俳句と認知科学:感情との関わりから

https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2020/proceedings/pdf/JCSS2020_OS07-3.pdf 【俳句と認知科学:感情との関わりから】より

Cognitive Science regarding Haiku Poetry: Emotional Perspectives

櫃割 仁平†,野村 理朗†Jimpei Hitsuwari, Michio Nomura †京都大学Kyoto University

hitsuwari.jimpei.74x@st.kyoto-u.ac.jp

概要

美的感情は,認知科学において,神経科学や哲学の議論を巻き込みつつ注目されている重要テーマである。従来,絵画,音楽,映画等を刺激として,美的感情の生じる過程が明らかとなりつつある一方で,詩歌,とりわけ俳句に関わる実証研究はわずかにとどまる。こうした動向を背景に,本論は,美的感情との関わりの深い複合感情,共感ならびにプロジェクションの各々の観点から,俳句にかかわる研究の現状と課題を述べる。

キーワード:俳句,美的感情,複合感情,共感,プロジェクション

1. はじめに

美的感情 (aesthetic emotions) は,認知科学における重要テーマである.従来,絵画,音楽,映画等刺激として,美的感情の生じる過程が明らかとなりつつある一方で,詩歌,とりわけ俳句に関わる心理学的研究は萌芽的段階にある.こうした動向を背景に,本論では,美的感情との関わりの深い複合感情,共感ならびにプロジェクションの各々の観点から,俳句にかかわる研究の現状と課題を述べる.はじめに,美的感情に関わる研究知見を,複合感情の関連

において概観し,新たに俳句を題材として取り上げることの意義について述べ,筆者らの最新のデータを紹介する。続いて,美的感情は共感を基盤とし,その対象は人間から動植物,人工物にまで及ぶことをふまえ,共感のプロセスが曖昧性を孕む俳句の鑑賞に如何に関わるかを解説する。最後に,認知科学におけるプロジェクション (投射) の発想とリンクすることにより,俳句の鑑賞から創作にまで視野を広げ,17 文字でという限られた空間に諸々の表象を投射するという営為のなかに,自己と他者,具体と抽象,あるいは過去と現在という円環があることを指摘し,俳句に着眼することの認知科学上の意義について述べる。

2. 俳句と複合感情

美的感情に関わる研究知見を,複合感情 (畏敬,ノスタルジア等)の関連において概観する.近年,美的感情に関する体系的なレビューが発表され(Menninghaus et al., 2019, Psychological Review),その研究は,絵画や音楽等を中心に蓄積されつつある一方,詩歌に関する知見は限られ萌芽的段階にある(Jacobs, 2015)(図1).しかしながら,詩歌,とりわけ

本邦の芸術である俳句は 17 文字という制限から心理学実験に有用なだけでなく,他の芸術よりもミクロレベルの分析,さらには対象への直接的な感情反応を捉えるのにも適している.

図 1 審美性と芸術学に関わる論文数の推移

筆者らは,美的体験における畏敬の念やノスタルジア等の複合感情の重要性を考慮しながら

(Menninghaus et al., 2017),俳句を刺激として,畏敬の念を感じやすい個人やノスタルジアの回想傾向が強い個人ほど俳句の美的魅力を高く評価するという美的体験の個人差を見出した (Hitsuwari & Nomura,under review)(図 2).

図 2 複合感情の傾向性と俳句の美的魅力の関係

また,続く研究では,俳句鑑賞中に感じた畏敬の念やノスタルジアと俳句の美的魅力の関係を検討し,畏敬の念やノスタルジアを強く感じる時,俳句の美的魅力も上がることが明らかになった (Hitsuwari &Nomura, in preparation)(図 3).畏敬の念やノスタルジアは,自己概念との強い繋がりがある複合感情であり,畏敬の念は自己の縮小を喚起するという特徴を持ち (Piff et al., 2015),ノスタルジアは自己連続性を喚起するという特徴を持つ (Sedikides et al., 2015).

図 3 畏敬の念・ノスタルジアの感じ方と俳句の美的魅力の関係

もとより,芸術を評価する際,自己参照をするプロセスが知られており,図形の審美性判断をする時,対称性判断をする時と比して,自己参照と関連するデフォルトモードネットワーク (DMN),とりわけ,内側前頭皮質のより強い賦活が示されている(Jacobsen et al., 2006).俳句は,文字数が制限されているために省略や飛躍が多く,そこにある「意味の隙間」を読み手が埋める (植坂・光嶋, 2013) ことが知られており,他の芸術と比較しても手掛かりが少ない俳句の鑑賞には自己参照が大きな役割を果たしていると考えられる.著者らの研究で明らかとなった畏敬の念とノスタルジアという自己概念と密接に関わりながらも,その関わり方に相違がある 2 つの複合感情が俳句の美的魅力にどのように影響を与えるかをこれから詳しく検討していく必要がある.例えば,鏡像操作や自分の名前のプライミング等で自己意識を強調させる実験を行うことで,それら自己に関わる感情の生起の度合いに差が生まれ,伴って美的な魅力を変化させるという心理プロセスが考えられる.

3. 俳句と共感性

続いて,美的感情は共感を基盤とし,その対象は人間から動植物,人工物にまで及ぶことをふまえ,俳句の大きな特徴である曖昧性とともに共感と俳句の関係性を論じる.共感は美的体験や芸術体験を支える重要な要因であるが (Lanzoni, 2009),共感の 1因子である「想像性」が俳句の美的魅力への個人の感受性を予測する知見 (Belfi et al., 2018) は俳句においても,共感性の関与を予測させるものである.たしかに著者らの研究でも,俳句から想起されるイメージの鮮明性が,俳句の美的魅力を高めることが確認された (図 4).もとより,俳句は余計なことは書かない,言わないという「不言の美」を持つ.その特徴を極限まで適用して文芸的高みに到達した詩文が俳句である (新田, 2013).そのため,想像力を含む共感や感情移入といったプロセスが大きく関わる.

そうして詠む対象は,具体物でありつつも,そこには曖昧性を孕みつつ,ときには果てしなく抽象的な芸術として昇華されるのだろう.

図 4 イメージの鮮明性と俳句の美的魅力の関係

従来,曖昧な状況でもその状況に居座り続ける力は芸術の中心をなすとされるが (e.g., Jakesch &Leder, 2009),芸術の評価となると,曖昧性との関わりは多様である (Muth et al., 2015).希少な曖昧性と詩歌との関わりを扱った実験は,曖昧な音楽に対してはより幸せを感じる一方で,曖昧な詩歌に対してはより悲しく感じるという,芸術領域によって曖昧性と美的評価の関連性が変化することを示唆している (Margulis et al., 2017).筆者らはそれら曖昧性と美的評価の先行知見を考慮した上で,俳句の曖昧性と美的評価,また曖昧性耐性の個人特性の関係についても前述の研究において検討した (Hitsuwari &Nomura, in preparation).その結果,曖昧性が上がると俳句の美的魅力は下がったが,曖昧性が低い時の傾きが 0 に近く,その関係は単調減少ではない可能性が示唆された (図 5).曖昧性は,曖昧性が取り除かれた時に芸術の評価が上がる (Millis. 2001; Swami,2013) という知見がある一方,中程度の曖昧性がより好まれるという知見もあり(Jakesch & Leder, 2009),今回の結果のみでは,曖昧性と審美性の関係に結論づけることは困難である.しかしながら,イメージの鮮明性の議論も踏まえ,曖昧な芸術である俳句の美しさに共感のプロセスが関与していることは示唆された.

図 5 曖昧さと俳句の美的魅力の関係

4. 俳句とプロジェクション

プロジェクションは,主体の内部で構成された表象を世界に定位することを可能にする心の働きである (鈴木, 2019).上述した共感が,人間を含めたあらゆる対象物に自分の感情状態を入れ込むことを意味するならば,プロジェクションと類似の概念だといえるだろう.同時に,プロジェクションは認識のサイクルに一歩踏み込んだ発想であり (詳しくは,鈴木ら, 2019),それは鑑賞にとどまらず俳句の創作までを射程に入れることを可能とする概念である.そこで本節はプロジェクションの観点より,俳句の鑑賞にかかわるこれまでの議論も踏まえつつ,俳句の創作にまで視野を広げて考察する.

嶋田 (2019) によると,プロジェクションには身体的プロジェクションと物語的プロジェクションの少なくとも 2 つから成る.身体的プロジェクションは,ラバーハンド錯覚やミラーシステムにみられるような対象 (人物,物体) の身体性に基づいた対象の覚知をなす.一方,物語的プロジェクションは,物体を擬人的に捉えることも含め,「他者」に物語的自己 (Gallagher, 2000) を投射することを指す.重要なことは,これらのプロジェクションがリンクしつつ,俳句の美的評価に関わっているだろう点である.

例えば,身体的プロジェクションは俳句を,味わう者の「今,ここ」を,対し,物語的プロジェクションは,過去を強く反映したプロジェクションであり,今と過去の関わりのもと,その両者が,後述するバックプロジェクションと合わせ,対象物,俳句,自己を絶えず変容させていくサイクルを内包する営みを成すと考えられる (図 6).

図 6 俳句鑑賞に関わるプロジェクションの円環

俳句を鑑賞する際,読んだ俳句から形作られた表象を再度,生体外へと投射する楽しみがある.いわゆる「句碑巡り」である.それは俳人が,俳句を詠んだ土地に設けられている俳句が彫られた記念碑を巡る行為であるが,そこには俳人が詠んだ場所で俳句を読み,そこから得たありありとした感覚を目の前の情景に投射するという,まさにプロジェクションの生じるプロセスであろう.例えば,身体的プロジェクションは,俳句を読むときに鳥肌や涙といった身体反応と関わるだろうし,物語的プロジェクションは,俳句に関わる背景知識,あるいは自身のエピソードを想起するような句と出会った時の一層深い味わいの基盤となることだろう

そうしたサイクルにおいて,主体は客体 (環境)に投射するのみならず,環境から主体へのフィードバック,すなわちバックプロジェクション (逆投射)も生じている (嶋田, 2019).例えば,山を題材とする俳句を鑑賞すると,その過程で生じた山へのプロジェクションにより,読んだのちにみえる山の様相は,それ以前のものと異なる.特定の対象として捉えていた対象が解体され,ふたたび捉えたとき,そこで感覚入力される像は同様であるにもかかわらず,それ以前のものとは異なる様相へと至る (井筒俊彦,1991).こうして身体と物語にかかるプロジェクションが相互に関連しつつ,そこにさらにバックプロジェクションによる円環のもと (図 6),自己と対象がリンクし,新しい意味が創出されるのだろう.

以上の考察を踏まえつつ,俳句の創作過程について触れておきたい.まず,俳句を詠むとき,様々なモダリティを通じた表象が形づくられるとともに,その表象は再び外部の対象物へ投射される.俳句を詠むという行為は,まさにプロジェクションそのものを基礎とし,それは詠み手が対象と一体化する過程,まさに “feel into (共感)” する過程である.その大きな特徴の 1 つが,自然をモチーフとする「季語」である.松尾芭蕉が奥の細道を編纂した時,実際に

東北,北陸を旅して俳句を詠んだように,あるいは現代の俳人夏井いつきが,「季語の現場」に出向くことを強く推奨しているように,いずれも自然との対峙が基本を成す.俳句は感覚統合型の芸術であり,自然対象を視覚で捉えるだけではなく,風を肌で感じたり,鳥のさえずりを耳で聴きとったり,独特のにおいを感じ取ったりすることで生まれていく.そこには,すでに述べたような身体/物語の両プロジェクションを巻き込んだプロセスが介在する.そう

した俳句の創作過程に着眼することは,自己と対象,あるいは種々のクロスモダリティの相互関係を解き明かしてゆく上での有益なアプローチとなるだろう.

5. おわりに

本論は,俳句について,美的感情との関わりの深い複合感情,共感ならびにプロジェクションの各々の観点から,関わる最新の研究データと課題を論じた.そこで明らかになったことは,認知科学の概念は,俳句に関わる心的過程 (複合感情)を深く理解する上で有効であるということ,そして俳句には,具体と抽象 (共感,曖昧性),自己と他者,過去と未来(プロジェクション)を架橋する特徴が備わっていることである.そうした俳句を題材とし,今後,新たな認知科学研究の展開が待ち望まれる.

文献

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