Facebookあまね 泉美さん投稿記事
呼吸を深める・免疫力を守る ~生命の源に繋がろう~
生きてきて、不安や怖れ、ストレスでため息をつく赤ちゃんをいまだかつて見たことがない。
多分これからもない(ˉ ˘ ˉ; )
自らの心→「息」(漢字に注目)
『ことわざ』が、ありますね
息 整えば 心 整う 心 整えば 息 整う 息 すなわち 心 心 すなわち 息
赤ちゃんのお腹は自然な腹式呼吸
つまり、息が自然と深い→自らの心が澄んでいる(自浄作用も働いている)
胸が詰まって肩や胸だけで呼吸していないから、お腹までちゃんと呼吸が通っているんだね。
~開けた心でありのまま~
(認められたり、防衛しないと生きられない…そんな緊張感はどこにも感じられない)
ではなぜ、その自然な呼吸が難しくなったり浅くなったりするんでしょう?
私たちはより安心安全、便利、快適、迅速を求めて「考える」っていう大切な機能を発達させてきた一方で、損得や枠決め、分別…色々日々の生活の中でストレスも生むようになったかもしれない。(自分のこともジャッジしてしまうしね)
呼吸が深くなると、赤ちゃんが生きてる上で本当に必要なものは、呼吸していることそのものだったということを思い出す。。
初心が、生命への感謝を思い出す。
呼吸活からスタートする朝始めてみませんか?(はじめは、めいっぱい吐ききること)
あなたの生活やお仕事が、今日も幸福感でいっぱいに満たされますように(*^-^*
https://ameblo.jp/kasama930/entry-12264587778.html 【息(いき)】より
胸やお腹のX線写真を撮るときに、「息を吸って~」「息を止めてください」と呼吸の仕方がお願いされます。
診察したい個所をより大きく写し出すためです。肺を写すときには息を吸う、息を吸えば胸が膨らむので肺の見える範囲が広がるからです。逆にお腹を写すときには息を吐く、息を吐くことで肺が小さくなりお腹の見える範囲が広がるからです。では、なぜ、息を止めるのか。
その理由は簡単だ、写真をブレないようにするためです。X線写真も普通の写真撮影と一緒、動いているものを撮影すればブレるからだ。手足の撮影は呼吸による影響がないからお願いはないらしい。呼吸って当たり前にしているから、意識するのは診察のときや犬に追いかけられて「ハァ~ハァ~、ゼィゼィ」するときぐらいだ。寝ている時も勝手に呼吸(息)している。呼吸しようと思わなくても、身体は「吐いて吸う」を繰り返してくれている、有り難いことだ。
本来の呼吸とは、「呼(吐)・吸」という言葉を見てもわかるように、最初に息を「吐」いて、それから「吸う」ものです。実は、呼吸の「呼」とはもともとは強く息を吐く音、「ハッ」から生まれた言葉で、それから神霊を招く(呼ぶ)ような息や声を「呼」というようになりました。すなわち「呼」とは、息を「吸う」ことを「呼ぶ」行為であり、呼吸とは、息を「吐く」のが本来の行為なのです。赤ちゃんは生まれたときに「オギャーッ」と泣き声をあげ、まずは息を吐いて呼吸を始めます。反対に人が亡くなるときは「息を引き取る」、つまり吸って終わります。「吐いて」人生を始め、「吸って」人生を終えるのです。(身体能力を高める「和の所作」安田登著)
心で呼吸をコントロールする、それが「息」という漢字に心がついた、ひとつの理由だと思います。そして、人はやがてこの逆もできるということに気がついた。すなわち呼吸で「心」がコントロールできる、そういうことを学んだのです。「心」によって生まれた不安や悲しみ、恐怖をコントロールするために呼吸を使う。「あはれ」という深く吐き出す「溜め息」で自分をつなぎとめることができる。そのことに気づいたのです。呼吸で自己の「心」を制御できることを知った古代の中国人が、そのことを象徴的に表現するために、「自(鼻)」に「心」をつけて「息」という字をつくり出したのではないか。そして、「あはれ」という「深い溜め息」は、まさにその心の機能をあらわす言葉ではないのか、そう思うのです。(「あわいの力」安田登著)
昔の人は『息整えば、心整う。心整えば、息整う。』と言っている。
心に焦点を当て過ぎて、何とかしようと思ってもなかなかうまくいかないときがある。
不安とか心配事があるときに、その不安とか心配事から逃げないためにそれらに焦点をあててしまうと、益々不安になってくる傾向があることは経験済みだ。逃げないためには、息に意識を向けることだと昔の人は、これも経験から教えてくれている。息とは「自」と「心」と書く。
息は丹田(腹)で「吐く」、吐いた分だけ入ってくる。
PCやスマホに長時間向かっていると、猫背になるから呼吸が浅くなる。
呼吸が浅いと、身体の動きも小さくなり、思考にも影響しているように思えてならない。
そして、呼吸が示唆していることは生命の維持だけではない。
「呼吸(自=鼻)」は、空気を「吐く」、吐いたら「吸う」がセットになっている。
「吐く」だけでも「吸う」だけでもよろしくない。
「心」のほうは、「とらえた」ら「放す」がセットになっている。
「とらえる」ばかりにとらわれてしまったら、息が苦しくなるんです。
「息」と「生き」が同じ「いき」という発音なのは決して偶然ではない。
一指李承憲@ILCHIjp
正しい呼吸だけでも健康維持に大きく役立ちます。最もよい方法は深呼吸です。少しの間、手を止めて、深呼吸してみましょう。できるだけゆっくり深く軽く。腹が立つときは、なおさら!正しく呼吸すると心も治められます
Facebook竹元 久了さん投稿記事 🌷ヘルマン・ヘッセ
生年月日:1877年7月2日ドイツを代表する作家、文学者
第二次大戦後の1946年、ノーベル文学賞を受賞 死去:1962年8月9日
感動を高めたので一部引用
♦新しい思考、知識とは(知識の奴隷にならない)
人間の思考は自分の知った知識上の思考しかない。だから破壊しなければならない。破壊しそこから得た思考から知的思考がうまれるのではないかな?
●『鳥は卵のなかからぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。』 ヘルマン・ヘッセ
今の現状をディフレームしなければパラダイムは変わらない。リフレームはあくまでも現状の延長線上です。人間の思考は自分の知った知識上での思考でありそこにいたのでは何も変わらない。だから破壊しなければならない。破壊しそこから得た思考から知的思考がうまれるのではないかな? これから新たに負荷をかけ新しいプロジェクトに取り組もうと思います。これからが人生の本番です。とても楽しみです。
ヘルマンが言う『運命は、どこかよそからやってくるものではなく、自分の心の中で成長するものである。』と言うように、全ては自分自身の中にあり、新たな世界に挑戦しようと思います。
ヘルマン・ヘッセのことば(一部)
<献身>人は、献身して愛してきたものからのみ人生の意味を受けとる。
<死>最初は母を愛し、次に父を愛し、さらに身近な人々を愛し、やさしいものを愛し、故郷を愛し、他人を愛し、やがて苦手な人をも愛せるようになり、さらにはこの人生をも全肯定して愛するように、私たちはついに死をも愛せるようになっていく。そして死はついに人生最大の幸福となる。
<本音を話す人>私は人間嫌いという印象を与えているかもしれない。でもそれは違う。
私は地方によく行く、農夫や船乗りたちが大好きで、港の酒場で彼らと痛飲する。
画家や建築家と談笑したり、彼らの仕事場を見るのが好きだ。
こういった人々は屈託がなく、本音で話し、自分の仕事を人生としている。
<大人になるとは>大人になるとは、社会制度が決めた年齢に達することではない。
親から離れることだ。少年時代を棄てることだ。孤独になることだ。
<愛の代償>美しいものを見ることができるためには、最善のものを感じるためには、
愛に出会うためには代償が必要となる。その代償とはお金ではない。あなたの心を支払わなければならない。
●「ヘルマン・ヘッセ」は、20世紀前半のドイツ文学を代表する作家&文学者。
風景や蝶々などの水彩画も描き、南ドイツの風物のなかでの、穏やかな人間の生き方を画いた作品や絵を添えた詩文集で知られる人物。
ヘッセの作品は難解であることでも有名で、「ミッキーマウスは誰もが解るし、ヘルマン・ヘッセは少数しか解らない。アインシュタインが解るのはほんの一握りしかいないし!
FacebookAyuka Mizoguchiさん投稿記事
自分の中に確実に幸せになれる場所が3つもある♪さぁ、どこでしょう?
読む前に分かった方はコメント欄へどうぞ♪
https://ayukablog.wordpress.com/2019/03/03/%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%82%8B%EF%BC%93%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%A0%B4%E6%89%80%E2%99%AA/?fbclid=IwAR0jVPt2uK-r-mWUnBiXAIpZRbPJdZ8eyLwu5lV_jHph8fEhREPyQsJqLoM 【幸せが見つかる3つの場所♪】より
私たちが日々あれこれ考え、行動し、そして願っていることといえば、おそらく平和な気持ちでいたい、幸せでいたい、もし何かについて悩んでいたとすれば、楽になりたい、といったあたりだと思うのです。
なんか当たり前のようなことを書いていますが、衣食住が足りていれば、心が塞いでいても良いよ~という人はいないはずですよね。
そのために、ある人にとっては仕事で頑張ること、ある人にとっては家族が仲良くしていること、ある人にとっては自分の夢を達成すること、または単純に平凡な幸せ(←これすごく難しいけど)だったりします。
そして、それがなんであれ、最終的に本当に求めているものは“精神的な満足、幸せ、平和”ですよね。
であれば、私たちが普段見過ごしてしまいがちな3つの幸せへの場所があると思うのす。
それは自分の体験から、また多くのクライアントさんとのセッションを通して、そして世間の人々の行動を見ていてすご~く思うことです。
ということで、さっそく1つ目の場所は、ジャン! ハートの中♪
分かっている~、知っている~と思っていた人も多いでしょう。でも、もう少しお付き合いください。ハートといっても、単純に“これが私の欲しいもの、ウキ♪”みたいなハートではありません。
自分が最も自然な自分だと感じる“感覚”(エネルギー)です。違和感がまったくないもの。最も自然に感じられる自分とは、最も自分の可能性を伸ばすパワーを秘めている自分です。
実は思考よりも断然信頼できるものです。自分がどうありたいか?どんな自分であれば、自分らしく強さや優しさ、平和を感じられるか?
これは意外にすぐに分からないものです。なぜならほとんどの人がどうありたいか?と“考えて”しまうからです。で、考えてしまうと、誰かが言っていたよさげな言葉を採用してしまったりもします。
そうではなくあくまでも自分が一番自然と感じられるあり方、感覚、感覚、感覚!です。(3回言いました)
ちなみに私の場合、“落ち着き、静けさ、そして優しさ(calm and gentle)”であることです。いつでもこの感覚に戻ると、勝手に微笑んでしまいます。
この最も自分らしいハートにある感覚、エネルギーをしっかり感じることで、世界で一つだけの花が咲き始め、それが精神的な安定、幸せへ導いてくれますね。
また、ハートマス研究所というのがアメリカにありますが、ハートは電場的には脳の60倍、磁場的には脳の5000倍強力だそうです。ハートの波動がコヒーラント(一律)であれば、身心ともに健康であるという実験結果が出ているそうです。
ハートの波動を整えるってどういうこと?というと、私たちは普段思考ばかりに囚われがちですが、もっと自分の感情に気づいていること、それをケアしていることですね。なんといっても苦しみや不調を生むのは、思考に付随している“感情”です。
“誰も私のことを気にかけてくれない”という思考にな~んの感情もつかなければ、その思いはあっという間になくなっていきます。しかし、そこに悲しさ、寂しさ、不安、恐れなどごちゃっと感情がつくと、ずっとその思考は留まり続け、思考を暴走させていきます。
過去にも・・・・だった、これからも・・・だ、どうせわたしなんか・・・。
でも、悲しさや寂しさをケアしてあげる(私はEFTなど使用)と、思考が暴走せずに落ち着いてきますね。
しかし、多くの人が感情をケアするというよりは、感情と思考の暴走にサーフィンしたまま、例えば“誰か一人でも私を愛してくれたら・・・”と、ソウルメイト探しを始めるなど、外に出かけて何かを得よう、それで幸せになるはず・・という発想になりがちです。
でも、飢えた心での幸せ探しは辛いし、厳しい・・・。
そして2番目の場所は、ジャン!“自分が最も恐れていること”の中
ここは書くとなが~くなるので、ものすごくまとめてしまうと、自分が最も恐れていることというのは、言い換えれば、自分を最も制限していることです。
上の続きで行けば、自分の感情と向き合うのが怖いと思っていれば、まさに感情がその人を制限しますね。または、フリーランスの仕事を始めたけど、ウェブサイトを立ち上げるのがどうしてもできない、抵抗があるというセッションを何人もやったことがあります。
人からどう思われるか、自分は文章が下手だなどなど、たくさんの恐れがそこにあります。でも、もしその恐れから解放されれば、その人は自由に自分を表現できるようになって、喜びを感じることができるでしょう。
または、対人関係から逃げていたい、ビジネスがどうしても苦手などなど・・・。
自分が一番抵抗を感じるところ、なるべく見たくないところ、できれば避けておきたい部分、向き合いたくないところは、ほんとうは一番自由が見つかる場所なんです。つまり、恐れを癒してしまえば、制限が外れて精神的な平和、幸せへと歩める場所ですね。
そして、最後の3つ目の場所。
この常連のブログの読者さんはもうお分かりでしょう。
そうです。自分の本質にくつろぐこと。
人生のストーリーからごそっと抜け出し、そもそもすべてはこの受容中で起きていて、人生というドラマがどうであれ、自分は今まで大丈夫だったし、今も大丈夫だし、これからも永遠に大丈夫だと分かる場所。
もちろん、それが私たちそのものですから、場所ではありませんね。
しかし、幻想の自我にとっては究極のいこいの場。安心と喜びが感じられる場です。
ということで、どこにも探しに行かなくても、自分の中にある幸せへの鍵がある3つの場所。
ちょっと振り返ってみませんか?
☆恐れのしくみ、思考や感情、そして自我は世界をどう把握する? 悟りベースのインテグレイテッド心理学。再受講も歓迎です♪
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