https://toyokeizai.net/articles/-/851225 【茶道や武道、瞑想で「心が整う」とはどういう事か
科学的に裏付けられた健康効果が存在している】より
日本の伝統文化には、心身を整える深い知恵が隠されています(写真:ペイレスイメージズ 2/PIXTA)
茶道や武道の「稽古」と聞くと、敷居が高く古めかしいというイメージがあるかもしれません。しかし、多くの経営者は多忙にもかかわらず、稽古に打ち込んでいます。稽古にはリフレッシュ効果があるだけなく、健康、審美眼、創造力、問題解決力、コミュニケーション力などが高まるからでしょう。
稽古は、AIが持っていない「身体」と「感性」を活かして高度な知性を発展させる方法であり、今むしろ「最先端」なのです。
30年近くにわたり芸術・デザイン・ファッションを通じたブランド戦略に多数関わり、日本文化の魅力を伝えてきた梅澤さやか氏の新刊『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』をもとに、仕事や人生を豊かにする習慣を3回にわたり解説します(今回は3回目)
日本の伝統文化に秘められた知恵
お茶を点てて一服したり、お花をいけたりすると、心身がリフレッシュします。忙しさや喧騒から離れ、そのためだけの時間や場を設けることで、まるでリトリートに行ったかのような効果を感じることもあるかもしれません。
よくこういう状態を「整う」といいます。ですが「整う」とはどういうことなのでしょうか。
自律神経のバランスが整う仕組み
「整う」という言葉にはさまざまな解釈がありますが、ここでは落ち着いた身体状態になることを指すこととします。
具体的には、自律神経のバランスが実現されることを意味します。
図 (着)
人の自律神経のバランスがとれている時は、体内では以下のようなことが起こっています。
まず、ストレスホルモンであるコルチゾールの過剰な分泌が抑えられることで、血流が改善され、副交感神経が優位になります。それにより身体が鎮静状態に入るのです。
リラックスした状態が続くと、「幸せホルモン」として知られるセロトニンやオキシトシンの分泌が促進されます。
セロトニンは前頭前野を活性化させ、海馬や扁桃体の過剰な活動を抑制し、ドーパミンやノルアドレナリンのバランスを整えていきます。その結果、俯瞰的に考えたり、感情をコントロールしたりしやすくなります。
一方、オキシトシンはセロトニンの分泌を促進し、抗ストレス作用をもたらし、自律神経をさらにバランスよく整えます。
この状態になっているかを確認するには、目の前で起こる出来事や、自動的に引き起こされる感情に振り回される度合いが減っているかどうかを観察することが有効です。
人間の身体機能の基本的な特性のひとつは、自律神経に加えて、ホルモンと免疫の系統が一体となったシステムで、ホメオスタシス(恒常性維持機能)を保っていることです。つまり、これらのうちどれかひとつが崩れると、ほかの2つも必ず影響を受けるようになっています。
「整う」ことができないと、体内に炎症が起こり、最終的には免疫が弱くなります。これは万人に共通した体の法則です。したがって、日常的に自律神経のバランスを整え、ストレスを適切に管理することが、心身の健康を維持するうえで非常に重要になるのです。
「打ち水」から学ぶ、心身を整える作法
自分自身の動作に意識を向けていくと、体内で情報がつくり出されます。この時に、自律神経を調整するようなパターンをつくると、常にその反応として心身が落ち着く情報が生まれます。
日本の伝統的な習慣や文化には、このように心身を整える体の動きと反応のパターンがしばしば組み込まれています。その代表的な例として、神社参拝や打ち水の習慣を挙げることができます。
神社参拝では、「二礼二拍手一礼」という簡単な動作に集中することで、自然と心が落ち着きます。これは、思考を介さず、単純な動作に意識を向けることで起こる現象です。
神社の構造も、日常の喧騒から離れ、心を整えられるように設計されています。
清掃が行き届いた広々とした空間は、余計な情報を遮断し、参拝者が自然と心を静めていけるようになっています。鳥居をくぐる、手水舎で手を清める、参道を歩むといった一連の行為は、それぞれが外界の情報をリセットして動作に集中していくきっかけとなり、それにより心を整える準備をさせてくれます。
整理整頓されたスペースが心の落ち着きを促すのも同じ理由です。
日本の伝統的な習慣である打ち水にも、同様の効果があります。打ち水は涼を取るという暑さ対策以上の役割を持っています。文化的には打ち水はお清めです。「お清め」は、物理的な清浄さを超えて、情報のレベルで綺麗にするという意味だと考えられます。
自然界は、放置していると無秩序になるという法則があります。打ち水という行為は、この自然の傾向に対して意識的に秩序を取り戻す試みとも解釈できます。
物理的に環境を清浄にし、視覚的にもすっきりとさせることで、私たちの内面も同時に整理されていくのです。これは、外界と内面が密接に情報レベルで結びついているという東洋的な世界観とも一致します。
打ち水の効果は五感を通じて体験できます。
具体的には、打ち水をする際の水しぶきの音、湿った土の香り、涼やかな空気の感触など、五感を通じて得られる感覚が、私たちの脳内で快適さや清浄さという情報に変換されます。この情報処理過程を通じて、心身のバランスが整えられていくのです。
・視覚:水が地面に染みこむ様子を見る
・嗅覚:湿った土の香りを嗅ぐ
・聴覚:水しぶきの音を聴く
・触覚:水滴や涼しい空気を肌で感じる
現代の神経科学の知見からも、環境からの刺激が脳内の神経回路を活性化し、ストレス軽減やリラックス効果をもたらすことがわかっています。打ち水のような伝統的習慣は、このような科学的メカニズムを経験的に活用してきたといえるでしょう。
さらに、打ち水という行為自体が持つ、儀式的な側面も重要です。
決まった作法や道具を用いて行うこの行為は、日常から一歩離れた特別な時間と空間を創出します。この「非日常」が、心身をリセットし、新たな気持ちで日常に戻る準備を整えます。
このように日本文化に組み込まれたさまざまな習慣や所作は、自然環境と調和をはかって、無意識のうちに心身のバランスを整える知恵を内包しています。これらの知見は、現代科学の視点からも、心身の健康を維持するための有効な手段として再評価され、応用されつつあります。
内面に注意を向けるだけで心身が整う
現代社会では、絶え間なく流れる情報の洪水の中で生きることを余儀なくされています。だからこそ、いかに情報を整理し、心身の健康を保つかは、多くの人々にとって切実な課題となっています。
この課題に対処するための有効な手段として注目を集めているのが、「マインドフルネス瞑想」です。私の知人の経営者でも、多くの方が何かしらのかたちで瞑想を取り入れています。
この瞑想法は、茶道や武道の稽古のなかにも含まれていた技術と通じるものです。
マインドフルネス瞑想に取り組む多くの人々が、「座ってすぐに思考があふれ、集中できない」という悩みを抱えています。正式なマインドフルネスのトレーニングでは、このような状態は自然なプロセスの一部だと教えられます。
瞑想をしているうちに起こる感覚や思考を観察し、気づきを得て自分を見つめ直すことが目的とされているからです。
自律神経を整えるという観点からこの瞑想を説明すると、外に向く注意をカットすることで整う方法ということになります。
難しく考える必要はなく、ポイントは、ふだんは外のことばかり気にしている私たちの注意を、意識的に自分の内側に向けることだけです。
イラスト
意識を自分自身に向けると心が整う(画像:『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』より)
興味深いことに、ただ注意を向ける矢印の方向を変えるだけで、体の機能が勝手に整い始めるのです。
「心が整う生活」を取り入れよう
『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』
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神経科学や心理生理学から、意識的に注意を向ける方向を変えることが自律神経系の機能に影響を与え、ひいては全身の生理的状態を調整することが確認されています。
リラックスするためにスマホで動画やドラマを観る人が多いと思いますが、外側の情報に注意を向け続けることになるので、実際には頭がスッキリしないのはこのような理由です。
今回ご紹介した神社参拝、打ち水、マインドフルネス瞑想や、それにヒントを得たご自身のルーティンを生活に取り入れることで、自然と整う日々を過ごすことができるようになるはずです。
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