https://mythpedia.jp/other/sarmatian-sea-snail.html 【十六世紀のフランスの科学が生んだ怪獣「海のカタツムリ」がユニーク!巨大カタツムリという題材は人類の想像力を刺激する】より
日本では童謡にも唄われる「カタツムリ」という生き物。
よく見ると不思議なところがいっぱいな生き物ですよね。
子供の時に公園や庭でふと見つけて、そのまま思わず見入ってしまったという思い出を持っている方も多いのではないでしょうか。
どちらかといえば「気持ち悪い」形状の生き物とみなされているはずなのですが、その割には、伝説やフィクションの世界では、古今東西それほどワルモノの扱いは受けていないように思います。
今回はその代表格として、十六世紀フランスの高名なお医者さんが精魂をかけて著した『怪物と驚異』(Des Monstres et Prodiges)というユニークな「怪物事典」に登場する巨大カタツムリのイメージを紹介し、その背景にあるフランスの「カタツムリ型モンスター」のイメージ史についても触れてみることにしましょう!
近代医学史に偉大な名を残すアンブロワーズ・パレ氏のもうひとつの業績は「モンスター研究」!?
その人物の名前は、アンブロワーズ・パレ(Ambroise Paré)。
日本では武田信玄などが活躍していた頃と同世代の、フランスのお医者さんです。
近代医学の発展に多大な貢献を果たした人で、貧しい人にも分け隔てなく丁寧な外科治療をしてあげたことで、その高潔な人柄についても評価の高い人物です。
それゆえこの人の名前を普通に調べると、医学史上の業績の話が圧倒的に出てくるのですが、神話や伝説を愛する人に是非とも知ってほしいのは、この方のもうひとつの側面です。
アンブロワーズ・パレ氏は、医業に献身するかたわらでモンスターの伝説やウワサを丹念に集めて著作にまとめていく「怪物研究家」であったということです。
正確には「とくに怪物ネタに強い博物学者」というところです。
フランス医学界を代表する先生でありつつ、個人としては「古今東西のモンスター大事典イラスト入り!」を生涯かけて書き溜めていた人、といえばわかりやすいかもしれません。
ただしここで重要なことは、十六世紀という時代においてはまだまだ科学と空想の境界線が曖昧であった、ということ。
パレ氏のモンスター研究は、彼にとっては立派な「科学的研究」であり、世間もそう見ていた、ということです。
実際に十六世紀の世界では、未発見の動物や植物が発見されることで薬学や生物学の知見が一気に進むということは、よくあったことでしょう。
「新種の動植物が発見され、標本がフランスにも届いた!」のニュースが実際にしばしば起こり、かつ科学者たちの研究を進める重大ニュースとして待ち望まれていた時代においては、モンスター(いまでいうUMA!)に関する情報収集も、大事な科学者の仕事だったわけです。
このあたりは、神話や伝説好きな現代人から見ると、ちょっとうらやましい時代にも感じられますね。
十六世紀フランス知識人の圧倒的想像力が生んだ「海のカタツムリ」のユニークさ!
サルマティア海のカタツムリ
サルマティア海に棲むカタツムリのイメージ
そのパレ氏の著作に、巨大カタツムリの話がイラスト入りで登場します。
澁澤龍彦の『プリニウスと怪物たち』という本に、このパレ氏の「海のカタツムリ」についての解説が載っています。
以下、澁澤先生の文章からの引用でご説明しましょう。
海のカタツムリというのは、サルマティア海(現在のバルティック海)に棲む、「樽のように巨大な」怪魚で、形は陸上のカタツムリに似ているが、鹿のような角をもち、その角の先端にある球は真珠のように光り、その眼は燈明のように爛々と輝き、その鼻には猫のように髭があり、口は大きく裂け、四本の鰭で泳いだり歩いたりするという水陸両棲の動物だ。
むろん、こんなものが現実に存在するわけはないが、当時の博物学者は、陸と海には必ず相似たものが存在するはずだという、一種のアナロジーの理論によって、こうした怪獣の実在を半ば本気で信じたらしいのである”(澁澤龍彦『プリニウスと怪物たち』(河出文庫)より引用)
それにしても十六世紀の想像力というのは凄いなと思うのが、この巨大なカタツムリの話が、「荒唐無稽すぎず、かといって凡庸でもない、科学的考察と空想とのちょうどいいバランス」で組み立てられている点でしょうか。
当時の科学的知識にしっかりと根を張ったところで、残りをうまい具合に空想で補完している。
単なる妄想と呼ぶには勿体ないほどのリアルさがありつつ、それでいてやはり、現代人から見ると奇抜な面白さになっているあたり、つくづく科学者という職業もこの時代のあたりが一番楽しかったのではないかと推測してしまいます。
もともとフランスに伝わる巨大カタツムリ伝説、そして現代サスペンス作家のカタツムリ趣味について
そういえばフランスは、エスカルゴ料理が有名な通り、カタツムリを食べる珍しい国でもあります。
それと関係がある、、、のかどうかはわかりませんが(笑)、ル・カルコル(Lou Carcolh)という巨大カタツムリの伝説が、古くからガスコーニュ地方の民衆に伝えられてきたという事実もあります。
ル・カルコルは、洞窟に住んでいて、近くを通る者を粘液でからめとって捕食してしまう怪獣であるとか。
カタツムリのような殻をもつ、と言われている怪獣なので、実際はドラゴンや大蛇に近いのかもしれませんが、なかなか現代ファンタジー作家にとって料理もしやすいキャラクターなのではないでしょうか(モンスター造形のネタ、という意味での「料理」であって、ル・カルコルを調理して食せるかどうかはわかりません、悪しからず)。
「大きなカタツムリ」という設定は古今東西、人間の想像力を刺激する恰好の題材なのかもしれませんね。
最後に、やや蛇足かもしれませんが、女流サスペンス作家として有名なパトリシア・ハイスミスさんが、どういうわけだかカタツムリが大好きなようで、自身の小説にしばしばカタツムリを象徴として登場させていることをご紹介しましょう。
中でも私のお気に入りが、早川文庫の『11の物語』という短編集に入っている、二つの「カタツムリ・ホラー」小説です。
ひとつは、カタツムリを自宅で増殖させる趣味を持っているおじさんが自滅していく(オエーっ!)話、もうひとつが、人食い巨大カタツムリが生息する無人島に流れ着いた男が、「巨大カタツムリといっても足が遅いんだから別に怖くないじゃん」とナメていたら最後にどんでん返しを食らう(オエーっ!)話。
特に後者は、現代の作家が「巨大なカタツムリ」というモンスターを料理してみせた珍作ということで、カタツムリモンスターマニア(?!)の方にはぜひチェックしていただきたい作品です!
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