Facebook横山 航宜さん投稿記事
左 横山家の家紋を伏見稲荷の近くで発見。イナリと繋がり戸は開かれた。
天地自然の神宝が明らかに照らされてゆく。
中 高野山 奥の院 生身供と同じ。右 イナリフトマニ伊奈利信仰
https://ameblo.jp/taireikagura-saraha/entry-11621666384.html 【人類の心理異常が加速発症している!】より
10月14日のイナリコード講演会に向けて
東伯先生から 文が出ましたのでシリーズで転載いたします。
このところのどこか異常な出来事については、私も多々感じるところあり、また多くの方々から同じような感覚のことを耳にします。
その現象の深堀から解決に、今回の講演会はまたリアルに現象化しそうな予感です。
※※※※※※※
イナリコード講演会in奈良旧世尊院にあたって。
Part.1
「人類の心理異常が加速発症している!」
久々の投稿。筆不精?否、PC書き込み不精の私としては本当に久々なこと。と言うのも、
10月の奈良世尊院におけるイナリコード講演を前にして色々と気づくことがあったので書き込んでみようと思った。
今、世界で奇妙なことが起きている。日本だけではなかった。私は、去年の末頃のイナリコード講演で、「2012年に世界は終わらない。これまでの災害は序章に過ぎない。
むしろ2012年は始まりだ。今後30年に渡って天変地異は世界中で起こる」と宣言したことを聴講された方は覚えているだろうか。
天変地異はまず始めに、私たちの心の内側に兆候が表れる。
人の心の状態が時空に影響を与えるのだ。例えば、突然苛立ったり、不安になったり、
理由のない恐怖心に襲われたり、以前なら別に怒るようなことでもないのになぜか無性に腹が立ったり、近頃、やたら眠気が差し、やろうとしていることに集中できないと言うようなことが起こりだす。
実は今、このような現象が地球の至るところで起きているのだ。
その理由の一つは、人類の霊的進化を阻む何らかの負の力が働いていることがあげられる。
この地球には昔から、高次の世界に上昇しようとする意識群を、低次の世界に引きずり込もうと躍起になって仕掛けてくる意識群が存在する。
それは今も変わりはないが、最近になって特にそれが加速しているように思える。
おそらくその目的は、新たな次元への霊的移行に準備を始めた魂への阻害にあるのだろう・・(東伯)
https://ameblo.jp/taireikagura-saraha/entry-11622798383.html 【時空が変わるイナリコードの世界!】より
10月14日イナリコード講演会にむけて②
東伯先生のコメントシリーズ2回目です。
21世紀に入り、宇宙全体が新たなサイクルに移行しようとしている今、この地球もその例外ではなく、それへの準備をそろそろ終え、移行を始めたようだ。
それに合わせるように人類も、何らかのやり方で変容を遂げようとしている。
しかし、充分な心の準備のないままその流れに乗り遅れまいと駆け込む生命も結構多い。
ところが、今生の課題の克服をやらずに駆け込んでしまうと、結局、今の波に乗れずに振り出しに戻ってしまうケースもある。
それならまだしも、悲惨なのは、低次の世界に蠢く暗くて重苦しい意識に縛られてしまうことだ。
これを霊の呪縛とか憑依と呼んでいるが、このような重力の罠に引っ掛かるとなかなか抜け出せない。厄介だ。そのようなとき出番なのがイナリコード(イナリの暗号)なのだ。
会場に入ると時空に変化が起こっていることに気づいている人もいるだろう。
そして聴講者は、いつしかその不思議な世界に引き込まれて行くことになり、その世界の中で自らの今生の課題を見つけ、自らがそのイナリコードの世界の中の主人公と化して問題を解決すると言ったユニークな仕組みになっている。
実のところ、講演の世界と現実との間に境がないのだ。何ら隔てるものがない。
過去もあるようでないし、また変更もできてしまう。
なぜなら、過去も未来も人間意識の創造の産物に過ぎないからだ。
未来は多次元。設定も選択も自由だ。
意成り、言い成り、意のままの、命(イノチ)生り成る如意宝珠!それこそがイナリなのだ!(東伯)
https://ameblo.jp/taireikagura-saraha/entry-11624043269.html 【イナリコードの世界のキャストになる!】より
前回の続き、東伯先生のコメント6回シリーズの3回目です。
※※※※※
Part.3
「イナリコードの世界のキャストとなる!」
イナリコードの内容は「人間の生命とは何か?」それの答えを「イナリ秘教の玄理によって探り当て、その生命進化の方法論を導き出す」ところにあるが、その謎解きの物語のような講話は奇妙にも現実の世界との共時性を内包する。現実とのシンクロニシティ。
つまり、話のストーリーと現実が交差するのだ。実はそこにこそイナリコードの醍醐味がある。イナリコードはまるで生き物のようで、私のもとから離れて一人歩き出す。
聴講者の意識の中に入り込み、その人の人生に時空の変化をもたらす。
つまり、私の講演を聴いている人が、その話の中の世界に気づかずに足を踏み入れ、気づいたら、いや、気づかないかも知れないが、そのシナリオを展開するキャストの一人となっているのだ。
その世界へ思いもよらずに入り込んだことで、その中で体験したことに喜びを感じる人もいれば、驚きを隠せないでいる人もいる。
我が人生を心から楽しむ気持ちで霊性の向上に努めようとする人なら、この話の世界に参加することはユニークなことだし、一生の宝となる。
その宝が闇を照らす灯台だと知れば、自らの人生だけでなく、人類全体に課せられた謎解きを面白がる余裕を持てるはずである・・(東伯)
※※※※※※※
さてさて、あなたはどう思いますか?
この秋、イナリコードのキャストになってみること・・・とってもユニークな世界?
まさにそれぞれのとらえようで、どうにでも変容する世界のお話です。
物語と思うか、昔の難しいお話と思うか、とんでも話と思うか現実のたとえ話ととらえるか・・・・・そして身近に
何かシンクロが起ったことに気づいたら・・・?(沙羅葉)
https://ameblo.jp/taireikagura-saraha/entry-11624892963.html 【イナリフトマニは 霊的マトリックスだ!】より
先日來シリーズで書いている東伯先生の10月14日講演会に向けてのコメントの4日目ですが、その前に・・・
実は昨日、私の胸をざわざわさせるメールが届きました。
大変よき流れの近況報告で、自分の魂の旅を続けているという内容なので、私も「報告ありがと~素晴らしいですね~」というお返事をしようと思ったのですが、なぜかすんなりとは受け入れられない記述が最後についていた・・・
それで、この思い、私の「ざわざわ感」はどこからくるのかと瞑観しました。
わざわざ書かなくてもいいと思うこの一文をなぜこの人は付け加えて送ってきたのだろう?
気になるその記述に集中すると未来に暗雲を見てしまったのです。
これは「今」の私の立ち位置で未来を読んだということです。
でも、自分なりの宇宙玄理を正義として、ネガティブの方に意識を合わせてしまう自分は何なのだろうと思いました。
私はそんなによくわかっているのか?
この一文でなくて、こういうことを書いて欲しかったと思う文は、逆に私の、いらない一面に過ぎません。
つまりは、このメールのいらない一文はいらない私の一面を映し出したということですね。
そして、このメールをただ、すんなりと受容するのかもしくは、すんなりと受容できなかった自分を受容するのか・・・
そこを考えたあげくにどちらにも愛気を送ってみることにしました。
三次元には「すべて良い」ということはなくて、良い面、悪い面の両方で成り立っているようで、けれど、そのどちらに焦点をあわせるか・・・
それがイナリフトマニの創造を自分なりに実践していくときに大切な鍵になってくると私は感じています。
※※※※※※※※※※※※※
Part.4
「イナリフトマニは霊的マトリックスだ!」
稲荷奥伝には「フトマニ(布斗摩邇)」と言う、天地創造の母胎となる力の場を図符として説いたものがあるが、これを現代的に翻訳すると、「あらゆる生命の創造を行う霊的マトリックス(創造基盤)」だと言える。その霊的創造基盤は、地球意識の領域から宇宙意識の領域まで凌駕している。
実は、イナリコードで語る世界はその霊的マトリックスに接触しているのだ。
そこへの接触方法は、三次元脳を超えたエーテル質を通じて行われるが、その霊的マトリックスへの接続は、一つは夢見(ゆめみ)、一つは響氣(ひびき)と言う手法で行われる。
夢見(ゆめみ)と言うのは、何も寝ていて見る夢のことではない。起きている状態で対象を自らの命(イノチ)の目で見ることを言う。
イナリフトマニとはその本質から言えば言霊(コトタマ)である。これが響氣(ひびき)の実体だ。
宇宙に鳴り響いているもので、それは過去から未来のすべての情報でもある。
過去や未来の領域あるいは目的の対象などに自らの意識をチューニングする(意識を合わせる)ことで、あちらの映像情報とか意識情報が自然に読み取れ、逆にこちらの情報も入魂する感じで送り込むことも可能である。
まるで現代の双方向通信のようなもの、否、それ以上のものだ。
しかもあまり狂いがない。便利だし楽しい。時にはまあ、怖い情報に遭遇することもあるにはあるが・・(東伯)
https://www.youtube.com/watch?v=qQJB-9dpn5E
http://taireidoh.net/?p=99 【イナリコード「新たな始まり」】より
2015年3月14日の法然院でのイナリコード講演会に向けてここ最近、中東の情勢はまた険悪な方向へと動き出している。
地域テロの多発する中東紛争は欧州に飛び火しての無差別テロを引き起こし、それを対策のないまま野放し状態にしておくと大規模な殺戮を許すことになり、やがては世界中を巻き込む戦争へと突入してしまう危険性を孕んでいる。
人類の文明は遥かな過去からこのような大崩壊を何度も繰り返して来た。大規模な殺戮と自然の大災害が同時に起こることで人類の世界は終末を迎えるとする摂理。
ところがその二つの現象は同じ原因から生じている。人間の集合意識がそのような惨状を招き寄せたのだ。そして遂に、現在のこの文明が最後になると預言されている。
ヨハネの黙示録を信じ、それに記されたサタンの終結するハルマゲドンにキリストが再臨し、そこで善と悪の世界最終戦争が起こる。しかしそれが起こることで千年王国の到来となるのだと、それを心から待ち望んでいる人々がいる。
一方、日本海域でも某国の領海侵犯によるキナ臭い出来事が頻繁に起きている。ところで、「日本は世界の雛形」と予言したかつての傑聖がいた。もし「日本が世界の雛型」なら、この日本は将来どのようになっているのだろう?
今から20年ほど前、わが国でヨガ系カルト集団による無差別テロ事件が起きた。現在、中東で拡大している過激派テロ集団と何となく似ている。その後、カルト集団のテロ行為が日本全国に飛び火することはなかった。でも中東のテロは飛び火している。この日本は本当に雛形なのだろうか?
日本は東北大地震の経験から大地震への安全対策も施されるようになり、原発によるエネルギーの問題も、それに代わる新たなエネルギーの開発によって終止符が打たれる日も近い。
もし「日本は世界の雛形」と言うのが事実なら、世界もこの日本と同じようにそのような経緯を辿るだろうし、安全な社会を迎えることになるだろう。でも、もしそうでないとしたら、人類の文明は必ず終焉を迎えることになる。少なくとも今の世界はそうはなっていない。ますます危険な状況に向かっている。
私は「日本が雛形」と言うよりも、「日本がお手本」の方がホッとする。雛形とは「未来に必ず現実化する型」を言い、「お手本」とは意味が違う。
「世界にお手本となるべき施策を日本が実行する」の方がむしろ重要ではないかと考える。しかしそう言う点では、この国が世界の手本となるにはまだまだ途上にある。
もし「日本が世界の雛型」とするなら、日本は未来にどう変容するのか?それについてのことが日本の神話や古文献に記されている。そして、そのどの内容にも人間が変容する上での一貫した法則性と言うのが共通して見て取れる。それは「霊性の進化」に対するものである。
イナリコードはその法則の解明をこれまで試みてきたが、今回の講演の主題となる若狭と東大寺の関係もその一つである。
そこには「世界にお手本となるべき道を日本が示す」ことの意味が理解でき、私たちがこの日本に身を置く意味も分かる。
「東大寺のお水取り」。そこに示された勤行の意味。それを知り、それを覚ることの重要性を指し示している。それが正しく変容できる道と言う訳だ。
この日本が変容するには、私たち日本人の一人ひとりが正しく変容する必要がある。それが不可欠だ。
その方法が日本の神話や古文献、さらにはわが国の密儀に記されてある。しかしそのような秘密の教えを、古代の日本の地に伝えたのはいったい誰なのか?そしてその者(あるいは複数者)はもうすでにこの地球上には存在していないのだろうか?いや、そうではない。私たちが自らの内面に太古の神聖性を招き入れた時、その存在はこの世界とは異なる時空間からあなたの前に姿を現すことになる。その存在はかつて秘教霊団と呼ばれ、今では高度生命体と呼ばれている。
さて、冒頭で述べたような悲惨な終焉をもし迎えたとしても、また日本が雛形に、あるいはお手本となって世界がより良い変貌を遂げたとしても、私たちの進むべき道は決まっている。この次元から新たな世界を夢見して、人類文明の「新たな始まり」となる次元へと旅立つのだ・・。
0コメント