https://gendai.media/articles/-/81441 【日々のストレスを「五七五」で解消…!サラリーマンの「悪態俳句」が面白すぎる】
殴りたい上司の髪に隙間風
些細なことでもイライラして、怒鳴りそうになることはないだろうか。そんな人は、はやる気持ちを抑えて五七五にまとめてみよう。もしかしたら、その俳句が思わぬ形で注目を集めるかもしれない。
怒りは静まり心は整う
〈「俺は凄い」結果で示せ冬雲雀〉〈指図せずテメーでやれよ除虫菊〉〈成長と給料は別啄木忌〉
五七五で詠まれているが、悪態のつき方がどことなく生々しい。とはいえ季語も織り込まれていて川柳でもない。
これらの句はバラエティ番組『プレバト!!』に出演していることで知られる俳人・夏井いつきさん(63歳)の呼びかけで集まった「悪態俳句」だ。
今年1月、夏井さんがユーチューブに「みなさんの悪態俳句を募集します」という動画を上げてから、コメント欄に俳句が投稿され続け、いまも勢いは止まらない。3月11日の時点で、その数は500を超える。
夏井さんが、悪態俳句について解説する。
「しんどいことや悲しいことなど、負の感情を俳句を作ることで昇華しようという試みです。いまの世の中、他人の悪口ばかり言う人がたくさんいるでしょう。悪いことをした人には石を投げてもいいという風潮もある。そんな状況を見てうんざりしていたんです。
とはいえ、誰しもイライラする出来事は必ずあります。このとき生まれた負の感情を抱え込んだままでいてもストレスが溜まるばかり。面と向かって言葉にしてしまえば人間関係に支障が生じてしまう。
そこで思いついたのが悪態を罵詈雑言のままにしておかず、俳句という形にすることです。詠むことで怒りは静まって心は整います。その句を読んでくれた人だって『私だけではないのか』と救われることもある」
もともとは、日常生活で溜まったストレスを解消するために作り始めたのがきっかけだったという。昨年の9月には自作の悪態俳句30句をまとめた小冊子『句集「悪態句集」』も上梓している。
それが、思いのほか反響を呼んだ。そこで、自身の動画で悪態俳句の募集を始めたのだ。近日中に、集まった句をまとめた本を発売するそうだ。
この活動に「感銘を受けた」と話すのは、俳優で、『プレバト!!』常連出演者でもある梅沢富美男さん(70歳)だ。番組内で繰り広げられる夏井さんと梅沢さんの丁々発止のやり取りは、いまや名物となっている。
「歳をとってくると、感情の舵を取るのが知らず知らずのうちに下手になってきます。だけど、怒ってばかりいたら、そんな自分が嫌になります。若い人から『老害』と言われてしまうこともある。精神衛生を保つには、その怒りを俳句にぶつけたほうがよほどいい。
とはいえ、僕がおとなしくなったら番組がつまらなくなるので、なっちゃん先生(夏井さん)には悪態をつき続けるつもりです(笑)」
悪態俳句の魅力は、詠み人の細かな状況までは伝えないところだ。イライラする出来事は、知り過ぎてしまうと聞いている人の気分まで落ち込ませてしまう。
だが、俳句には十七音しか使ってはいけない決まりがある。この短さにより、作者自身が遭遇した出来事を生々しく語ることなく、苛立ちや腹立たしさをさらっと表現できるのだ。
「短い音数で細かい事情がわからないからこそ、他人の悪態俳句を『あるある』と笑えるし、自分のことのようにとらえることができるんです」(前出・夏井さん)
たとえば、『悪態句集』にある〈怒鳴る人の口ばかり見て鰯雲〉という作品には、様々な人から「私も体験した」という声が多数寄せられた。
あまりにも激しく叱られていると、頭が真っ白になって怒鳴っている人の口の動きや外に見える鰯雲の流れる様子しか目に入ってこない。
仕事で大ミスをしたときの上司の顔が浮かんだ人も多いのではないだろうか。
これは夏井さん自身の実体験をもとに作った作品だが、句を読んだ中学生に「どうして、私と担任の先生とのやり取りを知っているんですか」と驚かれたという。
苦々しい顔が目に浮かぶ
動画に寄せられた句の中でも特に高評価を得ているのが、サラリーマンと思しき詠み人たちが作った句だ。視聴者の中心層は40~60代ということもあり中間管理職の悲哀を込めた悪態俳句が目立つ。投稿された句からいくつか抜粋してみよう。
〈あざっスは終わりにしろよ四月尽〉
四月尽とは春の季語で、4月最後の日を指す。入社して一年も経つのに相変わらず「ありがとうございます」と丁寧な言葉で言えない新入社員に対して苦虫をかみつぶしたような上司の顔が目に浮かぶ。
〈殴りたい上司の髪に隙間風〉
会社の上司から理にかなわない説教をされたのだろう。殴ってやりたくなるも、ふと上司の頭を見ると薄くなった毛がそよいでいて、そんな気持ちも失せてしまう。
「隙間風」は冬の季語。いまは職場でふんぞり返っているが、数年もすれば退職して、家で妻から「濡れ落ち葉」扱いされるかもしれない。そんな「人生の冬」を感じさせる。
夏井さんにも、気になった句を挙げてもらった。
「〈噂話だけが仕事か石榴の実〉。これは面白いですね。悪態そのもの。
詠み手が『〈噂話だけが仕事か〉とかけて〈石榴の実〉と説きます。その心は?』と読者に謎かけを投げているのも巧み。
石榴の実が何を表すのか気になるはずです。石榴は熟れると割れますし、実は粒々。こういう特徴をもとに、作者が何を伝えたかったか考える。こういった作業も、俳句の楽しみ方の一つです。読者の導き出した答えが、詠み手の意図と合わなくても問題ありません」
ちなみに、石榴の実の花言葉には、「愚かしさ」がある。それを知ると、より味わい深くなる。
一方で、石榴は「紅一点」という言葉の語源でもある。噂話を好む男だらけの職場で、唯一人の女性社員が不満をつのらせる様子もうかがえる。溜まった不満はいつか、石榴の実のように破裂するかもしれない。
答えは詠み手にしかわからない。だが、あれこれと想像を膨らませるのが、句を読む楽しみだ。
「俳句からは詠み手の人柄も伝わってきます。たとえば、〈呉れてやる新巻鮭と熨斗付けて〉という句がわかりやすい。
嫌々ながら上司にお歳暮を贈らなければならない事情があるのでしょうか。「呉れてやる!」と怒るに至った具体的な出来事はわかりませんが、贈答品が新巻鮭であることに俳諧味がありますし、礼儀正しい詠み手であると伝わってくる。
私は〈恩知らぬ君らに雪うさぎを贈る〉という句を作りましたが、〈呉れてやる〉の句とは毛色が違います。雪うさぎはかわいらしいですし、欲しくなる人もいるはず。でも、雪で作ったうさぎにすぎないので渡した後は溶けてしまう。
『お前たちがすぐに忘れてしまう恩のようだろう』と嫌味を込めたわけです」(夏井さん)
認知症予防にもなる
このように、日常生活で溜まったストレスを句にすると苦々しい出来事も一つの作品になって客観的に見られるようになる。新たな趣味にもなるし、人間関係も広がるかもしれない。
しかも、悪態俳句を作ることは認知症の予防にもつながるという。教育心理学者で鳴門教育大学教授の皆川直凡さんはこう解説する。
「言語を司る左脳、映像などの非言語を司る右脳をどちらも使うので、俳句の創作や鑑賞は脳の衰退を抑えることができる有効な手段となります。
また、悪態を俳句にするときは嫌な出来事を冷静に受け止めて、様々な視点を持ちつつ十七音にまとめる必要があります。この作業も、脳の働きを活性化させる役割を果たすと思います」
では、悪態俳句を作る上で、どういった点に気を付ければいいのか。夏井さんはこう語る。
「普段の生活で怒りや憤りに心が支配されそうになったら『これも句材ではないか』と立ち止まってみてください。怒りは6秒我慢すれば静まるそうです。俳句を作ろうとしたら6秒以上はかかるので、クールダウンにもなるし創作活動もできるので一石二鳥です。
作り方は、普通の俳句と変わりません。十七音の中に季語を入れるだけ。初めて俳句を始めるという方には、まず十二音で悪態を作る作業から始めるのがいいでしょう。それから、上五か下五に季語をつけるんです」
これまでに紹介した俳句も含め、コメント欄に寄せられた作品には「十二音の悪態+季語」の構成で作られた句が多い。誰にでも作りやすい方法ということだろう。
いきなり悪態で十二音作るのが難しいという人は、「十二音日記」をつけてみるのもいい。これは夏井さんが発案した俳句の練習法だ。
十二音で日記を書いて「俳句のタネ」を集めておくというもの。悪態俳句を作るなら、日々の愚痴を十二音で綴っておけば、いざ句を作るときに便利だ。
「日記をつけるときの注意点は二つあります。季語らしき言葉や、『うれしい』『悲しい』などの感情を表す言葉を入れないこと。後で俳句を作りにくくなってしまいます」(夏井さん)
何より大事なのは、悪態に合った季語を見つけることだ。夏井さんは寄せられた俳句の一つ〈その言葉すずらん添えて返します〉の季語の使い方を絶賛する。
「一見すると、夏の季語『すずらん』を使った美しい内容に思えますよね。ところが、すずらんに込められた意味を知ると印象が変わります。
この植物は、美しいけれど毒を持っているんです。カチンとくることを言われた詠み手が、慇懃に、でも皮肉たっぷりに返事した様子が伝わってくる。文学の香りがする一句です」
まったくの初心者なら、まずは季語辞典を買うことから始めてみよう。動植物や地理、固有名詞など数多くの言葉が季語として掲載されている。
有名人に詠んでもらった
俳句を嗜む有名人たちは、どんな俳諧味あふれる「悪態」をつくのか。実際に詠んでもらって、高浜虚子の曾孫で俳人の星野高士さんに講評してもらった。
〈サブスクの課金積もりて菜種河豚〉(明治大学教授で教育学者の齋藤孝さん作)
「これは上手いですね。サブスクとはサブスクリプション(定額制のサービス)を指します。便利なものだから知らないうちにいろんなサービスに課金してしまったし、解約の仕方もわからないと嘆いているのでしょう。
季語で使った菜種河豚とは、菜種の花が咲く頃にとれる河豚です。毒性が強い上においしくもない。サブスクと菜種河豚の怪しさを巧みに組み合わせています」
〈コロナ禍やマスクの季語っていつなのさ〉(フリーアナウンサーの梶原しげるさん作)
「本来、マスクは冬の季語です。ところが、新型コロナの影響で一年中マスクをする生活に変わりました。言葉の季節感がなくなったからこそ、この句ができたのでしょう。
とはいえ、『マスクの季語っていつなのさ』と問いかけてしまうと、マスクが季語として弱く見えてしまいます。
また、上五に『や』と古い切れ字を使っているのに、中七と下五では現代風の言葉になっているのも気になる。私なら〈コロナ禍やマスクは冬の季語なのに〉とします」
〈涅槃西風断って無事を干す不逞〉(女優の藤田三保子さん作)
「藤田さんは、新型コロナに感染しないように仕事の依頼を断ったことがあるのでしょう。感染せず無事だけど、その結果、それっきりオファーが来なくなって干されてしまった失望感が出ている。
季語の涅槃西風は、3月下旬に吹く風のこと。涅槃という言葉が、仕事を失ってしまった彼女の虚無感と合っています。季語を春風にしてしまうと明るい印象を受けてしまうので、素晴らしい選択だと思います。
女優業に限らず、誰しも何かの付き合いを断って縁が切れてしまうことはあるはず。共感性の高い良い句です」
〈聖火直前火消しに大童〉(落語家の古今亭志ん輔さん作)
「嫌味がきいていて味わい深いです。東京五輪開催前に騒動を火消ししようとしていた菅総理に、長男の接待問題がふりかかったことを揶揄しています。
『大わらわ』を二つの意味でかけているのが上手。ただ、季語が少しぼやけています。聖火を『夏五輪』にしたほうが、いま現在起きていることだとわかりやすいでしょう」
なかなか奥が深い悪態俳句の世界。最近、怒りっぽくなった人は始めてみてはいかがだろうか。
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