Facebook兼井 浩さん投稿記事
大人を信用しないこと。大人たちがすることを丸呑みしてはいけない。
ニュースを鵜呑みにしてはいけない。
我々は自由なようで本当は不自由であって、限られた情報の中で生きているんだということを忘れずに、公式発表を鵜呑みにせずに、本質は何かと、鋭く見ていくことが大切なのではないか。
我々年寄りはいずれ死んでいく。
この後始末をしなくちゃいけないのは君たちですからもうちょっと世界を研ぎ澄ました目で
見る目を、養って頂きたい。
ー中村 哲ー
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若者よ、旅に出なさい。まだパスポートを持ってないなら、今すぐ作りなさい。
夏になったら、リュックを背負って、デリー・サイゴン・バンコク・ケニヤに行き、
ショックを受け、感動しなさい。
食べたことのない料理を食べ、面白い人と出会い、冒険に出て、危険から身を守りなさい。
帰ってきたら自分の国が違って見えるでしょう。首相も同じ人なのに、違う人に見えているでしょう。音楽、文化、食べ物、水資源の見方が変わるでしょう。
シャワーを浴びる時間も短くなっているはず。「グローバリゼーション」の本当の意味もわかってくるはずです。それはトム・フリードマンが言ったフラット化する世界ではありません。地球の気候の変化と環境破壊が決して嘘ではないこともわかるでしょう。
ある人の一日は、バケツ4杯分の水のために20km歩くだけで終わります。
あなたのフライトの向こうでは、どんな本も先生も教えてくれない授業が待っています。
多くの人は、帰ってきた時に初めて全てがはっきりし、頭の上に電球が浮かぶのです。
ーヘンリー・ロリンズ
FacebookTakahisa Taniguchiさん投稿記事
子どもには机も前向きで、黙って食べる給食を義務付けるけど、大人は外食で喋りっぱなし。
子どものイベントはキャンセル続きだけど、オリンピックはやる。
子どもには常に着用を義務付けるけど、先生は職員室でマスクを外している。
(※僕の知人の学校の話で、そうではない学校もあるとは思います)
子どもは重症化も死亡率もゼロに等しいけど、副反応が続々報告される医療行為を課す。
大人は一体、なにを守っているというのだろうか。
イギリスは、報告されている死者数が、人口当たり日本の20倍以上だった時から、
「子どもはマスクを着けなくていい」を国民が貫いた。
「せめて子どもだけは」と言っていた。
リスクがゼロになる事はないから、できるだけリスクを減らそうとする行為にキリはない。
だけど、こういった状況への対応は、「トレードオフ」といって、
なにかを取れば、他のなにかは少なからず失われる。もちろん逆も然り。
今の日本のこの状況にも、なにかの「言い分」は存在するのだろう。
「◯◯が言ってるから」という人も多い。
だけど、◯◯ではなく、「あなた」はどう感じているのか?
「言い分」や「言い合い」は一度置いておいて、自分の心の声に耳を傾けてみてほしい。
それを子どもに課したのは、本当に子どものためを思っての事なのか、自分の保身なのか−。
子どもに課されたそれを沈黙で容認するのは、子どものためなのか、自分の保身なのか−。
もしも、自分の心がおかしいと言っているなら、どんなにか細くてもいい、声をあげよう。
そうしないと、子どもの事は守れなくなる。
そうしないで過ごした時間の長さだけ、自分で自分の事が嫌いになる。
見たくなければ、目をつぶる事はできるけど、
感じたくなくても、心を閉ざす事はできないから。
Facebook吉冨 信長さん投稿記事· 子どもと皮膚と感情
人間が感情を生み出すのは、実は脳ではなく、むしろ皮膚や、(腸などの)内臓であるともいわれています。
ニューギニアの部族を研究した文化人類学者であるマーガレット・ミード博士は、赤ん坊と肌を密着させた部族と、バスケットに入れて肌を密着させていない部族の研究調査をしました。結果、前者の肌を密着させるアラベッシュ族は、非常に穏やかで、争いごとがないことがわかり、一方の肌を密着させない放任的なムンドグモール族は、攻撃的で争い事が好きであることがわかりました。
1910年代のアメリカのある養護施設では、一年間に9割もの乳児の死亡率があったため、栄養状態の改善や高度な医療を施したにもかかわらず、やはり3分の1は死亡してしまいました。これは、当時の流行の「触れない育児」が原因であり、スキンシップがないことのストレスで、成長ホルモンの分泌が止まってしまっただといわれています。
特に、赤ちゃんや子どもの頃に親からのスキンシップが足りず、甘えられなかった子どもの多くは「愛されてなかった」という愛され感の不足が問題行動につながってしまったり、乳児に至っては死に至ることもあります。
戦前まで主流だった日本の伝統的な育児方法は、母子密着のべったり育児です。昼間は家事においても紐を使って赤ちゃんを背中におんぶをし、夜は川の字になって赤ちゃんと添い寝をしていました。母親が忙しい時には、代わりに祖母や娘にも赤ちゃんを抱っこさせることも日常でした。
江戸時代には「小児あんま」といって赤ちゃんを全身マッサージしていた育児方法もありました。これは、循環器系、泌尿器、免疫系、神経系、呼吸器官、胃や腸の消化器官をすべて刺激します。動物においては、特に哺乳類などが赤ん坊の前身をきれいになめる行為がそれにあたるといわれています。
しかし、明治時代から戦後に入ってきた欧米式の育児方法により日本も今では変わってしまいました。赤ちゃんが泣いてもすぐには抱っこしてはいけない、ある程度放置しておくことで自立的な人間をつくっていくという考えです。
赤ちゃんはどうしても泣くものというイメージが特に先進国の中ではありますが、実は古来からの伝統的な生活をしているイヌイット(エスキモー)やアフリカの先住民系部族の赤ちゃんは無駄に泣くことはありません。伝統的な生活を維持しているイヌイットやアフリカ部族では、もし赤ちゃんが泣き始めたら、何か特別な問題や原因があるのだとされています。
イヌイットの育児方法では、赤ちゃんが生まれると、トナカイの毛皮で出来たおむつをし、その上からさらに毛布で固くラッピングするように巻き、背中におんぶをします。このラッピングは赤ちゃんにとって子宮のような感覚に似ているとされています。また、添い寝やスキンシップが日常的です。これにより赤ちゃんの心理的安定をうみます。戦前の日本の育児方法でも似たような方法をしていますね。
赤ちゃんは産まれる前には、羊水の中で成長します。羊水が体温と同じ温かさであることと、ほとんどが水分から成る人間の体が羊水のような水中にいることから、赤ちゃんの皮膚の感覚は羊水の中ではほとんど刺激されません。私たちが体温と同じお風呂に入った時に感じる膨張したような心地よさと同じ感覚が赤ちゃんにもあるわけです。
赤ちゃんは、この極楽のような羊水と、お母さんの子宮の壁にとてもべったりになります。その居心地のよい母胎の液体からいよいよ産み出されると、体温よりずっと低い温度の気体に包まれます。そうなると、赤ちゃんは皮膚感覚が刺激され、敏感になっていきます。ここから、赤ちゃんの子宮回帰が始まります。つまり、子宮のような空間や温かい人肌を求めていきます。
人は温かいスキンシップをすると脳内でオキシトシンが作られ、これが増えてきます。オキシトシンは、心がやすらぎ、幸福感や愛情も深まって、人とのきずなを強める働きがあります。また、オキシトシンが幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを活性化させ、ノルアドレナリン(不安・恐れ)の働きをコントロールして、心のバランスを安定的に保ちます。子どもが幼いうちにオキシトシンの影響をたくさん受けるとこのセロトニンが出やすい脳になり、一生つづくことになるようです。
そうはいっても、現代社会では、共働きも増え、子どもと触れあう時間や心の余裕がなかなかとれない方も多いと思います。しかし子どもは案外賢いもので、両親がいないときには、保育園での先生との接し方、祖父母との接し方など、子どもなりに良い関係を築いているものです。そして、お母さんやお父さんにはいっぱい甘えたいわけですから、接する時間がどんなに短くても、スキンシップで甘えさせることで親子の愛着関係を大切にしていけばいいのです。
いつからか「抱きぐせ」というネガティブな言葉がありますが、抱っこされたいという欲求は本能的なものですし、実際に抱きぐせがつくことよりも、むしろ幼いころに抱かれたりなかったことによる、将来的な心の不安の方がずっと深刻です。
育脳が注目されたり優先される今日ですが、哺乳類はすべて肌を触れ合わせるスキンシップ育児です。肌と肌が触れあうことによって愛着が生まれ、親子のきずなが深まり、安心感の中で子どもがスクスクと育っていきます。
子どもの幸せの根っこはスキンシップからつくられているのです。それは大人である私たちにも言えることかもしれませんね。
※山口創著などを参考
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