Facebook河口 聖さん投稿記事 大井恒行句集ー水月伝ーが届く
東京空襲アフガン廃墟ニューヨーク なぐりなぐる自爆者イエス眠れる大地
草も木もすなわちかばね神の風 神風に「逢ったら泣くでしょ、兄さんも」
死というは皆仰向けに夏の兵 溶けたのはガラスのウサギ 鳥 魚
句集「水月伝」は、現代俳句文庫「大井恒行句集」1999年12月以後、2000年から2023年に至る23年間の作品から選びとったとある。この写真は、府中にあるギャラリードードーの個展オープニングに澤好摩さんと来ていただいた時のものだ。昨年の銀座ゆう画廊の澤好摩(句)・河口聖(画)にも来ていただいた。その後、七夕の日に急逝した澤好摩さんの追悼展ー越谷・ギャラリーKへも来て頂いている。大井さんは編集者としての才覚もあり、私の20代からの親友、黄金海岸の発案者、大本義行さんが病に倒れてからも、最後まで看取り続けて、大本義行句集発刊へと繋げて下さった大恩人でもある。本日は、京橋のギャラリイKに内海信彦さんを訪ねて、滝清子さんの作品を見せて頂いた。二人の共通の師ともいえる吉田克朗展(神奈川近代美術館葉山)のことも話し合ったー歴史はどんなに着飾ったところで修正しようがないー今もある現実が重く横たわっている。表現するとは何か、大きな課題を今日も突き付けられた気がしている。大井恒行さん、ありがとうございました。
https://note.com/mitsukage/n/ne0197a5feeaf 【大井恒行句集『水月伝』一句鑑賞と十句選】より 鈴木光影
ありがたき花鳥の道や核の塵 大井恒行
道は、人や獣などが歩く実際の道と、学問や芸の道など、ある人が信じる道の二つが考えられる。
俳句に限って考えれば、純粋に花鳥諷詠を信じる人にとっては、どんな道も、花が咲き鳥が舞う光り輝く道に見えるだろう。道即道である。信じるものは救われる。ゆえに、ありがたい。
そんな「ありがたき花鳥の道」に降り注ぐ、人類が生み出してしまった「核の塵」。
それは目に見えない汚染、侵食、破壊。……有ることが難しいと書いて「有り難い」。
「花鳥の道」は、今後、より一層「有り難い」ものになってしまうだろうか。
洗われし軍服はみな征きたがる セシウムと赤黄男の落葉 切株に
原子力発電所すめろぎも穀雨なか かたちないものもくずれるないの春
万歳の手のどこまでも夏の花 木下闇 花の絶えたる木を抱けり
万物のふれあう桜咲きました 真昼よりこぼれし月を鳥とする
夕焼けや走り続ける道化を負い 淡き虹のちの時代に架けられる
https://note.com/yutaka_kano/n/nf3498675614d 【大井恒行句集『水月伝』】より
Yutaka Kano
大井恒行さんより句集『水月伝』を拝受。
俳句を知らぬ者は十七文字の壺中より仰ぐ月がどれほど美しいかを知らない。その美を知らずとも生きてはゆけるが、一度でもそれに魅入られるとそこから抜けられなくなる。俳人とはそう云う因果な生き物だ。このフレンチブルーのエレガントな句集を編まれた大井恒行さんもそのうちのお一人なのだろう。
尽忠のついに半ばや水の月 恒行
掲句には多くの俳友を失くした作者の正直な心境が飾る事なく込められている。「鏡花水月」とは見えていながら触れ得ないものの例えだが、この巻末に添えられた句にこそ死して句を残す俳人たちに対する作者の忸怩たる思いが滲み出るようだ。
大井さん、ありがとうございました。 里俳句会・塵風・屍派 叶裕
https://chakolate.blog.fc2.com/blog-entry-998.html 【大井恒行句集 『水月伝』
俳句】より
洗われし軍服はみな征きたがる 凍てぬため足ふみ足ふむ朕の軍隊
鳥かひかりか昼の木に移りたる 戦争に注意 白線の内側へ
天穹に喝采ありや桐の花 人にのみ祈る力よ 日よ 月よ
生涯に書かざる言葉あふれ 秋
戦争、紛争、天災、人災、疫病などへの静かな憤り。
4章の内の1章、第3章は全て追悼句という深い悲しみの漂う一集ではあるが、ところどころに置かれたこれまた静かな「光」を見いだす作品に救われる心地がする。
白秋の鳥いる朝のひかりかな
https://ameblo.jp/7176ns/entry-12849892786.html 【大井恒行さんの句集】より
大井恒行さんが『水月伝』(ふらんす堂2024年)を上梓されました。大井さんは「豈」「ことごと句」同人、ブログ「大井恒行の日日彼是・続」を毎日のように書かれています(毎日チェックしています)。3月まで2年間受講した現代俳句協会金曜教室の先生でした。
大井さんの句集は現代俳句文庫『大井恒行句集』(ふらんす堂 1999年)以来だそうです。大井さんは20年ほど前から書肆山田の鈴木一民様に句集の刊行を勧められていましたが、鈴木様の「同志」大泉文世様が一昨年亡くなり、その三か月後には奥様で俳人の救仁郷由美子様が亡くなり、句集はこの二人に捧げる形で、「大泉文世を敬愛していた、ふらんす堂社主山岡喜美子の手を格別に煩わせることになった」そうです(「」はあとがき)。このお二人に捧げた句はとりわけ胸に沁みました。
句集に多い四六判を縦に長くした形で、表紙の地が薄い水色、タイトルや著者名のフォントも素敵です。帯がないことにもおしゃれを感じます。この装幀はいかにも書肆山田がしそうな感じですが、和兎さんという装丁者の知的な上品さを感じます。写真に表紙の色が出ていないのが残念です。共感した句です。
神風に「逢ったら泣くでしょ、兄さんも」 洗われし軍服はみな征きたがる
明るい尾花につながる星や黒い骨 「自分では死ねんのよのぉ」真昼の凍エニ河セイ
吹雪ふぶきたる 地ちに 足あし灼やきし 裸足はだしの子こ
木の影に 影の風あり 影の木も 万歳の手のどこまでも夏の花
悼 中村苑子(二〇〇一年一月五日・享年八七) 切り抜きは重信の記事桃遊び …①
悼 三橋敏雄(二〇〇一年一二月一日・享年八一) 残像やかの狼やあやまちや
悼 安井浩司(二〇二二年一月一四日・享年八五) 糸電話浩司安井のさるおがせ …②
悼 清水哲男(二〇二二年三月七日・享年八四) されど雨「天と破調」という遺髪 …③
悼 大泉文世(二〇二二年五月一九日・享年七七)美本づくしの史ふみ世一よはじめ民たみ万華鏡
悼 救仁郷由美子(二〇二二年八月一〇日・享年七二) 汝と我不在の秋の陽がのぼる
悼 齋藤愼爾(二〇二三年三月に八日・享年八三)愼爾深夜の夏の扉を開けましたか …④
「いやだ!」という樋口一葉冬の雷 つぐなえる死などはなくて母の秋
歩くたび幻像の春残りけり 生涯に書かざる言葉あふれ 秋
くるぶしを上げて見えざる春を踏む 赤い林檎かの痛点に至りけり
この国をめぐる花かな尽きたる山河
① 中村苑子については本ブログに書きました。
中村苑子の俳句 | ここはいいところ (ameblo.jp)
中村苑子『私の風景』から | ここはいいところ (ameblo.jp)
② 安井浩司は私の好きな河原枇杷男とは長時間の電話をし合い、互いの自宅に泊まるほど親交の深かったという俳人です。
③ 清水哲男は詩人。俳句も。次のサイトは毎日見ていました。
清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』 (longtail.co.jp)
若い頃、彼の詩が好きでした。とくに次の詩。
美しい五月
唄が火に包まれる 楽器の浅い水が揺れる 頬と帽子をかすめて飛ぶ
ナイフのような希望を捨てて 私は何処へ歩こうか 記憶の石英を剥すために
握った果実は投げなければ たった一人を呼び返すために 声の刺青は消さなければ
私はあきらめる 光の中の出合いを 私はあきらめる かがみこむほどの愛を
私はあきらめる そして五月を。
この詩が載っている『水の上衣』(1970年)は『喝采 水の上衣』として、1974年、深夜叢書社から出版されました。 斎藤愼爾さんの出版社です。私の本は1976年刊思潮社の現代 詩文庫を池袋西口にあった古書店高野書店で購入したもので す。「高野書店」、懐かしいなあという方もいらっしゃるので はないでしょうか。
また、清水さんの本も書肆山田から数冊刊行されています。
④ 齋藤愼爾さんは深夜叢書社社主、俳人、評論家。本ブログで書いています。
齋藤愼爾氏のこと | ここはいいところ (ameblo.jp)
大井恒行先生の金曜教室は楽しく、ためになりました。次のブログのなかの「3」に教室の様子を書きました。教室は3月で終了しましたが、年に数回、受講生OB、OG句会に付き合っていただけるそうで、ありがたいことです。
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