Facebook加藤隆行さん投稿記事 【ボクの心のメンター】
中3のときウォークマン(!)が流行ったことがあり先生にバレないよう何人もが持ってきて洋楽やら歌謡曲やらをみんなが喜々としてクラスで聴いてました。
その中でひとり、普段は目立たないヤツがイヤホンしててなに聴いてるんだと思ったら「落語」のカセットでした。
周りは、「落語、だっせー」とか笑ったのですが、その彼はハズカシがることも怒ることもなく堂々と、「まあちょっと聞けよ」と、言って柳家小さん師匠のすばらしさを朗々と語りだしたのです。そりゃあもう楽しそうに。リスペクトあふれる感じで。ときに一節を交えながら。
そしたら「おおおー」と数人から拍手が起こったんですね。で、先生が来るぞ!とみんなウォークマン隠してドタバタとすぐ解散。
そんとき彼が、小声でボクに「落語おもしれーんだよ」とささやいた言葉を今でも覚えています。で、彼のことはそれまで気にしてなかったんですが、学校ではいつも一人なのに本を読んでたり、ノートになんか書いてたりとすげー楽しそうなんです。
それで彼に興味を持ち始めて、家に遊びに行って、一緒にホラービデオを見る仲になりました(笑)
落語はどこいった?と思ったかもしれませんが、彼は落語も含め自分の好きなものにだけ興味があってべつにみんなと一緒にしようとかみんなと同じもの好きになろうとかそういう感覚も全然なくて、釣りとか囲碁とか航空機雑誌とかこのお菓子がうまいんだとかそーいうので忙しくて部活もやってませんでした。これがまたどれもこれも魅力的に話すんですね。
いつも「へー」とか「すげー」とか言いながら、彼のうんちくを聞いてましたね。
精神年齢がボクらよりなんか全然高い感じでなんかその生き方にあがれていました。
*
中学卒業後、彼とはまったく会う機会もなくなり高校大学とボクは世俗にまみれて行きました。他人の目が気になりみんなに合わせて好きでもないものを好きと言ったり興味のないものを興味のあるフリをしたりそもそも仕事も認められたいから 入った会社でそんな興味もない内容をさも興味のあるように一生懸命自分を洗脳して認められよう 褒められよう 評価されよう 称賛されよう もっと上位の人たちの 仲間に入れてもらおう とかやり続けていたら
気がつけば、”自分” がわかんなくなりました。
結局、会社は辞めることとなり長野の山奥に籠もって自分はこれからどうしたらいいんだろう、とボーっとしていたときにふとNくんのことを思い出しました。
Nくんならどう言うかなと思ったのですが、脳裏に浮かんだ彼はなにも言わずあいかわらず
自分のことに一生懸命で、そして、なにより楽しそうでした。
そしたら、彼みたく生きたらいいんじゃないだろうか?と思って、他人がどう思うかとか認められたいとか損得とかひっぺがしながら自分の興味ってなんだろーって、ひとつひとつ確かめてきて気がつけばなんとなく今に至っています。
*
3ヶ月ほど前にNくんから SNSで友達申請が来たのです。
誰だ?Nって……Nじゃん!と思って、メッセージを送ったのですがそれ以来、既読もつきません(笑彼はきっとまだただ自分の興味に従って生きているのだと思います。
彼から返事が来たら話したいことがたくさんある。
そして今の自分なら彼と同じ視点で話せるかもなとホラー映画を観ながら楽しみに待っています(^ω^)返事来ないかもしれんけど笑
Facebook相田 公弘さん投稿記事【13歳からのアート思考】
美術教師、末永幸歩(すえながゆきほ)氏の心に響く言葉より…
あなたは美術館へ行ったとき…
あなたは「絵を見ていた時間」と、その下の「解説文を読んでいた時間」、どちらのほうが長かったですか?
おそらく、「ほとんど解説文に目を向けていた」という人がかなり多いはずです。
私自身、美大生だったころはそうでした。
美術館を訪れることは多かったにもかかわらず、それぞれの作品を見るのはせいぜい数秒。
すかさず作品に添えられた題名や制作年、解説などを読んで、なんとなく納得したような気になっていました。
いま思えば、「鑑賞」のためというよりも、作品情報と実物を照らし合わせる「確認作業」のために美術館に行っていたようなものです。
これでは見るはずのものも見えませんし、感じられるはずのものも感じられません。
とはいえ、「作品をじっくり鑑賞する」というのは、案外けっこう難しいものです。
じっと見ているつもりでもだんだんと頭がボーっとしてきて、いつのまにか別のことを考えていたりもします。
いかにも想像力を刺激してくれそうなアート作品を前にしても、こんな具合なのだとすれば、まさに一事が万事。
「自分なりのものの見方・考え方」などとはほど遠いところで、物事の表面だけを撫でてわかった気になり、大事なことを素通りしてしまっている…そんな人が大半なのではないかと思います。
でも、本当にそれでいいのでしょうか?
「かえるがいる」
岡山県にある大原美術館で、4歳の男の子がモネの《睡蓮(すいれん)》を指差して、こんな言葉を発したことがあったそうです。
その場にいた学芸員は、この絵の中に「かえる」がいないことは当然知っていたはずですが、「えっ、どこにいるの」と聞き返しました。
すると、その男の子はこう答えたそうです。「いま水にもぐっている」
私はこれこそが本来の意味での「アート鑑賞」なのだと考えています。
その男の子は、作品名だとか解説文といった既存の情報に「正解」を見つけ出そうとはしませんでした。
むしろ、「自分だけのものの見方」でその作品をとらえて、「彼なりの答え」を手に入れています。
ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、こうして「自分のものの見方」を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりしているのではないでしょうか?
じっと動かない1枚の絵画を前にしてすら「自分なりの答え」をつくれない人が、激動する複雑な現実世界のなかで、果たしてなにかを生み出したりできるでしょうか?
私が一教員として学校教育の実態を見てきたかぎりでは、絵を描いたりものをつくったりする「技術」と、過去に生み出された芸術作品についての「知識」に重点を置いた授業が、いまだに大半を占めています。
「絵を描く」「ものをつくる」「アート作品の知識を得る」…こうした授業スタイルは、一見すると個人の創造性を育んでくれそうなものですが、じつのところ、これらはかえって個人の創造性を奪っていきます。
このような「技術・知識」偏重型の授業スタイルが、中学移行の「美術」に対する苦手意識の元凶ではないかというわけです。
『13歳からのアート思考』ダイヤモンド社 https://amzn.to/332UdlF
末永幸歩氏はさらにこう語る。
「すべての子どもはアーティストである。問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ」
これはパブロ・ピカソの有名な言葉です。
ピカソがいうとおり、私たちはもともと、《睡蓮》の中に「自分だけのかえる」を見出すようなアーティスト性を持っていたはずです。
しかし、「アーティストのままでいられる大人」はほとんどいません。
おそらくは「13歳前後」を分岐点として、「かえるを見つける力」を失っていきます。
さらに深刻なのは、私たちは「自分だけのものの見方・考え方」を喪失していることに気付いてすらいないということです。
話題の企画展で絵画を鑑賞した気分になり、高評価の店でおいしい料理を味わった気分になり、ネットニュースやSNSの投稿で世界を知った気分になり、LINEで人と会話した気分になり、仕事や日常でも何かを選択・決断した気分になっている。
しかし、そこに「自分なりの視点」は本当にあるでしょうか?
いま、こうした危機感を背景として、大人の学びの世界でも「アート的なものの考え方」が見直されています。
一部ではこれは「アート思考」という名称で呼ばれています。
ピカソのいう「アーティストのままでいられる大人」になるための方法が、ビジネスの世界でも真剣に模索されているのです。
「アーティストのように考える」とはどういうことなのでしょうか?
結論からいえば、「アート」とは、上手に絵を描いたり、美しい造形物をつくったり、歴史的な名画の知識・うんちくを語れるようになったりすることではありません。
「アーティスト」は、目に見える作品を生む出す過程で、次の3つのことをしています。
1. 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、
2. 「自分なりの答え」を生み出し、
3. それによって「新たな問い」を生み出す
「アート思考」とは、まさにこうした思考プロセスであり、「自分だけの視点」で物事を見て、「自分なりの答え」をつくりだすための作法です。
もう少し柔らかくいえば、「あなただけのかえる」を見つける方法なのです。
(以上、本書より抜粋)
本書にもあったが、現代はVUCA(ブーカ)の時代だと言われる。
VUCAとは、「Volatility」(変動性)「Uncertainty」(不確実性)「Complexity」(複雑性)「Ambiguity」(曖昧性)だ。
これだけ先の見えない時代では、誰もが正解を見つけることは難しい。
ビジネスにおいても、かつての成功事例を調べ、それを踏襲するというやり方はほとんど通用しない。
そして、このコロナ禍のように、だれもが予測しないようなことが起こる時代だ。
だからこそ、誰のものでもない、モノマネではない、自分独自の生き方や考え方を見つけ出すしかない。
これは、個人でも会社でも同じだ。
そのために必要なのが「アート思考」。
自分の人生というキャンバスに自分のアートを描く…。
アート思考で新たな人生を切りひらきたい。
https://gendaihaiku.gr.jp/column/1843/ 【長寿の母うんこのようにわれを産みぬ 金子兜太 評者: 河野輝暉】より
漱石の俳句に確か、海鼠のように産まれる、というのがあり、その時も驚いたが、掲句には唖然として、無季に気付いたのは暫くしてからだった。「トイレの神様」というこれまた珍奇な歌が若者に受け、昨年のNHK「紅白歌合戦」に初登場した。両者の共通点は、神と出産という聖なるものと「ご不浄」に表わされる屎尿という穢れとの一体視であろう。万象に八百萬(ヤオヨロズ)の神性を認知する神道。この聖典とされる「古事記」はまたスカトロジィの書として連想される。伊邪那美命(イザナミノミコト)が次々に神を産む。「屎(クソ)に成りませる神の名は波邇夜須毘古(ハニヤスヒコ)の神。次に波邇夜須毘売(ハニヤスヒメ)の神。次に、尿(ユマリ)に成りませる神の名は弥都波能売(ミツハノメ)の神。」と記されている。世界広しといえど、事もあろうに糞尿に神の名前のある宗教を他に知らない。天照大神らが高天原を、籾種をこの中津国にもたらした太古から、この終戦後の二十年近くに至る迄、農耕生産の肥料は何に依存してきたかを考えるといい。人糞尿が主力だった。古代は農生産も生殖も等価視され、分離していなかった。兜太の主張する「産土」は、「(苔の)産(ウム)す」と太陽の「日」の合成語でムスビの思想であり、これの生成化育する土地、という意。結果的にはアニミズムの信仰である神道の基本理念と同じ事であろう。
敗戦時にマッカーサーによる日本弱体化という占領政策が施行された。国家神道は戦争協力宗教として法的にも受難を経過している。その原初的感覚に目を向けたい。
黄金なす瑞穂の美しさは、生産力を持つ母性の美しさである。そこには賢しらぶった、美醜、浄穢の分別は雲散霧消して互が融合する。兜太俳句は、過剰に陳腐で優美な花鳥諷詠から、生きもの感覚を主唱している。俳壇を真の「俳」に踏みとどまらせて、人間解放を続行している。「長寿の母を波邇夜須毘古とし産まれけり」のパロディを謹呈申します。
出典:『日常』
0コメント