと登る石段の途中に ↓ 火神社(左)があった。

こちらにも、伊弉冉尊の死から生まれたカグツチが祀られていたのだろうか。

紀の国・熊野は、やはり「火の国」だ。神倉神社や那智大社の「火の祭り」は、

火の神を畏れ崇める古代信仰から発した。

熊野三神に隠れるように祀られる「火の神」。その残像が、旅の後、日に日に濃くなった。

神倉神社の窟は、ホト(女陰)に見えた。ホト(火床)は産鉄民にとってのタタラ炉・

沖縄の御嶽は、ホトを象っているものが多い。時代は下るが、亀甲墓も子宮の形に似ている。

御嶽の傍らには、古来、蛇(男性神)に見立てられた高木・蒲葵(クバ)が立っている。

さて、旅から帰り2週間ほど経ったとき、

語り部が電話で言った。「ホトは女のモノだと、『如件』に書いてありましたね。では、男のモノは何と?」『如件(くだんのごとし)』とは、アマミキヨ直系と伝わるミントン家の口伝

を窪田道全氏が戦後著した小冊子のこと。早速、手元の『如件』のページを開く。

A4コピー用紙20枚のうちの5ページ、モノについての昔話が綴られている。

(要約)

・男のモノを火吹き(ヒーフチャー)と言った・女のモノのことを、ヒと言った

・燃える火のことを、ホと言った・火事になると「ホーハイ」と人を呼んだ

・若者たちの無駄話を見ると老人たちは、「また火火(ホーヒー)の話か」と笑った

・火吹き竹は火に当てるから「火吹き」・男のモノも女のモノに当てるから「火吹き」

・女のことを火と言った・男のことを彦と言った

語り部は、ちょっと厳かな声で続けた。「沖縄から熊野に来た古代の民が祀った神は、

「沖縄から熊野に来た古代の民が祀った神は、ホとヒの神様、天穂日命。アメノホヒノミコトだと思います」「天穂日命は出雲の神様だと思ってました…」「火の一族の祖神ですね」

祖神について、『如件』はこう記している。

〜アマミキヨは女の神様で、夫はソネ彦と申したようであります。〜

「ソネ彦とは祖根彦」だと、語り部は言った。沖縄の祖神もまた、「火の神」である。

改めてゴトビキ岩を仰ぐと男のモノに見えた。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

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