大洪水後のシュメール文明 ②

http://blog.livedoor.jp/melody87/archives/2525857.html 【大洪水後のシュメール文明】より

日本人のルーツ

 シュメールには複雑な歴史がある。シュメールの都市へさまざまな民族が集まるようになり、後にシュメールは牧畜文化の影響を受け、さらには征服された歴史を持つ。この間の歴史が一つの鋳型(いがた)となり、それが原因で、今日の現代文明に光と影をもたらしている。

 今日の文明の権力構造は、この時の征服者側の権力構造と、基本的には何の違いもない。今日に至るヨーロッパの思想的(秘密)結社の成立には、こうした複雑な背景がある。

 もっとも最近に起きた地球の変動は、紀元前1万年頃の大洪水である。その変動は、太平洋の日本寄りの位置で起きた。これによって、かつて陸地として繁栄した太平洋上の文明は海底に沈んだ。それは当時の地球上において最高度の文明であった。この偉大な文明は、黄金期には万物と調和したすぐれた精神文明を築いたが、末期には現実主義に埋没し、「聖なるリズム」の知識を有する一団の警告も多くの人々の耳には届かなかった。

 しかしそれを受け入れた人々は、太平洋周辺の各地に移転し、その移転先として彼らが中心に選んだ場所が、「日本列島」であった。このレムリア文明の次の周期が、紀元前1万1400年から始まり、当時としては最高レベルの文明が日本に花開いた。

 今から6400年前にシュメール文明が始まったように、さらにもう6400年前から始まった文明周期は、今の「日本列島」からスタートした。この失われたレムリア文明の叡智を受け継いだ一団は、日本の各地に移り住み、その中心になった人は淡路島の東経135.0度の位置に定住した。[古事記]に書かれた国産み神話は、そのわずかな記憶である。

 世界最古の土器は日本列島から出土しており、それ以上に古い土器は世界のどこからも発見されていない。さらに、その近くの135.0度ライン上の明石からは、日本最古の人骨である明石原人の人骨が発見されている。

 日本の黄金文明が消滅した後にも失われなかったものの一つは、彼らが神を表した音声である「M U(ムー)」という聖なる音であった。彼らはその鋭い感性ゆえに、それを失うことはなかった。音声には、現在の人間が理解しているような意味、概念以上の働きが存在する。日本の太古の人々はその働きを知っていた。日本語の神という言葉のルーツは、この前文明の聖なる音声にある。

 人類の文明は(1611年の内、昼に当たる)800年の寿命を持つが、それは今の文明はいったん破局を迎え、そこに住む人たちが消滅するという意味ではなく、その文明の権威や固有のカラーが消失することを指している。具体的には、ロンドンを拠点として誕生した文明の権威とカラーの消失である。

 死といえば、人間は恐怖を感じるが、シュメール人はそれを成長のステップと考えていた。魂は小さな死や大きな死を繰り返しながら進歩する。冬至や夏至、満月や新月が来るたびに、魂は小さな死を迎え、古い何かを捨てて、新しい何かを誕生させる。現代人はこのような魂の躍動に鈍感になってしまったが、しかし依然として人間の魂にはそのリズムが確実に脈打っている。

 聖なるリズムの節目の前には、シュメール人は古いものを捨てることを心がけてきた。死と生の象徴が意味することは、古い自分自身を捨てることである。古い思い、古い観念、執着心、うまくゆかなくなった出来事、マンネリ化したと感じられる対象や物、滞ってしまった心や体の状態、それらを潔く捨てることを、これらの時期に人間の魂は望んでいるのである。

 それらを捨てれば捨てるほど、魂はその節目に新しいものを得る。人間の中で目を見張るような進歩をする人がいれば、その人を観察してみるとわかるであろうが、彼らは例外なくこれを無意識に実行しているはずである。

 現代人は今までの文明の古い要素を、いさぎよく捨てなければならない。捨てれば捨てるほど(つまり小さな死を重ねれば重ねるほど)、人間は新しい躍動を手に入れることができる。シュメールの人生学では、死とは進歩への絶対条件なのである。

与えられる思念に対するシュメールの神官の認識

 シュメールの叡智を保つ者たちは、「聖なるリズム」を自分の利益のために用いることをしなかった。なぜならそれは必ず、反作用を引き起こすことを知っていたからである。

 日本人がする「年末の大掃除」の習慣は、シュメールの習慣に近いものがある。これを10日早く行なえば、自然のリズムに重ねることができる。この期間に不要な物を捨てると同時に、心における過去も捨て、澄み切った魂になることは自然のリズムにかなっている。このことをもっと大きなリズムで行なうべき時に、今、現代人はいるのである。

 人間の努力には、本筋から外れた努力というものがある。現代人の中には、そうした努力によって自分を見失っている人が大勢いる。現代の文明にしがみついている人々もそうである。一度頂点に達した文明が死期へと至るとき、なおもそれにしがみつこうとした人々は、過去の文明でもたくさんいた。一度握った権力を手放さず何とか維持しようとする人々、死期にあることに気づかず、今からそれを追いかけようとする人々は、そうした生き方によって結局、過去においても自らを失うことになった。つまり、その努力そのものが、彼らを宇宙のリズムから引きはがすのである。

 宇宙のリズムに合致した努力には必ず、あふれ出るような使命感や躍動感、爽快感を伴うものである。それらが感じられない努力は、いかなる努力であろうとも、宇宙のリズムから外れている。

 シュメールでは、人間の思いである思念は神から与えられるものと考えられていた。与えられた思念である以上、それは必ず宇宙のリズムに合致する。つまりそれを受け取るためには、受け取るための魂の空間を用意しなくてはならないというのが、シュメールの神官の思考に対する認識であった。

 そのようにして用意された空間に、節目(ふしめ)の時には必要な思念が舞い降りる。そしてその思念は、次のサイクルに向けて強い創造力を発揮するのである。自ら作り上げた思念によっても物事は成就することができるが、しかしそれらは長期的には宇宙のリズムを壊すのである。

 思念というものは、心が空白でありさえすれば、必ず各人にもっとも必要なものが与えられるようにできている。それは自ら作り出すものではないことを現代人は知らなければならない。それを受け取るべき「時の中心点」が、「節目の時」である。

 宇宙の星々は自らの主張のためにスピンするのではない。星々は中心の力にうながされ、その力に自らをゆだねることによって行なわれるスピンという自己完成の悦びに打ち震える。宇宙の存在は、波に自らをゆだねるサーファーのようなものであり、いかにゆだねられるかですべてが決まるのである。

 宇宙は、必要なところに、必要なだけの、必要な配置を与える。その計算に狂いはない。しかしながら、個人の意志で何かを目指し、個人的な思いの力でそれを実現しようとする者であふれる時、それはすでに、思念の次元に摩擦と闘争を生み出しているのである。

マンモス

 また、この頃まで地球でマンモスが生きていた。ロシアの北極海のランゲル島で化石が見つかっている。

■紀元前4200年頃

 シリウス星人たちの創造により、エジプト原始王朝時代が始まる。

■紀元前3800年頃

ドゥムジとイナンナの愛

 この頃、祝福された出来事として始まり、恐ろしい事件として終末を迎えた出来事があった。エンキの一番下の息子ドゥムジは、ナンナルの娘イナンナを好きになった。エンリルの孫娘イナンナは、牧羊(ぼくよう)の主に魅了された。見境を知らない愛が彼らを飲み込んだ。情熱で彼らの心は燃え上がった。その後長い間数多くの愛の歌が歌われた(が)、イナンナとドゥムジの愛の歌はその最初だった。彼らは歌により彼らの愛を語り合った。

 エンキは一番下の息子ドゥムジにアブズの上の大きい領土を与えていた。それは「黒い土地」という意味のメルッハ(エジプトのアスワンからスーダンの北部までの古代王国ナビア。アブズは南東アフリカの金鉱の地)がその名前だった。高地には木が茂り、水は豊富だった。大きい雄牛が川の葦(あし)の間を歩き回り、蓄牛の数は膨大だった。山からは銀が採れ、銅は金のように光り輝いていた。ドゥムジはとても愛されていた。アサル(オシリス)の死後エンキの最愛の子だった。マルドゥクは一番下の弟に嫉妬した。

 イナンナは両親ナンナルとニンガルに愛されていた。エンリルは彼女の揺りかごのそばに座った。彼女は表現できないほど美しかった。武術でアヌンナキの英雄と彼女は競い合った。天の旅行と天空の船について兄弟のウトゥから彼女は学び、彼女自身の飛行船を地球の空を飛び回るため、アヌンナキは彼女に贈った。

 大洪水のあと、着陸場のプラットフォームで、ドゥムジとイナンナは互いに目を交わした。エクル(ピラミッド)の奉納の儀式のとき、彼らは心温まる出会いをした。彼らは最初躊躇した。彼はエンキの一族、彼女はエンリルの子孫だった。ニンハルサグが氏族間の論争に平和をもたらしたとき、イナンナとドゥムジは何とか他の人たちから離れた所で一緒になることができ、互いに愛を告白した。彼らは一緒に散歩しながら、甘い愛の言葉を互いに語った。並んで横になり、心と心で語り合った。彼女の腰のまわりにドゥムジは腕を回し、野性の雄牛のように彼女を欲しがった。彼女は優しく彼に口付けし、それから彼女の母親のことを彼に告げた。

「母にどんな言い訳をしたらいいのかしら?あなたはニンガルに何と言いますか?私達の愛を母に伝えましょう。喜んで杉の香水を私達に振りかけてくれるでしょう!」

 イナンナの母ニンガルの住居へ、恋人たちは行った。ニンガルは彼らを祝福した。イナンナの母はドゥムジを認めた。

「ドゥムジ様、あなたはナンナルの義理の息子になる資格があります」

と、彼女は彼に言った。ドゥムジはナンナル自身により花婿として歓迎され、イナンナの兄弟ウトゥは、「そうあれかし!」と言った。

「この結婚により氏族間に本当の平和がもたらされればいいが!」

 エンリルは皆に言った。

 ドゥムジが愛と婚約について父親と兄弟たちに話したとき、ドゥムジの兄弟たちはマルドゥクを除いて全員、その結婚を喜んだ。ギビルは婚約用の金のベッドを作り、ネルガルは青い色の宝石を贈った。イナンナの好きな果物、甘いナツメヤシの実を、彼らはベッドの横にたくさん置いた。その果物の下に宝石の数珠球(じゅずだま)を彼らは隠した。イナンナが発見するのを期待して。

ドゥムジの死

 習慣として、イナンナに香水をつけ衣服を着せるためドゥムジの姉妹が送られた。ゲシュティナンナが、義理の姉妹となるべき彼女の名前だった。イナンナは心に浮かんだこと、ドゥムジとの将来について、彼女に話した。

「偉大な国家の夢を私は抱いています。ドゥムジは偉大なアヌンナキとしてそこで立ち上がるでしょう。私達は皇子の地位を分かち合い、反乱する国家があれば一緒に鎮圧します。私はドゥムジに状況を報告し、国を正しく導きます!」

 イナンナの支配と栄光の夢がゲシュティナンナにより彼女の兄マルドゥクに報告された。イナンナの野心はマルドゥクの心を動揺させ、彼はゲシュティナンナに秘密の計画を告げた。ゲシュティナンナは、兄弟ドゥムジの所、羊飼いたちが住んでいる所へ行った。美しく着飾り香水をつけた彼女は、兄弟ドゥムジに次のように言った。

「あなたの若い妻と抱擁しながら眠りに入る前に、あなたは姉妹を通して合法的な継承者を得なければなりません!イナンナの息子は継承権への資格を得るべきではありません、あなたのお母様の膝の上では彼は育てられないでしょう!」

 彼女は彼の手を自分の手の中に置き、彼の体に自分の体を押し付けた。

「弟よ(又は兄さん)、私はあなたと一緒に寝ます。花婿よ、あなたにより私達はエンキの仲間をもうけます」

 そうゲシュティナンナはドゥムジに囁いた、高貴な子孫を自分の胎(たい)からもうけるため。ドゥムジは彼女の胎に精液を注いだ。彼女に愛撫されながら彼は眠りに落ちた。夜中ドゥムジは夢を見た。死の前兆を彼は見た。『夢の中で7人の強盗が彼の住居に侵入するのを彼は見た。ドゥットゥル(エンキの妾)の息子よ、主人が我々をあなたのもとへ送った。」

 彼らは言った。

「彼らは彼の雌羊を追い出し、子羊や子山羊も追い払った。彼らは彼の頭から領主のかぶりものを剥ぎ取り、王の衣服を彼の体から引き裂いた。彼らは羊飼い用の杖を折り、台の上に載っていたコップを投げ捨てた。裸で素足の彼を彼らは捕まえ、鎖で彼の手を縛った。“皇子の鳥と鷹”の名に誓い、彼らは彼を殺すため置き去りにした』

 驚き狼狽したドゥムジは真夜中に目を覚まし、ゲシュティナンナにその夢について話した。

「それは余りいい夢ではありません」

 ゲシュティナンナは心を乱しているドゥムジに言った。

「あなたが私を強姦(ごうかん)したと言ってマルドゥクはあなたを非難し、彼はあなたを逮捕するために悪の密使を送るでしょう。彼はあなたを審理し、はずかしめるよう命令するでしょう、エンリル一門との連絡係を断ち切るために。」

 ドゥムジは傷ついた獣のように唸り声を上げ、「裏切り者!裏切り者!」と叫んだ。

 イナンナの兄弟ウトゥに、「助けてくれ!」とメッセージを送った。魔よけのために父エンキの名前を彼は唱えた。「蛇の砂漠」とも呼ばれるエムッシュ砂漠を通って、ドゥムジは逃げた。悪人たちから身を隠すため彼は大きい滝のある場所へ向かって走った。水がほとばしっている所の岩は滑らかで滑りやすく、ドゥムジは(それに足を)滑らせて落ちた、急流は魂の抜けた彼の体を白い泡の中に飲み込んだ。

エンキの苦悩

 魂の抜けたドゥムジの体を大きい湖(ビクトリア湖)からニナガルが引き上げると、その体は下の方のアブズ(アフリカ南端)にあるネルガルとエレシュキガルの住居へ運ばれた。エンキの息子ドゥムジの死体は、石板の上に置かれた。その出来事についてメッセージがエンキへ送られると、エンキは服を引きちぎり、額に灰をかけ、「息子よ!息子よ!」と、彼はドゥムジのために嘆き悲しんだ。

「どういう罪の故にこういう罰を私は受けるのか?」彼は声を張り上げて尋ねた。

「私がニビルから地球へやって来たとき、私の名前はエア、「水を家とする者」だった。天の戦車の推進力を私は水から得、(そして)海に着水した。それから大津波により地球は飲み込まれ、孫のアサル(オシリス)は海で溺れ、今ドゥムジは水で命を落とした。私は全てのことを、正しい目的を持って行った。どうして私は罰せられるのか、どうして運命は私を見捨てるのか?」

 そうエンキは嘆き悲しんだ。ゲシュティナンナから事の真相を聞いたとき、エンキの苦悩はさらに増した。

「長子マルドゥクもその行為により苦しむようになる。」

 “下の方のアブズ”にあるネルガルとエレシュキガルの住まいに遺体が運び込まれたので、冥界は下の方にある、あるいは天に対して地の底にあると考えられるようになった。それが、後に天国と地獄というような概念へと変貌した。

イナンナ(イルニンニ)の冥界下りと“復活”

 ドゥムジの死に、イナンナ(イルニンニ)は悲しみに明け暮れた。彼女は遺体が安置され、姉のいる“下の方のアブズ”に急ぎ、遺体を埋葬するために引き取りに行った。彼女の姉はイナンナ(イルニンニ)の到着を知ると、常道を外れた企みがあるのでは、と疑った。そのため、7つの門毎に、イナンナ(イルニンニ)は装具と武器を1つずつ取り上げられた。そして、エレシュキガルの前に、衣服を脱がされて無力で引き出され、ドゥムジの兄ネルガルによって世継ぎを得ようと企んでいた、と糾弾された。その思いに取り憑かれたエレシュキガルはイナンナ(イルニンニ)の説明に耳を貸さず、自分の高官ナムタルに、6つの病気を解き放つよう命じた。

 イナンナ(イルニンニ)がいなくなったことを、彼女の両親は心配した。ナンナルがエンリルに事情を知らせ、エンリルがエンキにメッセージを送った。エンキはネルガルから、何が起こったのかを聞いた。エンキはアブズの粘土で、血を持たず、死の光線によって傷を受けない2人の宇宙人グレイの密使を形作り、彼らをエレシュキガルの下に送った。

 彼らがエレシュキガルの前に現れると、彼女は彼らの容貌にとまどった。「お前たちはアヌンナキか、それとも地球人か?」

 ナムタルが魔法の電力の武器を向けたが、2人の密使は傷つかなかった。ナムタルは彼らをイナンナ(イルニンニ)のところへ連れて行った。彼女は杭に吊るされていた。密使たちは“プルセル”と“エミッテル”を向け、「生命の水」を彼女に降り掛け、「生命の植物」を彼女の口に入れた。すると、イナンナ(イルニンニ)は動き出し、蘇った。

 2人の密使がイナンナ(イルニンニ)を連れ戻そうとしていると、彼女はドゥムジの遺体を一緒に運んでいくよう指示した。そして、取り上げられた装具と武器は戻された。ドゥムジの住まいだった場所に遺体は運ばれ、真水で洗われ、香(かぐわ)しい油が塗られ、赤い経帷子(きょうかたびら:故人に施される衣装)が着せられ、ラピスラズリの厚板の上に安置された。それから、彼を眠りに就かせる場所を岩に掘り出した。そこで“眠りから覚める日”を待つために。

 これは色々な神話の冥界下りそのもので、しかも、イエスの話そのものである。神宮に十字架が無かったら、イエスの逸話はこれを基に創った創作、と言えてしまう。そしてイナンナ(イルニンニ)のシンボルは金星で、イエスも明けの明星である。そして、両者とも木に吊るされて死んで、復活した。だから、この木がまさしく「生命の樹」である。

 そして、ドゥムジの遺体には赤い経帷子(きょうかたびら)が着せられた。経帷子(きょうかたびら)とは、一般的に仏教における白い死装束(しにしょうぞく)のことだが、マタイ福音書の中では、イエスが赤い外套(がいとう:英語でオーバーコート)を着せられ、茨(いばら)の冠を被せられ、葦(あし)の鞭(むち)で打たれた、とある。それから、ドゥムジの遺体は“眠りから覚める日”を待つために洞窟の横穴に葬られたが、イエスは処刑後に洞窟の横穴に葬られ、3日後に復活した。このように、イナンナ(イルニンニ)とドゥムジの物語には、イエスの象徴が多くある。伊勢神宮に聖十字架が安置され、日本が千数百年にわたって秘守してきたという“事実”があるが、それを知らなければ、イエスの話は創作である、と断定できてしまうほどの内容である。

 また7つの門毎に、イナンナ(イルニンニ)が装具と武器を1つずつ取り上げられたのは、インドの7つのチャクラと関係がある。インダス文明の創造神はイナンナ(イルニンニ)である。「生命の樹」は7段階に区分できる。一番下の段階は“精神の地獄”で、至高世界、中高世界、下層世界の三界には含めないので、7段階となる。7段階目を脱ぎ終えて冥界の女王の前に立っていることは、7段階を経て“精神の地獄=冥界”に達した、ということである。“復活”とは、カバラ的には「生命の樹」を上昇していくことに他ならない。

 そして、この「生命の水」こそが御神水の根源で、水が神聖視されるのである。イナンナ(イルニンニ)が掛けられて復活した木は「生命の樹」と見なせ、そこに「生命の水」を灌(そそ)ぐという形。この水はエンキが遣(つか)わしたから、洗礼の水でもある。これは更にデフォルメされ、鷲(わし)人間が「生命の樹」に水をやる図として描かれている。

 この図の「生命の樹」はナツメヤシである。中東では古来から、ナツメヤシが「生命の樹」と言われてきた。実は栄養豊富で、種子から取れる油は石鹸や化粧品として、葉は帽子や敷物、仕切り布、籠(かご)、団扇(うちわ)などに、幹は建材や燃料として用いられ、中東では欠かせない植物である。

 特にナツメヤシの葉はキリスト教での「シュロの主日」で使用される。これは復活祭の1週間前の日曜日で、イエス・キリスト受難直前の、エルサレム入城を記憶する祭りである。ナツメヤシの学名はフェニックスで、それは不死鳥“火の鳥”をも意味し、イナンナ(イルニンニ)を暗示して、ナツメヤシはイナンナ(イルニンニ)が好物だった。ナツメヤシも、イナンナ(イルニンニ)とイエスに共通の物なのである。更に、ユダヤ教では「仮庵(かりいお)の祭り」で新年初めての降雨(こうう)を祈願する儀式に用いる4種の植物の1つである。

 「生命の樹」には「生命の水」が欠かせないことから、イナンナ(イルニンニ)はユダヤ教にも大きな影響を与えている。「生命の樹」のセフィロトは、隠されたダアトも含めて11個。これをシンボル化したものが、木製の十一面観音である。この「生命の樹」に水を掛けることをデフォルメしたのが東大寺のお水取り。十一面観音にお香水という神聖な水を捧げて懺悔(ざんげ)する。つまり、神道と仏教は習合しても問題無かったのである。

 「お水取り」として知られている東大寺の修二会(しゅにえ)の本行は、二月堂の本尊十一面観音に、練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる精進潔斎(しょうじんけっさい)した行者がみずからの過去の罪障(ざいしょう)を懺悔(ざんげ)し、その功徳により興隆仏法、天下泰安、万民豊楽、五穀豊穣などを祈る法要行事が主体である。修二会(しゅにえ)と呼ばれるようになったのは平安時代で、奈良時代には十一面悔過法(じゅういちめんけかほう)と呼ばれ、これが今も正式名称となっている。関西では「お松明(おたいまつ)」と呼ばれることが多い。

イナンナ(イルニンニ)の怒り

 イナンナはエンキの住まいに行き、マルドゥクの死を要求した。「もう、死は十分だ!マルドゥクは扇動者だが、殺人には関与していない」エンキにマルドゥクを罰する気が無いことを知ると、イナンナは両親とウツのところに行った。彼女は天に届くほどの声で嘆き悲しんだ。「正義を!正義を!復讐を!マルドゥクに死を!」

 エンリルの住まいに、彼の息子たちも合流した。戦いの会議のためである。ニヌルタ(アラム・ムル)は厳しい措置を主張した。マルドゥクとイギギが交わした密約を、ウツは報告した。「邪悪な蛇、マルドゥクを地球から取り除かなければならぬ!」とエンリルは賛同した。

 マルドゥクの引渡しの要求がエンキに為されると、エンキは息子たちを集めて言った。「最愛のドゥムジのことを悼(いた)んではいるが、マルドゥクの権利は守ってやらなければならない。マルドゥクは邪悪な行いを唆(そそのか)したが、ドゥムジは不運によって死んだのだ。ニヌルタ一味によって殺されないよう、守ってやらなければならない」

 その父の言葉に賛同したのは、ギビルとニナガルだけだった。

 邪悪な蛇、特に西洋で嫌われている蛇の根源はマルドゥクだった。東洋では、神の使いあるいは神自身とされる良い蛇と、このような邪悪な蛇がある。それは、こういう話が大元なのである。この蛇は龍にも例えられ、マルドゥクこそが本来のサタンの原型である。マルドゥクを守ることに、ニンギシュジッダは反対だった。つまり、良い蛇はニンギシュジッダということである。

 2つの氏族の間で前代未聞の残酷な戦争が勃発したのは、その後のことである。地球人の子孫であるホロンとサトゥの間の闘いとは違っていた。ニビル産まれのアヌンナキ同士の闘いが、ニビル以外の惑星で行われた。イナンナにより戦争の火蓋は切って落とされた。

 彼女は飛行船に乗ってエンキの息子たちの領土へ向かった。彼女はマルドゥクに闘いを挑んだ。ニナガルとギビルの領土へ彼を追跡した。ニヌルタは彼女を援助するため「嵐の鳥」から敵の砦めがけて致死光線を放った。イシュクルは空から焼却光線と粉砕落雷で攻撃した。アブズで彼は川から魚を追い出し、野の家畜を追い払った。それからマルドゥクは、北へ、人工の山のある場所へ後退した。

 彼を追跡したニヌルタは、居住地へ毒のミサイルを雨のように降らせた。彼の「引き裂く武器」により、その土地の人々は感覚を失ってしまった。川の水を運ぶ運河は、血で真っ赤になった、イシュクルの光り輝く兵器は夜の暗黒を燃えるような昼に変えた。壊滅的な闘いが北上すると、マルドゥクはエクル(ギザのピラミッド)の中に身を隠した。

 ギビルはそのため見えないシールド(遮蔽幕:しゃへいまく)を考案し、ネルガルは天に向けて全ての物を見る目を持ち上げた。イナンナは「光り輝く兵器」で、角型アンテナにより方向を定めて、その隠れ場所を攻撃した。ホロンは祖父を守るためにやって来た彼女の「光り輝く兵器」で、彼の右目は損傷を受けた。ウトゥがイギギとその地球人の軍勢を第四地域ティルムン(シナイ半島)の向こうに引き留めている間に、人工の山の麓ではアヌンナキ(同士)が、それぞれの氏族を支援してぶつかり合った。

「マルドゥクを引き渡せ、流血を終わりにしよう」

 そうエンリルはエンキへメッセージを送った。

イナンナ一族とマルドゥクの戦い

 イナンナは、彼女の“空の船”でエンキの息子たちの領土を侵犯した。彼女はマルドゥクに戦いを挑み、ニナガルとギビルの領土まで彼を追跡した。ニヌルタ(アラム・ムル)が援護し、“嵐の鳥(空中戦闘機)”から敵の要塞に破滅的なビームを照射した。イシュクルは、空から灼熱の稲妻と粉砕する嵐で攻撃した。彼はアブズで川から魚を押し流し、草原の牛を追い散らした。

 マルドゥクはエクル(エジプトのピラミッド)の方へと逃げた。彼を追って、ニヌルタ(アラム・ムル)は居住地に毒入りミサイルを雨嵐のように降らせた。彼の“引き裂く武器”は人々の感覚を奪い、川の水を運ぶ運河は血に染まった。イシュクルの光輝が、夜の闇を燃え立つ昼に変えた。

 そして、マルドゥクはとうとう、エクル(ピラミッド)の中に逃げ込んだ。ギビルは目に見えないシールドを張り巡らし、ネルガルはすべてお見通しの目を空の方へ上げた。向きをつけた角によって、“光輝の武器”でイナンナは隠れ家を攻撃した。祖父マルドゥクを守ろうとしたホロン(ホルス)は、その光輝で右目を負傷した。イギギと手下の大勢の地球人をティルムンの向こうでウツが寄せ付けずにいる間、エクル(ピラミッド)ではアヌンナキ同士が戦いあった。「マルドゥクに降伏させよ!」エンリルがエンキにそう言った。「兄弟同士で話し合いなさい!」とニンフルサグが言った。

 エクル(ピラミッド)では、マルドゥクが最後の抵抗を続けていた。その滑らかな側面により、イナンナは攻略しあぐねていた。その時、ニヌルタ(アラム・ムル)が秘密の出入り口、北の側面の回転する石を見つけた。そこから真っ暗な廊下をニヌルタ(アラム・ムル)は潜り抜け、広い回廊に辿り着いた。そのアーチ型の天井はニビルの水晶の色とりどりの放射で、虹のように輝いていた。中ではマルドゥクが武器を持って待ち構えていた。ニヌルタ(アラム・ムル)は武器で応戦し、水晶を砕きながら回廊を進み続けた。上の部屋、“巨大な脈動する石”の場所へマルドゥクは後退し、その入り口でスライド式の石の錠を下ろした。

 イナンナとイシュクルがニヌルタ(アラム・ムル)に続いて進入し、彼らは次の手を考えた。「あの部屋をマルドゥクの石の棺としよう!」とイシュクルが提案した。彼は遮断用の石が3つ、いつでも下に滑ってくるよう準備されていることに気が付いた。「生きながらにして葬られる、ゆっくりとした死をマルドゥクに宣告しましょう!」とイナンナは同意した。彼らは回廊の端で、その遮断用の石を解き放ち、マルドゥクを墓の中に封印した。

 ニヌルタ(アラム・ムル)とイシュクルは軍神であり、イナンナは戦う女神である。また、ホルスが右目を負傷した話の原型はここで登場する。ホロンの右目が、イナンナの“光輝の武器”によって負傷したのである。

 もともとピラミッドの内部はニビルの水晶などで覆われ、虹のように輝いていたのである。こうしてピラミッドはマルドゥクの墓と化してしまった。

マルドゥクの追放

 マルドゥクは生きたまま葬られた。地上では、彼の妻サルパニトが泣いて訴えた。エンキの下へ行き、「生きている者たちの下へ、マルドゥクを戻すべきです!」また、イナンナへの取り成しができるウツとナンナルの下へも、償いの服を着て行った。「マルドゥクに命を与えたまえ!支配権は放棄しますから、慎(つつ)ましく人生を続けさせて下さい!」と懇願した。

 イナンナは「私の最愛の人の死の咎(とが)を受け、扇動者は死ななければなりません!」と突っぱねた。

 仲介者ニンフルサグはエンキとエンリルを呼び寄せた。「マルドゥクは罰せられなければなりませんが、死には根拠がありません。生きたまま追放しましょう。地球の覇権は、ニヌルタ(アラム・ムル)に一任しましょう」と言った。この言葉に、エンリルは喜んだ。こうしてすべての覇権はエンリルの手中に入った。エンキは打ち沈んだが、アフリカには荒廃が広がっており、ドゥムジの喪に服しているので、その意見に賛成した。エンリルは言った。「平和を取り戻し、マルドゥクを生かしたいのなら、拘束力のある協定を結ばなければならない。天と地球を結ぶすべての施設は、私の手だけに委ねられること。“2つの峡谷の土地(エジプト)”は、お前の息子に与えること。マルドゥクに従ったイギギは、“着陸場所”を諦めて立ち去ること。そして、“戻れない土地”へ、ジウスドラの子孫が住んでいないところへ、マルドゥクは追放されること」エンキは頭を垂れて納得した。エクル(エジプトのピラミッド)の内部を知るのはニンギシュジッダ(トト)だけだったので、彼がその土地の支配者となった。

 マルドゥク救出のため、ニンギシュジッダが呼ばれた。生きたまま埋葬された者を救うという難題を、彼は与えられた。何とか、上部に開口部を切り出すことにより、救出できることが判った。

「私が指示する場所に石を切り出し、そこから上に曲がりくねった通路を通って救出シャフトを作るのです。隠れた空洞を伝ってエクル(ピラミッド)の真ん中に出られます。石の中の、渦巻状の空洞を突き破るのです。内部への入り口は爆破して開けます。大回廊まで進み、3本の閂(かんぬき)を引き揚げ、最上部の部屋、彼の死の監獄に到達します」とニンギシュジッダは言った。

 彼の指示通り、アヌンナキは最上部の部屋に辿り着き、気絶していたマルドゥクを何とか救出した。外ではサルパニトとナブ、エンキが待っていた。マルドゥクが目を覚まし、エンキが解放の条件を伝えると、マルドゥクは激怒した。

「生得権(せいとくけん)が剥奪されるぐらいなら、死んだ方がましだ!」

 サルパニトが彼の腕をナブに押しやり、「私たちは、あなたの未来の一部なのよ」と穏やかに言った。「私は宿命に屈した」と、マルドゥクは聞き取れないような声で言った。彼はサルパニトとナブを連れ、角のある獣たちが追い立てられた場所へ旅立った。

ピラミッドの破壊

 マルドゥクがいなくなった後、ニヌルタ(アラム・ムル)は再びシャフトからエクル(ピラミッド)に入った。水平な廊下を通って、彼はエクル(ピラミッド)の外陰部へ行った。その東の壁で、“運命の石板”が赤く輝いていた。「この力が、私に殺しの追跡をさせるのだ!」と叫び、自分の副官たちに破壊するよう命じた。ニヌルタ(アラム・ムル)は引き返し、大回廊を抜けて最上部の部屋に行った。くり抜いたチェストにエクル(ピラミッド)の心臓が鼓動しており、5つの区画によって増幅されていた。ニヌルタ(アラム・ムル)はそれを指令杖で叩き壊した。また、方角を決定するググ石を運び出し、自分の選んだ場所に持って行くよう指示した。

 大回廊を歩きながら、ニヌルタは27組のニビルの水晶を調べた。マルドゥクとの戦いで多くは傷ついていたが、無傷のものもあった。丸ごと残っているものは取り除き、他のものはビームで粉砕した。ニヌルタ(アラム・ムル)は外に出ると、“黒い鳥”で舞い上がった。そして、エクル(ピラミッド)の頂上石は敵の象徴そのものだったので、武器で揺さぶってぐらつかせ、地面に落として粉々に砕いた。「これで、マルドゥクの恐怖は永久に終わった!」とニヌルタ(アラム・ムル)は勝ち誇って宣言した。「あなたはアヌのようだ!」と集まったアヌンナキは賞賛した。

 無能となった灯台の代わりに、“二輪戦車の場所”近くの山が選ばれ、水晶が再配置された。その山はマシュ山、“至高の空のバーク船”と呼ばれた。ニヌルタ(アラム・ムル)にはエンリルの地位が与えられ、あらゆる土地でエンリルの代理となった。また、ヒマラヤ杉の山々にある“着陸場所”の支配権はイシュクルに与えられた。そこから南と東の土地、イギギとその子孫が広まっている場所はナンナルに与えられた。“二輪戦車の場所”と“地球の臍(へそ)エルサレム”の司令官はウツとなった。“2つの峡谷の土地(エジプト)”はニンギシュジッダに支配権が与えられたが、イナンナが反対し、亡くなったドゥムジの継承権を主張した。そして、自分自身の支配権をエンリルとエンキに要求した。

 どうしたら彼女の要求を満たすことができるのか、アヌンナキは熟考した。それと共に、どのように人類に対して威厳を保ち続け、どのようにして多数の者を少数の者に服従させるのか、アヌと意見を交わした。アヌは配偶者アンツと地球を来訪することにした。

 マルドゥクとの戦い後、ニヌルタ(アラム・ムル)によってピラミッド内部と冠石は破壊され、現在のようにもぬけの殻となった。彼の乗り物“黒い鳥”は現在のステルス機を思わせると同時に、導きの鳥“烏(からす)”の原型である。

 ウツは“二輪戦車の場所”以外に“地球の臍(へそ)エルサレム”も任された。ならば、エルサレムに最も縁の深い「神」はウツとなる。ウツのシンボルは太陽だが、それは粘土板では六芒星として描かれている。エルサレムはユダヤの聖地。ユダヤの最も重要な王はダビデ。ダビデの星と言われているのが六芒星である。

アヌの来訪

 アヌの到着を待ち受ける間、アヌンナキはエディンに住まいを再建し始めた。エンキの最初の都エリドゥはおびただしい泥に覆われていたが、その上に新しいエリドゥが計画された。その中心、高くしたプラットホームの上にエンキとニンキの住まい、“凱旋する主の家”が建てられた。エンキはその聖域に“メ”の公式を保管した。新しいニブル・キも、かつてのニブル・キの上に建てられた。神聖な区域が壁で仕切られ、エンリルとニンリルの7階建ての住まい(ジグラット)が建てられた。エンリルは“運命の石板”をそこに置き、武器、土地を走査する“持ち上げられた目(レーダー)”やすべてを突き抜ける“持ち上げられたビーム(レーザー)”で保護した。中庭には、高速で進む“空の鳥”を置いていた。そして、アヌを迎えるための住まいがエディンの中で選ばれた。ウヌグ・キ(ウルク)、“快適な場所”と名付けられた。そこに木陰が造られ、純白の建物、7階建ての“アヌの家”が建てられた。

 アヌの二輪戦車が来訪すると、アヌンナキの“空の船”が誘導した。司令官ウツがまず出迎え、その後に指導者たちが続いた。彼らは再会を祝福しあった。そして、お互いを見て、年の取り具合を推し量った。両親はシャルとしては年上のはずなのに、子供たちの方が年上に見えた。2人の息子は老けて、髭面だった。かつて美人だったニンフルサグは、腰が曲がり皺(しわ)だらけだった。お互い涙が溢れたが、喜びと共に、悲しみの涙でもあった。

 ニビルと地球のアヌンナキの間で、ニビルと地球の公転周期の違いから、浦島太郎のような現象が実際に起きてしまったのである。浦島太郎は竜宮城で宴を満喫し、帰って来て玉手箱を空けたら、本来の年齢まで老けてしまった。つまり、竜宮城の時間サイクルが長いことを暗示している。これは、ニビルでは地球よりも寿命サイクルが長いことが原型となっていたのである。竜宮城とは海の神の世界。海の神の原型はエンキで、エンキがいた元々の世界はニビルである。こうして例え話として、浦島太郎の話が創られた。

 アヌは“アヌの家”へ招待され、体を流して貰って休憩し、香水をつけて服を着せてもらった。アンツは女性のアヌンナキに付き添われ、“黄金のベッドの家”へ行った。そして、アヌと同様の歓迎を受けた。宴席では、玉座の傍らにエンキ、エンリル、ニンフルサグが立った。そして、全裸の地球人たちが接客係としてワインや上等の油を給仕した。他の者たちは、中庭の隅でエンキとエンリルから贈られた牛と羊を炙(あぶ)っていた。

 宴の開始は天の印だった。エンリルの指示で、天に造詣の深いズムルという神官が“アヌの家”の階段を昇り、惑星の出現を告げた。最初の段でキシャル(木星)が東の空に現れ、ラーム(火星)が2段目で姿を見せた。3段目でムンム(水星)が、4段目でアンシャル(土星)が昇った。5段目でラハム(金星)が見え、6段目から月が知らされた。

 それから、ズムルの合図で讃歌“アヌの惑星が昇る”が歌われ、一番上の段から赤く後光の差したニビルが見えてきた。アヌンナキは音楽に合わせて踊り歌った。その合図で大篝火(おおかがりび)が灯され、あちこちの場所で煌いた。夜がふける前に、エディン全体が篝火(かがりび)で灯された。牛肉、羊、魚、家禽(かきん)の料理に続き、ワインとビールが添えられた。アヌンナキ全員がアヌとアンツから感謝の言葉を受け、宴が終わるとアヌとアンツは宿泊場所に戻った。

 この宴席では、人類は全裸でご奉仕した。これが後に、ローマ帝国などでの堕落の饗宴(きょうえん)となる。アヌとアンツの宿泊場所は別々だった。また、ジグラットは天体観測の場でもある。「神々」を迎えるのに篝火(かがりび)を焚く神道の御神事は、このニビル王来訪を祝しての宴が原型である。最も重要な御神事は、夜、篝火(かがりび)を焚いて行われるのである。現在日本では、全国各地で大篝火(おおかがりび)を用いた火祭りが催されている。

アヌンナキと人間のセックス

 再びニビルの神々が地球を訪れたとき、彼らにとって驚いたことに人間は女神崇拝を始めていた。どこを見ても女神という状態であった。そしてニビル人は自分たちが銀河連盟によって、地球への転生の権利を与えられていることを思いだした。ニビルは非常に父権主義的な惑星であったので、地球を自分たちが望む状態につくり変えることにした。

 そこで彼らは、人間と協同で女神の体を形どった神殿を建造し、男根を象徴する岩でストーン・サークルを造った。しかし人間はアヌンナキの神々に対して昔のように単純な見方をしなくなっていた。人間はプレアデス人に刺激されて、子供たちを愛し、女性的な芸術と美を愛し始めていたのである。

 氷河が北に退いていくと、アヌンナキは巨大な運河システムと水路を築いて「肥沃な三日月三角地帯」から排水する方法を教えたが、人間は渓谷や峡谷の地形を変えることを好まなかった。しかも神々に強制されたように感じていた。

 つぎに、アヌンナキは特に美しい人間の女性を選んで女神とした。それは彼女たちをセックスの相手に選ぶことで、自分たちが実際に地球の転生のサイクルを通して生まれようとしたのである。これはかつてない事態であった。「恒星」の存在が地球に転生するときは人間の「カー」と融合し、これまでの子供はシリウス人かプレアデス人との混血種として生まれていた。しかしニビルは「惑星」なので、アヌンナキの神々が子供を作るという形で転生サイクルに参加するには、人間との物理的融合を体験する必要があった。神々はこれに成功し、その結果、彼らの血は永遠に人間の血の一部になったのである。

 それと引き換えに、ニビルの女神ニンハルサグとイナンナが遺伝学や植物や種子の改良、動物の家畜化を人間に教えた。地球の女性は、人間の知性を向上させたアヌンナキの神々と女神たちに感謝し、生まれた子どもの非凡な性質に魅了された。このことは同時に、ニビル人との異種交配によって地球人の遺伝的潜在性を改善した。

 この頃までにおこなわれた異種交配は、単にニビル人が生き延びるためにのみ行われており、彼らは人間を実験動物のように扱っていた。そしてこの時期、人間が獲得した新しい立場に敬意を表すると称して、アヌンナキは空にそびえたつ巨大なジッグラトを建て、性的遭遇はそこで行われるようになった。これが地球の女性にセックスにおける苦痛をもたらし、また不適合な種を受胎したために生ずる困難な陣痛と分娩を体験させた。

 このときまで人間にとってのセックスはごく自然な行為であった。それに対してアヌンナキのセックスは強制的であり、エネルギーの親和力がまったくないため、不自然な要素が多すぎた。彼らにとって人間のクンダリーニ・エネルギーは新鮮な感覚であった。彼らは男神同士や数少ない女神ともさかんに交わった。(惑星ニビルは非常に父権主義的なので、神々の大多数は男性であった。けっして人口過剰にならなかったのはそのためである)。 

 一方で、アヌンナキの女神が人間の男性と交わったという古代の伝説も少数ながら残っている。たとえば人間ドゥムジと交わったイナンナの話である。アヌンナキの身体は金属性だが、電線に電流が通るように、体内に流れる電気的エネルギーを感じた。

 今日の地球における男女間のアンバランスはすべて、古代に行われた相容れない融合体験が、エネルギー的に人間に刻印づけされた結果である。人間が持つ爬虫類に対する嫌悪感も、進化の歴史におけるこの時期からきている。アヌンナキが地球でまとった肉体のほとんどは非常に爬虫類的で、人間の女性と交わることができたのは彼らであった。エネルギーのアンバランスは余りに違いすぎて困難であった。

 アヌンナキは、そうした交配から生まれた兄弟姉妹を互いに交わらせることで、アヌンナキ遺伝子の純粋性を強化させ、同時に苦痛とストレスを軽減しようとした。現在の人間の男女のエネルギー的均衡を回復するためには、お互いのエネルギーバランスが良い時だけセックスをすることが良い。そのためには、細心の注意を払ってパートナーを選ぶことが重要である。少しでも強制的な性行為は、同性であれ、異性であれ、避けるべき重要な点で、それはアヌンナキとの性行為を思い出させるからである。 

 アヌンナキが降りてきて地球の女性たちと交わる以前は、女性の体からは星々にまで届く光を発していた。しかしニビルの神々との性的遭遇は女性の魂を三次元の肉体に「たたきこんだ」。エデンの園における「無垢、汚れなさ」の喪失とはこのことである。女性たちは、多次元の接点である「カー」を失い、セックスか出産のためだけの肉体に閉じ込められてしまった。

 しかし、ミノア(古代クレタ)文化やケルト文化など、アヌンナキの影響をまったく受けなかった少数の文化を除いて、原初の無垢さを失った女性たちは、「カー」を体の外に移行させるすべを身につけている。

 シュメール人は自分達のことをルル(混ぜ合わせて創られた者)と呼び、天から来た神々アヌンナキが人間との交配によるシュメール人を作り出した。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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